2009年12月 2日 (水)

読書管理

 小春日和の平日休み、なのにどこへも出かけず。昨日、自転車の後輪がパンクしてしまったのが痛い。大阪から引っ越す直前に買ったリサイクル自転車で、ライトは点かない、前かごの網は破れる、ベルは鳴らないと、あちこちガタが来た末のとどめでした。
 夕方、近くの東武ストアへ買い物に行くついでに、その向かいにあるケーヨーD2で自転車コーナーを偵察。たぶん中国製なんだろうけど安い。今のリサイクル自転車は7000円弱だったけど、ほぼ同仕様で8000円弱だし、オートライト付きでも1万円弱です。
 タウンバイク1万9800円っていうのに目が行きました。タイヤは細いし、中年男といえどもこんなのを颯爽と転がしてみたいって見栄はあるのです。とはいえ、前かごが小さいし、やがては外の駐輪場で錆び付くんだから、見かけの良さだけで選ぶわけにはいきません。
 そうそう、読書管理の話。11月29日付読売新聞日曜版で紹介されていた読書管理ツールBookboard.jpを使ってみたら、なかなか便利でした。もうだいぶ前に公開されているから、既に使っている方も結構いるかもしれません。
 学生の頃、京大式カードで読書日記みたいなものを作ったことがありますが、何の役にも立たないので自然消滅しました。パソコン時代になってデータベースソフトで再開したものの、入力が面倒で挫折。
 Amazonのデータを利用するってのはなかなかいいアイデアだと思います。

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2009年11月14日 (土)

オモロマンティック・ボム!

 芥川賞作家の川上未映子さんって、どうも話題先行どころか大逃げ(実は、これを書いているのは15日のエリザベス女王杯を見た後)な気がして、書評で高く評価されていても作品を読む気が起きませんでした。
 ところが、8月のとある不寝番の時、週刊新潮に連載している彼女のコラム「オモロマンティック・ボム!」を読んで、「大逃げ」感は撤回せざるを得ないと思ってしまったのです。
 なぜかは実際に「オモロマ」を読んでいただくとして(註:発売中の11月19日号はよほどのネタ切れらしくてつまらないけど、つまらないなりに工夫はしている)、僕を含めた平均的週刊新潮読者ならば想像するようなことを、ピンポイントで衝いて来るのです。「吉沢さん」とか…。(*´v゚*)ゞ(←何のことか知りたい人は11月12日号をご覧下さい)
 ゴッドハンドなマッサージ師って、こんな感じなんだろうなぁ。当然、彼女が平均的週刊新潮読者レベルの想像力にとどまっている訳はなく、平均的週刊新潮読者像を的確に想定することができればこそ、なせる業ではないのかと畏怖する次第です。そのうち小説でも読んでみようか。
 それにしても、今年はどうして僕が不寝番の日に限って、夜、出かける時に雨が降ることが多いんだろう? 昨夜(13日)も雨だった。
 3回に1回は雨のような気がする。まあ、日勤とか夜勤とか全部合わせりゃ、全体的には出掛けに雨ってのは平均的な回数なんでしょうけど。
 幸い、夜中は至って平穏。そんな夜はたいてい週刊新潮を読んでいるのですが。
006
 わが家のベランダから見えた14日の不気味な夕焼け

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2009年1月21日 (水)

久々に買った「週刊ポスト」

 「源氏物語」をライフワークとする知り合いのフリーライター・鳴川和代さん がインタビューを受けた記事が載っているとのことで、不寝番明けの昨日、週刊ポスト1月30日号を購入し、当の「『性書・源氏物語』のどこにオンナは感じるか」という記事を読んだ。声に出して読むのが恥ずかしいタイトルですが、ふざけた内容ではなく、むしろこうした面からの、それも女性からのアプローチがなされていることに、いささかの爽快感さえ覚える気がします。源氏物語に興味のある向きはご一読を。
 今の職場で購読していないせいもあり、週刊ポストを読むのは在阪当時以来のこと。買って読むとなると、もう何年ぶりだろう。袋とじ写真があった号なのは間違いないけど…(^-^;
 それにしても、何とも健全化したというか、毒気が薄れてしまった。グラビアのヌードなんかないし、風俗系の記事さえ見当たらない。連載漫画はエロだったけど、確か大阪に行く前ぐらいから始まった、あまり劣情を喚起されないテのがまだ続いているとは驚いた。許される下品の限界はこの辺りってことなのでしょうか。

