2017年11月12日 (日)

第20回ジュビロ磐田メモリアルハーフマラソン

 京都から浜松まで新幹線、東海道線に乗り換えて磐田入り。初孫の誕生を今や遅しと待っているK兄貴に車で迎えに来てもらうという「非道」をやらかして、定宿のルートイン磐田インターに到着。一休みした後、再びK兄貴に来ていただき、市役所近くのクラシックな居酒屋「しちりん」で前夜祭を開いていただいた。ほぼ固定メンバーの5人が参集、30年前に僕が磐田市で勤務してからの縁と思うと、よく長続きしたもの。先輩の皆さんのおかげと言うよりほかにありません。

 磐田での僕の後任者や、地元紙のOB氏に電話をして、懐かしい声を楽しめたのも何よりでした。
1dsc_0471  さてマラソン。それでなくても練習不足なのに、9月の草木湖マラソンの後はほぼ全く走っていない有様です。加えて暴飲暴食ですから、今回ばかりは完走も厳しいと覚悟していました。去年もそうだったけど、こんな状態の時に限ってランニングには絶好のコンディションなんだよな~。従来の練習が詰めていればベストタイム間違いなしなのに…。
 後半を考えて、スタート直後からキロ6分20秒台で進む。絶好調時より50秒は遅い。よって、8キロ辺りで待ってくれている応援団の皆さんを、例年より10分弱待たせてしまいました。無事、ハイタッチすることはできましたが、ペースは上がらず。
 タイムはもう捨てているので、メロンの補給所では4つほど食べてしまいました。その後もひたすらバテないことだけを考えて慎重に走っていたのですが、それでも18キロ過ぎで脚色が一杯になってしまい、最後の坂を走って上り、せめて意地を見せたのが限界でした。完走こそしたものの、タイムは2時間17分22秒と、この大会でのベストタイムより20分以上遅い。これで2月の京都マラソンや東京マラソンに間に合うんでしょうか。
 レース後はM兄貴が迎えに来てくれ、懐かしの「加賀屋」でとろろ定食をいただく。ここにいた当時はよく食べに来た店だったけど、すっかり忘れていて、28年ぶりの来訪と相成りました。店がずいぶんと大きくなっていてびっくりしました。
 その後、磐田グランドホテル「天神の湯」で汗と疲れを落とし、エリザベス女王杯を観戦。割と自信のある予想だったのに、こちらも完敗。今年は本当に馬券の神様から見放されています。
 帰りの新幹線はグリーン車。名物の鰻弁当で明日からのエネルギーを蓄えました。

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2017年11月11日 (土)

第69回正倉院展

 6年ぶりの奈良で12年ぶりの正倉院展見学(関西の記事はこちらで)。

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2017年11月10日 (金)

北斎展

 「あべのハルカス美術館」で北斎展(関西の記事はこちらで)。

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かげのハルカス

 「あべのハルカス」展望台に初登頂(関西の記事はこちらで)。

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同窓会

 年に一度の贅沢。「いとう」でバッテラを囲む同窓会(関西の記事はこちらで)。

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2017年8月21日 (月)

赤城山合宿

 放送大学陸上部のメンバーでサブ3のNさんが毎年、この時期に行っているという赤城山での合宿に交ぜてもらいました。標高約1300mにある大沼の湖畔にある青木旅館を拠点に、1周5キロの大沼周回コースを走り込むということです。この時期でも最高気温は20度足らずとか。
 参加者はNさんの音楽・ランニング仲間で、放送大学陸上部ではウルトラランナーでもあるTさんや女性のHちゃんが来て、総勢11人でした。
 どうも僕以外は全員サブ4みたいで、久し振りに場違い感を覚えました。それはともかく、到着して昼食の山菜うどんをいただきながら雨をやり過ごし、小手調べのジョギングに出ました。極端にきつい坂はないにせよ、上り続けか下り続けで、だんだん脚にこたえてくる感じです。後から思えば、何も知らない強みで3周し、初日の練習はこれでおしまい。
 夕食後、廊下にテーブルを並べ、持ち込んだビールやつまみで延々と2次会。皆さん、おっそろしくよく飲む。僕は夕食だけで満腹だったので、緑茶を飲みつつ時折話に加わって、適当なところで自室に退散したのでした。
 2日目の朝は6時前にランニング開始。覚満淵という名所を見に寄り道をしたものの、僕が行った時は霧も何もなく、幻想感ゼロでした。2周して汗を落とし、朝食をいただく。
 部屋でゴロゴロして休み、11時頃から2周して昼食。15時過ぎから3度目の練習、2周が目標だったけど、1周目で相当汗をかいてしまい、今日の練習は打ち止めに。
 夕食後、2泊メンバーのNさんとTさんに聞いたところでは、低血糖になると、体内の水を排出するために汗が大量に出るとのこと。ひょっとすると、今日の午後練習であっけなくバテたのは低血糖だったのかもしれません。
 本当は3日目の月曜朝も2周して計50キロを達成するつもりだったけど、走れば走るほど坂に怖気づいてしまい、朝ランは取りやめに。太田に戻ってからそれなりに働いたので、結果的に取りやめでよかったみたいです。
1dsc_0358_11 ちょっとガスのかかった赤城山頂を望む

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2017年7月 2日 (日)

