2009年9月16日 (水)

鳩山内閣発足

 知らない人ばかりの内閣かと思ったら、少なくとも2、3回は聞いたことのある名前ばかりだ。清新な印象で、そのイメージは保ってほしい。
 総選挙の結果について、玄人や素人があれこれ書いたものを読んだ。それぞれご自身の考えを語っているのに、読後感はみんな一緒。目にした範囲が狭いものの、頷かされた見解はほとんどなかった。日刊ゲンダイみたいに「民主党政権になれば政官癒着がなくなり、政治主導で民意が反映されていく」なんて言われると、Jリーグ発足当時、「サポーターのための」12番のユニホームを着込んで応援していた連中と同じおめでたさを感じずにはいられない。
 単身者や車を持たない人まで民主党を支持した理由については、先週号の週刊文春で亀和田武さんが書いていた「悪相」の話が、僕には一番近い。当選時の取材を拒否した元首相であれ、バンソコ王子であれ、女醜聞の元幹事長であれ「君たちの顔は気持ち悪くてもう見たくないから今すぐ消えてくれ」ってこと。テレビを利用していい気になっていた自民党が、視聴者にこんなしっぺ返しを食らったのはいい気味だ。
 落選したゼンコー2世が「とにかく生理的な嫌悪感がひどくて、戦いようがなかった」と振り返っていたけど、そうだとすれば自民党の立て直しには長い年月がかかるかもしれない。
 民主党は首相のぶら下がり会見を減らすことを画策しているという。メディアへの露出を減らすことは、情報公開が消極的になることと、概ね同じ方向に進む。「背番号12」の連中は、次はどんなしっぺ返しをやってくれるのか。

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2009年7月17日 (金)

錦糸町駅での意味不明な「接続」

 仕事帰りに新丸ビル5Fの「酢重 」で一杯。1年以上ごぶさただったけど、新丸ビルの店ではなかなかのコストパフォーマンスだし、何より居心地がいい。大して飲んだわけでもないのに、つい3時間半ほど過ごす。
 11時過ぎに千葉行きの総武線快速に乗り、錦糸町駅に着くと「遅れている各駅停車との接続をとるので、出発までしばらくお待ちください」とアナウンスがあった。総武線は錦糸町〜千葉駅で各駅停車と快速が並行しており、錦糸町駅では時にこうして待たされることがある。結果的に4分遅れとはいえ、飲んだ後のせいもあってか、イライラさせられた。
 今回のようなケースで「接続をとる」意義はどこにあるのだろう。千葉より先の君津や佐倉などへ行く快速だと本数が少なく、乗り逃がす影響は大きいから、接続待ちに納得する乗客が多いだろう。
 でも、遅れて来た各駅停車も、僕の乗っていた快速も、どちらも千葉行き。快速が終電ならば、少しでも早く帰りたい客を収容するのはわかるけど、今回は10分後に同じ千葉行きの快速が到着する状況だった。つまり、各駅停車が4分遅れのため、普通なら乗り換えられる千葉行き快速が出発してしまったとしても、6分待てば同じ千葉行き快速が来る。このことに怒る各駅停車の客は、いないとは言わないけど、どれほどいるのだろうか。
 一方、僕の乗っていた快速の乗客には、出発が4分遅れたばかりに、船橋や津田沼などで本来なら乗り換えられた私鉄に間に合わなかった人は少なからずいたはずだ。
 経験上、錦糸町駅到着前の各駅停車では、乗り換えに3分以上のゆとりのない快速との接続はアナウンスしなかったと思う。階段の上り下りであわててけがをするのを防ぐ狙いがあってのことだろうが、そのリスクを背負って錦糸町駅で各駅停車から乗り換えたって、先の駅での乗り換えを見送らざるを得ないのは一緒だから、大急ぎで階段を駆け下り、駆け上がって乗り換える意味はあまりなかったのではなかろうか。
 今回のケースでは、待たされたことで生じた快速の乗客のデメリットの方が、各駅停車から乗り換えられた客のメリットよりも、はるかに大きかったとしか思えない。電車の遅れなどを怒った酔漢などにJR東日本の職員が絡まれるのをたまに見ると、気の毒だと思ったものだけど、今回ばかりは僕も酔漢の一人として、この接続の意味を問い質したかったものでした。幸か不幸か、周囲に職員らしき人はいなかったけど。

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2009年6月27日 (土)

ジュビロ対レイソル

090627 磐田で約1年8か月ぶりのサッカー同窓会。前回は横浜FC相手に見事な勝利を挙げ、地元ヤマハスタジアムでの観戦無敗記録が伸びたのですが、J2転落の危機が迫っている今は、とにかくチームの健闘を祈るしかありません。
 企画してくれたKさんもその辺りは心得ていて、「安パイ」と思えた下位の柏レイソル戦を選んでくれたのでした。席はメーンスタンドのジュビロサポーター側、ゴールシーンを見られれば最も盛り上がる絶好の場所です。
 本来なら、この試合は勝利を確信して見られるはずでした。8試合で6得点を挙げ、文字通りの救世主だった韓国代表FWイグノ(写真右、ハーフタイムの壮行会後、スタンドへ挨拶している)の活躍を楽しみにしていたのです。なのに6月19日、パリ・サンジェルマンへの移籍決定とジュビロでの試合には出ないことが発表されました。たった2か月、低迷するジュビロを一気にリーグ中位に押し上げたスターの勇姿をゲームで見られないとは…。
 だらしないのはカレン・ロバートだ。試合前の練習にこそいたけど、先発どころかベンチ入りさえしていない。チームのHPを見ると、今季は出場ゼロ。故障なら試合前の練習だって出ないだろう。地元の人たちは「遊び過ぎ」だとか芳しくない噂を聞くという。とっくに日本代表のレギュラーになっていておかしくない逸材だったのに。
 出ない奴を気にしていても仕方ない。前半は、成岡のきれいなヘディングで先制したかと思ったら、10分ぐらいで追いつかれて同点(オフサイドっぽかったけどなあ)。
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 後半、西がこぼれ球を押し込んだ時は勝利を確信した(写真上)のに、5分とたたぬうちに駒野の不用意なバックパスを相手に取られて同点に追いつかれてしまった。もはや「負けないでくれ」とばかり祈っていたが、ロスタイムに入った直後、李忠成に決勝点を奪われ、2−3で逆転負け。我ら同窓会のホーム観戦無敗神話も崩壊してしまった。
 残念会となった夜の部は、磐田駅南の「玄太」で。コストパフォーマンスのいいコースで、牛肉と魚介の陶板焼(これがおいしいのは珍しいと思う)や、手作りポップコーンとバニラのデザートなんかが印象に残りました。