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2009年1月11日 (日)

「文明の生態史観」

 長い冬休みの退屈しのぎに年初めの出勤の際、司馬遼太郎「関ヶ原」上下巻を買った。たまたま寄った東京駅八重洲地下街の書店には上下しかなく、読み終わった上巻の最後に(中巻に続く)とあるのを見て「何だ、3巻だったのか」と気づく。
 外出するのが面倒だったので(これが後に非常事態を招くとは…)、実家の書棚から昔読んだ本を読み返してみようと取り出したのが、梅棹忠夫「文明の生態史観」。
 「文明の生態史観」は予備校生だった頃、「大学への日本史」という参考書で初めて知った。当時はまだ有力だった唯物史観にはどうもなじめなかっただけに、この考え方にはずいぶん衝撃を受け、「大学に入ったらすぐ読もう」と思ったような気がする。実家にあった中公文庫は1981年1月に刊行された版だったから、たぶんその通りに買って読んだのだろう。
 しかし、衝撃を受けた割には、中身はちっとも覚えていなかった。模式図だけは覚えていたけど、これは「大学への日本史」にも出ていたので、本書を読んで覚えていたものではない。情けない。
 改めて読み返すと、実に読みやすい。ほとんどの章が一般雑誌で公表したエッセーのせいだろう。初出は57年で僕の生まれる前だ。戦後12年しかたっていないからか、アジアに対する関心がまだずいぶん高かったように思える。
 「とにかく、むかしから、なんべんでも、ものすごくむちゃくちゃな連中が、この乾燥地帯からでてきて、文明の世界を嵐のようにふきぬけていった。そのあと、文明はしばしばいやすことのむつかしい打撃をうける」
 こうした記述を読むにつけ、何だか、朝青龍に引っ掻き回されているわが国技を思い起こさずにはいられません。「進退を賭ける」初場所の初日はどうにか乗り切ったものの、さてどうなるのでしょうか。タリバンなんかは言うに及ばず。バカ話はともかく、「文明の生態史観」の今日的意義については、渡辺利夫氏のエッセー が興味深かったです。
 そうそう、「関ヶ原」は数日前、ようやく中巻を入手しました。さっそく直江兼続が登場。さっき「天地人」の2回目を見終えましたが、個人的には期待できそうな大河ドラマです。大人気の「篤姫」は、これまでの大河にない面白さがあったものの、8月頃からはほとんど見ませんでした。機転の利いたやり取りとかはよかったけど、どこか重みに欠ける感じがしてねぇ〜。吉村昭の遺作「彰義隊」を以前に読んだせいで、そう感じるのかもしれません。

090110  書き忘れそうになりましたが、「外出を面倒くさがって招いた非常事態」とは、もちろん大幅な体重増。昨日、2週間ぶりに行ったエグザスで計ったら、何とプラス4kg! 「食っちゃ寝」を続けるとこの体たらくだ。本日、エクササイズ2プログラムをこなして一応、1・4kg減ったけど、これは水を飲めば戻る分もある。昨年末の状態に戻れるのかな〜。

(開花したセロジネ。ポップアップした写真は実物よりちょっと大きめです)

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2008年8月28日 (木)

「北里柴三郎ー雷と呼ばれた男」

 

