2009年10月28日 (水)

「夢と追憶の江戸」中期

002_3  お昼過ぎ、竹橋駅近くのこあしす接骨院で足裏の治療を受け、って先週の水曜日とまったく同じですね。残念ながら今日は十八番へは行かず、大手町の職場を素通りして(公休です。サボってるわけじゃないですよ)、日本橋・三井記念美術館で開催中の「夢と追憶の江戸」を見学に。
 高橋誠一郎・元慶應義塾塾長代理の浮世絵コレクションを3期にわたって紹介する貴重な機会ながら、職場の近くでいつでも行けると油断していたばかりに前期展示を見逃し、中期も今週末までだったため、あわてて出かけた次第。どうも浮世絵の変遷史に沿って会期を分けたのではなく、いわゆる展示替えのようなので、少し安心しました。
 じっくりと鑑賞することができた中で、最も印象に残ったのは喜多川歌麿の「教訓親の目鑑 理口者」(小さい画像ですが、こちらで見られます)。女性観としてはアナクロそのものだとしても、大首絵の構図としては斬新的だし、江戸時代だってこのタイプはやっぱいたんだと、人間は大して進歩も退化もしていないことを感じさせてくれる、いい作品だと思います。
 図録は買いましたが、迷った末にやめたのが浮世絵柄のトレシー。駿河町越後屋正月風景図(道を挟んで向かい合う両替屋と呉服屋の両越後屋の間に遠く白富士を望む、あの絵です)を額装してあるのが、何だかいい感じだったのです。後期展示に行ったら、額装品があるのかどうか、聞いてみよっかな。
 

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2009年10月14日 (水)

「皇室の名宝」1期

002_2  お昼過ぎ、竹橋駅近くのこあしす接骨院で足裏の治療を受け、神田・出世不動通りへ向かって、1年ぶりくらいに中国料理「十八番 」で食事。もう2時近くだったせいで、すんなりと入れました。大盛りソース焼きそばと餃子を注文。妙な組み合わせですけど、めったに来られない以上、好物を頼むしかありません。
 満足して店を出た後、特別展「皇室の名宝」を見学するため、上野・東京国立博物館へ。平日の午後とあって、人気の展示を最前列で見るには並ぶけど、後ろからでよければさっと見回れる程度の込み具合でした。
 おととし、京都へ見に行った狩野永徳の「唐獅子図屏風」に、曾孫の常信が描いた左隻があるとは知りませんでした。一双そろって見られる機会は珍しいそうです。
 屏風といえば、横山大観の「朝陽霊峰」も素晴らしいのですが、展示のしかたにいささか疑問がありました。多少離れて屏風全体を眺めようとすると、そのちょうどいい辺りに「青磁鳳雲文花瓶」の展示ケースがあるのです。展示室の構造上、仕方ないのかもしれませんが、ちょっと残念でした。
 数々の名宝の中で、印象に残ったのは「龍虎図」(橋本雅邦)、「七宝四季花鳥図花瓶」(並河靖之)、「官女置物」(旭玉山)など。象牙で十二単姿の官女を彫った玉山の作品は、「ほんとは干瓢でできてんじゃないの」と思ったくらい、触れば柔らかいんじゃないかと勘違いさせるほどの出来映えで、しばし見とれてしまいました。
 1期の目玉の一つ、伊藤若冲の動植綵絵三十幅もじっくりと堪能。眼福ついでに、来年のカレンダー(動植綵絵)と1・2期の図録セット、計6400円の買い物までしてしまった。

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2009年9月24日 (木)

九月大歌舞伎

090924 かねがね見たいと思っていた「勧進帳 」が、今月の歌舞伎座・夜の部に掛かっており、千秋楽も近い今日、観に行きました。
 歌舞伎座での観劇は17年ぶりぐらいかな。当時、ハマっていた友人に誘われて行ったものの、僕には火がつきませんでした。その頃の上司が「歌舞伎は絶対にいい席で見るもんだ」と吹いていたのを、僕は(よく1万6000円も出す気になるな)と不思議な思いをしたのを覚えています。
 歳月を経て、その上司と同い年ぐらいになった自分が、やはり「絶対にいい席で見るもんだ」と思っているのは奇妙なものです。
 「勧進帳」を初めて観る僕らにとって、いい席は何と言っても花道の出入り口近く。幕切れの見せ所「飛び六方」を堪能したいですしね。ネットで予約した際、おあつらえむきの二等席二列目の中央やや花道寄りを取れました。
 弁慶は幸四郎、富樫は吉右衛門、義経は染五郎。弁慶と富樫の緊迫感あるやり取りも十分に楽しめましたが、微動だにせず座り続けている義経役も結構、大変な感じがします。

 「勧進帳」の後の「松竹梅湯島掛額 」は、歌舞伎にもこんなに笑わせる演目があるのかとびっくり。アドリブ満載、吉本新喜劇の「ホンワカホンワカ」まで聞こえてきそうな笑劇です。おどけた主役をあの吉右衛門さんが、あの渋い鬼平が軽やかに演じていて、違和感があるようなないような、観ていてくすぐったくなるような気分にさせられました。090924_3

 来年からの建て替えを控えて、正面にはカウントダウンパネルも。

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2009年8月26日 (水)

「写楽 幻の肉筆画」

090826 昨日から3日間の夏休み。毎度のことながら予定を立ててないものの、無為に過ごすのも何なので、午前中は江戸東京博物館で開催中の「写楽 幻の肉筆画 」を見学し、午後は地元の船橋健康センターでゴロゴロすることに。
 7月から始まっている展覧会なのに、今日に至るまで行く気が起きなかったのはなぜ? というより、今日になってなぜ行く気が起きたのか。会場に入り、初めの方の展示に奥村政信の「遊君」シリーズがあるのを見て、「あぁ、どこかで怪電波が発せられていたのだ」と納得したのでした(アホ>自分)。
 というのも、昨晩、読んでいた加藤秀俊先生の近著「メディアの発生——聖と俗をむすぶもの」(中央公論新社)の第六章で、まさに「遊君」が論じられていたのです。読んだばかりの話が、急に気が向いて出かけた展覧会に出品されていた浮世絵の画題になっているとは…。
 加藤先生によれば、遊君とは美人であるのみならず、芸事一般に通じ、歌詠みも上手な教養人であり、相応の知識人でないとその相手は勤まらないとのこと。奥村政信の「遊君シリーズ」4作のお相手はといえば、仙人たち。絵そのものは諧謔味がテーマですが、遊君の相手としては十分な存在です。大いに頷かされました。
 本展は昨年、初めて本格的な学術調査が行われたギリシャのマノス・コレクションのうち、約120点が出品されています。マノス・コレクションがあるのは、アドリア海の入口にあるコルフ島の国立コルフ・アジア美術館で、おいそれと行けるような所ではなさそうです。
 その意味でも、行っておいてよかったと思える展覧会でした。

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2009年5月20日 (水)

資生堂・サントリーの商品デザイン展

090520  平日休み、夜に東京文化会館小ホールで開かれる仲道郁代さんのリサイタルへ行く前に、同じ上野の東京芸大美術館で開催中の「資生堂・サントリーの商品デザイン展 」を見学。19時まで開いているうえ、入場無料なのが素晴らしい。
 「商品のタイムライン」という展示では、100年以上前から今日に至る時の流れの中で、その時々の両社の代表的な商品を交互に並べています。「トリス(Torys)」が「鳥井のウィスキー(=TORII'S WHISKY)」に由来しているなんて、考えてもみなかったな〜。戦時下の女子挺身隊に特別配給された口紅の容器は17年前、掛川の資生堂企業資料館 がオープンした時に見て以来。その時は、資材不足で容器が木製だったことにしか目が行かなかったけれど、改めて見ると、きちんと丸みをつけておしゃれ感を出しているのに気づく。
 高度成長期あたりから、なじみのある製品が登場すると、「あったあった」と懐かしさもひとしおです。今も愛用する「タクティクス」は1978年の発売。当時、高校生だった僕は「いつかはあれが似合うようになりたい」と思ったものです。社会人になって買えるようにはなりましたが、似合っているかどうかは自信なし…。
 来場者は、やはり昭和50年代の商品に最も反応している感じがしました。石油ショックの後とはいえ、まだ高度成長の名残りがあり、その一方で単なる大量生産品にはない付加価値が求められ出したことが、野心的なデザインを生んだのでしょうか。
 タダだから、そこまでできないのはわかっているとはいえ、多くの人はおそらく、これらの商品のCMも見たかったと思います。いつか、何らかの形で、商品とCMを総合したデザインとして見る展覧会が開かれるといいのですが。

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仲道郁代ピアノリサイタル

 

仲道郁代 さんについては美人ピアニストと知っているだけで、演奏を聴いたことは全くありません。なのに、休みの日にわざわざ出かけたのは、イープラスでチケットが4500円→2500円にディスカウントされて販売されていたのに飛びついたせい。初めから2500円と設定されてたとしたら、きっと見向きもしなかったでしょう。お得感のみに惹かれ、音楽そのものはどうでもいいと、これはまた我ながら堂々たる偽物ファンぶりです。

 ピアノの演奏会は2003年11月29日、大阪市へ引っ越した翌日に、青柳いづみこ さんのリサイタルを聴きに行って以来のこと。今回は全指定席ながら、自分がどこの席なのかは中に入るまでわからなかったのですが、開演前に席からステージを撮った下の写真でわかる通り、かなり端っこでした。
090520_2
 演奏を聴くうえで良い位置ではないでしょうけど、演奏を見るのには好ましい気がしました。というのも、先の青柳さんのリサイタルは自由席で、最初は最前列に陣取ったのですが、青柳さんのドビュッシーの演奏に、ど素人の僕は「人間の手はかくも早く正確に動かせるのか」とびっくりさせられてしまったのです。「本当に弾いているのか」と疑い、休憩中に鍵盤の見える2階席に移って、当然のことながら本当に弾いているのを目の当たりにして呆然としたものでした。
 バカ丸出しで恥ずかしいのですが、そんな経験もあって、僕にとってピアノ演奏会は鍵盤の見える席がベストになっています。
 今回は「クラッシック音楽との素敵な出会いを」という素人向けのサブタイトルながら、ラフマニノフとリストの曲で玄人にも配慮した構成。仲道さんのお話は簡潔で、技術面での聴き所(ピアニストの手の大きさがわかる、とか)も教えてくれるなど興味深い面もありました。聴き覚えがあるような曲もあり、ともかくも「あぁ、本当に弾いているんだ」とまた、間抜けな感想を抱きつつ、気分豊かなひと時を過ごしたのでした。
 後半のシューマン「謝肉祭」が終わって、拍手して2度のカーテンコールが終わった後、僕は席を立った。アンコールのことをすっかり忘れており、しまったと思ったものの、上野駅から秋葉原駅に向かい、総武線に乗り換えようとした瞬間、ジーパンの後ろのポケットに入れておいた財布がないことに気づいた。
 中身は少ないのに、あれこれカードが入っていて厚みだけは一人前なので、長い間座っていると滑り落ちることがあるのです。急ぎ上野へ戻り、東京文化会館の係員の方に訳を話して再入場させてもらって、座っていた席を調べたら……、あった。
 あ〜よかった。

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2009年4月29日 (水)

「大和し美し 川端康成と安田靫彦」

090429
 久しぶりに「良いものを見させていただいた」という気分でした。
 千葉市美術館で5月10日まで開かれる「大和し美し 川端康成と安田靫彦 」。ゴールデンウィーク中はほとんど仕事で、行くなら休みの今日がベストとはいえ、帰宅は午前4時半を過ぎ、寝たのも5時過ぎ。11時頃には目が覚めたものの、何となく外出は億劫な気分でした。
 気力を振り絞って?、午後3時半頃に現地へ到着。ここは6時閉館なので、この時間からでも焦らずに見学できるのが嬉しい。
 安田靫彦の作品は切手になった「飛鳥の春の額田王」しか知らず、本物を見るのも初めて。どうしてなのかはわかりませんが、僕にとっての「美しい女性」の基準?となっている一人がこの絵です。そのくせ、初めて見るってのも妙なことではありますが、印刷物で見ると平板な印象なのに、実物は柔らかな膨らみを感じさせる立体感がありました。
 多くの作品が鎌倉時代以前に想をとっており、細くても途切れることのない丁寧な線で描かれているシンプルさが、独特の気品を醸し出している気がします。
 川端康成の全集の表紙を安田靫彦が描いた縁で二人の交流が始まったといい、その様子を写した林忠彦の写真は、美術収集を巡る二人の関係を雄弁に語っています。
 川端康成のノーベル賞メダル、「美しい日本の私」などの作品展示、再現された書斎など、会場には僕のようにあまり川端作品を読んでいない者にとっても十分に楽しめる工夫が凝らされていました。
 川端コレクションの貴重さはもちろん、安田靫彦の作品やコレクションがまとまって公開される機会は稀だとのこと。千葉市という場所柄のせいか、休日なのに大して混雑しておらず、遠くても足を伸ばして見る価値のある展覧会だと思います。

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2009年2月28日 (土)

妙心寺展

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 会期末の3月1日が明日に迫り、大慌てで東京国立博物館で開かれている特別展「妙心寺 」を見に行く。昨年暮れに上洛した折、予習代わりに妙心寺に詣でた というのに、あやうく予習を無駄にしてしまうところだった。
 最初の展示は、昭和天皇の宸翰「無相」。昭和天皇自筆の文字は、ほかに日本国憲法原本に記された御名ぐらいしか一般に明らかになっているものはないのだそう。何となく、真面目なご性格が表れている感じがします。
 妙心寺は花園法皇の帰依によって始まったとのことですが、その法皇の宸翰も何点か見られました。筆ペンを使ってさえ金釘流以下の僕が言うのは恐れ知らずにもほどがあり過ぎですけど、あまり上手なお手だとは思えませんでした。
 秀吉最初の子だった棄丸の像や、棄丸所用の玩具船などは、妙心寺と豊臣家との縁の深さを感じさせます。肖像画もありましたが、秀吉の義姉、いわゆる「ねね」さんのお姉さんご愛用の食器セット「菊桐紋蒔絵膳椀」が一番の驚きでした。
 箸なんか、調理用の菜箸ぐらい長かったし、飯椀だって丼ぐらいの大きさだと思う。本当に女性用なんだろうか。器が大きいだけで、盛る量は少なかったとしたら、あの箸ではさぞ食べにくかったでしょう。身分が上がるのも考えものです。