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2009年6月16日 (火)

餃子の王将

 盛岡市に住んでいた十数年前、名前は忘れてしまったけど、ある札幌ラーメンのチェーン店に時々、食べに行った。不思議だったのは餃子の味。国道4号で滝沢村へ向かう途中にあった店が断然おいしかった。
 「チェーン店なんだからどの店も同じ餃子を同じ手順で焼いているはずなのに」と長らく思っていたのですが、君津市の実家で「餃子の王将 」を取り上げた15日夜のテレビ朝日「報道発 ドキュメンタリ宣言」を見て得心しました。チェーン店の餃子といえども、やはり作り手の腕次第で味に差がつくようです。
 番組そのものは広い意味ではドキュメンタリなんだろうけど、王将とのタイアップとしか言いようがなく、申し訳ついでに中古家具屋も取り上げて「決して宣伝ではない」ことを強調しているのが虚しい感じ。いっそタイアップだと開き直ってくれた方が、すっきりしてよかったのかもしれません。
 しかし、王将側の狙い通り、親子共々、王将に行ってみたくなり、16日の昼食は国道127号沿いにある君津店で。
 王将に来たのは何年ぶりだろう。大阪にいた頃、天神橋筋商店街の中にあった店に1度寄ったような気もするけど、割とよく行ったのは浜松にいた頃だったと思う。20年も前か。
 安くて量が多い(だけの店)ってのが、王将に対する印象でした。今回、僕は東京ラーメン(440円)、母は揚げそば(550円)、父は餃子定食(710円)を注文し、定食の餃子(2人前分)を3人で分けあって食べることに。
 量で勝負してくるのは相変わらず。値段を考えればこの量、この味は十分に合格点を上回っている(揚げそばに限れば、3ケタでここを上回るのは難しいんじゃなかろうか)と思うし、であればこそチェーンは拡大し、この君津店も長く営業しているんだろう。
 ところで、王将のメニューには「ラーメン」と「中華そば」 がそれぞれあったけど、どう違うんだろう? 値段に差がある以上、全く別個のものなんだろうけど。

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2009年6月13日 (土)

73kg台

090612 本日夕、エグザスで計ったら「73・9」で止まった。ステップ台を使ったエクササイズ60分+ランニングマシン43分+入浴、の後の測定なので、瞬間最小値そのもの。でも、いつも計っているのはこのタイミングなんだから、ほぼ1か月で1kg減ったと言っても間違いないでしょう。
 大の汗かきである僕の場合、減ったのはほとんど水分。夕食の後もだいぶ水を飲んだので、体重はたぶん元に戻っちゃったとは思いますが…。
 話は変わって12日、出勤で船橋駅北口の通りを歩いていた時、何と歩道に亀がいた=写真。近くの天沼公園には噴水池があるけど、普段から亀がいるような気配はありません。誰か飼っていた人が放したのでしょうか?
 車にひかれたりしなければいいのですが。

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2009年6月 1日 (月)

市長選絡みの怪文書?

090527 1週間ほど前、集合住宅のわが家のポストに、今月14日に告示される船橋市長選に絡み、4選を目指す現市長を批判する文書が投げ入れられていました。当地に居を構えて12年、この手の怪文書?が入っていたのは初めてのこと。僕は現市長がどんな人なのか、恥ずかしながら顔さえよく知りません…(^-^;。
 市長選、それに市政への関心は低いのですが、怪文書そのものへの興味はあります。普段、目にすることがないですしね。
 選挙運動の実情をご存知の方なら、集合住宅への配布というだけで驚くのではないでしょうか。今回の文書も一応、団体名を名乗っているものの、誰なのかは特定できないようになっています。そういうものを投入している現場を見とがめられたり、監視カメラに映ってしまったりしまうのを避けるのは常識なのに、このリスクを恐れぬ大胆ぶり。
 よほど訴えたい内容なのかと思いきや、ただの悪口でしかありませんでした。真に受けたとしても、現市長は「無能だけど疑惑を招くようなことをしているかどうかは不明」ってこと。彼の一面を知り得たことが、今回の怪文書?に見出せる唯一の意味でしたが、「怪文書」としてのレベルは低すぎて、ちょっとがっかりでした。

 写真=エスポアール(フランス語で「希望」の意、とのこと。船橋市政への皮肉と期待を込めて)@谷津バラ園

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2009年5月20日 (水)

仲道郁代ピアノリサイタル

 

仲道郁代 さんについては美人ピアニストと知っているだけで、演奏を聴いたことは全くありません。なのに、休みの日にわざわざ出かけたのは、イープラスでチケットが4500円→2500円にディスカウントされて販売されていたのに飛びついたせい。初めから2500円と設定されてたとしたら、きっと見向きもしなかったでしょう。お得感のみに惹かれ、音楽そのものはどうでもいいと、これはまた我ながら堂々たる偽物ファンぶりです。