北里柴三郎 の伝記を読んだのは、これが3度目。最初は小学生の時、純粋に「偉い人」だと尊敬するばかりだった。
 2度目は就職して数年目の頃、「ヤングジャンプ」に連載されていた「栄光なき天才たち 」で取り上げられた時。終わりの方を読んだだけながら、東京帝国大学医学部のドン?青山胤通 との激しい対立が描かれ、子供向けの偉人伝で受けたのとはだいぶ違う印象だった。もちろん、青山が相当な悪役。あの漫画の常として、「青山の圧力に屈しなかった北里、バンザイ!」といった終わり方が、どうも気に食わなかった覚えがある。
 今回は書店でたまたま目についた山崎光夫作の中公文庫上下2冊。
 中学生ぐらいから20歳前後の頃の粗暴ぶりを「やんちゃ」と表現する言い方が浸透しつつあるけど、個人的には大嫌いな日本語だ。しかしながら、北里の「やんちゃ」ぶりは相当らしかった。と同時に、これまた考えられないほどの勉強ぶり。東大医学部に暴走族が入学したようなもの。「勉暴分離」が進んでしまった現代ではイメージしにくい。
 後藤新平、森鴎外、コッホ、福沢諭吉ら、北里を支えた人物の懐の深さも興味深い。対立した青山についても、単なる権力の亡者ではなく、それなりの人物だったことを紹介しているのもフェアだ。もっとも、江木翼 という別の悪役が登場して青山の毒気が薄まった感はなくもない。
 北里自身、女遊びが過ぎて新聞に書き立てられるなど、脇の甘さがあった点に触れているのも、大人向けの伝記ならでは。「ドンネル(雷)先生」と呼ばれながら、伝染病研究所移管問題で北里が所長を辞任した際に、伝研の研究員らがこぞって行を共にしたほど慕われていた理由の描き方は、もう少し紙面を割いてもよかったのではないかと思う。
 北里が現在の熊本県小国町生まれだったとは、すっかり忘れていた。山崎氏はあとがきで、「こんな山奥からよくぞ世界的な細菌学者が輩出したもの」と驚嘆しているが、これは現代の感覚だろう。確かに山奥でも、明治初期にあって長崎に近かった点は、学問をする上での不利度は小さかったと思われる。また、熊本に横井小楠 がいたことの影響も大きかったようだ。
 こうなると、幕末から戦前にかけての、九州を中心にした近代史の展開をまとめた本が読んでみたい気がする。

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2008年6月30日 (月)

「落花は枝に還らずとも」

 秋月悌次郎の名を知ったのは、もう31年も前のこと。当時の大河ドラマ「花神」の原作を読んで、印象に残っていた。
 物語の中では「八月十八日の政変」に関わる場面にしか登場しない。ドラマには出ていたかどうか。なのに印象深かったのは、何と言うか、「出来過ぎた名前の良さ」だった。日本史上の人物の名では明智光秀に次ぐ出来映え?だと思う。
 書店で偶然、目にした本書に「会津藩士・秋月悌次郎」というサブタイトルが添えられており、上下2巻を購入。いや、しかし驚いた。
 「秋月」という姓は、次男ながら抜群の秀才だった悌次郎が、分家して新たな家を起こした際に選んだという。「出来過ぎ」ていた訳だけど、何と実家の姓は小生と同じだった。もちろん、縁続きでも何でもないものの、より一層、親しみが湧いてしまった。40代前半で左遷されてしまったのも一緒?(俺のはただの配置転換か)だし。
 そんな個人的なことよりも、会津側から見た幕末回天史には大いに興味をひかれた。忠義を貫き通す余り、歴史のうねりに翻弄されてしまった会津藩や悌次郎の運命には、後世の人間が「あれが悪かった、これがダメだった」と軽々しく言ってはいけないと思わせるものがある。
 恥ずかしながら、著者の中村彰彦 氏の名を知ったのも、これが初めて。直木賞も新田次郎賞も受けている方なのに。これほどの歴史小説の書き手を知ったのは、近来最大の収穫でした。

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2008年6月12日 (木)

「平家物語」

 今年は源氏物語千年紀 。そこで、「平家物語」を読むことにした。書店でたまたま見つけた吉村昭氏の訳(講談社文庫)に飛びついた次第。
 だいたい、源氏物語もそうですが、出だしは知っていても、その後の展開は全然、という点は平家物語も同じ。改めて読んでみると、ひどい話ばかりだなあと思う。
 物語は平清盛一族への悪口を基調としているものの、恩知らずな話は源氏方に多い感じがします。一騎打ちで組み伏せられて首を取られそうになりながら、「亡くした息子と同い年ぐらいだから助けてやる」と情をかけた平家側の武士を、隙をみて討ち取って手柄にしちゃうとか、その手の話のオンパレードと言っても過言ではないでしょう。
 だいたい、源氏の親玉の頼朝からして、池禅尼の情で助けてもらったのに平家を追討しちゃうくらいだから、子分どもが卑怯なのも無理はないのか。「宇治川の先陣争い」なんか、味方同士の引っ掛け合いだし。
 かくも恩を仇で返す連中にかつがれている頼朝の身になってみれば、衆望を集めてしまう義経が、頼朝の足元を崩しかねない危険な存在だったか、わからないでもありません。

