2014年12月 6日 (土)

第2回「つながりの会」ゼミ

 

9月にあった第1回 に続いて、今回も六本木・国際文化会館のセミナー室で。夜勤の後、ちょっと飲んだために帰宅が朝4時過ぎになってしまい、午後1時の始まりに危うく遅刻するところでした。起きてから食べたのはカロリーメイトだけ。

 前回のテーマ「東と西」の続きをやる予定でしたが、初めて来たメンバーがすぐに議論に参加できるよう、テーマは毎回変えることに。すごいね、加藤秀俊先生と直の教え子さんたちの真面目さは。
 で、「大きいことはいいことか」というのが第2回のテーマに。先生の書いたエッセーを読んで、それをもとに話を展開していくのですが、結論めいたものを出すことが目的ではないので、取り留めもなく続く格好に。「連歌のよう」といったメンバーがいらしたそうですが、正にその通りです。
 午後3時にいったん散会した後、8人でティールームに行って続き。ここで紅茶とシュークリームをいただき、午後4時半におしまい。
 船橋に戻ってからもあまり空腹感はありません。ビックカメラでスマホに新モデル(2年毎に買い替える方が得なんだそうだけど…)を見たけど、今のより重いので買い替えはやめることに。結局、イオンの中にあるマクドナルドで夕食を済ませておしまい。風邪でもない限り、一日一食なんていつ以来だろう。

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2012年2月25日 (土)

「大学生数学危機」

 表題の見出しの記事が25日付読売新聞朝刊一面に出ていました。別の見出し「24%が『平均』わからない」というのは、昨夜のNHKニュースでも取り上げていたから、いったいどんな問題だったのかは興味のわくところです。
 読売新聞は三面で詳しい記事を掲載しており、この中に正答率4%という問題もありました。

 「線分を、定規とコンパスを使って正確に3等分する作図の手順を箇条書きで説明せよ」

といったものです。
 数学の苦手な僕なんぞ、即お手上げです。紙面には図付きの正答例があり、図は省略しますが、その手順をそのまま書き写すと、

1:線分の端点をA、Bとする。

2:定規を使って、線分ABと重ならないように点Aから半直線を引き、その上に点Aと異なる点Cをとる。

3:AC=CD=DEとなる点D、Eを半直線AC上にコンパスを使ってとる。

4:定規を使って点Bと点Eをむすぶ。

5:コンパスと定規を使って、点Dを通り線分BEに平行な直線を引く。この直線と線分ABとの交点をXとする。同様に、点Cを通り線分BEに平行な直線を引き、線分ABとの交点をYとする。

6:点X、Yは線分ABの3等分点である。

といったもの。読めば、なるほど、相似を応用することで3等分ができるのはわかったのですが、問題は赤い字で示した部分。あっさりと書かれてますけど、これ、どうやってやるんですか?
 日中はほぼブラ勤だったこともあり、ず~っと考えてしまいましたよ。そんなの習った覚えもないし。諦めて、読売以外の在京5紙でこのニュースをどう取り上げているのか調べると、朝日にこういう問題があったとあるだけで、それ以外の新聞の記事には登場していません。
 いよいよわからず、東大卒の同僚に「君、わかるか」と尋ねると、「わかりません」という。この同僚がグーグルで検索したところ、やはりこの問題に頭を抱えた人がいて、きちんと調べてその方法を紹介したブログが見つかりました。

 詳細な説明はそちらに譲るとして、こんな方法までちゃんと知っている大学生が4%もいるの?というのが、僕の偽らざる感想です。

 読売の記事によれば、この問題はほとんどの中3教科書に掲載されている「相似」の応用問題とのこと。その正答率がたった4%だから、「応用力がついておらず」、それは「ゆとり教育のせいで、数学力の低下を招いた」といった趣旨になっています。