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未来を開く福沢諭吉展

 「妙心寺展」を見学し終わったのは3時前。お腹がすいていたけど、平成館の前にある表慶館で開かれている「未来を開く福沢諭吉展 」を引き続き見学していく。
 会場が狭いせいもあって、妙心寺展よりもずっと混雑していた。信心の篤い門徒?が依然として多いせいもあるのだろう。
090228_2  先日、読み終えた歴史作家の中村彰彦氏と山内昌之・東大大学院教授(イスラーム史専攻)の対談集「黒船以降 政治家と官僚の条件」(中公文庫)に、「福沢諭吉の『瘠我慢の説』を検証する」という一節がありました。要約すれば「諭吉の業績は評価するけれども、その人間性には首を傾げる部分もなくはない」といったところ。例えば、幕府に雇われて渡米(感臨丸より後のこと)した際、相当額の公金着服をしたと思われる(大政奉還でうやむやになったらしい)のに、そうした倫理感覚の持ち主だった諭吉が「旧幕臣だった榎本武揚や勝海舟が新政府でも高官に就き、いわば平然と二君に仕えるのはおかしい」と批判するのは、あまり気分のよくないエピソードだというわけです。
 本展ではその「瘠我慢の説」と、それに対する勝海舟の返答の手紙(「反論する気にもなれないから、勝手に公表してください」といった内容)が展示されています。この件についての見解はともかく、読み終えたばかりの話の実物を目にするのは、何だか妙な気持ちでした。
 これを書いているのが当日ではないことがバレますが、3月1日の毎日新聞で池内紀さんが「幕末明治の肖像写真」(角川学芸出版)の書評 で、「写真という新しいメディアの誕生と日本の近代化がほぼ同時期だったのは、意味の深い偶然だった」と書いています。諭吉は無類の写真好きで、あちこちで写真を撮っており、その多くが展示されているのも面白い。中でも、「典型的日本人」として丁髷姿の諭吉の写真がパリの人類学博物館に残されていることは興味深かった。撮った方も、まさかこいつが後世に名を残す人物だったとは夢にも思わなかったろうに…。
 諭吉の関連資料ですが、木村摂津守の英文名刺、コッホの加筆がある北里柴三郎の講演草稿なども一見の価値ありだと思います。3月8日まで。

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2009年1月14日 (水)

国宝雪松図と能面

090114  初詣はろくに行かないけど、三井記念美術館で恒例となりつつあるお正月の雪松図屏風の公開にはどうしても行きたくなります。夕方からの勤務の前に、ちょっと寄り道してきました。
 表題の通り、今回は新たに国の重要文化財に指定された「旧金剛宗家伝来能面54面」を一堂に披露するのが目玉。能には在阪当時から興味を持ち始め、鑑賞講座に通ったりしたものですが、いかんせん公演を生で観たことがありません。そのせいばかりではないにせよ、ただ能面だけを見ても、どこかピンと来ないところがあります。昨年7月、MOA美術館で国立能楽堂コレクションを見学した時も、何となく勉強になった気はしたものの、知識としては根付かなかったしな〜。
 実は、能面の展示室より前に、能に由来した銘を持つ茶碗が展示されています。「大べしみ」なんて銘の意味は、それだけでは何だかわかりませんでしたが、「べしみ」が能で使われる天狗の面だとわかっていれば、「どこがそう思い起こさせるのか」と眺めようも違ったでしょう。展示室の都合でいかんともし難いのですが、これは惜しいことでした。「俊寛」という銘のある黒茶碗は、その由来の説明だけで十分に面白かったけど。
 雪松図屏風は、茶器と能面の間にある展示室で鑑賞。室内中央のソファに座り、5分ほどじっくりと雪松図の中に没入させていただきました。

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2008年12月 3日 (水)

フェルメール展

081203 8月に始まってから4か月がたち、もう少しは混雑もマシになっただろうと思って平日休みに出かけた東京都美術館のフェルメール展だったけれど、甚だ見込みが違って、本日午後も50分待ちでした。
 この人気ぶり、いったい何なんだろう? 作品が三十数点と少なく、いずれも欧米に所蔵されているため、目にする機会が相当限られているせいもあるのでしょうか。僕は、日本で最も人気があるのはルノワールだと思っていましたが、現時点ではフェルメールかもしれません。
 7点を一挙に見られるチャンスは逃すまじと、大勢のファンが押し寄せるのは明らかだったから、ここまで待ったのに、なおこの行列…。真面目に一から眺めていたら閉館になってしまいそうだったので、フェルメールの絵だけを最前列で見て、後は適当にすっ飛ばす。
 後から、これでよかったのかと、何となく後悔しました。お目当てをじっくり鑑賞するのはいいとして、他のデルフトの巨匠たちの作品もきっちり見ておけば、今まで知らなかった画家の名を心に刻み込むチャンスだったかもしれない。
 といって、今日のように2時半過ぎに並び始めたのでは、すっ飛ばし鑑賞でも外へ出たのは閉館直前です。あるいは、会期終盤の今、1回目にすっ飛ばし鑑賞をした人がもう一度、訪れていることが結構あるのかもしれません。12月14日まで。

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2008年11月15日 (土)

大琳派展

081115 不寝番明け、明日で終わってしまう「大琳派展 」を見に行く。今回も勤務先の仮眠室で小一時間寝てみたけど、やっぱり眠れない。時間がもったいないので、ともかく上野へ。
 12時前、写真のような具合に入場待ちの行列ができており、「30分待ち」となっていた。実際は20分弱だったけど、中は込み合っている。こういう時は思い切りが肝心で、見てもさっぱりわからない書の類は飛ばして、絵と工芸だけに時間をかけた。
 後期陳列の目玉は、俵屋宗達をはじめとして、尾形光琳、酒井抱一、鈴木其一が描いた「風神雷神図」を同時に見られること。宗達の国宝画(看板の絵です)を初めて見た時から疑問に思った謎の左手は、どのように継承されていったのかが、何と言っても僕の興味の的でした。
 結論を言うと、宗達の描いた雷神の両手の親指が対向していないことに疑問を明らかに持ったとみられるのは抱一だけでした。光琳と其一は宗達画と同じく、左手の握り方が奇妙なのに対し、抱一は左手の指を並列した4本しか描いていません。こうすれば親指が対向しているようにも見えるし、あるいは宗達画を尊重して対向していない親指が見えないだけのようにも受け取れます。
 雷神の左手問題はやはりあったんだと納得させてくれた抱一画を僕は気に入ったのですが、立ち読みした図録はこの点に触れていないばかりか、抱一画への評価が厳しい。従って、重くて高いばかりで買う価値なしと判断。
 ついでの屁理屈ですが、風神も妙かもしれません。猛烈な風を起こす力を持っているんでしょうけど、この風神は髪を見ると自ら風を受けています。すると、力を発揮した挙げ句、自分が吹っ飛ばされてしまうはずで、こんな間抜けな神様じゃただの笑い者です。本当は雷神のような姿が、風神の力を表すのにふさわしい構図だったんじゃないでしょうか。

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2008年11月10日 (月)

北條秀司 箱根への想い

 大湧谷から湯本へ戻り、ともかく座れそうな店でお昼を済まそうと、歩いていて目についた花さがみへ飛び込む。空腹でもなく、さりとて食べないと夕食まで保たないので、一番軽そうなそば御膳をいただく。1時前に店を出ると、待ち客がズラリと並んでいた。
 「定宿」は14時チェックインのため、それまでの時間つぶしに隣接する箱根町役場にある郷土資料館で開催中の「北條秀司 箱根への想い」を見学。
 演劇には疎いので、北條秀司という名前に聞き覚えはあっても、どんな作品があるのかはほとんど知らない。先月、国立劇場でやっていた歌舞伎「大老」がそうだったかなって程度です。元々箱根登山鉄道の社員だったなんてことは言うに及ばず。
 代表作の一つが「王将」。新国劇に多くの戯曲を提供した縁もあり、展示されていた「王将」のチラシは、先日亡くなった緒形拳さんが主役を務めた時のものだった。その他、若き緒方氏らと共に写った写真とか、何だか緒形拳追悼展みたいな部分もある。
 11月初旬の恒例イベント「箱根大名行列」が昭和10年に初めて企画された時、まだ箱根登山鉄道の社員だったこの人が担当者だったことなどを知ると、名をなす人は名もない頃から後世に残る仕事をしているものだと、つくづく思う。

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2008年10月27日 (月)

第35回NHK古典芸能鑑賞会

 不寝番明け、そして明日は早朝からゴルフというのに、夕方から渋谷のNHKホールで古典芸能鑑賞会を見に行く。初めて見た昨年、義太夫節、狂言、舞踊、歌舞伎と、各分野の第一人者が名作を演じているのに感激し、「今年も」と申し込んだ。
 これだけのイベントなんだから、当然、日曜日だとばかり思い込んでいた。終わるのは9時過ぎだから、不寝番の出勤時刻の11時半までの時間つぶしにはちょうどいい。はずだったのが、よく見ると今年は月曜日の開催だったため、無理なスケジュールになってしまったのです。
 いったん帰宅するのは時間の無駄なので、勤務先の仮眠室で5時間ばかり眠ることに。静かなのに、どうしたわけかほとんど眠れずじまい。観念して、会場へ向かう。
 根性を振り絞って起きて観ていたつもりでしたが、ちゃんと起きていたのは最初の箏曲「八重衣」だけ。狂言「寝音曲」、舞踊「吉原雀」、歌舞伎「心中天網島『河庄』」は、それぞれ肝心な場面で船を漕いでしまったのでした。「河庄」で一番印象に残っているのは、丁稚役の中村虎之介くんで、肝心の坂田藤十郎はさてどうだったかという始末。情けない。
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 観客にインタビューする司会の林家いっ平さんと中川緑アナウンサー(ケータイじゃさすがに辛かった)。

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2008年10月22日 (水)

平成中村座・仮名手本忠臣蔵

081022 イー・プラスで竹席を半額(7350円)で入手し、浅草寺境内に設けられた平成中村座で夕方から、忠臣蔵の五ー七段目を見物。
 浅草に行ったのは数回しかなく、浅草寺に入るのもこれが初めてかもしれません。一応、お参りしてから、江戸時代の芝居小屋の雰囲気を再現したという仮設劇場へ。
 履物を脱いで入場する点からして新鮮でしたが、席は2回の左側の角。花道の3分の1ぐらいは見えません。もし正価で買ってこの位置だと知ったら、怒るよなーって感じずにはいられない。会場を特設した分、観劇料にはね返っていると思われ、こういう公演のあり方がいいかどうかは意見の分かれる所でしょう。
 忠臣蔵の各場面を分けた四つのプログラムがあり、本公演は中村橋之助が由良之助、中村勘太郎が早野勘平・寺岡平右衛門と若手役者が主役を務め、中村勘三郎や片岡仁左衛門は脇を固める。新聞評では「やや上滑り気味」などと厳しい声もあったけど、僕にはそこまではわからず、むしろよく頑張っていたんじゃないのって印象の方が強かったです。
 六段目「与市兵衛内勘平腹切の場 」は、舅を誤って撃ち殺してしまったと勘違いした勘平が切腹して果てる場。同じ忠臣蔵でも、文楽の六段目とは終わり方が異なるといい、一度は見ておきたかったのでした。勘平の苦悩ぶりや悲痛な立場は、勘太郎がよく表していたように見えました。

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2008年10月20日 (月)

八犬伝の世界

081020  千葉市美術館で開かれている「八犬伝の世界 」を見に行く。八犬伝をテーマにした錦絵を中心とした展示で、「新八犬伝」世代としては見逃せません。
 秀逸だったのは、展示品を差し置いて言うのも何ですが、無料でいただける「『南総里見八犬伝』あらすじ」。大長編の本物を読んだことがないだけに、本当はどういう話なのかを知ることができたのはありがたかった。「新八犬伝」は北は羽黒山から南は琉球まで物語が繰り広げられており、(本当かよ)と放映当時もいささか疑問を持ったものでしたが、本物もやはり、あちこちが舞台になっている。琉球はさすがに行っていないが、これは同じ滝沢馬琴の「椿説弓張月」から引いたらしいことも、本展で知った。
 月岡芳年の名作「芳流閣両雄動」を初めて見られた。しかし、何と言っても新八犬伝の主役・犬塚信乃の人形と再び会えたのが嬉しい。
歳月はごまかしを許さず、信乃の人形もだいぶ鬢が白っぽくなっていた。34年前の放映当時、信乃が20歳ぐらいだとすると、今は50歳代前半だから無理もないか。
 ところで、人形の作者・辻村ジュサブロー氏は八犬士の顔をどうやって決めたのでしょうか。今回展示されている浮世絵のいずれかをモデルにしたのではと思うのですが、歌川国芳の「義勇八犬伝」辺りもその一つじゃないかなって気がします。道節や現八、信乃はそっくりだし、角太郎も髷は似ています。

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2008年9月 7日 (日)

エッシャー展〜永遠なる迷宮〜

080907 先月、歴博を訪ねた時に佐倉市立美術館 で開かれている本展も見ておきたかったのですが、時間が十分ではなく、本日、佐倉を再訪した次第。
 他人本位制芸術鑑賞家である僕にとって、人様に感化される前に自ら好きになった数少ない例がエッシャーの絵です。高校生の頃、作品が紹介されている「週刊朝日」をたまたま見たのがきっかけでした。と言って別段詳しいわけではなく、展覧会を見るのはこれで3回目。これでも、特定の作家の展覧会を見た回数としては最多です(^-^;ゞ。
 (日曜日に行くのはどうもなぁ)と思っていました。子供連れとか若いカップルが多いし、エッシャー展の常で「なあ〜にこれ!」ってな声が時に上がって、やかましいからです。案の定、今回もそんな感じではありました。でも、入場者数がそれほど多くなかったせいか、それほど気にはならず、作品もじっくりと鑑賞することができました。
 今回、印象に残ったのは、19歳の頃に描いたとされる自画像。後年の「写像球体を持つ手」の自画像とは異なり、何となくモンキー・パンチのルパン三世の絵みたいな雰囲気で、自らの気負いをユーモラスな線で描いているのが面白いです。
 この展覧会は事前にボランティアを募集して、会場に様々な仕掛けを施すなど、かなりの力の入れようです。上の写真は吹き抜けの3階から撮った床の一部ですが、タイルがエッシャー風のペガサスに張り替えられていました。
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 これは美術館のガラスの前に立てられた覗き穴から見た状態ですが、有名な作品「上昇と下降」に登場する無限階段が立体化されています。平面だからこそ描ける矛盾のはずなのに…。謎を解きたい向きは、9月23日までに現地へどうぞ。この覗き穴は入場料を払わなくても見られます。