 初めからひねくれてこういう選択をしたわけではなく、本当は源氏物語を読もうと思っていたのでした。しかし、途中で挫折しない自信がなく、逡巡の末、目の前にあった吉村「平家」に飛びついたのでした。

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2008年2月 9日 (土)

芸術新潮2月号「源氏物語」

 「天皇になれなかった皇子のものがたり」というコピーにつられて購入。この雑誌らしく、国宝「源氏物語絵巻」の解題ですが、フェリス女学院大の三田村雅子教授が編集部のインタビューに答える形で、いわば「源氏物語史観」を披露しています。
 「理想的な天皇制政治のあり方を提示している源氏物語が存在すればこそ、後世の権力者たちはそれに倣った政治体制を築き、結果としてわが国の天皇制は維持され続けた」。要約してしまうと、ほほえましい感じがしてしまうのですが、読んでいるとそれなりの説得力はあります。
 絵巻の解説も、人物の配置のバランス、表情の取り方、描かれた草木の意味などなど、言われてみると「そうなのか」と、素人としては感心してしまう点ばかり。
 「鈴虫 二」で描かれた情景は、冷泉帝と対面している光源氏(名乗ることのできない父子の組み合わせ)の背後で、隠れなき源氏の息子である夕霧が横笛を吹く姿。横笛といえば、夕霧が親友だった柏木からもらった形見の品。その柏木の子である薫を、源氏は自分の子だとして育てなければならない。
 源氏物語の骨格をたった一場面に描き込むとは、誰だかわからないけどこの絵巻の作者はすごい。
 てなことを解説されて初めて、源氏物語の奥深さを思い知る次第です。
 ところで、知り合いのフリーライターさんに教えてもらったのですが、源氏物語千年紀公式サイト に登場人物(女性だけ)の人気投票コーナーがあります。
 僕は迷うことなく六条御息所に一票。生霊になっちゃうという点に目をつぶれば、美人だし、知性も教養もあるし、気品にあふれているし、たぶんあっちの方もお好きな感じと、源氏物語に出てくる女性の中では最高ではないかと思うのです。
 これを書いている段階で、六条御息所は17人中4番人気。似たようなことを考える人は結構いるようで。
 男女別の人気がわかると面白いのに。

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2008年1月25日 (金)

「アッコちゃんの時代」

 「バブルが終わった(弾けた)のはいつだ」と聞かれれば、誰でもそれほど変わらない時期を答えるでしょう。
 「始まりは」となるとどうでしょう。たぶん、人によってかなり差があり、それは当時のその人の消費ポジション(必ずしも経済力とは比例しない)を表す気がします。
 僕の認識だと、バブルが始まったのは1988年になった頃。土地が高騰して持ち家を諦めた勤勉な「中流」たちが「せめて車ぐらい」と高級車を買い始めた「シーマ現象」に端を発して、グルメブームだDCブランドだと爆発的な消費へ突っ走り、それで景気の良くなった人たちはもっと金遣いが荒くなったのが「バブル経済」だった、と思っていました。
 たぶん、僕の「始まり」の認識は遅い方です。就職して浜松や磐田で過ごしていた時期で、当時の東京がどんな風だったのかあまり知らなかったし。
 文庫になったので読んだ林真理子さんの表題作(というより、映画「バブルへGO!! タイムマシンはドラム式」の監督による解説)によれば、84年にはとっくにバブル(的雰囲気かな)を楽しんでいた人たちがいました。この年、僕はまだ東京にいましたが、財布に3000円ぐらい入っていれば安心って程度の貧乏学生。この小説に出てくる世界があることは知っていたけど、かけ離れ過ぎていて覗き見るも何もあったもんじゃありません。
 実は、興味があったのは、バブル時代を象徴する「小悪魔」アッコちゃんではなく、その結婚相手だった五十嵐英雄氏のほう。昨年6月2日の日記で五十嵐氏のモデル・川添象郎さんとアッコちゃんの離婚成立について触れましたが、驚いたのは、明治維新の立役者・後藤象二郎の曾孫である五十嵐氏のアッコちゃんに対する態度 、というより女性観の描き方が、司馬遼太郎氏の「竜馬がゆく」の象二郎のそれとよく似ている点です。
 知り合ったばかりの五十嵐氏に、アッコちゃんは自分が地上げの帝王と付き合っていた過去を告げます。それに対して五十嵐氏は「ぜーんぜん関係ないよ」。
 「竜馬がゆく」で、後藤象二郎が長崎で落籍させた芸者を岩崎弥太郎に押し付けた際の一言。「女に古いも新しいもない。風呂に入れればいつでも真っ新(まっさら)じゃ」。
 後藤象二郎が本当にそう言ったかどうかはともかく、おそらく岩崎弥太郎側の回顧にその種のエピソードはあるのでしょう。
 それにしても、3代1世紀を経てなお、この女性観の一致ぶり。林さんが「竜馬がゆく」や、星新一の「明治の人物誌」に登場する象二郎の長男・後藤猛太郎についてどれほど承知していたのかは知る由もありませんが、血筋といったものに思いを巡らさずにはいられませんでした。
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 関係ないけど、わが家の近くで東武ストアが本日、コジマが明日開店するのを祝して、アドバルーンが上がっていました。