 ついでながら、朝日新聞の記事では、この問題の正答率は「8%」となっていました。8%なら日本の将来も安泰じゃんと、僕なんぞは思ってしまうのですが…。読売と朝日のどちらが正しいのかは定かじゃありませんけど、「4」と「8」を間違えるような記者が書いているような「数学危機」の記事じゃ、がっかりさせられますな。

 なお、記事の元となった日本数学会による「大学生数学基本調査」の問題はこっち、正答例はこちら

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2012年1月10日 (火)

不覚その2

 不寝番明けの昨夜は恒例の12時間睡眠(+昼寝3時間半)で、今朝7時半過ぎに起きた時には久しぶりに頭もすっきりした感じ。
 雑用を済ませ、11時半からの運転免許証更新講習会を受講するため、自転車でJR船橋法典駅近くの市川自動車学校へ。それが終わったらどこかで昼ごはんを食べて、眼鏡市場でランニング用の眼鏡を作って、エグザスでひとっ走りして風呂に入って…。まずまず充実した休日だな〜と思いつつ、行田団地の北側に出た辺りで、はたと気づいたのでした。
 「免許証を忘れた」
 今から引き返したら、講習会には間に合いません。たとえ今日は免許証をもらえないとしても、講習さえ受けておけば後日もらえるだろうから、ここは会場へ向かうことに。
 受付で免許証を忘れた旨を話すと、担当の警察官に身分証明となるものの呈示を求められ、エグザスの会員証(顔写真入り)を見せてOK。免許証亡失届を書き、予定通り受講後に新免許証を受け取り、旧免許証は改めて船橋警察署へ持参することになりました。
 この後に行くつもりの眼鏡市場は、船橋警察署の近くなので、ひと手間増える程度のことです。失態の割には大したロスは生じなかったとはいえ、免許証の更新受講会に免許証を忘れるとは…。末期的ですな、我ながら。

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2011年11月28日 (月)

運転免許証の更新

 数日前に齢50となり、しなくてはいけないのが運転免許証の更新手続き。夜勤で出社する前、自転車で船橋警察署へ行く。
 市内では俗に市場通りと呼ばれる道に面している船橋署へは、ランニングで通ったこともあるけど、改めて自転車で行ってみると結構遠い。本当に自分がこんな所まで、遅いとはいえ走ってきたのかと、まだ何となく信じられないのは、走る距離がまだまだ足りないからだろうか。
 などとくだらないことを思いつつ、窓口で更新案内のはがきなどを提出すると、以前と違って優良者講習は警察署ではなく、市川自動車学校で指定日に集まってもらうようになったという。経費削減なのだろうか。1月10日の受講となった。
 指定サイズに切り取った写真を提出すると、僅かに曲がっていたのか、窓口の姉ちゃんが「まだ切っていない写真はありませんか」という。幸い持っていたので、それを渡したら、然るべきサイズに切り取れるカッターが置いてあった。
 千葉県公安委員会だけのことなのかどうか知りませんが、こういうのを典型的な「お役所仕事」という。案内はがきには、持参品として「写真」とあり、しかもサイズが指定されているので、小市民としてはその大きさに切って持って行くのが当たり前と思ってしまう。証明書写真だって、わざわざミリ単位の方眼が印刷されているほどだ。
 それを不慣れな手で切り取って持って行ったら、ちょっと曲がっているぐらいのことでダメ出しするとは何事だろう。もし、カットしていない写真を持っていなかったら、出直しってこと?
 これで不快な思いをした小市民はたくさんいると思う。
 初めから「指定サイズ以上の写真を持ってくれば、窓口でカットします」と書いておけばいいのに。次の更新時には改善されていることを期待したいけど、たぶんダメだろうから、後日の参考として記しておいた。

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2011年5月26日 (木)