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2008年8月27日 (水)

「コロー 光と追憶の変奏曲」

 夕方からの勤務を前に、上野・国立西洋美術館で開催中(8/31まで)の「コロー 光と追憶の変奏曲 」を鑑賞。わかるようなわからないような副題がいささか気になる。
 名前は聞いたことがあるし、作品の一つぐらいは見た覚えもある。風景画は好きだから、この際、しっかりと見ておきたいと思ったものの、会期末が近いせいか平日の午後ながらそこそこ混雑している。入口付近の展示は飛ばし飛ばしで見て、少し落ち着いた辺りで最前列に入った。
 ここも、多くの作品が壁掛けで直に見られるのはうれしい。近づいて見ると、森やその中の池などを描いた絵は、それこそ湿気まじりのムッとした臭いがするような気がする。
 目玉の「真珠の女」は、さすがに近づくまで時間がかかった。でも、列の動きが遅い分、じっくりと見られた。額の葉飾りを真珠と勘違いされてこのタイトルが残っているとのことだったが、どう勘違いするとこれが真珠に見えたのか理解に苦しむ。ライティングの加減で、この髪飾りの辺りで光が反射して多彩な色がきらめき、全体としてはモノトーンっぽいこの絵が鮮やかに見えるのは面白かった。
 つい、絵はがき11枚購入。
0808271
 8月下旬の割には過ごしやすい日が続く。人出が多いのもそのせいか。

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2008年8月20日 (水)

「江戸の旅から鉄道旅行へ」

 不寝番の前でヒマな日中、国立歴史民俗博物館で開催中の「旅」〜江戸の旅から鉄道旅行へ〜 を見に行く。国宝や重要文化財とは無縁だろうけど、テーマに興味をそそられる。
 ハナっから新知識。江戸時代の旅といえば「お伊勢参り」ですが、行きと帰りは別の道を通るのが普通だったという。東海道を歩いて伊勢神宮を参拝したら、帰りは中山道を通るって具合に。宗教的な意味合いはなく、旅に出るのは滅多にない機会だけに、なるべくいろいろな所を見物したいってことらしいです。
 今だって、できるものならそうしたいけど、なかなかそうはいきません。
 資料で面白かったのは、旅日記。結構、たくさん残っていて、しかも子供や身内が後々参考になるように、つまり誰かに読まれることを意識して書かれているそう。昨今のブログみたいなもので、「旅先で羽目を外したことは当然、書かれていない」との評は、わが無頼庵's Timesも全く同様。
 「だまされぬ東京案内」という本が大正11年に出ていたのも驚き。コンセプトは今と一緒じゃん。
 交通手段は大きく進歩しても、「旅」の本質は江戸時代も今も大して変わっていないことをつくづく認識させられた展示でした。8月31日まで。
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 鉄道開業の頃をイメージして作られた「城山駅」の展示。県立船橋高校の鉄研による模型列車の運行が見られなかったのはちょっと残念。

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2008年8月15日 (金)

ルオー大回顧展

080815  甲子園で塾高が負けてしまったので、定時で職場をさっさと後にし、出光美術館で17日まで開かれている「ルオー大回顧展」を観に行った。
 ルオーの名はよく知っているくせに、どこの国のいつ頃の人なのか全然知りません。なぜこんなアホなことになっているのかというと、勤務先と道を隔てた隣のビルの地下街に「ルオー」という喫茶店があり、以前の職場にいた頃は時々、コーヒーを飲みに行ったものだからです。確か、あそこにもルオーの複製画ぐらいはかかっていたような気がします。
 「大回顧展」と大きく出ているだけのことはあって、代表作の「受難」連作など、ファンだったらこたえられないと思うくらいの展示ぶり。油彩のほとんどはガラスケース越しではなく、壁にそのまま掛けられているので、かなり近くまで見ることができるのは素晴らしい。絵画の技術がわかったら、どれほどいいかと思うほど。
 特に油彩ですが、照明の当て方の影響かもしれませんけど、ルオーの絵はそれぞれ一番シャープに見える特定の距離があるように感じました。ちょっとずつ前後に動いて、そう、何だか自分自身がカメラのレンズになったような気分です。
 いかんせん、キリスト教に疎いせいで、絵の意味しているところはほとんどわからずじまいでした。毎度のことながら、いたしかたありません。

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2008年7月29日 (火)

MOA美術館

 ホテルのチェックアウトが午前10時。午後1時50分発の帰りの電車までは時間があるので、MOA美術館を見学することに。
 恥ずかしながら、今回の旅行の前まで、MOA美術館は熱海駅前に大きな看板を出しているあのビルに入っているとばかり勘違いしていました。実際は、泊まっていた紀州鉄道熱海ホテルよりもちょっと上った辺りにあります。フロントの人に聞くと「歩いて5分ぐらい」とのことですが、相当な急坂みたいだし、この暑さの中を歩いて出たら熱中症になっちゃうかもしれない。
 熱海駅までの車送りをキャンセルする代わりに、美術館まで乗せてってもらうことにした。これは大正解。あんな坂を歩いて登ろうとしたら、年寄りは遭難間違いなしだろう。熱海駅からだって、タクシーで1メーター圏内=690円ですから、バスなりタクシーなりで行くのが賢明だと思います。
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 MOA美術館と言えば尾形光琳の紅白梅図屏風(国宝)ですが、これは梅の季節に合わせた2月のみの展示とのこと。僕としては「黄金の茶室」(復元)を見られただけで十分です。
 ちょうど「国立能楽堂コレクション 」が始まったばかりで、能や狂言の面や装束、小道具などが数多く展示されています。にわかファンの僕には、何となく勉強になった気分。9月2日まで。
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 「海の見える美術館」というキャッチフレーズにふさわしい、メインロビーからの眺め(=写真)。

 ところで、熱海駅を出て右側にあるアーケード「平和通り」を下り切った所にある寿司屋さん「磯丸」は、なかなかコストパフォーマンスのいいお店でした。珍しいことに、職人さんのほとんどが女性。テーブルや椅子があまりにお金がかかっていないというか、昔のドライブインみたいというか、その辺りでがっかりする人はいるでしょうけど、値段を考えればかなり上出来だと思います。詳細は、店の向かいにあるホテル湯治館のブログにて。

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2008年7月11日 (金)

歌舞伎「義経千本桜」

 今月、国立劇場で催されている歌舞伎鑑賞教室のうち、特に社会人向けに午後7時開演になっているこの日の公演を観に行く。演目は一つだけながら、入場料が3800円に抑えられているのもありがたい。席は花道の下手側。
 歌舞伎座でも今月、昼の部で同じ「千本桜」を打っている。こちらは狐忠信を海老蔵、静御前を玉三郎と豪華キャストで、海老蔵の宙乗りまであるとのこと。一方、国立劇場は中村歌昇が忠信、市川高麗蔵が静。数日前の日経夕刊に出ていた国立劇場の演劇評では、地味ながら実力者である歌昇や高麗蔵の舞台を賞賛しており、期待は膨らむ。
 2月に観た文楽の「千本桜」で、物語のミステリアスさや泣かせぶりはわかってはいたものの、歌舞伎には独特の見せ所があって面白い。「初音の鼓」の革にされた狐の子である狐忠信、その由縁を知り、親子の情に薄かった我が身に重ねて鼓を与える義経。演ずるのは忠信役・歌昇の息子である中村種太郎で、配役と実際の親子関係が二重になっているあたりは、歌舞伎ならではの楽しみでしょう。
 それにしても、狐忠信は難しい役だと素人目にもわかる。ほとんど中腰、でもなければうさぎ跳び状態。よろけることさえなく、当たり前のようにこなしていたのには感激しました。
 「鑑賞教室」だけに、開演前に舞台の仕掛けや物語の概略を解説してくれるのがありがたい。澤村宗之助の語りが楽しく、すっかりリラックスさせられた。
 ところで、僕の隣には中年、それも後期中年と思われるカップルがいたのですが、序盤の解説だけで帰ってしまったようでした。いったい何しに来たんだろ?

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2008年7月 4日 (金)

「金印」を見る

 出張の業務を終え、帰りの飛行機まで3時間弱のゆとりがあった。福岡市中心部から福岡空港まで地下鉄で10分と、このアクセスのよさは素晴らしい。3時間もあれば、どこか一回りするのには十分だ。
 ということで、市の中心部から少し離れた福岡市博物館 を見学することに。志賀島から出土した「金印」がお目当て。
 天神からバスで20分ちょっと。路線バスなのに、一部で高速道路を通るのには驚いた。時間を考えれば、いいサービスだ。そういえば、地下鉄も隣の駅までなら一律100円だった。初乗り料金は200円で、大阪市の地下鉄と同じだけど、一駅しか乗らない人には腹立たしい額だ。それが100円なら、まあ納得する。こういうサービスは初めて見た。
 で、金印。見て感激する物ではないものの、いにしえの時代への想像をかき立てられる。九州国立博物館もそうだったけれど、ここにも「邪馬台国」の文字はなかった。「学界では、邪馬台国論争は畿内説がほぼ定着していて、あとは具体的な場所がどこかというだけ」と、在阪当時、その道に詳しい人から聞いたことがあり、ここの展示を見てもそういうことなのかと思わされる。
 びっくりしたのは、民謡「黒田節」で歌われている逸話、つまり母里太兵衛が福島正則から正当に頂戴した名槍「日本号」の本物が展示されていたこと。あれって、本当の話だったのか。螺鈿細工が見事でした。
 大陸との交渉の最前線だっただけに、中国との貿易や元寇、さらには明治以降の戦争など、もうちょっと詳しく展示していてもいいのではと思う。優れた人物も数多く輩出していることだし、その辺りの紹介も力を入れてほしい感じだった。

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2008年7月 3日 (木)

博多祇園山笠の飾り山

080703 せっかくこの時期に出張するのなら、博多祇園山笠の勇壮な「追い山」(15日)を見物できるスケジュールにしてほしかったのが、偽らざる気持ち。仕事だからどうしようもないけど。
 とはいえ、街のあちこちには見事な飾り山が公開されている。地図を片手に天神・中州界隈を歩いて、いくつか見物してきた。
 ドラえもんもあれば、因幡の白うさぎも、ゲゲゲの鬼太郎も、桶狭間もありで、テーマは新旧入り乱れている。それなりの決まり事はあるにせよ、妙に伝統にこだわり過ぎない点は興味深い。
 見て回った中で、最も印象に残ったのは「菅原伝授手習鑑」を題材にした飾り山(=写真)でした。

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祭に賭ける情熱とは

080703_2 博多祇園山笠といえば、男衆の締め込み姿が強烈な印象ですが、あの衣装ひと揃いでいくらぐらいするんだろうか。
 飾り山を訪ね歩く間、我ながら妙なことを思いついた。そして、その答の手がかりになるかもしれないのが右の写真。2、3歳ぐらいの男の子用の一式で1万円ちょっとという。
 これを高いと感じるかどうか。祭りに参加する側と、ただ見ている側との差は、その辺りにあるんだろうと思う。

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2008年7月 2日 (水)

九州国立博物館

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 太宰府天満宮の東神苑に、昨年オープンした九州国立博物館 へ向かうエスカレーターの入口が設けられている。特別展はやっていないけど、常設展だけでもじっくりと見学することに。
 この通路、結構長くて動く歩道までついているほどだけど、中の照明が七色に彩られていて、ちょっとトリップ気分が味わえる。
 日本の歴史をアジアとの文化交流史の中で捉えられることを狙った「文化交流展示室」が斬新との評判で期待していたのですが、結果から言うと、今ひとつでした。同様のコンセプトなら、大阪歴史博物館 の常設展示の方が伝わりやすくできていると思います。模型や人形を用いて視覚に訴えるのと、学術的な価値のある遺跡からの出土品などをメーンとするのとでは、方向性が違うと言ってしまえばそれまでですが・・・。
 収蔵品のうち、曾我蕭白筆の「群童遊戯図屏風」(九博HPの収蔵品ギャラリー2で見られます)はよかった。こういう、わかりやすすぎる絵にしか目がいかないのが、いつまでたっても進歩のない所ですが。

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2008年5月23日 (金)

「国宝 薬師寺展」

 「国宝 薬師寺展 」のタダ券をいただいたので、仕事帰りに見学へ。
 金曜日は午後8時まで開館していますが、結構、人の来ること。まあ自分もその一人だから文句は言えません。もう50万人も来たんだから、少しは空いてくるのではなかろうかと思ったものの、甘かった。
 素人目には、初めてお揃いで薬師寺を出たという「月光菩薩」「日光菩薩」さえ拝めれば十分、というか、展示物の数はあまり多くないです。全部持って来ちゃったら、この時期に薬師寺を拝観した人に申し訳ないでしょうし。
 聖観音菩薩立像(国宝)も含め、「月光菩薩」「日光菩薩」とも、周囲にスロープを設けて違う高さからも見られる工夫をしているのはグッド。しかし、不思議ですね。「月光菩薩」は写真で見た通りのお姿ですが、「日光菩薩」は何だか東京に来て太られたように見えるのです。連れも同じことを言っていました。
 少々腰をひねっているので、見る角度によって多少、雰囲気が異なるからそう見えたのでしょうけど、薬師寺での写真と比べてみても、やっぱ太ったんじゃないのと思えるのです。こればかりは「一見にしかず」です。
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 見学後、上野駅にあった和食居酒屋「かよひ路 」で一杯。行き当たりばったりで入ったけど、コストパフォーマンスの良い店でした。しかしながら、前夜、変な夢を見て朝の4時前に目が覚めた後に眠れなかったせいで睡魔に襲われ、生ビールとすだちサワーだけでダウン。帰りの総武線でもこんこんと眠ってしまった。寝過ごさなかったのが、せめてもの幸い。

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2008年5月15日 (木)