 ピアノの演奏会は2003年11月29日、大阪市へ引っ越した翌日に、青柳いづみこ さんのリサイタルを聴きに行って以来のこと。今回は全指定席ながら、自分がどこの席なのかは中に入るまでわからなかったのですが、開演前に席からステージを撮った下の写真でわかる通り、かなり端っこでした。
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 演奏を聴くうえで良い位置ではないでしょうけど、演奏を見るのには好ましい気がしました。というのも、先の青柳さんのリサイタルは自由席で、最初は最前列に陣取ったのですが、青柳さんのドビュッシーの演奏に、ど素人の僕は「人間の手はかくも早く正確に動かせるのか」とびっくりさせられてしまったのです。「本当に弾いているのか」と疑い、休憩中に鍵盤の見える2階席に移って、当然のことながら本当に弾いているのを目の当たりにして呆然としたものでした。
 バカ丸出しで恥ずかしいのですが、そんな経験もあって、僕にとってピアノ演奏会は鍵盤の見える席がベストになっています。
 今回は「クラッシック音楽との素敵な出会いを」という素人向けのサブタイトルながら、ラフマニノフとリストの曲で玄人にも配慮した構成。仲道さんのお話は簡潔で、技術面での聴き所(ピアニストの手の大きさがわかる、とか)も教えてくれるなど興味深い面もありました。聴き覚えがあるような曲もあり、ともかくも「あぁ、本当に弾いているんだ」とまた、間抜けな感想を抱きつつ、気分豊かなひと時を過ごしたのでした。
 後半のシューマン「謝肉祭」が終わって、拍手して2度のカーテンコールが終わった後、僕は席を立った。アンコールのことをすっかり忘れており、しまったと思ったものの、上野駅から秋葉原駅に向かい、総武線に乗り換えようとした瞬間、ジーパンの後ろのポケットに入れておいた財布がないことに気づいた。
 中身は少ないのに、あれこれカードが入っていて厚みだけは一人前なので、長い間座っていると滑り落ちることがあるのです。急ぎ上野へ戻り、東京文化会館の係員の方に訳を話して再入場させてもらって、座っていた席を調べたら……、あった。
 あ〜よかった。

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2009年5月17日 (日)

5年半ぶり…(^-^;ゞ

 仕事帰りにエグザスで40分ちょっと走って入浴した後、体重を計ったら、ついに74.9キロになった。今年初め、暴飲暴食の挙げ句に80.4キロになってしまい、「もう元に戻れないのでは」と不安だったのですが、まだまだ何とかなるものです。5か月で5.5キロ減、まあ昨年末は76.4キロだったので、実質は1.5キロしか減ってませんけど…。
 恥ずかしながら、体重計に「74」の数値を見たのは、2003年12月に大阪へ赴任した直後以来のこと。42歳になったばかりの自分に再会した気分です。もっとも、40歳になるまでは「73」に達することが危険信号だったのですが。
 明日は会社で健康診断だ。待ってろよ、保健師ども。この減量の苦心談のお粗末を、いやってほど聞かせてやるぜ。

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2009年1月27日 (火)

風邪で病欠の一日

 おとといの夕方から熱っぽく、今朝も38度ほど熱があったので、出勤はやめた。10年ぶりの病欠だ。
 朝9時過ぎ、東武野田線・塚田駅近くにある医院へ行く。待たされること約1時間半、「おざなり」という言葉がぴったりな診察ぶりだった。一応、聴診器を胸に当てるものの「ほんとに聴いてんのかよ」と突っ込みたくなる。数をこなさなきゃいけないのはわかるけど、もう少し医師としての演技力は身につけてほしい。
 熱発のヤマは越えており、こっちだって本当は医者には用はない。欲しいのは薬だけだ。
 この際、医師不足だ、病院の待ち時間が長過ぎだといった問題を改善するためにも、風邪の症状を和らげる薬程度は、医師の処方を不要にして、薬剤師のいる薬局で直接買えるようにしてはどうか。
 薬が効いたのか、夜になって熱は収まってきた。明日は出社できるだろう。午後7時、いつもならNHKのニュースだけど、テレビ朝日の「学べる!!ニュースショー 」を見る。結構面白かった。
 何気なく、新聞のテレビ欄を見ると、「レズビアン」の5文字が飛び込んで来た。それも教育テレビ。いささかの妄想とともに、8時から「ハートをつなごう」という30分番組を見た。
 わが妄想とは全く関係なく、LGBTの人たちのうち、セクシュアル・マイノリティーであることの深刻な悩みや、ある女性カップルの暮らしぶりなどをさらりと紹介する内容だった。マスメディアで取り上げるのはなかなか難しいテーマなのに、よくチャレンジしたものだと思う。一番大切な人が突然、死んでしまっても、その連絡は自分に来ないかもしれない不安とか、逆に自分が死んだ後に何か残したくても、生命保険金の受取人に指定できないとか、「制度の壁」が彼らの心にとってどれほど高いか、いささかなりともわかった気がする。
 番組ディレクターのインタビューはこちら
 関係ないけど、最近のNHKで最もオモロいのは、「みんなのうた」で時々流れる「ホッキョクグマ 」って歌。地球温暖化が進んでホッキョクグマの生存が追いつめられているって内容ですが、その歌詞で「暑い…何とかしてよ」とホッキョクグマが訴える場面があります。
 あれって、北極海の氷が融けちゃうと、ホッキョクグマにとっての止まり木的なものがなくなって移動が困難になるから困るんであって、体感的に「暑くてかなわん」と感じている訳ではないんじゃないでしょうか。

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2009年1月14日 (水)

奇妙な夢の暗示?