「チャム ケンチャナヨ! 韓国語!!」

 先日購入したiPod touchは、大した使い道もなく持ち歩いていただけでしたが、ようやく有効活用をしつつあります。それが表題のポッドキャスト「チャム ケンチャナヨ! 韓国語!!」です。
 3月で大阪・毎日放送を退社した八木早希アナウンサーが5年間、172回にわたって担当した韓国語講座。かなり前から知っていて、iTunesにはダウンロードしていたのに、ほったらかしのままでした。そう、これを通勤電車の中で聞けばいいんじゃないか!
 最初の学生時代だった30年近く前にかじった韓国語(母校は「朝鮮語」として習ったけど)を、果たしてどの程度復活させることができるかな〜。
 試してみると、電車はうるさいのでどうしても音量を上げざるを得ず、やっぱり気が進みません。しかし、深夜勤務後の乗り合いハイヤーだとボリュームをあまり上げなくてもバッチリでした。これなら、葛西だの浦安だのと遠回りさせられてもストレスをためずに済みそうです。
 それにしても、八木アナウンサーの発音の美しいことといったら…。小学生の頃、韓国で暮らしていたからネイティブみたいなものだし、それがプロのアナウンサーとして話しているのだから、聞いているだけで惚れ惚れとしてしまいます。
 かつて自分が最も一生懸命に学習していた頃だって、あんなにきれいな子音はとてもじゃないけど出せなかったな〜。

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2010年7月31日 (土)

試験

 放送大学の前期試験があり、午後から幕張の千葉学習センターへ。
 JR幕張駅からほぼ日陰なしの徒歩15分、この猛暑では着いてから15分は頭や体を冷ますのが精一杯。しかも、教室には冷房なんかろくにない…と思ってたら、あった。昨年秋以来の来所で、その間に施設工事でもしたのかな。トイレや視聴覚室の雰囲気も変わってるし。
 この日の試験科目の一つは「認知心理学概論」。最初に出た大学では心理学の類をかじってたんだから楽勝だろうと考えたのが大間違いでした。テキスト読んだだけではさっぱりわからず、講義のビデオを見ても?。択一式の試験なのに、これほど自信が持てなかったのは珍しい。
 授業のテーマの一つでもあり、試験にも出題されたのが「日常記憶」。目撃証言の実験などを通じて、記憶とはいかにたやすく歪められやすいものかということを学んだのですが、この試験の後に、それを痛感させられたことがありました。
 経緯は省きますが、記憶のタネは昭和48年夏の甲子園大会。かの江川卓を擁する作新学院が、初戦の柳川商に苦戦し、延長の末にようやく勝ったあの試合です。
 一打出ればリード、あるいはサヨナラといった局面を、センターを内野に呼び寄せる奇策の守備固めでしのいだ覚えがありますが、僕はこの奇策を打ったのは作新学院だと思い込んでいました。得点圏に走者がいれば塁間の守備が広くなり、ゴロでも抜かれる恐れがある。江川の球がセンターに弾き返される可能性は皆無と言えるから、無駄に外野を守らせるより内野を一人増やした方が合理的、というのがこの奇策の意味だと解釈していたのです。
 ところが、シルクさんのblog「トラ&ウマ」の「プレイバック〜1973.8.10 打倒・怪物江川(1)」を読むと、「内野5人策」でピンチを乗り切ったのは柳川商だったのです。
 当時、小学6年生。野球を見る熱心さも記憶力も人生最高だった時期なのに、自分でこうも変形させているとはね〜。(^-^;
 実は、競馬についての記憶でも、妙な変形をしていたことがあります。
 昭和58年の菊花賞、19年ぶりの三冠を達成したミスターシービーが定石を破って3角の坂の上りで進出した時、実況の杉本清さんが「これでいいのか、これでいいのか吉永正人」と叫んでいたと、しばらくの間、思い込んでいました。
 昭和62年に買った杉本さんの名実況ビデオで、この菊花賞を見ると、杉本さんはこんなことは言っていません。いったいどうしてこんな思い違いをしてたのかと、我ながら愕然としたものです。
 ところが、平成2年頃に歴年の菊花賞を収録したビデオを買って見てみたら、驚いた。昭和54年の菊花賞で一番人気のビンゴガルーのレースぶりに対し、杉本さんが「これでいいのか小島太」と言っていたのです。
 受験を控えた高校3年、顔ぶれも地味だった菊花賞のことなんて、どんなレースだったか全然覚えていなかったのに、自分の頭の中でどう結びついてしまったのか。
 全く、僕の記憶はいい加減なことばかりです。