この道は…

 クタクタの体を癒すため、帰りは伊香保温泉に寄って日帰り入浴しようと、カーナビの行先を「自宅へ」に設定。当然、行きと同じ渋川経由のルートだろうと思い込んで走っていたら、どうも来た時の道とは全然違う気がしてきました。そのうち、道路標識に「北軽井沢」とか出てきて、どうやら上信越自動車道経由のルートを勝手に選択していたのです。
 全く何たること。どういうわけか知りませんが、愛車のカーナビは度々、行きと帰りに異なるルートを選びます。疲れ切っていたせいで、ついそのことを忘れていたのです。
 今更戻るわけにもいかず、有料道路の料金を払いつつ進んでいくと、直進すると「中軽井沢駅」との表示が目に入ってきました。すると、この道は…。
 35年前、軽井沢プリンスホテルでのアルバイトが終わって、バイト仲間の運転する車に乗せてもらって同駅に向かう途中、下り坂でスピンして道路脇を5mほど転落した事故に遭いました。幸い、乗っていた3人とも無傷でしたが、あと数mずれていたら太い木に激突していたはずでした。
 記録上は無事故無違反を続けているものの、人生で唯一「死」を意識したあの一瞬のことはこのところ、すっかり忘れていました。ほぼ毎日車を運転する今、本当に慢心がないのかと問いかけられた思いがしました。
 やはり35年ぶりにアルバイト先の軽井沢プリンスホテル近くを通り抜けて上信越自動車道に乗り、群馬へ。それにしても、群馬県は東西も結構広いのを改めて実感させられました。

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2017年7月 1日 (土)

万座温泉へ

 群馬県民となって10か月。仕事熱心のあまり、温泉地へ行くどころか東毛地域からろくに外へ出られない有様でしたが、2日(日)の嬬恋高原キャベツマラソン出走のため、万座プリンスホテルに泊まることになりました。
 あいにくの雨。昼食を済ませてから太田を出て、前橋のボスに書類を届けに寄り道をしてから渋川を経由して万座へ。愛車のカーナビが古いせいで途中、新しくできた道路に対応できずに進路をロストしてしまいました。カーナビが示す旧道?に近づくべくウロチョロした挙句、辿り着いたのは八ッ場ダム。「コンクリートから人へ」の象徴というかスケープゴートにされかかりましたが、大工事は進行し、周辺には小奇麗な温泉街ができていました。
 本当は前日受付を済ませておきたかったのですが、間に合いそうもないので諦め、万座温泉へ向かいましたが、想像以上の山また山でした。調べもしなかったけど、万座温泉の標高は1800mとのこと。17時半頃に到着し、硫黄の匂いが濃い白濁の湯に浸かって久し振りにリラックスしました。
 プリンスホテルは35年前の学生時代に初めてアルバイトをした所です。軽井沢でしたが、その後、各地のプリンスホテルに泊まることもなく、宿泊は今回が初めてでした。部屋にエアコンがないのは軽井沢と同じです。露天風呂で来し方を思うと、いささかの感慨があります。
 夕食はブッフェスタイルで、過剰な栄養補給と相成りました。嬬恋村だけにキャベツを使った料理が多く、ホテルオリジナルの味噌ドレッシングがなかなか美味でしたが、販売していなかったのが残念。

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2017年4月30日 (日)

高知城

 「親分」宅へのお見舞いは午後なので、午前中は高知城と牧野植物園を見に行く。
 高知城はホテルから歩いて15分程度。途中、当地の名物「日曜市」を冷やかし歩く。果物、野菜、日用品とよくこれだけの出店が集まるものだと思うくらいだし、地元のお客さんが多いのにも圧倒されます。
1dsc_0270_11  見事な石垣を眺めながら石段を上り、天守へ。これで現存12天守のうち10か所目の「登城」です。残るは松江城と弘前城。やはり松江は在阪当時に無理してでも行くべきだったか。弘前も出張ついでに出かけられなかったことが悔やまれます。
 それはそれとして、高知城の天守は江戸時代になってから建てられたせいなのか、ほとんどの梁が製材された木でした。たいていは曲がった松なんかが使われているものですが。

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牧野植物園

 高知城からブラブラ歩いてはりまや橋へ。ここからバスで牧野植物園に向かう。
 上司の示唆のおかげではありますが、高知に来て牧野植物園の花を眺めずに帰る手はありません。到着まで約20分。1時発のバスで戻れば、はりまや橋での待ち合わせにギリギリ間に合う計算なので、ここは1時間半弱を見学に使わせてもらうことに。
 結果的に、園内が広すぎて1時間半では歩き回るのが精一杯でした。じっくりと眺めるには半日は必要です。
 牧野富太郎というと、晩年の好々爺然とした写真の印象ばかりが強く、実際の業績などはあまりよく知りませんでした。植物学者というより、「最後の本草学者」という紹介の方がピンとくる感じです。
1dsc_0280_11 ユキモチソウ。
1dsc_0290_11 キエビネ。
1dsc_0282 ケシ。植物園ならではですが、厳重にフェンスで囲われています。
1dsc_0284_11 桜草。ほかに棚が二つあり、種類が多いのにびっくり。
 この後、はりまや橋に戻って、「親分」の「不肖の弟子」ら5人と合流。うち2人は顔見知り、女性1人は東京にいた頃、電話でよくやり取りをした間柄で、全くの初対面は2人でした。
 車で「親分」宅を訪れると、「親分」は痩せたというより、小さくなった感じでしたが、まずは元気そうで何より。馬刺しや寿司をたんまりと用意してくれて、お見舞いどころか酒盛りに。運転してきたお三方には申し訳ないことをした気がします。
 当方の飛行機の都合もあって、宴は2時間ほどで切り上げ。高知龍馬空港まで送っていただき、18時の飛行機に悠々と間に合いました。
 羽田空港からはバスで太田へ。館林からが長かったけど、23時過ぎに帰宅。

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