 数日前の夢に、何と中学生の頃の二恋(初の次、です)の相手が登場した。といっても当たって砕けることさえできなかった全くの片思いで、高校卒業後は同窓会で一度会ったきり。普段、思い出すこともなかった彼女がなぜ突然、夢に出て来たのだろうか。気になってしょうがなかった。
 愛知県内で13日、4か月の女児を殺害した疑いで母親が逮捕されたとのニュースがあった。東京の新聞ではあまり報じられなかったけど、仕事柄、目に入って来る。その母親が、何と「二恋」と同姓同名だった。
 まあ、年齢は全然違うし、二恋もとっくに姓が変わってるけど、この奇妙な符合はいったい何だったのだろう?

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2009年1月12日 (月)

ロッテ・今江選手

 12日の産經新聞朝刊生活面の「わたしの三ツ星」というコーナーに、ロッテ・今江選手が登場していました。ちょっと興味深い内容だったので、ここでも触れておくことにします。
 タイトルから想像がつくように、著名人お気に入りの飲食店を取り上げるの欄で、今江選手は「八王子うかい亭 」という鉄板焼の高級店を紹介しています。夫人がこの店をよく知っていたことが行くようになったきっかけで、「特に鮑の岩塩蒸しは絶品で、年に一度、これを食べて今年も頑張るぞと思う」といった趣旨のことが書かれていました。
 で、その鮑の岩塩蒸しを含むスペシャルディナーコースはいくらするのかというと、1万6800円。高いけれども、我々だって奮発すれば出せない額じゃありません。それが、25歳にして推定年俸1億2000万円のプロ野球選手が「年に一度」とは…。
 Number720号の引退特集などで、清原元選手(変な敬称だけど)が若手選手に「お前らの1万円はワシの100万円や!」と言ったエピソードなどが取り上げられ、「一晩で500万円飲んだのが最高」という彼の言も、「俺だって確かに5万円ぐらいが最高か」と思うと何だか納得してしまう。
 「一流選手になったら、札束持って銀座の一流の店で豪快に遊ぶ」ことがしづらくなったのかもしれない。千葉が本拠地だから八王子にそうちょくちょく行けない(銀座にもうかい亭はあるそうですが)としても、堅実な暮らしぶりを彷彿させる今江選手の記事を読むにつけ、やはり清原が最後の豪傑なのかと、何だか妙に寂しさを感じたのでした。

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2009年1月10日 (土)

年末年始

 年末から年明けにかけての出来事、妄想はこんな具合でした。

 28日(日)=有馬記念
 惨敗。ちょっとだけダイワスカーレットの単勝を買っていたけど、焼け石に水。焼け石覚悟なら、ダイワ1着固定の3連単100円総流し2万1000円で配当98万円か。後の祭りだ。エアシェイディには流していただけに、悔いが残る。

 29日(月)=船橋健康センター
 1年ぶりぐらいに行く。草津温泉産の湯の花を溶かして同じ泉質にした「草津の湯」が売り物だったが、原料が入手できなくなったため、「蔵王の湯」に変わっていた。白濁度は草津よりだいぶ薄くなったけど、硫黄臭が残る割合は増した気がする。

 31日(水)=出勤
 24時間、誰かいないといけない職場だから世間並みの休みはなかなか取れない。今回はいわゆる仕事納めから仕事始めまでの間、計3日の出勤で済むのに加え、3〜7日が冬休み。入社以来、これほど休めたのは初めてのこと。この日もほぼ「居ただけ」でおしまい。
 丸善でポチ袋を買い、高速バスで君津へ。午後7時前、閉店間際の大丸で、おせちセットを値引き販売していた。「あれば何でもいい」という人には狙い目かもしれない。

 1日(木)
 三が日は毎年、教育テレビで朝7時から「狂言」の番組がある。実家のDVDレコーダーで録画しようとしたら失敗。ディスクを見ることはできるので、録画機能がいかれてきたらしい。あまり使っていないとはいえ、買って8年だしな。

 2日(金)=箱根駅伝往路
 帰省先の君津から早朝出勤。普段でも同じ電車に乗ることはあるものの、東京に着くまで空いた席があったのはこの時期ならでは。大手町の勤務先に着いたら、箱根駅伝のスタートを見に来た同僚一家とバッタリと出会い、年始のごあいさつ。受験を控えた一番上の子のため、湯島天神に初詣でするとか。仲の良い家族でうらやましい。仕事といったら、駅伝のテレビ観戦みたいなもの。東洋大の優勝はよかった。

 4日(日)=中山金杯
 ダイワスカーレットの快走からまだ1週間しかたっていないのが信じられない感じ。あれからほぼ休みだったせいかな。運試しで金杯に挑戦したけど、カスリもせず。

 5日(月)=南房総富浦ロイヤルホテル泊
 あまりにヒマなので、両親の骨休めを兼ねて富浦へ。和室を頼んだら、ここも羽毛の掛け布団だった。暖房を止めて寝ても暑いの何の。結局、親子そろって寝不足になりに来たようなもの。金輪際、和室に泊まるのはやめることにする。

 6日(火)=AOKI
 富浦からの帰途、金谷港近くの回転寿司「船主」に寄る。それほど空腹ではなかったのに、地魚中心のここに来ると、それなりに食べてしまう。
 君津に戻った後、久しぶりにスーツを買う。十年来、ブランド系には見向きもせず、専ら紳士服チェーンのAOKIを愛用している。太ったせいで、サイズに限りのあるブランド物は様にならないのよ。そこへいくと、紳士服チェーンはサイズが豊富だから、いくらかは不格好な体形もカバーできる。しかし、B体とはねぇ〜。成人式前に初めてスーツを買ってもらった時はYA体だったのが自分でも信じられん。