小泉信三展

080515_4  講演会終了後、5月21日まで開催中の「生誕120年記念 小泉信三展 」を見学しに、旧図書館へ。ここも中に入ったことがなく、演説館同様、そっちの方が楽しみでもありました。実際、入ってすぐ、正面に見えたステンドグラスに見とれてしまいました。
 恥ずかしながら、小泉信三について知ることといったら、今の天皇陛下が若かった頃の教育係(正しくは東宮御教育参与)だったことぐらいで、「読書論」も読んだ気はするけど、何が書いてあったか全く覚えておりません。
 学生時代のノートなんか見ると、「俺はこんなにきっちりと書いてなかったなー」と、何だか赤面してしまうばかり。ましてや、講義用のメモとなるとさらに詳細で、大学の講義ってこんなに大変だったのかと、今更ながら不真面目、というより集中力なく大講義室に座っていた自分を不甲斐なく思ってしまう。
 学生時代は庭球部の「大将」(明治時代はキャプテンをこう呼んだらしい)、卒業後は気鋭の経済学者にして名塾長、戦後は文筆家で皇太子の教育係と、何だか完璧すぎるんですよね。息子の戦死という悲しい出来事はあったにせよ、あの当時はそういう目に遭った人は相当いた。もっとその、いかに学生たちに親しまれたかがわかるようなエピソードや資料の展示があるとよかったと感じた次第。

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2008年5月 2日 (金)

東山魁夷展

080502 行こう行こうと思っているうちに、展示替えになってしまった東山魁夷展 を観に、仕事帰り、東京国立近代美術館へ行く。徒歩10分程度、雨模様だったけど、幸い降られずに済んだ。
 ついこの間、ファンになったばかりなので、本物の作品をほとんど観たことがありません。それだけに、生誕100年を記念したこの回顧展で数多くの作品を目にすることができるのは、今年前半の最大の楽しみです。大げさすぎるか。
 期待は裏切られませんでした。わが実家のある千葉県君津市の鹿野山で描いたという「残照」(遠くに見える山は八ヶ岳をイメージしたものだったとは、先日のテレビ東京の番組で初めて知った)、画家としての地位を不動のものとした「道」(よく見ると、轍の描き方が実に細かい)、京都・円山公園の桜はこうでなくてはとイメージを決定づけてしまった「花明かり」などなど、画集などでしか見たことのなかった名作を間近に観て、ただただボーッとしてしまったのでした。
 圧巻だったのは、唐招提寺御影堂内部に見立てて展示した障壁画「揚州薫風」と「濤声」(一部)。畳も敷いてあり、その香りがより本物感を醸し出しています。ちょっと波立っている海、実は鑑真和上の行く手を何度も遮った海。もし、鑑真和上が唐招提寺に飾られているこの障壁画を見たら、何を思うのだろう。大自然の力と離れて進むことはありえない人間の「業」は、千年たってもちっとも変わっていないと、僕は思ったのでした。
 こうした展示の仕方は昨年、東京芸大美術館で開かれた「金刀比羅宮 書院の美 」(今は三重県立美術館で開催中)でもありました。僕のようなミーハーは、こうした本物っぽさは素直に受け入れられます。

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2008年4月29日 (火)

萬狂言春公演

 GW中のわが最大?イベントである「萬狂言  春公演」を観に行くことにしたのは、先週末のこと。イー・プラスからの値引きチケットメールに、本公演が7000円→4000円とあるのを見て、飛びついたのでした。せこい。
 亀戸天神社に行くのが初めてなら、国立能楽堂も初めて。東京にいても知らない所はいくつもある。
 茂山家以外の狂言を観るのも、たぶん初めて。席は中正面前目の左端。こういう角度から観るのも、またいいものかもしれない。プログラムを見ると、最終演目の「比丘貞」は三老曲と呼ばれる最高秘曲とのこと。これだけで、来てよかったと思ってしまう。
 「貰婿(もらいむこ)」は、夫婦喧嘩は今も昔も同じだと笑わせてくれました。博打のかたとして一度は売り払われた太郎冠者が元の主に戻され、縄をないながら先方の悪口を腹蔵なく語る「縄綯(なわない)」は、心地よい笑いでα波が満ちてきたのか、途中でウトウトしてしまったのが残念。「比丘貞」は、老尼を演じる人間国宝・野村萬の円熟ぶりに何となく圧倒されてしまいました。
 休憩時間、小用に立つと、隣にいた小学生らしき男の子が友達とバッタリと会ったらしく、「来てたの?」「うん」「席はどこ?」「脇正面」とか話していました。子供のくせに「脇正面」なんて言葉(僕は去年覚えた)を知ってやがって小生意気な、などと、つい思ってしまったのですが、ひょっとすると「芸の家」のお子さんだったのかもしれません。
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 芸がありませんが、国立能楽堂の正面です

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2008年2月19日 (火)

美の壷展

 平日休みの今日、昼過ぎから横浜駅西口の高島屋に出かけ、昨秋、東京で開催された時に見逃してしまった本展を見学。
 先週の土曜日には、高橋美鈴アナウンサーや谷啓さんらのトークイベントがあり、ぜひ見に行きたかったものの、時間を間違えてイベントに間に合わないとわかって断念した経緯があり、何かケチがついた感じもしていました。今日も横浜駅に着いたのが1時半過ぎで、軽くお昼を済ませてから行こうかと思って高島屋のレストラン街をのぞいてみると、どの店も人が待っている状態。
 「平日のこんな時間というのについてない」と、いよいよケチが重なった気がしつつ、会場の入場券販売窓口に並ぼうとすると、
 「これから入場券をお買いになるなら、2人一緒にはいれますからどうぞ」
と、見知らぬご婦人が声を掛けてくれたのです。
 「よろしいんですか」と言いつつ、招待券を持っていたご婦人の後をついて行き、すんなりと入場してしまったのでした。「どうもありがとうございました」とお礼は言ったものの、馴れ馴れしく話しかけるのも妙なので、それっきり別々に見学したのでした。
 入場料800円がロハになったのは嬉しかったけど、考えちゃいました。ここに到着するまでいろいろあった小さなケチの積み重ねが、こんな偶然を作り出したとは。あのご婦人にしても、特に僕だから声をかけてくれたわけではなく、また誰か入場券を買いに来るのを待ち構えていたのでもなく、たまたまご自分が入ろうとした時に入場券を買おうとしていた僕が目に入っただけ。「見えざる手」って、やっぱりあるんじゃないかとか、ついつい。
 展示品は重要文化財とかではないにせよ、古伊万里、根付け、藍染めなど、この番組のコンセプトに沿って「鑑賞のツボ」を紹介してくれていたので、一つ一つじっくり見ることができました。光を当てる加減で色合いが変わるエミール・ガレのガラス器など、番組映像とはまた違う実物ならではの感触があります。
 横浜展は2月24日まで。その後は名古屋、大阪へ巡回します。スケジュールは「美の壷」展HPでご確認ください。

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2008年2月15日 (金)

文楽「義経千本桜」

 国立劇場で文楽2月公演「義経千本桜 (このサイトは歌舞伎の方です)」を鑑賞。17時で終わるはずの仕事がそうはいかず、会社を出たのは17時40分ごろ。幸い18時の開演には間に合いました。
 演じられたのは「伏見稲荷の段」「道行初音旅」「河連法眼館の段」。兄頼朝に追われる逃避行のため、義経は伏見稲荷で静御前に形見の小鼓「初音」を授け、忠臣・佐藤忠信に託して別れる。海へ逃れた義経の船が難破し、吉野山中に潜んでいると知った静御前は初音を手に忠信と共に桜満開の山中へ。ところが、義経が匿われている河連館に着くと、そこには既に忠信が。すると、静御前に付き従っていた忠信はいったい誰なのか・・・。
 ミステリアスですねぇ。その謎が解けていくに従って、「あれはそういうことだったのか」と思い当たります。静御前に付き従っていた方の忠信の鳴り物が、何で「ヒュードロドロドロ」だったのか、とか。そのうえ泣ける話だから言うことなし。名作中の名作とされるのもよくわかります。
 席がだいぶ後ろだったせいで、人形の表情はあまりわからなかったのが残念。国立劇場の小劇場はほとんど一等席ですが、8列目ぐらいまでを一等席にして今より料金を高くし、あとは二等席として料金を下げてほしいものです。

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2008年1月30日 (水)

「国宝 雪松図」と近世絵画

 去年のお正月に見た円山応挙の「雪松図屏風」が、この春も公開されていると知り、行こう行こうと思いつつ先延ばししていたら、31日の最終日が迫っていた。16時からの勤務を前に、職場から歩いて10分ほどの三井記念美術館 に立ち寄って、眺めていくことに。
080130  専門的なことはわかりませんが、この美術館のライティングは絶妙だと思います。元々美しいとしても、茶碗をはじめとする各種の茶道具などは、つい見とれてしまうほど。たまたまペチャクチャしゃべる人たちがいなかったのかもしれませんが、僕にはこの展示室内のちょっと厳かなムードが見学者たちの無駄口を抑えているように思えてなりません。
 去年、訪れた時は雪松図屏風の前をあっさりと通り過ぎる人ばかりで、5分近くも独り占め状態の幸福な時間を味わえました。それで「これからは毎年、正月は雪松図屏風だ」と思ってしまったのですが、三井記念美術館が正月にこの屏風を定例公開することにしたのは、去年からだとのこと。
 我ながら絵に描いたように乗せられてしまったものです。今回は、会期末近くのせいなのか、雪松図屏風を熱心に見る人が多く、独占状態とはいきませんでした。でも、10日前に雪の箱根に行った印象が残っていたせいか、松の枝に積もった雪が今にも落ちてきそうなギリギリの「静」の一瞬を封じ込めたようなこの屏風のリアルさを、改めて感じられた気がします。
 初公開という松阪三井家新規寄託品のうち、狩野惟信筆「夕霧・浮舟図」は物語の雰囲気をよく表している感じがしました。源氏物語千年紀の年に合わせての展示でしょうか。
 それにしても、せっかく「この円山応挙の最高傑作を鑑賞することが、新春の日本橋の風物詩となるよう」とまで意気込んでくれるなら、例えば金曜日ぐらいは夜8時まで開館してくれないかなぁ。日本橋近辺に勤める人たちだって、いつも5時閉館じゃ見られないだろうし。

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2008年1月25日 (金)

「リューバ」展

 丸ビル1Fのマルキューブで開かれている、世界初公開の「奇跡のマンモス」を見学。
 少し並んでいても見終わるまで10分ぐらい。これで入場料800円は高い。
 お金の話は別として、生後6か月ぐらいのマンモスが3万7000年の歳月を経て、ほぼ当時の姿のままで見られることにはいろいろな思いがあります。
 体毛までわかるのは素直に「すごい」。凍土の下で「永久に」埋もれているはずだったのに、地球温暖化の進行がもたらした「奇跡」への複雑さ。不運にも押しつぶされて命を落としたことさえわかる悲しさ。
 そういえば、川崎市で14年前、当時の小学1年生の女の子が学校の記念行事で飛ばした風船につけた手紙が、銚子港に水揚げされたサメガレイの背中に張り付いていたのが見つかり、今は大学生になった差出人に手渡されたとか。サメガレイのヌメリが手紙を保護する格好だったそう。
 3万7000年と14年では大違いだけど、もう見られるはずがないものが自然界で奇跡的に守られ続け、再び世に表れたのは一緒です。

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2008年1月 8日 (火)

特別展「北斎」

 泊まり明けの足で両国の江戸東京博物館に向かい、特別展「北斎」 を見学。公休の明日9日に来てもよかったけど、帰り道に途中下車して行く方が時間の無駄がないし、ここは午前9時半に開館するので、時間つぶしをしなくていいのがありがたい。
 見所は、初めて同時に里帰りしたという、オランダ国立民族学博物館とフランス国立図書館に分蔵されている北斎の肉筆風俗画40点。オランダ商館長が北斎工房に発注したものや、シーボルトのコレクションに含まれていたものだそうですが、陰影がくっきりとしていて、平板な日本の絵とはずいぶんかけ離れた感じです。こんな西洋画風の技法を、どこで取り入れたんでしょうか。
 朝から見学者はそこそこいましたが、混雑というほどではなく、一枚一枚じっくりと眺められました。ほどよい長さの解説文を添えた作品が割と多くてよかったのですが、いかんせん不寝番明けの身。意識を失いそうな瞬間が数回、ありました。何もそうまでして観なくたっていいんですけど。
 富嶽三十六景など、浮世絵版画もまずまず充実。元はジョサイア・コンドル(鹿鳴館など設計)の所蔵品で、65年ぶりに見つかったという「四季耕作図屏風」も、なかなか趣のある絵でした。肉筆画で印象に残ったのは「生首図」「日の出と双兎」「端午の節句図」。「雲龍図」は、1年前に見たギメ東洋美術館所蔵の「龍図」と顔がそっくり。
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 ポスターの上の隙間に大相撲の幟が数本。そういえば今度の日曜が初場所の初日か。

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2007年12月 7日 (金)

社会人のための文楽鑑賞教室

 俄な文楽熱に煽られ、初めて国立劇場へ行く。
 「文楽鑑賞教室」は、素人にもわかりやすい名作を割安で楽しめる企画。今回は、社会人向けに午後7時開演の回を選んだ。小劇場とはいえ、見た目には9割方、席が埋まっていました。わが席は前から2列目。近いのはいいとして、ちょっと見上げないといけない。
 最初は「寿柱立万歳」。三河万歳の目出たい言葉で囃し立てる所作が面白かった。
 メーンは「伊賀越道中双六 沼津の段」。荒木又右衛門が助太刀した鍵屋の辻の敵討ちを題材にした話ですが、何しろこの「沼津の段」に至るまでの人間関係が複雑なので、プログラムを一読した程度では飲み込めません。
 「鑑賞教室」のありがたさは、幕間に作品解説をしてくれることで、おかげで始まりまでにどうにか人間関係などをつかめました。
 それにしても、凄絶としか言いようのない物語です。旅先で偶然であった老人と娘が、幼い頃に別れた実の父親と妹。その妹の夫が、よりによって自分が逃がしてやった男を仇として追っている。仇の行方を聞き出すため、老人は腹に刀を突き立て、「死にゆく者に告げる分には構うまい」と懇願して・・・。
 何もそうまでしてと思わずにいられないこの話が、前半の一部に過ぎない。クライマックスではあるのだろうけど、全体のストーリーはどうなってるんだろ。
 と思いつつ、自宅のDVDを整理していたら、録画しっぱなしだった「岡崎の段」があった。そのうち見てみよっと。

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2007年11月 7日 (水)

