2018年10月31日 (水)

足尾銅山山元調査

 太田市に来て、仕事に関することで最も衝撃を受けたのは、足尾鉱毒事件の影響はまだ続いており、続いているどころか恐らく終わることがないと知ったことでした。
 栃木県にある旧足尾銅山から流出した重金属は、渡良瀬川を流れて太田市や桐生市などの水田に大きな被害をもたらしたのでした。小学5年生の頃、渡良瀬川が汚染された公害のニュースがあったなあとは覚えていましたが、それは太田市毛里田地区の農民が古河鉱業(当時)と交渉し、同社に初めて鉱毒被害の責任を認めさせたニュースだったのです。
 現在の古河機械金属は足尾銅山の閉山後も、旧銅山から流出する重金属を含んだ水を浄化してから渡良瀬川へ流しており、鉱毒の直接的な被害はありません。しかし、金属かすなどの堆積地が崩れでもすれば農業や水道に壊滅的な打撃を与えかねず、渡良瀬川鉱毒根絶太田期成同盟会のメンバーが年に1回、その管理状況を視察しています。
 太田へ来て以来、3年連続でこの山元調査を取材させてもらいました。
 今回はスケジュールがタイトで、紅葉が進んでいるのを眺めるゆとりもありませんでした。ここ数日、暖かかったので薄手の上着で来たら、やはり高地のせいで風が冷たく、日が傾いて気温が下がると寒くてかないません。
 緑化が滞っている場所をどうするかといった課題は残っていますが、古河側も決して消極的ではありません。しかしながら、旧銅山から地下水が出てくる限り、その中に重金属などが含まれることは半永久的に変わることはないとのことです。
 あの福島第一原発事故と全く同じ構図なのです。現役の堆積場は「あと100年以上使える」そうですが、150年後はどうするのでしょうか。技術の進歩があるとはいえ、時間に余裕のあるうちに対策を練り始めないと、先人たちの苦労が無駄になりかねないかもしれません。
 3年連続参加賞でペンをいただきました。会員でもないのに申し訳ないのですが、嬉しかったです。

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2018年10月28日 (日)

2等賞!

1dsc_0301_18  上州太田スバルマラソンのお楽しみは、レース後の大抽選会です。特賞はスバルの軽自動車、1~3等賞もなかなか高価な品で、一番下の賞はゼッケンの下一桁の数字2種ですから、5人に1人は何かしら賞品をいただけるのです。
 5日前にスーパー「とりせん」のガラポンで特賞をゲットし、「いい流れ」が来ているから下一桁賞はもらえるんじゃないかと期待して会場の陸上競技場で座っていました。3等賞(一般と高校生以下10人ずつ)から来賓が抽選して当選者のゼッケン番号と氏名をコール。参加者は5000人近くですから、そう簡単には当たりませんけど、ここでコールされなければより良い賞品が当たるのですから、呼ばれなくてよかったなどと思ってしまいます。
 続いて2等賞。8番目に何と、わが名が呼ばれたのです。
 驚いたですね~。
 賞品はGショック。この抽選会、1等賞以上はコールされた後に名乗り出ないと当選取り消しとなってしまうのですが、2等賞まではコールされれば当選確定です。全抽選の終了後、ありがたく頂戴いたしました。

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2018年10月23日 (火)

ガラポンで特賞!

 今夜は前橋で東京に異動する後輩の送別会があり、夕方から車で出かける。北関東道太田強戸スマートICへ向かう途中、いつも買い物をしている地元スーパー「とりせん」で「お楽しみ大抽選会」が開かれているのを思い出し、八幡町店へ立ち寄りました。
1dsc_0269_18  一番下から2番目の缶ジュースが当たれば御の字、一番下のスナック菓子でも自分としては十分です。無欲のままゆっくりとガラガラを回すと、3個続けてスナック菓子の白玉、4個目にあまりきれいではない見慣れぬ色の玉がコロリ。店員さんも訝し気な表情を浮かべた後、確認のうえ「おめでとうございます。特賞です!」と告げてくれ、思い出したように鈴を鳴らしてくれました。駆けつけた店長さんからギフトカード1万円分を頂戴しました。
 3月に「1等賞」が当たった店で、よもや同じ年のうちに「特賞」が当たるとは。これまでガラポンではポケットティッシュぐらいしかもらったことがないのに、突如の強運ぶりに驚くばかり。いい運勢を使い果たしてしまいやしないかと心配です。
 ギャンブル好きの前橋支局長にこの話をすると、「いや、これは流れが自分に来ていると考えるべきですよ」と励ましてくれました。本当にそうだったと週末に知ることになろうとは、この時は夢にも思っていませんでした。

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2018年10月13日 (土)