 8日(木)というか9日(金)未明
0901101_3  10日ぶりに我が家に戻る。1年前に船橋らん展で買ったセロジネと、暮れに実家から父に持ってきてもらった胡蝶蘭(=写真)が開花していた。昨年、6年ぶりに咲いたと大騒ぎしてしまったパフィオディラムも花茎を伸ばしつつある。こちらが咲くのは月末ぐらいかな。
 ようやく目にした年賀状の束に、盛岡当時に知り合った学校の先生の訃報がまじっていた。まだ65歳。不登校の子が通う教室でベテランの味を生かした指導をなさっていた方だった。合掌。

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2008年12月27日 (土)

年賀状書きほぼ終了

 年賀状書きが何とか終わりました。
 長らく愛用していたキャノンのプリンターが寿命を迎え、エプソンの複合機(型落ち)を購入。印刷時の振動がずいぶん抑えられており、今更ながら感心しました。前のプリンターを買った当時(99年暮れだったかな)は、「エプソンはうるさい」という定評があったものですが。
 しかしインクの消耗は早いこと。写真をやや大きめにしたせいもあるにせよ、印刷予定枚数に達する前にイエローのみですがなくなってしまったのには驚いた。
 なるべく早い集配に間に合わせるべく、深夜に近くのポストまで走ったら、死ぬかと思うほどの寒さでした。地デジの気象現況によれば、船橋市の気温は午前1時現在で2・6度。盛岡にいた頃なら何てことのない温度だったのに、12年もたってしまうともはや耐えられません。
 明日は大掃除。身の回りを清めてから28日の有馬記念に臨む。当日は仕事だけど…。

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2008年7月20日 (日)

おせんべい議定書(^^ゞ

 「てきぱき家計簿マム」というソフトを10年以上使っている。無駄遣いの改善とか、何かに役立てるのが本当なんだろうけど、僕の場合はただ、ああいう単純な入力作業をいくらやっても飽きないというだけの理由で続いている。
 拙文に丁寧なコメントをくださっているごんふく さんの個人HPが10周年を迎えたとのこと。ずいぶん先進的な人だなあと感心していた時に、ふと、わが10年前の生活はどんなものだったのかと思い、「マム」のデータを見てみた。
 お酒を飲む機会なんか、今よりずっと少ない。これは仕事が変わったことが大きな理由。当然、太ったこともそのせいだ。
 物価はあまり変わってない。車がないので、ガソリンの値上げが響かないから暢気でいられるんだろうけど。と思いつつ、あれこれと項目ごとの数字を比べていたら、年間の出費額が倍増しているものがあった。
 いわゆる間食、具体的には「読書の友」である「おせんべい」の類だ。全体に占める額はもちろん大したことはないけど、単価が安いだけに、倍増となると量的にも問題だろう。
 いくら歩いても、ジム通いを続けてもウエイトが落ちなくなったなぁと悩んでいたのですが、その原因は酒量が増えたことや年齢的なものばかりではなく、間食の影響も大きいことを見せつけられた感じ。自分では、以前に比べてたくさん食べるようになった感覚は全くないものの、知らず知らずのうちに増えていったのだと考えるしかありません。
 かくなるうえは、京都議定書じゃないけれど、間食費を98年レベルに戻すことを、生活上の大目標とせざるを得ない。いい歳をして情なや。

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2008年4月22日 (火)

バーゲンブック

080422mg 仕事を終えて東京駅に向かう途中、丸の内オアゾ にある丸善 の前に、何だか人だかりができていた。
 近寄ってみると、バーゲンブックフェアをやっていた。待ち合わせまで時間つぶしをしなければならなかったので、お城の本でもあったら買うかと探してみる。
 そう都合よくお目当ての本はなかったけど、叩き売りとはいっても興味を引かれる本は何冊かあった。荷物が重くならない程度に、「東京不思議発見」「東京街角のアート探訪 都心編」「同 城東編」の3冊を計1700円で購入。いずれも元々1500ー1600円だけど、その値段では手は出さなかったろうな。読み物や資料としてはなかなかの内容だと思いますが。
 まだまだ時間が余っており、丸善4FのM&Cカフェで一休み。入ったのは初めて、夕方でさほど込んでいなかったおかげで、線路に面した窓側の席に案内してもらえた(=写真)。コーヒーを飲みながら城山三郎の小説を読み、小一時間を過ごす。
 ようやく待ち合わせの時間となり、最近お気に入りの新丸ビル・酢重ダイニング で一杯。大して飲めない同士で、ちょっと美味しいものをつまみながら話すのにはちょうどいい雰囲気です。

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2008年3月26日 (水)

初戦敗退

 それにしても、21世紀枠相手に「スミ1」で負けてしまうとは・・・。猛攻を凌ぎきった21世紀枠がただ者ではなかったってことか。
 3年前と違って、秋の関東大会準優勝という堂々の成績を引っさげての出場だけに、期待は大きかった。このうえは、夏にもう一度、戻って来てくれることを祈ろう。

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2008年3月20日 (木)

朝から嵐なのに

 不寝番の最中、立て続けに文書を5本ばかり作成したため、いつもよりくたびれ果ててしまった。ところが、いつも総武線の電車に座った途端に眠ってしまうのに、なぜかすぐ眠れない。アドレナリンがまだ残っていたかな。
 新小岩を過ぎてようやく意識がなくなり、目が覚めたら津田沼。やれやれ、寝過ごしてしまった。
 各駅停車で船橋へ戻ったのは、10時ちょっと過ぎ。この際だから、東武百貨店で始まった北海道物産展を冷やかして行こう。と、エスカレーターを乗り継いで6階の会場に着くと、そこは戦場。ロールケーキだかの行列の最後方は会場をはみ出ている。まだオープンしていないラーメン店だって20人は並んでいた。
 傘をさすのが大変なくらいの風が吹きすさぶ雨の日だというのに、朝っぱらからこの集客力。おそるべし北海道物産展。とか何とか言いつつ、僕も人込みをかきわけて北菓楼 の「開拓おかき」と帯広名物の豚丼を買ったのですが。
080305
 (写真は、トラフアナナス@南房パラダイス)