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2010年7月11日 (日)

面接授業「身近な環境から地球環境を考える」

 いささか大仰なタイトルにひかれて申し込んだ今回の授業は、つくばエクスプレス(TX)・柏の葉キャンパス駅近くにある千葉大学環境健康フィールド科学センターが会場です。
 何だか怪しげな雰囲気を醸し出すこの長ったらしい名称から、どんな所なんだろうと楽しみに出かけたら、一面の野っ原の中に建物がぽつぽつあるだけ。正しくは野っ原などではなく、千葉大園芸学部(松戸市)の農場ですが、こんな所まで通う学生さんは大変だと思う。ましてTXがなかった頃は。
 このセンターを構想した古在豊樹・千葉大名誉教授が担当で、一般向けと割り切ってくれたのか、あまり難しい話はなさらず、
 ・人によって「常識」は大きく異なっていることを認識する
 ・自然、特に植物を「擬人化」してはいけない。環境への理解を歪めるもと
 ・(身体的、生理的な)感覚に基づいた専門家とは異なる判断は、検証の価値がある
といったことを、繰り返し強調していました。
100710  一つの例として、閉鎖型植物生産システム、いわゆる「植物工場」の研究を紹介してくれました。植物を自然光や土壌から切り離して育てる、不自然極まるシステムです。上の写真は、このセンターで実験している育苗生産装置の内部です。
 この不自然なシステムが、至って「地球に優しい」というのです。肥料や農薬の残留を起こさず土壌や地下水を汚染しない、エアコン除湿水を再利用しハウス水耕に比べ灌水量は1/15で済む、蛍光灯と家庭用エアコンの利用で電気代もあまりかからない、といった具合です。
100710_2  見学したユニット(写真上)のサイズは、大きめな家庭用の物置ぐらい。育苗用なので小さくても大量に生産することができるとのこと。草丈が短い野菜は収穫まで利用できるけれども、単価が安過ぎる根菜類などは採算が合わないといった面はあるにせよ、「極めて不自然」な「地球への優しさ」という、常識に適わない合理性があることは実感させられました。
100710_3  センター内で「トマソン」発見! いずれちゃんとした機能を持つようになるんでしょうけどね。

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2010年6月26日 (土)

面接授業「日本の民俗学」

 25、26日の2日間、佐倉の国立歴史民俗博物館で放送大学の面接授業「日本の民俗学」を受講しました。珍しく金曜スタートですが、あらかじめ希望しておけば好きな日に公休を取れるわが職場は、こういう時にありがたい。
 放送大学の面接授業は100人を超えることも珍しくないのに、今回は30人程度。アシスタントの女性の話では「千葉学習センターの名物授業」といい、だとすれば何の気なしに申し込んだ割には、くじ運よく当たったってことかもしれない。担当はこの春、国学院大に移った新谷尚紀先生と、当博物館の関沢まゆみ准教授。
 25日未明にはワールドカップの日本対デンマーク戦があり、早寝して2時半に起きたものの、キックオフの3時半前に眠くなってしまい、再び就寝。日本がデンマークに快勝する夢のような試合を見られなかったのは残念でしたけど、今回の面接授業は、もしサッカーを見たせいで眠気を催していたら相当後悔しただろうと思うくらい、興味深い内容でした。
 民俗学なんて、田舎の古い言い伝えなんかを集めて、もっともらしい意味付けをするだけの学問だとばかり思っていたのですが、新谷・関沢の両先生が語る民俗学はそのイメージを大いに変換させるものでした。
100626_2  民俗学の視点とは「物事の変化を歴史的に見ると同時に地域的な違いも調べる」所にあり、それはある昔話があっちではこう、こっちではこうといった、僕のイメージとはかけ離れたものではありません。しかし、昔話ではなく、今起きている出産や葬儀の変化、さらには高度成長がもたらした暮らしぶりの変化などを民俗学の視点で捕らえたうえで、その背後にあった政策にまで注目しているとなると…。
 偉そうに言えば、かつて自分が仕事を通じて追いかけていたテーマそのものじゃんって感じなのです。自分が求めていたものが、古くさいとばかり思っていた民俗学の中にあったとは…。もっと早く気づくべきだったと内心、悔やむことしきりです。
 (写真は、歴博内の「レストランさくら」名物の古代米カレー。ハヤシライスもあり、2日続けて食べてしまった。共に800円也)