2時間走

 2週間後に迫った上州太田スバルマラソンに備え、朝7時から1週前追い切り。調整遅れが甚だしく、せめて2時間走で距離をこなす。
 いつもの周回コースを3周するつもりでしたが、東武小泉線の跨線橋を引き返してきたら気が向いて太田市運動公園へ向かう。今日の午後1時キックオフのラグビートップリーグ「パナソニックワイルドナイツ対リコーブラックラムズ」戦の市民無料券配布にどれくらい人が集まっているのか偵察するのが目的です。
 1周1470mのトリムコースに入ると、野球場付近がにぎわっていました。こちらでは女子ソフトボールの日本リーグ「ビックカメラ対太陽誘電」戦が行われるのです。その前に中学生の試合もあるようで、女の子たちがたくさんいました。
 序盤は7分台でしたが、トリムコースに入ってから調子が上がって6分40秒台に。この調子で走り通せれば、急仕上げとはいえ出走態勢は整う感じがします。トリムコースは陸上競技場と同じ厚さで舗装されているから走りやすい。
 1時間半を過ぎた辺りで運動公園の外に出て自宅を目指す。4kmぐらいですが、脚色が鈍って6分50秒台に。2時間は超えたけど、切りのいい所で18kmで終了。
 いつもならガストへ行ってモーニングとドリンクバーで水分補給なのですが、今日はセブンイレブンのパンとアイスコーヒーで朝昼兼食。

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2018年9月25日 (火)

渡辺淳一「花埋み」

 わが国の女性で初めて開業医試験に合格した荻野吟子は「埼玉県の3偉人」だそうですが、今の熊谷市にあった生家の長屋門はなぜか群馬県千代田町の光恩寺にあります。この謎解き記事を書くために、吟子の評伝小説「花埋(うず)み」を読みました。
 吟子の名を初めて知ったのは、高校を卒業する年のNHK大河ドラマ「獅子の時代」のガイド本でだったと思います。放映期間の4分の3は浪人中だったので、ドラマに吟子が登場したかどうか知りませんが、「学問の師にプロポーズされた」エピソードが紹介されており、妙に印象深かったのでした。
 「花埋み」にはその場面も描かれていますが、それを含めて次々とのしかかる試練とそれをはねのけ続ける吟子の努力と行動力に、ただただ畏怖するばかりでした。文部科学省上層部の息子を不正入学させていたばかりか、女子受験生に不当なハンディキャップを背負わせていた東京医大の問題が明らかになった時、読売新聞の夕刊コラム「よみうり寸評」が「東京で医院を開き、女性への偏見とも闘った荻野の訴えをどう聞くか」と突きつけていましたが、まさしくその通りと思わずにいられません。
 渡辺淳一の小説を読んだのはこれが初めて。正確に言えば、ごく一部だけを読んでのけぞるほど驚いたことがあります。
 それは1991年3月、読売新聞に連載されていた「うたかた」のとある回。それまでこの小説には全く目を通していませんでした。東京で地方版のレイアウトを担当していたある日、暇つぶしに偶然手に取った小説の小ゲラ(その部分だけを印刷したもの)を読み始めたら、それこそ目の玉が飛び出すかと思うほどの衝撃を受けたのでした。
 当時29歳だったし、似たような場面は官能小説で目にしていました。とはいえ、まさか全国紙の連載小説に堂々と…。ネタバレ防止のため、これ以上は控えておきます。

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2018年9月24日 (月)

御巣鷹の尾根

1dsc_0207_17  お彼岸でもあり、御巣鷹の尾根へ慰霊登山することにしました。
 日航ジャンボ機墜落事故は入社する前の年の夏に起こってしまいました。群馬県民になったからには必ずお参りに行こうと思いつつ、2年が過ぎても行けずにいたままでした。
 後輩に行き方を教えてもらい、北関東自動車道から関越自動車道下仁田ICへ行き、そこから上野村の御巣鷹の尾根入り口まで1時間半程度。思っていたほど遠くはありません。
 登山口近くの駐車場へ向かう上り坂で、タイヤが小石を踏んだような音がしました。時々あることながら、何となくいつもと違う音だったような気もしたのですが、止めた車を見ても傾いてはおらず、パンクの心配はないとみて登山道へ。
 歩きでも上り坂には弱いのですが、道がよく整備されているおかげで30分程度で「昇魂之碑」へ。「ここだったのか」と思いつつ、谷を見渡しても「あの日」の痕跡はもはやわかりません。持参した線香に火をつけ、亡くなった人々の無念を思い、尊い犠牲が生かされたおかげで自分が今日まで33年間、空の旅を無事に楽しめたことを感謝しながら手を合わせました。

 