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2008年2月10日 (日)

ダイヤモンド富士

0802102 10日午後5時過ぎ、わが無頼庵のベランダから、富士山の山頂に夕日が沈んで行くのが見えました。「ダイヤモンド富士」の瞬間です。
 田貫湖など富士山の西側から、山頂に日が昇る瞬間の方がダイヤモンド富士の名にふさわしいですが、東側からの夕日にもそれなりの趣があります。
 無頼庵からダイヤモンド富士を撮りたいと思ったのは8年前ごろだったと思います。大阪に出向していた2年間以外、毎年狙っていたものの、当日が仕事だったり、休みでも天気がよくなかったりで、なかなかいいチャンスに巡り会えずにいました。
 ここ数日、朝でも富士山がよく見えなかったので今年もだめかなあと思っていたら、夕方になってぼんやりと富士山が見え始め、「ひょっとして」と待ち構えていたらこの通り。次は、山の稜線に沿って夕日が転がるように落ちて行く「コロコロダイヤ」を狙ってみますか。

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2008年2月 3日 (日)

味が違う!

 といっても、問題の冷凍餃子じゃなくて、10年ぶりぐらいに食べたペヤングソースやきそばです。無論、変なものが混ざっているのではなく、根本的な味が昔のそれと変わっているのに驚いたのでした。いつ変わったんだろう?
 ペヤングソースやきそばは1975年、日本初のカップ焼きそばとして発売され、千葉育ちの僕には「カップ焼きそば=ペヤング」でした。15年前、甲府に異動した職場の先輩の案内で、下部温泉へ遊びに行った時、旅館に先着していた甲府の後輩氏がいた部屋に漂っていたにおいで、「あんた、ペヤングソースやきそばを食べてなかった?」と尋ねたら図星。初対面のぎごちなさがいっぺんにほぐれた思い出もあります。
 その後、カップ焼きそばの攻防戦を取り上げた毎日新聞の夕刊の記事で、市場全体としてはU.F.O(日清食品)の独壇場であることを恥ずかしながら初めて知り、 試しに食べてみたらペヤングよりもずっと本物感のある味とわかって、即U.F.O.派に転向したのでした。
 いつも利用しているスーパーでU.F.O.が品切れだったため、久しぶりにペヤングを買って食べてみたら、かつてのインスタントらしいインスタントらしさが影を潜め、本物感がアップしていました。おいしくなったといえばその通り。でもねぇ、田舎の高校で同級生だった女の子が、10年ぶりに会ったらすっかり垢抜けていたとして、その魅力をすんなりと受け入れられるかといったらどんなもんでしょうか。たとえが飛躍し過ぎか。
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 先日、購入したセロジネが開花。後ろはまだ元気に咲いているパフィオ。外は積もる雪。実は、鉢の水受け皿はU.F.O.の容器を再利用してます。

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2008年1月 7日 (月)

梯子乗り

0801074 今日は不寝番なので、昼過ぎにエグザスへ行き、一汗流すことに。しかし、年の初めから何たること、会員証を忘れてしまって入れなかったのです。
 その代わり、といっては何ですが、道路を挟んで向かい合う船橋市役所前で、鳶職さんたちがはしご乗りの妙技(=写真)を披露しており、しばらく見物していました。
 梯子乗りと木遣り歌 は市の無形文化財に指定されているそうで、テレビでしか見たことのない東京消防庁の出初め式でやっている梯子乗りと比べても、江戸火消しの面影をよくとどめている感じがしました。
 木遣り歌の後は三本締め。縁起のいい行事に加わって、初っ端から大ボケをやらかしたけど、まあいいかと、家まで引き返したのでした。

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2007年8月22日 (水)

眼鏡破損(涙)

 8月22日(水)
 平日休みを利して、友人たちとゴルフへ。場所は佐倉カントリー倶楽部。船橋からは京成特急で30分ほど、しかも京成佐倉駅から徒歩5分という、自家用車のない身にはとてもありがたいロケーションだ。
 今日も猛暑日 になろうかという暑さなのに、ゴルフ場はほぼ一杯の組数で回っている感じ。1週間前の週間予報では、気温が下がりそうなことを言っていたせいかもしれない。
 アクシデントはすっかり汗だくになっていた7番ホールのグリーンで起きたのでした。汗が目に入るので、眼鏡を外さずに左目の目尻辺りをタオルで拭こうとしたら「ポキッ」と音がして、眼鏡のつるが折れてしまったのです。超ど近眼なので、眼鏡なしではプレー続行は不能。思いがけない形で棄権となってしまった。
 使っていたのは5年ほど前に作った「EYEMETRICS」。だいぶ傷がついたレンズを5月に新しくしたのですが、つるもだいぶ劣化していたのかもしれない。破損部分をセロテープで巻いてみると、歩く程度なら問題なかったので、とりあえず友人たちと昼食を共にして、僕だけ帰宅することになった。暑かったせいで、生ビールがやけにうまかった。070822
 壊れた眼鏡の無惨な姿(=写真上)。ピントが合ってないのは裸眼で撮ったせい。んな訳はなくて、単なる腕の悪さのせいです。眼鏡店の入っている船橋の東武百貨店が今日は休みだったので、修理はおあずけ。レンズ新調(3割引でも75000円ちょっとだった! トップクラスの薄型レンズを使わざるを得ない身なのでしょうがないけど)に比べれば、出費は安いだろうけど、ちょっとショックだったことに変わりはありません。

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2007年3月27日 (火)