「牛乳を注ぐ女」とオランダ風俗画展

071107  不寝番明けで会社を出たのが朝の9時20分ごろ。まずは郵便局で、民営化のため自動継続ができなくなった定期預金の預け替えの手続きを済ませ、東京駅八重洲口のJR東海ツアーズへ向かう。17−18日に狩野永徳展などを見るため、大阪出張パックを予約しに行ったのだが、何と開店は午前11時という。
 1時間も待っていられないから、東京ミッドタウンの富士フィルムフォトサロンで8日まで開かれている写真家・内藤律子さんの作品展「あれから17年 オグリキャップは元気です」を見に行こうと地下鉄で六本木へ。着いてみると、ここも11時オープン。
 30分も待っていられないので、国立新美術館へ歩いて行く。こんな睡眠不足じゃない日に見ようと思っていた「牛乳を注ぐ女」とオランダ風俗画展を見学することに。
 建物が大きいので、外ではあまり人が来ていないようにしか見えなかったが、HPの混雑状況で、午前中は「たいへん混んでおります」となっていた通り、中は人、人、人。フェルメール以外は全然知らないので、この際、サッと見るだけにして、お目当ての「牛乳を注ぐ女」へ。
 思ったよりもずっと小さい。周囲のおばちゃんたちも同じことを言っていた。タレントテストとかいう絵画の通信教育の広告でよく見ていた絵のせいか、(写真でこんなもんなら実物はほぼ等身大だろう)と思い込んでいた。最前列で見ましたけど、細部まで見るならそれでもオペラグラスが必要だと思います。
 この絵に使われた青の絵の具「ウルトラマリンブルー」などを紹介したビデオは、簡潔でわかりやすかった。かつてオランダから流出しそうになったのを食い止めたエピソードの紹介ビデオも興味深かった。これらの点は先日、NHKで放映された「迷宮美術館」で取り上げていましたが、見損ねた方は18日の新日曜美術館でも紹介するそうなので、こちらをどうぞ。ゲストが大橋巨泉なのが一抹の不安を感じさせますが。
 ほかの絵は適当に見たのですが、16番目の「酔っ払った男と女」は時代を超えたリアリティに心の中で爆笑してしまいました。ミュージアムショップで絵はがきを探したのですが、用意していないようで残念でした。あれば10枚は買ったのに。作者はヤン・ハーフィクスゾーン・ステーン、覚えにくい名前ですけど、覚えておきましょう。

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「あれから17年 オグリキャップは元気です」

 新国立美術館を出ると、修学旅行らしき中学生や高校生のグループが結構いた。込んでいたとはいえ、少し早かった分、まだましな方だったのだろう。
 ミッドタウンへの道を戻る。信号待ちした交差点で、鮨のランチの案内をもらった。写真で見る限り、相当お得感がある。でも場所がよくわからないので、とりあえず富士フィルムフォトサロンの「あれから17年 オグリキャップは元気です 」を見学へ。
 写真家・内藤律子さんといえば、競馬ファンならたいていその名を耳にしたことのある方。僕が内藤さんの写真展を初めて見たのは、大阪にいた2004年6月のことでしたが、その時に感じた通りの気取りのない方で、その後も大阪のGate.Jや大丸・心斎橋店での写真展でお話しする機会もあって、ファンになった次第。2年ぶりだというのに、受付で記帳したら、僕のことを覚えていらして、ちょっと感激してしまったのでした。
 作品は、惨敗が続いた後に武豊騎乗で劇的な勝利を飾った1990年の有馬記念以降、今年に入ってまでのオグリキャップの様々な表情を捉えています。
071107_2  それにしても白くなったなぁ。デビュー、というか中央入りした当時は、芦毛と書かれていても「どこが?」と思うくらい毛色が黒かったのに、引退する頃は紛れもない芦毛。それが会場内に設けられていた撮影OKな等身大写真(=左)だと、ほぼ白馬。このサービスは大好評で、一緒に写真を撮っている人が結構いた。引退から17年たつのに、忘れずにいるファンがこれほどいるとは。同じ年月を経た後のディープインパクトのファンはどうだろうか。
 僕は純然たる競馬ファンですが、馬そのものが好きかどうかとなると、あまり自信がありません。汗や馬糞の臭いのしないテレビの中で見ているのがほとんどですから。
 内藤さんは、間違いなく馬そのものが好きだって感じが、作品に表れている気がします。
 東京での写真展は終了ですが、名古屋では12月7−13日に開催されます。

 写真展会場を出た後、先ほどの鮨屋さんの案内を配っている別の女性がいたので、場所を聞いて行ってみた。ランチとはいえ、六本木の鮨屋としては破格値かも。その名は蔵六鮨西店

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2007年10月28日 (日)

NHK古典芸能鑑賞会

071028  今日は、目黒区美術館で開かれている「馬と近代美術展」を見学してから、天皇賞でひと儲け、しかる後にNHKホールで古典芸能鑑賞会 (=写真)を楽しむ、つもりでした。しかし、実現したのは最後の一つだけ。
 いかんせん、昨夜の勤務がハード過ぎて、帰宅したのは午前4時。ヘリコプターが墜落なんて事故があると、いっぺんにこちらの負荷も大きくなって疲れ果ててしまい、目が覚めたのは12時半だった。古典芸能鑑賞会が4時開幕なので、目黒区美術館行きは断念し、i-PATで天皇賞の馬券をちょっとだけ買って渋谷へ向かった。天皇賞は携帯電話でワンセグ放送で見たものの玉砕に終わる。去年はだいぶお世話になったメイショウサムソンを見捨てた恩知らずな自分に罰が当たった気分ですが、あんなに強いんだったら、凱旋門賞でも相当いい勝負だったと思わずにいられません。
 古典芸能鑑賞会へ行くのは今回が初めて。人間国宝の竹本住太夫(義太夫)、野村萬(狂言)らの至芸、京都・南座ですっかりファンになってしまった市川團十郎らの「菅原伝授手習鑑 寺子屋」という演目からして、10月の下旬ではもうチケットはないだろうと諦めていたら、まだS席(8000円)が残っていたので即購入した次第。
 着いてみると、前から7列目ながら左の端から2番目の席。NHKホールなので、花道のすぐ横、それも役者が出て来る所のちょうど真横でした。いい加減に申し込んだ割にはラッキーだったかも。
 三味線や小鼓、笛がついているとはいえ、義太夫語りだけを聴くのは、僕にはその素晴らしさをまだ認識できませんでした。この間、初めて文楽を観た素人じゃ無理もないけど。それにしても、義太夫語りにも大向こうから掛け声がかかるとは知らなかった。「終わった!」って掛け声があり、実際におしまいだったけど、しばらく誰も信じずにいて、幕が下りだしてから拍手になったのはおかしかった。
 狂言も、舞台で観るのは大阪赴任直後の「天空狂言」 以来かな。演目の「蚊相撲」は、さる大名に家来探しを命じられた太郎冠者が連れてきた男が、実は蚊の精で、腕試しに大名と相撲を取る、というお話。いろいろな動物が人間に化ける話はよくありますが、蚊とはねぇ。まず思いつかない筋立てだけに、そのおかしみも十分でした。
 舞踊では、最初の「傾城」は、坂東三津五郎が2人の娘さんと舞台で初めて共演するという、貴重といえば貴重な機会。続く「半田稲荷」で、三津五郎が花道から登場する際、肩にしていた、いわゆる桃太郎旗が出口で引っ掛かってしまったのがご愛嬌だった。
 歌舞伎「寺子屋」は、何とも不条理な話。いかに若君を救うためとはいえ、たまたま入門してきた顔立ちのいい子を身代わりにしてしまえって発想は、いくら何でも安直過ぎないかい。と思っていたら、身代わりで死んだ子の親は、若君の首実検をした憎き松王丸。心なくも親兄弟と敵対した罪滅ぼしに、我が子を犠牲にせざるを得なかった松王丸の悲しみは、團十郎が十二分に表していたと思います。
 番外編ながら、本日一番の収穫は、司会を務めたNHKの中川緑アナウンサー。「芸能花舞台」などでは、地味系かなって印象が強かったのですが、生で見るととても素敵な方でした。林家いっ平とのコンビも見事。
 放映は教育テレビで12月7日22時25分から。

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2007年10月24日 (水)

東山魁夷愛蔵品展

071024  東武野田線塚田駅の北に、炒飯のおいしい店があると聞いた。平日休みの今日、その店を探しに自転車で出かける。 探し当てたら臨時休業。我ながらこういうのによく当たると思う。
 自転車で出たんだから、この際、中山競馬場のそのまた向こうにある東山魁夷記念館へ行くことに。天気のいい日に、併設のレストラン「白馬亭」のテラスでカレーをいただくのは、ちょっと贅沢な気分になれるのです。
 20分ほどで着いた白馬亭はおばはんたちで込んでおり、テラスは断念。食事を済ませ、「東山魁夷愛蔵品展」を見学した。画伯の師・結城素明(作品がほとんど残っていないという)の掛け軸やら魯山人 の菓子鉢、川端康成の「掌の小説」の生原稿と並べられた挿絵(朝日新聞のPR誌に掲載された時のもの)など、興味深い展示品が多いうえ、無料でくれるパンフレットの解説が充実していたのもありがたかった。
 出ようかな、と思ったら「2時から学芸員によるギャラリートークがあります」とアナウンスがあったので参加してみた。洋の東西にかかわりなく、骨董品が多いことについて、「古道具屋のスケッチが多いことからも、ドイツや北欧への取材旅行で骨董品を探していたのは確か」といったエピソードなどをいろいろ紹介してくれ、興味深かった。
 昨年の今頃、ここを訪れるまでは、画伯の名こそ知っていてもどんな絵を描いていたのかさえ知らないほどでしたが、何となくファンになってしまった。何か作品がほしいなあ、などと叶わぬ夢をいだきつつ、来年のカレンダー(1680円) を買って我慢する。
 (写真は、記念館2階の休憩室窓から写生する人々の様子を眺める)

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2007年10月19日 (金)

初めて観る「文楽」

 平日休みの今日は、楽しみにしていた文楽を観に千葉市文化センターへ行った。
 在阪当時にし残したことの中で、最も後悔度の大きかったのが文楽を観なかったこと。それも大阪へ行ってすぐ、国立文楽劇場の場所は確かめていたのに、だ。
 不世出の人形遣い手コンビであろう吉田玉男と吉田蓑助の舞台だって観られたはずだった。「いつでも行けるし」と思っているうちに機会を逃したまま帰京し、昨年9月、吉田玉男は鬼籍に入ってしまった。この時代でしか観られない至芸をみすみす逃してしまったのは、我ながら愚かとしか言いようがありません。
 その後も、なかなか観劇の機会がなかったのですが、この千葉市での公演に吉田蓑助さんが来ると知って、1週間前にようやく、チケットぴあで残っていた自由席を確保した次第。夜の部はSS席も余っていたけど、人気は蓑助さんや、同じく人間国宝(三味線)の鶴澤清治さんが出演する昼の部に集中したらしい。
 演目は「近頃河原の達引」と「義経千本桜」 。小さいホールとはいえ、かなり後ろの席だったので双眼鏡を持って行ったのが幸いした。「近頃河原の達引」で蓑助さんが演じた猿廻しの与次郎に目が行ったのはもちろんですが、話には聞いていたけど、箸でご飯を食べる様子など、人形があれほど細やかな動きをするとは思いませんでした。猿廻しに使われている2匹の猿は一人の人形遣いが演じていましたが、相当難しそうな動きをしているのに、この人形遣いの名がプログラムに出てこない。ってことは、軽い役だから? あんなに難しそうなのに。
071019  こうなると、舞台近くの席で人形の動きを観たくなってしまう。昼の部が終わった後、受付で聞いてみると、夜の部の当日券がまだあるとのこと。前から2列目のほぼ中央で5000円、迷わず購入しました。昼のB席と足したって6000円なら安いもの。
 夜の部は「伊達娘恋緋鹿子」と「生写朝顔話」 。娘の人形の髪飾りが当たる音まで聞こえる席だったので、人形の微妙な動きを芝居全体の中で感じることができました。それにしても、義太夫語りと三味線は合わせる稽古をするそうですが、3人でひと組の人形遣いは舞台稽古でぶっつけ本番とのこと。今回は毎年恒例の地方公演で、終盤に入っていたから、より息が合っていたんだと思いますけど、語りと三味線との競演の中であの複雑な動きを繰り広げるなんてびっくり。

 (写真は、会場前の立て看板。予算の都合かもしれないけど、写真を入れるとか、もうちょっと見映えのする物にしてほしかった。世界遺産なんだから)

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2007年10月10日 (水)

BIOMBO/屏風 日本の美

 夏休み最後の日というのに、無情にも外部との会議があるため、やむなく午後から出社。それだけのために外へ出るのも癪なので、会議終了後、サントリー美術館 で開かれている表題の展覧会を見に行った。
 恥ずかしながら、新しいサントリー美術館どころか東京ミッドタウン へ行くのもこれが初めて。六本木自体、4年ぶりぐらいか。街の中に醜悪な城壁を築いたヒルズが出来た時、「六本木という街は死んだ」と思わずにはいられなかったことが、足を遠のかせた最大の理由だった。
 昨年暮れに千葉市美術館で応挙の「秋月雪峡図」を見てからというもの、何となく屏風がマイブーム(死語か、今や)になって、本展は言うなればその集大成なわけです。といって、具体的なお目当てはなかったのですが、見てびっくりしたのが「太平記図屏風」などオランダ・ライデン国立民族学博物館の収蔵品の保存のよさ。安政期の作品ながら、そうと知らなければ戦後に制作されたとしか思えないほど。
 大げさに言えば1週間単位で展示替えがあるため、「レパント戦闘図・世界地図屏風」などを見られなかったのは残念。桃山時代の一時期とはいえ、日本人がこんな西洋画を描いていたとは知りませんでした。
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 サントリー美術館は水曜日〜土曜日は20:00まで開館。サラリーマンにはありがたい。

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2007年5月20日 (日)