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何年ぶりか

1dsc_0236_17  慰霊登山を終えたのが午後1時半過ぎ。いくらか空腹でもあり、登山口入り口の近くにある「上野村ふれあい館」でお昼にしようと思ったら、鮎の塩焼きが並んでいました。
 鮎ってこんなに大きかったっけと思うほどでしたが、1匹500円。こちらが選んだ鮎をお兄さんが炙り直してくれ、建物入り口のベンチで頬張りました。渓流を見下ろせるテラスがあったことに後で気づき、ちょっと後悔。
 それにしても鮎の塩焼きなんて、食べるのは何年ぶりだろう。山間の観光地で串焼きにした魚を食べたのはイワナかヤマメだったし、宴会料理で出てくる鮎はもっと小さいし…。30年前、静岡県磐田市にいた頃は、市役所近くの「天宏」という店で鮎の塩焼き定食があって時々食べていたけど、ひょっとしたらそれ以来かもしれません。てことは30年ぶり…。
 帰りも関越自動車道経由にしようと思っていたのですが、なぜか「滅多に来ない地域なんだから、神流町とか群馬県南西部から埼玉県本庄市などを通ってみたらどうか」と思い、山中の一般道へ。すると「慰霊の園」という施設があり、寄ってみると、ジャンボ機事故で犠牲になった人の遺品などが展示されていました。
 「あの日」や「あの頃」について、いろいろと考えさせられた一日でした。

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偶然に救われたか

 「慰霊の園」を出て、神流町や下久保ダムなどを通り、いったん埼玉県本庄市に入って利根川の南側を東へ向かう。しかし、わがお古のカーナビは北側の伊勢崎市へ渡る「坂東大橋」を知らなかったため、さらに東の埼玉県深谷市へと進んで行き、結局「上武大橋」を渡って群馬県側に出るはめになってしまいました。
 タイムロスは15分くらいあったかもしれません。おかげでガソリンも減ったので、いつも利用している源泉湯乃庵近くのセルフスタンドで給油することに。
 祝日だったからかもしれませんが、いつもはいない店のお兄ちゃんが「無料で空気圧を調べますが」と言うので、「よろしく頼む(そうは言わなかったけど)」と一言。すると、全体に低めだったうえ、右後輪だけ極端に低いとのこと。
 調べてもらったら、細いクギが刺さっていました。補修で2700円とのことでしたが、10年近くたっているタイヤだけに、いずれ全取っ換えは必至なので、4本全て新品にしました。交換には30分ぐらいかかるので、その間に湯乃庵でひと風呂浴びてきました。
 戻ってくると、バッテリーもかなり危ない状態だとのこと。中古で買って以来、交換したことないから無理もありません。即交換。さらに、ATオイルも古いと指摘され、この際だから交換。結局、総額5万4千円以上の出費となったのでした。
 御巣鷹の尾根からの帰り道、もし高速道路を選んだら、走行中にタイヤがバーストした恐れだってあったのでした。あの時、一般道で帰ろうと思ったのは御巣鷹の御霊がわざわざ慰霊に来てくれた僕を事故に遭わせられないと仕向けたのだろうかと、信心ゼロながらつい考えずにはいられませんでした。

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2018年8月28日 (火)

送別会

 夜、前橋で東京に戻るTデスクの送別会。2年前の9月、一緒に群馬へ異動してきたTデスクは、かつての職場で1年間、苦楽を共にした仲だっただけに、誰も知り合いのいない地に赴任するに当たって、心強い支えになってくれました。年次が12年も上で、現場復帰が13年ぶりという僕のような老兵を使うのは、随分と気を遣ったことと思います。そんなこともあって、いつも歓送迎会は終電で帰宅するけど、今回は宿泊して酒の弱い僕なりに「とことん」お付き合いするつもりでした。
 いつもは2時3時まで続く送別会が、今回は諸事情で11時半過ぎでお開き。それでも終電の時間は過ぎているから宿泊も無駄ではなく、支局近くの「ホテル平安」でゆっくりと眠ることができました。翌29日は休みだし。

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2018年8月16日 (木)

醤油ラーメンかくあるべし

 本来は昨日15日からが夏休みでしたが、10日に発生した群馬県防災ヘリコプターの墜落事故などの影響もあり、1日だけ出番にして今日から4日間を休むことにしました。
 こうした事故があると、直接担当していなくても休みづらい雰囲気ができてしまいますが、そこを打開してやるのも年寄りの役目ではあります。デスクは夏休み返上で気の毒ですが、我々だってその頃はそんなもの。むしろ、休める人まで休まないでいたばかりに、後になって全員共倒れになったら目も当てられません。実際、ちょっとは僕に感謝してくれた若者もいたようですが。
 夏休みといってもどこへ旅行するわけでもなく、帰省して老親の様子を見るのと、3か月近く行っていない船橋のマンションの風通しぐらいしかすることはありません。外環道の三郷南ICから市川方面が6月に開通し、船橋や君津に行きやすくなったのは楽しみです。
1dsc_0123_16  船橋での風通しはさっさと済ませ、京葉道路のパサール幕張で昼ごはん。フードコートを歩いていると、竹岡ラーメンを受け継いだ感じのラーメン屋に行列ができており、スープの香りに惹かれて並んでしまいました。
 無化調とか何とか言いますけど、醤油ラーメンのスープは醤油色じゃないとダメだというのが私の信念?です。そんなに力みかえることじゃないですけど、ヘルシーさよりも色が選ぶ基準なのは間違いありません。これだけ醤油色のスープは本当に久しぶりです。まあ、しょっぱかったのは確かですけどね。

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