ここ数日

・3月22日
 夕方4時から仕事。翌23日午前1時半過ぎ終業し、反省会で軽く飲み、3時
 前、勤務先に泊まる。
・3月23日
 午前6時半過ぎ起床。7時過ぎ退社し、そのまま同僚と千葉県市原市のゴルフ
 場へ向かい、1年4か月ぶりのぶっつけ本番。スコアはタイガーの2倍近く。
 午後6時過ぎ、いったん帰宅。夕食後、3時間弱仮眠。午後10時過ぎに起き
 て、身支度を整え、午後11時15分頃、出社。翌朝まで不寝番。
・3月24日
 午前9時過ぎに退社。東京駅へ向かい、新幹線で京都へ。眠るつもりだったが、
 あまり寝た気はせず。大津にて「仕舞と歌舞伎舞踊」という、能と歌舞伎の
 初心者向け教室を見た後、三井寺を散策。午後6時半過ぎ、梅田にて大阪時代の
 先輩氏と痛飲。午後11時半過ぎ、南森町のホテルに投宿。
・3月25日
 午前10時過ぎ起床。テレビで「石川県輪島市などで震度6強」とやっている。
 「こりゃ戻らないといかん」と、本当は1年ぶりに再会できないかと楽しみに
 していた友人と会うのを諦め、午前11時10分新大阪発の「のぞみ」に飛び
 乗る。勤務先には午後2時前に到着も、さすがに当面の作業は終わりつつあり、
 特にやることはなし。その後は特にすることがあるでもなく待機、結局午後10
 時過ぎに退社。帰宅午後11時半ごろ。
・3月26日
 午前6時半起床。出社は午前8時過ぎ。途中、もよおしてきたため、馬喰町駅で
 いったん下車し、どうにか間に合った。もう年なんだから、無闇な我慢は大惨事
 のもとだ。日中はいつもの通りに働いて、午後5時過ぎに退社。船橋のエグザス
 でランニングマシーン20分、ボディパンプ30分で大量発汗。

 あーくたびれた。こんな暮らしで体調を崩したって、誰も同情してくれないよなぁ。

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2007年3月 7日 (水)

自業自得

 3月7日(水)
 お札で財布が厚くなっているのならいいけれど、僕の場合はほとんどカードのせい。なのにまた1枚、増やしてしまった。
 本日、新たに仲間入りしたのは、イトーヨーカドーのポイントカード。クレジット機能なしのカードなら薄っぺらいかと思ったら、そんなことはなかった。そりゃそうだ、レジのカードリーダーを通すのに厚みが違うわけないか。
 改めて財布の中のカードが何枚か調べてみる。14枚だ。これ以外にSuica、バス共通カード、パスネット、社員証、運転免許証、放送大学の学生証をいつも持ち歩いている。ソフマップのポイントカードなど、家に置きっぱなしなのがまだある。
 6年ぐらい前、使わないクレジットカードは脱退して枚数を減らしたのに、この体たらく。原因は特定のサービスを受けるためだけのカードが増えたせい。スーパーや電器店ごとのポイントカード、競馬場の指定席、東海道新幹線の指定席を予約するために必要なカードなどなど、こうなるとどれも切れない。
 カード本体はIC化で多機能にできるのなら、1枚のカードで複数のクレジットカードの機能を兼用できるようにしてくれないもんかな。
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 (写真=「くさぼけ」の花@向島百花園)

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2007年2月14日 (水)

役に立った?

 2月14日(水)
 私かに尊敬している方が、日本の文化を紹介するテレビ番組にゲスト出演することになったという。なんと、僕が毎週ほぼ欠かさず録画している番組だ。
 「どんな服装がふさわしいのだろう」と、少々お悩みの様子だったので、過去30回分ほどを収めたDVDを見て、ゲストの服装をチェックした。DVDやHDレコーダーならでは簡単にできることで、ビデオテープでは時間がかかり過ぎてとてもできない芸当だ。おせっかいなことながら、結果をお知らせしたものの、かえって混乱させてしまっただけかもしれません。
 視聴率はたぶん1%にも満たないこの番組は、料理や道具など暮らしの中にある文化や伝統芸能などをコンパクトにまとめ、専門のゲストが適切な解説を加えています。いつか資料として大いに役立つこともあるだろうと、録画し続けています。もちろん、例によってその「いつか」はちっとも訪れることがなかったのです。
 本来の「いつか」ではないにせよ、蓄積した資料?(この番組、録画しているのは国内に100人といないんじゃないかな)で、ともかくも何事かを調べることができたことに、僕は自己満足したのでした。

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2006年12月27日 (水)

見えた!

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 12月27日(水)
 冬の嵐が明けて穏やかな朝、ベランダに出ると、すっかり雪化粧した富士山が見えた。
 今年の春、わが「無頼庵」からちょうど富士山の見える方向でマンションの建設が始まり、その高さがどんどん上がっていくほど、富士山が遮られてしまうのではと心配でした。大げさだけど、富士山が見えなくなってしまえば、無頼庵の価値など半減というか全滅です。
 9月になって、無頼庵のあるマンション全体が大規模修繕で工事シートで覆われたため、かの新築マンションがどこまで高くなったのか、富士山は遮られてしまったのか、全くわからない状態でした。工事シートはしばらく前に撤去されたものの、この冬は天気がよくなく、なかなか富士山の姿を確認できなかったのです。
 幸い、新築マンションは丹沢山地より少し低く、富士山は今まで通りの姿で見ることができたのでした。

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2006年11月11日 (土)