特別展「ようこそかながわへ」

070520  5月20日(日)
 19日から2日間、放送大学の面接授業の受講で通った神奈川県立歴史博物館では今、特別展「ようこそかながわへ」 が開かれています。横浜や箱根などを抱える「観光県」神奈川の歴史を、様々な角度から探っています。
 何と言っても、目玉は吉田初三郎 の描いた神奈川県鳥瞰図の原画でしょう。県の観光図絵に用いられたこの絵は、平成16年に神奈川県庁の倉庫でほぼ70年ぶりに見つかったとのこと。昭和8年に完成した後は僅か2回しか公開されず、というよりほとんど行方不明状態だったため、結果として色褪せのない良好な発色状態を保っています。
 僕が吉田初三郎の名と鳥瞰図を認識したのは5年前、パルテノン多摩で戦前のハイキングをテーマにした展覧会を見学した時のこと。「京王電車沿線名所図絵」を見て、そのデフォルメぶりに大爆笑してしまったのでした。
 今回、神奈川県鳥瞰図をじっくり見ていると、普通の地図に描かれる神奈川県とは形からして大違いなものの、何となくこんな見方もありだと納得してしまうのでした。ミュージアムショップでは2002年10月発売の別冊太陽「吉田初三郎のパノラマ地図」(税込み2520円)が置いてあり、即購入。僕が吉田初三郎の名を知ったのと同じ頃の発売となると、その頃から興味を持つ人が増えていったってことかもしれません。特別展は6月3日まで。
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 普段は上がることのできない神奈川県立歴史博物館屋上のドームも見学しましたが、中は何もありませんでした。
 

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2007年5月 4日 (金)

「西のみやこ 東のみやこ」

 5月4日(金)
 ゴールデンウィーク後半で唯一の休日、天気もスカッと晴れていたので、佐倉の国立歴史民俗博物館で開かれている「西のみやこ 東のみやこ 」を見学に行く。
 いろいろな時代の洛中洛外図屏風があることはともかく、、描き方に変遷があるとは知りませんでした。第一定型と呼ばれる室町時代の屏風(歴博甲本)は、右隻(右が南、左が北)に東山の名所、左隻(右が北、左が南)に北山の名所などが描かれています。
 この歴博甲本の複製を、床に描いた京都市の地図の東側に右隻、西側に左隻を置いた展示が面白かった。歴博甲本は相国寺にあった七重の塔から見た眺めとのことですが、こういう置き方をするだけで屏風に描かれた名所の位置が立体的に把握できます。
 タッチパネル式の画面で屏風の絵を自在に移動、拡大し、描かれた名所などの解説を読める展示装置も素晴らしかったけど、こちらは歴史好きのおっさんどもが独占していて、あまりいじることができず。ひょっとしたらDVDとして売ってるかと思いきや、さにあらず。せっかくいいソフトを作ったんだから、売ればいいのに。

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 上の写真は、複製の屏風を畳の間で見られるようにした展示で、撮影もOK。こうした展示の工夫は、特に京都国立博物館には見習っていただきたいものです。一方で、歴博の今回の企画展にもいただけない点はありました。それは、江戸の名所を描いた「泥絵」の解説文で、気づいただけで3か所、いずれも「泥絵とは・・・。」という同じ文章が入っていたこと。別々の絵に同じ解説文が付いているのかと勘違いしかねません。

 とはいえ、全体としては満足度の高い展示でした。図録も1200円と安かったし。江戸についての解説も、江戸東京博物館で開かれた「江戸城」展よりずっと興味深い内容だったと思います。

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 こちらは常設展示にある弥生時代の西日本の収穫祭を想像した絵。いつ見ても「ほんとかよ」と思ってしまう。

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2007年3月20日 (火)

菱川師宣記念館

 3月17日(土)
 千葉県出身の歴史的な有名人といえば、一に長嶋茂雄、二に伊能忠敬、三、四がなくて五は誰でしょうか。県民投票をしても、かなり結果は割れるんじゃなかろうかと思います。それくらい、歴史上の人物が払底している気がします。
 菱川師宣は「五」の有力候補の一人でしょう。彼の出身地・鋸南町にある菱川師宣記念館 へ行ってみたら、「浮世絵名品展」が開かれていた。
070317  師宣ばかりでなく、広重や北斎、国芳らの作品が一堂に揃い、入館料500円なら結構、お得感のある展示でした。最も印象的だったのは、石川豊信作の柱絵「太夫香爐持立姿」。記念館HPに表示されているリーフレット裏側(モノクロ)の右端にある絵ですが、こういう構図を見ると、「写真は引き算」という格言を思い出します。昔も今も、人間のやることなんて、そんなに変わってないのかもしれません。
 お昼は、金谷港近くにある評判の回転寿司「船主(ふなおさ)」で。少し待たされたけど、それでも僕らより後に来た客の方がずっと多かったから、ラッキーだった。金目鯛をはじめ、地魚のネタはどれも素晴らしく、心祝いのこともあって、3人で計1万円ほど食べてしまった。
 (写真は、菱川師宣記念館前に建つ「見返り美人」の像)

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2007年3月12日 (月)

「ロダン 創造の秘密」

 3月11日(日)
 タダ券をもらったこともあって、静岡県立美術館で開かれている「ロダン 創造の秘密」を見に行く。朝からあいにくの雨だったけど、静岡駅に着いた11時20分過ぎにはすっきりと晴れ上がっていた。
 浜松や磐田にいた頃、といってももう17年も前か。県立美術館を訪れたことはありませんでした。だから、どの辺りにあるのかよく知らず、静岡駅からタクシーに乗ったら2000円近くかかった。こんなに遠いとは。
 ロダンの彫刻で見たことのあるのは、京都国立博物館にある「考える人」ぐらい。「考える人」は世界中にあるそうですけどね。去年、放送大学の授業でロダンがモデルにした唯一の日本人・花子のことを知り、ロダンのことがちょっと気になってはいたのです。
 「空前絶後のロダン展」という主催者が言うだけのことはあって、初期から晩年に至るまでの代表作が揃っています。「彫刻ってのは大変だなぁ」と思わずにはいられませんでした。
 紙粘土レベルで終わってしまった僕は、例えば「地獄の門」なら「地獄の門」で、あれ自体をいきなり制作するもんだとばかり思っていたのですが、大間違いでした。小さい習作をいくつか作って、それから本番に取りかかるのです。そりゃそうだ、ぶっつけ本番じゃ、失敗したら取り返しがつかない。
 しかし、「習作」として出品されていた幾つかだって、そう言っちゃ何ですけど、十分過ぎるくらいの出来映え。これ一つ作るのに、どれくらい手間ひまをかけたんだろうか。その完成の遥か先に、「いよいよ本番」があるなんて気の遠くなるような作業。とてもじゃないけど、想像がつきません。
 花子さんの頭像もありましたが、失礼ながら「垢抜けない感じの顔だなあ」と思いました。この平凡な表情の中に、ロダンは「苦痛を舐めた魂」を見出したとのこと。紙粘土レベルと世界史上に名を残すレベルの差って、こんな具合です。
 失敗したのは、デジカメをロッカーに預けたまま歩いたこと。本展はダメですが、常設の「ロダン館」の作品は撮影OKなのです。いつか再訪する機会があればいいのですが。
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 写真は、夕方5時半過ぎ、新富士駅到着前に車窓から撮った「赤富士」(ってほどじゃないか)

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2007年3月10日 (土)

「志野と織部」

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 銀座一丁目で「五十三次」を見学した後は、西へまっすぐ向かって有楽町駅、ビックカメラと過ぎ、帝劇ビルにある出光美術館で開かれている「志野と織部 」を見学。こちらでは「陳列の妙」に感心させられました。
 ほかの美術品についても言うに及ばずなのですが、殊に陶芸の類はどういう点が見所なのかが全然わかっていません。だから、僕には「志野茶碗 銘卯花墻(うのはながき)」そのものの素晴らしさはまるでわからず、その横にある「国宝」という表示に見とれていたのが、正直なところです。
 とはいえ、これだけ名品が勢揃いしていると、眺めているだけでも、安土桃山時代から江戸時代初期にかけての陶芸の移り変わりが、ぼんやりとわかってくるような気がします。
 「黄瀬戸はいいなぁ」と思った後、派手な緑の「織部」が続くと、「俺だめっ、こういうの」と拒絶反応をおこしたのに、さらに織部が洗練されていくのを見ていくうちに、「いいじゃん」と印象が好転してしまいました。これは「陳列の妙」とでも言うしかありません。出光美術館では毎回のことながら、簡潔かつわかりやすい解説展示にも感心してしまいます。
 それ以上に、今回の展示品も多くは館蔵品でした。本当に恐れ入ってしまうコレクションです。

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「東海道五十三次」復刻完成記念展

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 午後から銀座・ポーラミュージアムアネックスで開催中の「東海道五十三次」復刻記念展 を見学に行く。先週のNHK「新日曜美術館」で紹介されたこともあり、結構込んでいました。入場無料のせいもあったかもしれません。
 「五十三次」は昨年、千葉市美術館で堪能しましたが、今回は東京伝統木版画工芸協同組合が復刻したばかりの作品なので、色の鮮やかさは格段に違っています。出来た当時はかくやと思うほど。
 「日本橋」を題材に、色摺りが出来上がるまでの過程を順に並べてあるほか、摺師さんたちが会場で作業を実演しており、浮世絵版画を作る工程を体感することができます。見学者の質問にも気軽に答えてくれていたようでした。
 素晴らしいことに、復刻した55枚の浮世絵には、描いたと思われる場所の現況写真が添えられていました。「平塚」、「原」や「三島」などは、往時を彷彿とさせる風景です。
 「本当は新潟じゃないの」疑惑?の「蒲原」は、「場所が明確でない」「温暖の地で降雪はほとんどない」との指摘があることを紹介したうえで、蒲原宿辺りの写真を使っていました。
 会期は14日までなのに、既に図録が完売していたのは驚き。希望者には増刷完成後、郵送してくれるというので、2000円払って申し込んでおきました。それよりも何よりも、この復刻版55枚セット、欲しくなっちゃったなあ。税込み577500円かあー。

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2007年2月16日 (金)

特別展「江戸城」

070216 2月16日(金)
 泊まり明け勤務が終わった午後2時過ぎ、まっすぐに神田・出世不動通りの「十八番」へ向かう。今日のお昼はしいたけそばと餃子。ご主人に「しばらくお見えにならなかったですね」と尋ねられ、大阪に転勤していたことや今の職場は食事も社内で済まさざるを得ないことを言い訳し、決して飽きてなんかいないことを強調した。
 寝不足なのでそのまま帰宅するつもりだったが、総武線で揺られているうちに、江戸東京博物館で開かれている特別展「江戸城」 (=写真)を見に行こうと思いつき、両国駅で下車した。かなり混雑しているそうだし、行くなら平日に越した事はない。
 結果から書くと、いささかがっくりした。江戸城についての資料はあまり多くないといい、それを思えばよく集めたものってことだろうけど、貧弱なのは覆い隠せない感じ。出土品にしたって、割れた瀬戸物とかばかりじゃなあ。
 目玉の一つ、江戸城と松本城の天守の模型(ともに50分の1)を並べて、江戸城の天守がいかに巨大だったかを示すコーナーも、何かリアリティーに欠けている気がした。江戸城天守に比べたら、松本城天守の高さが半分くらいしかないんだもの。どちらも五層だから、天井高が倍も違ってるってこと?
 確かに、各種の資料で江戸城天守の高さ(石垣を含む)は61mあったとされているようだし、その通りなら松本城天守をはるかにしのぐスケールになることはわかった。
 でも、鉄筋コンクリートの大阪城天守閣だって高さ約53mなのに、それよりもでかい木造建築があったなんて本当かね。素人目には、どうも無理矢理感がぬぐえませんでした。

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2007年1月14日 (日)

スーパーエッシャー展

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 朝一で渋谷のBunkamura ザ・ミュージアムで最終日を迎える「スーパーエッシャー展」を見に行く。開場直後の午前10時20分頃に着いたのに、既に入場制限が始まっており、入場待ち10分でした。
 最終日はとかく混雑がひどくて何も見えないってな目に遭いがちですが、今日はそれでもだいぶマシなほう。入口付近こそ込んでいましたが、そこを飛ばせば、エッシャーの代表作を割ときっちり見られました。
 不思議だったのは、音声案内の利用者がかつてないほど多かったこと。ケチな僕は見向きもしなかったのですが、覗いてみると相当なスグレモノ。手帳型で左頁の液晶に映る作品をペンで触れると、会場内の展示場所が示され、たぶん作品解説が聞けるらしい。
 出口でようやくわかったのですが、この音声案内はニンテンドーDS-Lite を利用したシステムで、タダで貸してくれたらしい。そうならそうと、ちゃんと案内してくれよ、まったく。
 (写真:球面鏡を活用したエッシャーの代表作「バルコニー」は、少し丸めた方が立体感が増すのを発見@文化村通りの案内板)

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龍虎、再び相見える

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 エッシャー展の会場を出た午前11時半過ぎ、入場待ち時間は2時間になっていた。先に行っておいて本当によかった。
 どちらを先に見るか迷ったのは、原宿・太田記念美術館で開催中の「ギメ東洋美術館所蔵浮世絵名品展 」。近年、ギメ東洋美術館に寄贈された葛飾北斎の「龍図」が、太田記念美術館所蔵の「虎図」と対幅であるという大発見があり、世界で初めて100年ぶりの両図が対幅で展示されているのです。世界初とか100年ぶりとか、どちらか一つでも弱いのに、両方となるともう居ても立ってもいられません。
 畳に座って鑑賞するようになっており、掛け軸らしくて何より。雨中で咆哮する虎、宙にあって雷を起こさんとする龍。双方の視線が激突して飛び散る火花が見えるよう・・・ってなこたありませんけど、どちらか一つだけでは絶対にあり得ない迫力が醸し出されるのは確かです。
 その迫力につい当てられてしまい、龍虎をあしらったTシャツ、コースター一組を買ってしまった。

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2007年1月13日 (土)

「新春の寿ぎ」

070112 1月12日(金)
 先月、千葉市美術館で円山応挙の「秋月雪峡図」を見てからというもの、ぜひ見たかった「雪松図屏風」が、日本橋の三井記念美術館「新春の寿ぎ 」展で公開されており、夕方からの勤務前に立ち寄ってみた。
 元々、三井家に伝わる茶道具の収集で知られているせいか、東京では珍しいくらい、和服姿の女性が目立つ。茶道を嗜む方は、本展のもう一つの目玉である国宝「志野茶碗 銘卯花墻(うのはながき)」がお目当てなんでしょう。会場入口から始まる茶道具などの展示を熱心に見ているようでした。その卯花墻を見て、「今、家で使っている湯呑みと色合いなんか似たようなもんじゃん」と、身の程知らずもいい加減にしろって感想を持ってしまった私。
 肝心の「雪松図屏風」のコーナーは、食い入るように眺める人はほとんどなく、あっさり通り過ぎる人が多いのに拍子抜けした。よく来館する方は、もう見飽きったってことなんでしょうか。おかげで、こちらはゆっくりと見ることができて大満足です。墨と金泥と紙の白のみで描かれているのは、近寄って見ればわかるけれど、離れて眺めていると、もっと豊かな色使いをしているように見えるのが不思議。5分近く、会場のソファに座って屏風を眺める贅沢を味わわせていただきました。
 ちょっと悪乗りなのか、三井家の懐の深さなのか、「放屁合戦絵巻」はこれまたすごいものを見せていただいたって感じ。「久方ぶりのお披露目」といい、今後もしばらく目にする機会がないかもしれないので、一見の価値はあると思います。

