「横浜の歴史と文化」2日目

授業2日目は横浜開港資料館で。写真の旧館はかつてのイギリス総領事館で、登録文化財になっていますが、授業は新館の講堂でした。いにしえの雰囲気を感じながらの講義を受けてみたかったのですが、何でもエアコンが利かないため、今日のように冷え込んでいると、殊の外寒いとのこと。
午前中は平野正裕先生による娯楽を中心とした都市文化のお話。江戸時代から続いた芝居小屋や映画館が、近代化した「松竹」に呑み込まれていく過程を追っていきました。「封切り」って言葉が、横浜にあったオデヲン座で始まったとは知らなかった。映画フィルムが輸入品だったことに由来する表現は、貿易港を抱える横浜ならでは。
もう一つ、「歌」にまつわる様々なお話もあり、初代「君が代」の曲を初めて聞くことができました。前日の講義でもあったのですが、「君が代」はイギリス駐留軍のフェントン軍楽隊長が国歌の必要性を進言したのをきっかけに作られ、フェントンが作曲したものの、3年後に現在の曲に変更したとのこと。初の鉄道開通時に新橋駅の式典で演奏されたのは初代の曲で、聞いてみると荘重感はやや落ちるけど、きれいな曲って感じです。個人的には初代のほうがいい気もします。なお、君が代にはもう一つ、文部省唱歌版があり、こちらは歌詞に続きもあります。君が代に三つのバージョンがあったとはねぇ〜。
午後は松本洋幸先生による「港を支えた運河や舟運、後背地」がテーマ。開港から35年間は桟橋や埠頭がなかった横浜港では、積み荷の上げ下ろしなどは艀が主役だったこともあり、運河が市中を縦横に走っていたそう。また、内湾貿易でわが木更津辺りとの関係も深かったと言われると、今まであまり持っていなかった親近感も湧いてきたのでした。
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当然、三田演説館の中に入るのも初めて。国指定重要文化財ですから、本当は講演よりも、中に入ることが楽しみでした。ご覧の通り、内部は狭いため、直前に来た僕は2階席へ上がることに。偶然のこととはいえ、その方が自分としては嬉しく、またまた苦笑。
6月10日(日)


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