歳月

 11月11日(土)
 珍しく、甥っ子から電話があり、夕食を共にすることに。
 彼も社会人2年生。10年前は漱石先生1枚で叔父貴としての貫禄を十二分に示せたのに、今や諭吉先生のお出ましなくしてはそんな見栄を張ることはできない。
061111  雨も夕方には上がり、待ち合わせの東京駅へ向かう。「何が食べたい?」と聞くと、迷った末に「肉」。若いなあ、やっぱり。八重洲北口の「黒塀横丁」にあるしゃぶしゃぶ店「はな紋 」に入った。
 仕事で少々手詰まりになっていることの相談だったけど、だらしのない叔父さん、どうもあまり役立てそうにない。でも、子供の頃は線の細そうな所があったのに、思いがけないほどたくましく働いている。後生畏るべし。
 両親ともあまり飲めないのに、甥っ子はいける口。ただ、昨晩、会社の人たちとかなり遅くまで飲んでいたせいで、今日は控えていた。「社員旅行?のおみやげ」と、鈴廣の金目鯛の蒲鉾(ちょっと高そう)をいただく。こっちがあげたのは、パリ旅行で買い求めたモンパルナスタワーのボールペン。何だかバランスを欠いてしまい、バツの悪いこと。
 (写真=東京国立博物館・表慶館内の階段)

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2006年9月25日 (月)

送別会

 9月24日(日)
 夕方から銀座で札幌に赴任する同期S氏の送別会。競馬仲間でもある彼のための資金稼ぎに、中山の「産経オールカマー」と中京の「神戸新聞杯」をちょっと買ってみた。前者は3、4着が逆だったら万馬券もゲットだったけど、まあプラスになり、後者はハズレ。トータルでは少しプラスとはいえ、「今日は俺に任せとけ!」と言えるような具合にはならず。
 「焼き鳥系」という主賓S氏の希望で、「鳥ぎん本店」に したけど、席の予約は不可なので、とりあえずソニービルに集合。1階に「アハ体験」を紹介するコーナーがあり、ヒマつぶしに掲げられている6つの問題に挑戦してみた。一見、何が描かれているのかわからないけど、見方をちょっと変えればれっきとした絵であることがわかる。3つはすぐわかったものの、どうしてもわからない絵があり、眺めつつ考えていると、背広姿のおっさんどもが「あれは○○で、これは××だよ」と、聞こえよがしに話し始めた。
 「この馬鹿どもが。見ている人に迷惑だろうが」と、その場を退散したが、ひょっとすると奴らは僕のような待ち合わせのためだけにいる人を追い立てる役目だったのかもしれない。ソニービルに行ったのは久しぶりだけど、何だか雰囲気が変わっていて、あまり待ち合わせ利用を歓迎していないようだったし。
 参加者が集まって店に行くと、いい具合に5人分の席が空いていた。S氏夫妻、主賓の学生時代の先輩J氏、主賓が以前に札幌勤務していた時の同期M氏、それに僕と、同じ会社に勤めてはいるものの、職場はみんな別。J氏とM氏は初対面だけど、J氏は僕が浜松にいた当時の先輩、M氏は大阪出向仲間と、それぞれつながりはある。20年も勤めていれば共通の知人も多く、そんな話でまずまず盛り上がった。
 「鳥ぎん本店」は銀座の真ん中ながら、値段はリーズナブルで味もグッド。酒の種類が少ないのが、飲む人には物足りないかも。釜飯のおこげが美味しかった。その後、別の店でお茶を飲んでS氏夫妻と別れ、残った3人でもう一杯飲みに行って解散。
 飲んでいい気持ちになった後、電車で帰るのは苦行です。総武線でつり革につかまったまま意識が薄れて膝がぬけること数回。たくさん降りる人がいるのにつられて下車し、下りエスカレーターで改札口に出てみると、いつもと景色が違っていた。船橋駅の一つ前の市川駅だった。
 気を取り直してホームに戻り、着いた電車に乗ると、空席があった。しめしめと思って座り、到着した駅で降りると、船橋駅のホームにはない上り階段がある。今度は一つ先の津田沼駅まで乗り過してしまった。上り各駅停車のホームまで行き、3度目の正直?で船橋駅にたどり着いた。

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2006年7月14日 (金)

パスポート申請

060711_6  7月11日(火)
 千葉市美術館は中央区役所との複合施設ですが、面白いのは1−2階に旧川崎銀行千葉支店の建物を保存していること=写真=です。中尊寺の金色堂 がコンクリート製の覆堂で保護されているのと同じ感じです。
 11階のレストランでランチを済ませ、一番の用事であるパスポートの申請をするため、JR千葉駅近くのセンシティタワー にある県中央旅券事務所へ。
 初めてパスポートを取得したのは、もう20年以上も前。それも海外旅行そのもののためではなく、ウルトラクイズの予選に参加するためだった。然るべき額の入った預金通帳まで提示させられたのが、今となっては懐かしい。
 せっかくだから、隣接する千葉そごうの食品売り場を歩く。「冷やしあめ  」が置いてあるのを見ると、「やっぱり関西のデパートなんだなあ」と思ってしまう。大阪に行く前は、育った木更津にもあったせいか、そごうが関西系という印象はちっともなかった。ちょっと美味しそうだった青梅ジュースを飲んで一休み。
 この後、幕張で下車して、放送大学千葉学習センターで試験勉強。昨年度で終了してしまった「現代における伝統演劇」という科目なので、ここへ来てビデオを見るしかないのがつらい。とはいえ、能や狂言、文楽、歌舞伎の貴重な映像が盛り込まれているので、見ている分には楽しいものです。
 日本の伝統演劇に対する外部からの視点というテーマで、詩人であり大正期の駐日フランス大使だったポール・クローデル について詳しい説明がありました。クローデルの墓碑には「ここにポール・クローデルの亡骸と種子は眠る」と記されており、種子とは言うまでもなく「復活のための種子」であると、渡辺守章先生はおっしゃっておりました。
 大賀ハスを見た日に「復活のための種子」ねえ。敬愛する大阪の女性の表現を借りれば、こりゃ「怪電波的状況」だったのでした。

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