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2008年1月15日 (火)

船橋洋らん展

 6年ぶりにパフィオが咲いたのに気をよくして、今日15日まで東武百貨店船橋店で開かれている船橋洋らん展に出かける。これも6年ぶりのこと。
 お目当ては、須和田農園の江尻光一 先生による会場案内と初心者向け洋らん栽培教室。世界らん展日本大賞 に2度も輝いたわが国の洋らん栽培の第一人者の話を直に聞けるとなると、行かないわけにはいきません。
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 会場案内では、NHK「趣味の園芸」でおなじみの柔和な表情(=写真)で、様々な品種の見どころなどを語ってくれました。洋らんにはよい香りのする種類がありますが、花が咲いていれば同じように香りを発するわけではなく、晴れた日中が最も強く、雨の日などはあまり発しないとのこと。受粉のために虫を呼び寄せるのが、香りを放つ目的なんだとか。
 栽培教室では、約1時間半にわたって、家庭で洋らんを育てるうえで必ず守ってほしいことなどを教えてくれました。要約すると、

 

1:花が咲くかどうかは冬(1−3月)の午前4−6時の温度で決まる。
 2:5−10月の生長期に1日5時間×100日の日照量を確保する。
 3:風が葉の裏側に当たらないとCO2を吸収できない。洋らんは夜風も必要。
 4:冬は水苔が乾ききったらドバッと、夏は表面が乾いたらすぐに、室温並みの水をやる。
 5:真夏日の夕方はじょうろで葉に水をかけ、葉の温度を下げるとつぼみが増える。

といったところ。については、胡蝶蘭やデンファレは15度(理想は20度)、シンビジウムやデンドロビウム、セロジネは5−7度とのこと。
 「これさえ守って育てれば、毎年3月ごろには花が咲きます。らんは元々、人の入らない山奥でも咲きます。肥料で花が咲くと思ったら大間違い」と江尻先生。
 ただし、どうしても「花が小さい」「つぼみの数が少ない」「花の色が悪い」といった栄養不足に伴う欠点が生じるため、「それを補うために施肥が必要。生長期の前半のみ、液体肥料を週1回、油粕などの固形肥料を月1回やれば十分。その他の期間は不要」とのことでした。
 翻って、わが家のパフィオはどうだったかというと、合格だったのは冬の最低気温だけ。部屋に入れっぱなしだから風に当てたことなんかないし、日照量なんて不足もいいとこ。「日照量が半分だと花は2年に1度しか咲かない」そうです。てことは、必要量の6分の1しかなかったってわけ。
 教室の終了後、江尻先生による入門書「はじめての洋ランづくり」(主婦と生活社 1365円)を買ってサインをいただき(ミーハーだね)、性懲りもなくセロジネの鉢を購入。暖房を全く入れない北側の部屋でも最低気温が5−7度ってことはないのに、大丈夫かな?

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