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2010年6月13日 (日)

面接授業「現代に生きる狂言の世」

 きのう12日から2日間、横浜・弘明寺の放送大学神奈川学習センターで表題の授業を受講しました。放送大学も入った当時(もう13年も前か)は仕事に関連した授業中心だったけど、今じゃカルチャーセンターに通っているような選択ばかり。
 講師は横浜国立大学の三宅晶子教授。どこかで見覚えが…と思ったら、NHK教育テレビで時々放映する能や狂言の番組で解説をなさっている先生でした。そうと知って申し込んだのではない辺り、永遠のど素人たる自分らしいし、こんな具合に思いがけぬほどトップレベルの研究者の話を聞けることも、放送大学の魅力でもあります。
 初日の12日は午前2時まで働いた後、午前9時半にはセンター着だったので、睡魔との戦いがきついの何の。授業が始まる10時ギリギリだと、席がほとんど埋まっていることが多く、こういう無理をしなくてはならないのが辛い。
 狂言は大阪に出向してすぐ、2004年の元旦に茂山家の「天空狂言」を観て好きになりました。以来、何度か観る機会はあったけど、まとまった知識がないため、ただ面白い止まりになっていたのです。この面接授業で、どこに注目したらいいのかとか、芸能としての成り立ちといったことが学べればと、期待していました。
 その点の満足度は十分。三宅先生は、用意した名人たちの至芸の映像を見せて、役者たちの個性やエピソードを織り交ぜながら、曲の成り立ちや能との関係、見どころなどを明かしてくれました。このセンターが先生の本拠地ではないせいで、プロジェクターなどの操作に手間取り、時間のロスが多かったのがややもったいなかったけど。
 それにしても、同じ演目なのに、流派や年代の差でかなり違いが出ているのには驚かされました。

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2010年1月10日 (日)

早朝の佐原の町並みを歩く

 栃木県佐野市から受講しに来た相部屋のS先輩と、朝7時前から町並みを見に散歩へ。ほとんど誰もおらず、車もあまり通らないので、川船から荷を揚げる設備だった「ダシ」や風格のある蔵などをゆったりと眺められました。
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 真ん中のクリーニング店は、町の雰囲気を崩さぬよう、縦格子の出入り口や看板を取り付けたそう。観光客が利用する仕事ではないのに、費用をかけて改装する辺りに、町並み整備に協力する姿勢が表れています。別の通りにも同じように改装した理髪店があります。
 小野川に架かる忠敬橋近くにある公衆トイレの樋を触ってみると、銅製でした。「旧家の町並みに合わせ、新築した建物でも銅製の樋を取り付ける」とは昨日の講義で出た話。個人の資産に本物を使うのはいいとして、そうではない公衆トイレならローコストな塩化ビニール製を使って当然だと思っていましたが、そこをごまかさない点はさすがの町並み整備ぶりでした。
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 ダシに降りると、川面に写る青空や町並みが美しい。それも川にゴミが浮いてなければこそのこと

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