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2006年12月 3日 (日)

特別展「浦上玉堂」

 12月3日(日)
 土日は放送大学の面接授業「地図で見る千葉県の姿」の受講で、幕張の千葉学習センターへ。長いこと千葉県人だったけど、知らないことが結構多いと実感した。
 その一つが利根川・江戸川の水運の歴史。利根川は元々、東京湾に注いでいたのを、江戸時代の掘削工事で銚子から太平洋へ注ぐ現在の流れになったのですが、それ自体、「ほんとかよ」と思っていたものです。この工事は実際に吉宗政権が行ったのですが、その狙いは江戸の水防と、東北地方からの年貢米を確実に江戸へ運び込むための水路開発だったとのこと。
 その拠点として栄えたのが銚子。千葉県人とはいえ、未だに行ったことがないせいで、醤油の産地であり野球が強いことぐらいしか知らなかった。まさか、明治時代の人口規模では、関東第4の都市だったとはねぇ。利根川水運のことも、もっと知りたくなったのでした。
061203  面接授業が終わったのが午後3時半ごろ。千葉に近い幕張まで来ているんだし、今日まで千葉市美術館で開かれている特別展「浦上玉堂 」を見学しに行く。
 玉堂については名前しか知らなかったのですが、ブルーノ・タウトが「近代日本の生んだ最大の天才」と評したのを知り、見に行きたくなった次第。相変わらずの他人本位ぶりで恥ずかしい。
 どの絵も、ウニョウニョっとした感じで指のような形の深山を背景に、隅っこの方にある橋を高士がうつむき加減に歩いているか、草庵か四阿で書見をしているといった図がほとんど。よくあれだけバラエティに富んだ解説文を書けるものだと、すっかり感心してしまった。ウニョウニョ山は陰陽の象徴の「陽」の方を示すとの解説があり、そう言われるとそんな具合に見えてしまう。
 ポスター(=写真)の左端に配せられている国宝「東雲篩雪図」を目にすることができたのは何より。この絵、川端康成の愛蔵品だったとはねぇ。江戸後期の絵画で国宝に指定されていること自体、珍しいといい、それをかの文豪が持っていたとは。展示作品の多くが「個人蔵」となっており、貸し出し交渉はさぞかしご苦労だったと思う。
 同じく本日まで開催中の「美術館ボランティアが選ぶ千葉市美術館コレクション展」は、約7000点の所蔵品の中から、美術館ボランティアが投票で選んだ57点を展示。脈絡はないけど、浮世絵から現代美術まで、なかなか楽しめました。触っちゃいけないのですが、ほとんどの作品を触れる状態、つまりガラスケースなどに入っていない状態で見せてくれたのは、滅多にないサービスでした。
 円山応挙の「秋月雪峡図」は、『国宝「雪松図屏風」と並べて見たい!と言われる程、皆様から愛されている作品』という解説の通り、一目で見入ってしまいました。シャープな淡さとでも言えばいいのか、本来は両立しないはずの特徴が当たり前のように描かれている不思議さといったらありません。「雪松図屏風」は年が明けると、三井記念美術館 で公開されるので、今から楽しみです。

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2006年12月 1日 (金)

出光美術館名品展

 12月1日(金)
 不寝番明けの足で有楽町に出て、出光美術館名品展 を見学に行く。はずだったのに、中国残留孤児訴訟で原告が勝訴したため、お昼過ぎまでその処理をサポートすることに。解放された後、久しぶりに神田・出世不動通りの中華料理店「十八番」でソース焼きそばをいただく。好みの話ではありますが、僕はここのソース焼きそばほど旨いものはないと思う。たいていの食べ物は東京より大阪の方がおいしかったけど、ソース焼きそばはこの店を超える味に巡り会うことはなかった。ほかにも、椎茸そばとか定評のあるメニューは多いのだけど、僕はついソース焼きそばを頼んでしまう。
061201  神田駅から有楽町駅に行き、出光美術館へ。あわてて見に来たのは、3日までで前期の展示が終了してしまうため。タダ券を2枚せしめたので、2度見学するチャンスを無駄にしたくなかったのでした。
 前期の目玉は「祇園祭礼図屏風」(作者不詳)、「色絵芥子文茶壺」(野々村仁清)、「色絵花鳥文八角共蓋壷」(柿右衛門)、「ふる池や 発句短冊」(松尾芭蕉)など。僕のようなミーハーには、とてもわかりやすい品々で、眼福以前に有名福?みたいなもので満たされてしまったのでした。
 それにしても個人でこれほどのコレクションを築き上げたとは。呆然とする思いです。
 (写真=日比谷公園の紅葉もなかなか良い色づき具合 from出光美術館 byケータイのカメラ)

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2006年11月24日 (金)

歴史の中の鉄炮伝来

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 11月24日(金)
 国立歴史民俗博物館 で開催中の「歴史の中の鉄炮伝来」(26日まで)を見に、昼過ぎから佐倉へ。
 「暗記を嫌がるから世界史は履修させない」と高校がカリキュラムを偽装するなど、少なくともわれら共通一次世代までには考えられなかった事態が明らかになりましたが、そうは言っても「鉄砲伝来、以後予算(1543)増える」式の年号暗記は今でも生きているんでしょう。
 本展に強く興味をひかれたのは、この「以後予算」説に疑問を呈していること。「以後予算」説は、種子島に漂着したポルトガル船が鉄炮をもたらしたのが、わが国に銃火器に伝わった始まりとする「鉄炮記」の記載によるものです。ところが、現存する古い銃の形状などは西欧のものとは異なる一方、東南アジア方面のものと共通点が多い点などから、「鉄炮は倭冦勢力が分散波状的にもたらしたのではないか」と主張しています。
 こういう考え方を知るのが歴史を学ぶ面白さだと思うんですけどねぇ。でも、それが楽しいと感じるには、ある程度の量の知識を覚えていなければならない。受験勉強と、知的興味をそそる話とのバランスが取れた授業を望むのは、ないものねだりなのかなあ。
 それはともかく、戦国時代といえども、鉄炮の種類や流派が結構あったとは知らなかった。大河ドラマだと、みんな同じ長さや形の鉄炮を構えているから、一種類しかないもんだとばかり思い込んでいたのでした。
 幕末となると、司馬遼太郎の小説にもゲベール、ミニエー、スナイドルなど、様々な名前の銃が出てきますが、現物はほとんど見たことがありませんでした。その点、本展のように一堂に揃っているのを見られるのは貴重な機会です。坂本竜馬が所持していたのと同形のS&Wや、大久保利通が護身用に持っていたピストルもあります。
 ちょっと残念なのは、これらの銃を実際に撃つとどんな音がするのかとか、そういう実射ビデオみたいな展示がないこと。実射自体が困難だから無理もないけど。それと、鉄炮の国産化で最も困難とされたねじ についての説明が、本展では全くありませんでした。さっと見た限りでは、図録にもなさそうです。娘を南蛮人に嫁がせるのを条件に、ねじ作りの秘訣を聞き出したというあの話も、ひょっとすると「鉄炮記」に由来するから取り上げなかったのでしょうか。

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2006年11月11日 (土)

特別展「仏像」

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 11月10日(金)
 深夜勤務から帰宅したのが午前3時半。こんな時間にエレベーターで乗り合わせる人がいることなどまずないけど、今日は僕を含めて3人もいた。夕方に帰ってきたって、3人も乗ることは滅多にないのに・・・。
 ひと眠りして、午後から免許証の更新手続きをしに警察署へ。その足で船橋駅へ向かい、東京国立博物館で開かれている「仏像 一木にこめられた祈り 」を見学しに行く。少しは仏像の見方を学ぶべく、芸術新潮 11月号「日本の仏像誕生!」も買ったのだけど、読む間もなく、見学の方が先になってしまった。
 古い仏様なら千年以上の時を経て、今日までその姿を残しているのかと思うと、気が遠くなる。生物としての木のままだったら、とっくの昔に枯れて跡形もなくなっていたのに、仏像を彫る材料として選ばれたが故に今も人々のまなざしを集めている。形が残り続けるってことは、生きていることの一種なんだろうか。
 それはともかく、お目当ては後期展示の目玉である国宝・十一面観音菩薩立像(滋賀・向源寺蔵)。思い入れがあるわけではなく、ただ向源寺を出て拝めるのは今回が初めてという点だけに惹かれたのです。観音様には性別はないそうですが、「間違いなく女だ」と思いたくなるほど、絶妙なプロポーション。特に後ろ姿が素晴らしい。「色っぽい」とはギリギリのところで言えない「聖なる美しさ」を感じずにはいられません。多くの人々を魅了してきたのも大いに頷けます。
 数多く展示されている円空仏や木喰仏も、なかなか興味深かった。木喰仏は仏像なのか人形なのか、よくわからない気もしましたが。
 18時半から開かれるギャラリートークも、素人にはわかりやすい。「一木彫ができるまで」をテーマに、東京芸術大学の大学院生が「重要文化財 聖観音菩薩立像(京都・醍醐寺蔵)」の複製作りの工程でわかった仏師の技術などを説明してくれた。これについては、「ヨミウリ・ジュニア・プレス 」の小中高生記者たちが取材に来ていたので、いずれ木曜夕刊の「KODOMO 伝える」面で報じられるでしょう。
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 明治末期の洋風建築を代表する「表慶館」を写生する若い女性。見事な出来映えを覗いて行く人がかなりいた。

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2006年10月17日 (火)

東山魁夷記念館

 10月17日(火)
 好天の平日休み。家で過ごすのはもったいなく、市川市の東山魁夷記念館 へ行く。
 JR下総中山駅から徒歩約20分となると、わざわざ船橋駅まで出るより自転車で行く方が早い。競馬開催がなくても結構な交通量の木下街道を通って、20分ちょっとで到着。今は通常展「自然のなかの喜び・秋」だけの開催なので、見学者もまばらだった(もっとも、午後には団体さんが来た)。
 実のところ、東山魁夷画伯のことはその雷名を聞くばかりで、代表作さえ知らぬ体たらく。僕のような手合いには、1階展示室の画伯の生涯を追体験できる展示はありがたい。神戸で育って、日展で特選になった「残照」は千葉・鹿野山からの風景、代表作の一つ「道」は岩手から続く三陸リアス海岸の北の果て・種差海岸(青森県八戸市)に想を得ており、ご本人が「私の戦後の作品はすべて市川の水で描きました」とインタビューで語る。
 僕がこれまで過ごした地やその近くに縁の深い方なんだ。と、都合のいい部分だけを抜き出して、いっぺんに親近感を覚えてしまった。
 2階の展示室では秋にちなんだ風景画を鑑賞。顔を近づけて見るとパステル調の色使いなのに、少しずつ離れるほどに、だんだん本物の風景のように見えてくる。特に「晩鐘 」は長い時間(といっても5分程度だけど)、見入ってしまった。
061017  1階へ下りたのは12時半頃、せっかくだから館内のレストランで食事をしていく。ビーフカレーとコーヒーのセットを注文。
 ウェイトレスさんのお勧めに従って、食事をレストランのテーブルで済ませた後、コーヒーはテラスでいただいた。秋の高い空、吹き渡る風、こんな贅沢な気分のひとときを過ごすのは本当に久しぶりな気がする。ついつい、コーヒーをおかわりしてしまった。
 ご覧の通り、コーヒーカップは東山画伯の代表作「道」をアレンジした、素敵なデザインです。


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 記念館の尖塔には風見鶏ならぬ風見馬。「白い馬」は東山画伯の重要な連作テーマだった

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2006年10月15日 (日)

伴大納言絵巻展

 10月14日(土)
 夕方からの勤務を前に、出光美術館で開かれている伴大納言絵巻展 を見学に行く。
 応天門の変 を描いたこの絵巻のあらすじを知ったのは、放送大学の授業だったろうか。出世のために応天門放火の容疑を目の上のたんこぶ的な存在になすりつける伴大納言の陰謀がほぼ成功したかと思いきや、たかが子供の喧嘩がもとで真相が露見して身を滅ぼす。ひょっとしたら、わが国最初の社会派ミステリーじゃないでしょうか。
 15日のNHK教育「新日曜美術館」で放送される前なら、それほど混雑してないのではと思ったけど、甘かった。入口ではわからなかったけど、中は結構な行列。国宝である絵巻の上中下3巻とも実物が展示されているのは、15日までと31日ー11月5日のせいか、好きな人がだいぶ来ていたようだ。今年春、京都国立博物館で開かれた大絵巻展 (見られなかったのが残念!)とあわせれば、いわゆる四大絵巻(他は源氏物語、信貴山縁起、鳥獣人物戯画=いずれも国宝)をすべて目にすることができたんだし。
 ゆっくり見ていられなかったので、やむなく上巻と中巻は丹念に見る人の背中越しにさっと見るにとどめ、いくらか空いていた下巻のみ、じっくり見た。物語のヤマ場を過ぎた部分なので、下巻だけだと少々面白みは欠けるけど、やむなし。
 最新の光学的調査により、461人が描かれている伴大納言絵巻はほとんど下書きなしで描かれたといった新事実や、衣服の模様などの分析を基にした「事件にはさらに黒幕がいる」説の提示など、素人にも興味深い解説が多い。デジタル高精細画像で絵巻の人物をほぼ等身大に拡大したパネルに添えられた科白は、専門家からは「悪乗り」と言われるかもしれないけど、なかなか気が利いていた。火事にたじろぐ人々の拡大パネルは、自分が群衆の一人になっているような気さえする。
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 こちら、出来の悪いケータイ写真。出光美術館から見た皇居お濠端と官庁街

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2006年9月19日 (火)

広重 二大街道浮世絵展

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 9月19日(火)
 形の上では10日ぶりの休日、千葉市美術館 で開催中の展覧会を見に行った。
 広重の「東海道五十三次」は、子供の頃、永谷園のお茶漬け海苔を嫌になるほど食べて複製セットを手に入れたくらい、愛着があります。在阪当時も見た ことはありますが、全部揃っているのを見るのは初めて。
 この半年間で訪れたのは3回目と、すっかり千葉市美術館ファンになっていますが、企画が当たっているのもさることながら、ここは素人にとても親切なのが素晴らしい。
 親切その1。ただでくれる作品リストに、「浮世絵に見る旅の事典」という用語集が付いている。例えば「道中合羽」「袖合羽」「引き回し合羽」って、どう違うのかが、これでわかる。一部の作品に付いている簡素な解説文も、こういう用語の補足があるとイメージがぐっとわく。
 親切その2。同じくただでくれる千葉市美術館ニュース(本展のリーフレットとは別物)で、五十三次の「蒲原」を例に、浮世絵版画の「初摺」「後摺」の違いを詳しく説明している。実際に、背景が上から下にぼかし下げられている初摺と、下から上へぼかしている後摺の「蒲原」を、両方とも展示している。なお、この蒲原が「新潟県の蒲原地方の風景ではないか 」という説については触れていません。
 こんな具合なので、五十三次の絵の中に、改めて「そうだったのか」とわかることが結構ありました。
 もっとも、本展の目玉は、むしろ中山道を描いた「木曽街道六十九次」のほう。
 こちらは溪斎英泉が24図を描いた後、バトンタッチした広重が47図を描いたといい、残念ながら「五十三次」ほどには売れなかったという。そのためか、全作品が揃ったセットは残っていなかったが、最近、アメリカで全揃いのセットが発見され、このたび里帰りしたとのこと。
 ほかにも、広重の旅行絵日記として唯一現存する「甲州日記写生帳」も約110年ぶりに里帰り展示しています。本展は広重ファンなら絶対見逃せないでしょう。
 小生、恥ずかしながら中山道がどこを通っているのか、きちんと把握しておらず、軽井沢が中山道の宿場町だったことも今回、初めて知りました。「木曽路はすべて山の中である」という藤村の表現が頷けるほど、似たような景色の連続ではありますが、その中に広重の風景画の最高傑作とされる「洗馬」が含まれている辺りに、月並みではありますが、非凡さを感じずにはいられません。
 同時開催中の「浮世絵に見る薬と病い」は、千葉大医学部でかつて集められた薬や懐妊、病いなどを題材とした「医事資料」としての浮世絵などの一部を紹介したもの。地味なテーマながら、歌川国芳 得意の「寄せ絵」で描いた妊娠周期の図とか、浮世絵じゃないけど、わが国初の人体解剖を行った山脇東洋 の「蔵志」もさりげなく展示されており、これはこれで興味深い内容でした。

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2006年9月17日 (日)

タワー -内藤多仲と三塔物語- 展

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 9月15日(金)
 夕方からの出勤前、東京・京橋のINAXギャラリーで開かれているタワーー内藤多仲と三塔物語-展 (無料)を見学。東京駅から徒歩10分ほど、このところ涼しくなり、歩くのが嫌じゃなくなってきた。
 東京、大阪、名古屋にあるシンボル的な塔が、すべて同じ人による設計だったとは。それどころか、札幌テレビ塔、博多ポートタワー、別府タワーも、内藤博士の設計とのこと。第一人者の名にふさわしい。
 年代や時間の違いで見せる三塔それぞれの表情の変化を写真で展示しています。名古屋タワー建設当初の写真が特に面白い。ろくにフェンスもなくて、それこそ塔脚の近くにある丸太に割烹着姿のおばちゃんが座って見上げている。今では考えられないのどかな様子。安全への配慮がなさ過ぎと思うよりも、作業を無条件に信頼している感じが溢れていて、見ていてうらやましいくらい。
 名古屋テレビ塔は一番最初に建ち、先んじられた大阪は「通天閣の展望台の位置を名古屋テレビ塔より1m高くして」溜飲を下げ、東京タワーはエッフェル塔を凌ぐ世界一を達成。三つのタワーは、思いのほか、それぞれの街の期待というか性格を背負っているのも面白い。
 建築の世界では内藤博士は「構造設計の父」と呼ばれ、耐震壁を編み出したことが大きく評価されている。耐震壁を用いた日本興業銀行(当時)や建設中の歌舞伎座(現存)が関東大震災でほとんど被害を受けなかったことで、不動の名声を得たという。素人的には「ライト設計の帝国ホテル」の話だけど、玄人筋では耐震壁構造だったわけです。
 東京展は11月18日まで。大阪展は12月1日から。名古屋展は来年6月2日から。

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2006年7月14日 (金)

海に生きる・海を描く

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 本日第2のお目当ては、千葉市美術館で開催中(17日まで)の海に生きる・海を描く の見学。千葉公園からぶらぶら歩くつもりが、相当暑くなっていたので、千葉都市モノレール に乗ってみた。
 懸垂型なので窓からの視界を遮るものがなく、初めて乗る身には意外なくらい楽しい空中散歩。千葉市の中心部には市内を一望できるような高い場所がないから、鳥の目で街を見る機会は貴重かも。そのうち端から端まで乗ってみるかな。
 肝心の千葉市美術館に最寄りの駅がわからず、勘で葭川公園駅で降りてみたらドンピシャ。徒歩5分で到着。

 残念ながら、北斎の「富嶽三十六景 神奈川沖浪裏」(写真上)は展示替えのために見られませんでしたが、その代わりに「千絵の海 総州銚子」(写真下)が展示されていました。「神奈川沖浪裏」ほど有名じゃないけど、よりリアリティーのある浮世絵だと思います。

 ほかにも円山応挙、司馬江漢、亜欧堂田善、坂本繁二郎、藤田嗣治ら、僕でも知っている画家らの作品があって、これで入場料200円とは安いものです。

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2006年7月 4日 (火)

プラド美術館展

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 7月2日(日)
 夕方からの勤務を前に、東京都美術館でプラド美術館展 を見学。
 実際に行ったのはもう20年も前のこと。館内で、現地の小学校低学年ぐらいの女の子に「漢字のサインを書いてくれ」と頼まれたのが懐かしい。今頃は「裸のマハ」みたいな、きれいな姉ちゃんになっているのだろうか。
 宗教画でもなければ王侯貴族の肖像画ばかりという印象が強くて、その方面の知識がないとよくわからないなあと、当時は思ったものだった。20年たって、改めて見ても結局わからないまま。こちらは「学成り難し」を痛感するばかり。
 そんなに展示数が多くないので、割とゆっくり見ても1時間程度で見終わってしまった。

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2006年5月10日 (水)

「戦後日本デザインの軌跡ー千葉からの挑戦」

 5月10日(水)
 今月初めの連休はほとんど出勤だったため、今日から3連休。お昼過ぎに雨が上がったので、楽しみにしていた「戦後日本デザインの軌跡ー千葉からの挑戦 」(千葉市美術館、5月28日まで)を見に行く。
 「千葉からの挑戦」とは、千葉大工学部工業意匠学科の出身者が手がけた作品の展示、という意味。千葉大学は極めて早い時期から工業デザイン教育に取り組み、高度成長期を中心に優れたデザイナーを数多く輩出してきました。高校の先生がそうと教えてくれりゃ、俺だって目指したものを・・・。入れっこなかったか、知ってたところで。
 見学してみると、展示は約400点という数ばかりでなく、期待を遥かに超えた充実ぶりです。ホンダ・スーパーカブ、森永・ハイクラウン、資生堂・MG5、ソニー・ウォークマンといったなじみ深い製品のほか、営団地下鉄での採用を機に多くの鉄道会社に広まったサインシステムや新東京国際空港のサインシステム、さらにはレインボーブリッジをはじめとする橋梁など、デザイナーの活躍する領域がこれほど広がっているのかと、ただただ感心するばかり。ほとんどの展示品は新品かと見まがうほど美しい保存状態(=写真)です。
 撮影自由だったのでデジカメ撮りまくり状態でしたが、やはり限度もあるので、図録(2000円)を迷わず購入。
 千葉市美術館は初めて行ったのですが、第1月曜日と年末年始を除いて原則的に開館しているうえ、閉館も午後6時(金・土曜は午後8時)と、普通より1時 間遅いのは実にありがたい。今日、入館したのは午後3時前でしたが、もし5時閉館だったらあまり落ち着いて見ていられなかっただろうし。今年度から始めた 取り組みだそうですが、なるべく続けていただきたいものです。
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2006年4月29日 (土)

藤田嗣治展

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 4月28日(金)
 GWのうち、5月初めはほとんど仕事だけど、今日からは3連休。なのに、昨日の夜になって、「28日の午後6時から会議をすることになったから出てこい」と無情な電話が来た。
 出たところで何の役にも立たないし、何より心おきなく休めなくなるのが腹立たしい。会議だけのために外出するのは馬鹿馬鹿しいから、勤務先に近い東京国立近代美術館で開催中の藤田嗣治展 (=写真)を見学することにした。金曜日なので閉館は午後8時、会議まで悠々と見られるのがありがたい。
 正直言って藤田嗣治の絵について知識はないに等しく、この展覧会に合わせたテレビ番組(新日曜美術館など)で「乳白色の肌」がパリ時代に絶賛されたのをようやく知ったくらい。展示では、タイトルは忘れちゃったけど、砂の上に二人の裸婦(男女かな?)と赤ん坊が横たわっている絵が印象的でした。初めはほとんど白っぽくしか見えないけど、目が慣れてくるといろいろな形が浮かび上がってくる感じです。
 晩年に好んで描いた子供の絵は、目つきが奈良祥智の絵と通ずるものがある気がします。あんな目つきの子が実際にいたら、僕はあんまり好きになれませんが。
 絵とは関係ないけど、十数年前、藤田の甥である建築家の故・芦原義信先生にお目にかかった時、お二人で写っているスナップ写真を見せていただいたことがあります。その時点で35年以上たっていた写真なのに、あまりに発色が鮮明なうえ、ピントがシャープでびっくりしたものでした。
 「ライカで撮ったんですよ」と芦原先生はおっしゃっていました。上質な印画紙だったせいもあるにせよ、ライカの実力を初めて知り、世に熱狂的なライカファンがいるのも無理からぬことと納得したものでした。

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2006年4月12日 (水)

「花鳥−愛でる心、彩る技 <若冲を中心に>」

 4月11日(火)
 午後2時からの会議(正規の仕事はその後、翌朝2時頃まで)を前に、勤務先に近い皇居・三の丸尚蔵館で開かれている「花鳥ー愛でる心、彩る技<若冲を中心に> 」を見学。
 伊藤若冲の代表作「動植綵絵」30幅を5期にわたって順次、公開していくとのことで、現在開かれている第1期(4月23日まで)では「老松白鶏図」「南天雄鶏図」などを展示。ほかにも、修復過程でわかった若冲の技法の紹介や、同時代やその前後の花鳥画も展示しています。植物画が好きな僕には、椿の図鑑「椿花図譜」も興味深かった。とはいえ、椿そのものの種類に疎いのが情けなかったですが。絵じゃないけど、貝原益軒の「大和本草」も展示されています。
 なにしろ、タダで見せてくれるってところが素晴らしい。何とか5期まで通いとおしたいものです。
 これほど近いのに、今まで一度も皇居東御苑には行ったことがありませんでした。そもそも公開されているのさえ知らなかったし。
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 小雨に濡れた桜の向こうが三の丸尚蔵館。大きい建物の割には展示室が小さく、15分もあれば見終わっちゃいます。 

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2006年3月11日 (土)

黄金の分銅ー天下人の遺産ー

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 江戸幕府草創期に慶長小判などを作った両替商、後藤庄三郎の生涯を描いた「黄金の華」には、「分銅」という言葉が何度か出てきます。
 製錬した金を一定量に整えた塊を指し、「法馬金」とも呼ばれています。「大坂城には鋳潰せば天正大判が1000枚作れる分銅がいくつも蓄えられているそうな」といった科白で使われるのですが、どんな形なのかは触れられていません。
 「理科の実験で使う分銅と同じような、釣り鐘のミニチュアみたいな形だろう」と僕は想像していたけど、これは大間違い。日本銀行本店近くの貨幣博物館でたまたま開催中の企画展「黄金の分銅ー天下人の遺産ー」 で実物を展示しているというので、夕方からの勤務前にちょっと寄ってみた。
 庄三郎の時代よりやや後、尾張徳川家に残されていた小分銅が展示の目玉。形は、写真の大分銅と同じで、釣り鐘型じゃありません。そりゃそうだ、釣り鐘型だったら、小判を作るのに一定量を削るのだって難しいだろうし。
 小分銅の重さは約375g。レプリカを持ち上げられるコーナーがあり、つまんでみると小さい割には結構な重さです。平日の日中、しかも雨というのに、来館者は何人かいて、極印やら地紋やら熱心に眺めている人が目立ちました。
 企画展は3月12日(日)まで。無料。

 (写真は、「万治の大分銅」のレプリカ。本物なら160kgもあるとのこと)

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2006年3月 4日 (土)

徳川慶喜・東京写真紀行

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 3月3日(金) JR松戸駅東口、イトーヨーカドー前の道を南へ10分ほど歩いた所にある「戸定歴史館」(=写真)で開かれている写真展を見学。「戸定が丘歴史公園」として整備されている一帯は、水戸藩最後の藩主・徳川昭武公が松戸に構えた屋敷だったとのこと。

 明治時代の写真家・徳川慶喜公(元征夷大将軍)が、当時の東京や松戸の風景などを撮影した50点を展示。写真には撮影場所を当時の地図で示してあり、今の東京とはいくぶん異なっているのを確かめられるのも楽しい。現在の風景が添えられているものもあります。

 それにしても、靖国神社に建つ大村益次郎の銅像なんか、慶喜公がどういう感慨を持って撮ったのか、ちょっと想像しにくいです。自らが率いた幕府を倒すのに功のあった長州人を、どんな目で見ていたことか。

 興味深いのは、邸の使用人の子を集めて撮った一枚でした。子供たちのはにかんだ表情が何とも自然な雰囲気です。慶喜公の孫で、本当の写真家である徳川義朝氏が「こういう写真は、撮る方が相手に緊張感を与えては撮ることができない」と以前、評していたのを読んだことがあるけど、写真家となった慶喜公は結構、愛敬のあるおじいさんだったのかもしれません。入館料は戸定邸と共通で240円。4月9日まで。

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