2015年9月20日 (日)

スプリングボクスに歴史的勝利

 宿直や夜勤から離れて半年以上、今日ほどそのことを悔いた日はありません。
 ラグビーワールドカップ、よもや日本がスプリングボクス(南アフリカ)に勝つとは…。「また、どうせ出ると負けだろ」と思っていただけに、いかに連休でも生中継を見ようとは思わず、朝ランに備えて寝てしまったのでした。ローテーション勤務なら夜勤か宿直に当たっていたかもしれず、だとしたら興味とは無関係に見ていただろうから、歴史的快挙の瞬間を共にすることができたはずなのに…。
 朝ラン23キロ、買い物や昼食などを済ませ、午後からBS-1で再放送を見る。といっても後半から。ラグビーを見るのは20年ぶりぐらいだろうか。学生時代は人気スポーツで、それなりに夢中だったけど、平成に入ってから、学生ラグビーの名門校が「勝つためには何でもあり」的な姿勢を露骨に見せるようになったことに失望してしまい、すっかり興味が失せてしまったのです。
 それはさておき、日本がペナルティゴールを決めて追いつくと、地力に勝るスプリングボクスがトライを決めて突き放そうとする展開。それでも食らいつく日本が、最後の最後に同点狙いのペナルティゴールを選ばず、トライを取りに行って波状攻撃をかけ、試合終了寸前に劇的な逆転トライを決めるとは。もう結果はわかっているのに、「やったぁ!」と声を上げてしまいました。
 日本人じゃない人がたくさんいる日本代表(これは他の参加国も似たようなものだとのこと)だとか、そんなことはもはやどうでもよく、ワールドカップで2度の優勝を誇るスプリングボクスに真っ向勝負で勝ったこと、負けるリスクを覚悟で勝ちに行ったことは、本当に素晴らしかった。たとえ、あれでもし負けたとしても、スプリングボクスから勝利を挙げる日は、同点で終わった場合より早く来たんじゃないかと思います。

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2015年6月28日 (日)

なでしこ4強入り・宝塚記念、その他

 サッカー女子ワールドカップカナダ大会準々決勝・日本対オーストラリア戦は午前5時キックオフ。諸般の事情で仕事のサポートをする破目になり、前夜から勤務先に宿泊して午前4時過ぎに起床、ジリジリした展開の試合ながら、なでしこジャパンが1対0で勝ち、2大会連続のベスト4入りを決めた。ここまで来たら、次のイングランドも撃破して、再び決勝に進出してほしい。
1dsc_1599  職場を朝8時半に去り、さてどこでモーニングを食すか。あれこれと考えるうちに東京駅に着き、あわてて帰宅する用があるでもなし、と八重洲側に行って東京ラーメンストリートの「六厘舎」の行列に並んでしまいました。
 待つこと15分ちょっと。おいしかったけど、やっぱりつけ麺は性に合わない感じです。
 総武線で危うく寝過ごすところでした。それなりに眠れたと思うものの、いつもよりは寝不足だったか。帰宅して、「梅のらっきょう酢漬け」を仕込み(って、瓶にアク抜きした梅とらっきょう酢を入れただけですが)、宝塚記念当日恒例だったベランダ洗浄は、梅雨明けが当分先なので今年は見送り、昼食後にうたた寝をしてから臨んだ宝塚記念は、1番人気ゴールドシップが大出遅れで惨敗、わが本命トーホウジャッカルも4着に敗れたものの、馬券的には300円プラス。泥沼の連敗街道を思えば、喜ぶべきなんでしょうけど…。
 夕方、曇って来たので、プレオン船橋をランステ代わりにして行田公園で1時間半ほど走る。5キロごとのビルドアップ走とはならず、14キロでダウンしてしまったけど、夏に向けての刺激にはなったんじゃないかと、なってほしいなと願うばかり。

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2012年12月28日 (金)

松井秀喜選手の引退発表

 松井秀喜選手が引退を発表しました。ファンとしては、ジャイアンツに復帰することなく、またグラウンドでの引退セレモニーもないことは、何ともさびしい限り。

 一ファンに過ぎない僕には松井選手との個人的なつながりなどはないものの、変なかかわりがありました。
 週刊文春やNumberなどで野球に関するコラムを書いている小関順二さんが主宰している「模擬ドラフト会議」というイベントがあります。本物のドラフト会議の前に、熱心な野球ファンが各球団の幹部やスカウトになったつもりで、その年の新人選手を指名していくというお遊びですが、たまたまそのメンバーだった方のお誘いを受けて1992年の模擬ドラフトに参加させてもらいました。
 言うまでもなく、この年の目玉は松井選手。初めて参加したというのに、その場の行きがかり(ネクタイをしていた程度のこと)から、僕は仮想「読売巨人軍」の球団幹部席に座ることになったのです。スカウト役は4~5人いて、皆さん地方のノンプロ選手の情報にまで精通していて驚いたこと。当然、1位指名は松井選手で一致し、誰がくじを引くのかを決めるのが僕の役割でした。
 で、何となくいい雰囲気を感じた若い男性にお願いし、確か本物のドラフト会議より多い6球団の重複指名の中、この方が見事に松井選手を引き当ててくれたのです。仮想「読売巨人軍」テーブルはもちろん大騒ぎ。
 この様子が取材に来ていた日本テレビの「独占!!スポーツ情報」という番組でドラフト直前の日曜日に放映されたため、次の日からしばらくの間、「テレビ見たよ、オーナー」とからかわれて恥ずかしかったものです。実際に松井選手が4球団の重複指名を受ける中、巨人が交渉権を得ることになって、妙な縁を感じたというのが、松井選手とややかかわりのある思い出です。
 お遊びとはいえ模擬ドラフト会議そのものは真剣で、あとは誰を指名したのか全然覚えていませんが、スカウト氏の一人が「大家友和って選手はいいですよ」と力説していたのは印象に残っています。
 翌年から逆指名制度が導入されたため、模擬ドラフト会議もあり方が難しくなったこともあって、僕が参加させてもらったのはこの1回だけ。誘ってくれた方もとうに鬼籍に入ってしまい、おかしな思い出話ができる相手もいないのが、また寂しいと言えば寂しいことです。

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2012年9月 4日 (火)

ピストリウス発言に関するBBCニュース

 またしても逃してしまった曇り空の朝ラン。まあ、きのうの夕方10kmちょっと走ったし、きょうも出勤前にボディパンプをやるからいいか。
 それなりに早く起きはしたので、朝食の間、BS1のワールドWaveモーニングを見ていると、BBCが「パラリンピックの顔」ピストリウスが200mでオリベイラに敗れた後、「彼の義足は長過ぎる」と非難し、後に謝罪したことを取り上げていました。
 ここまでは日本の報道各社もきのうから伝えています。
 このレースの映像を見ると、まるでブエナビスタのオークス のよう。短距離ではあり得ないほどの差し切り方です。五輪にも出場した第一人者たるピストリウスが故障でもないのに負けたとなると、ちょっと不可解な面があるのは確かでしたが…。
 BBCによると、主催者が公表したデータでは、どの選手も義足の長さはパラリンピックのルールに適合したもの。ただ、ピストリウスの義足は、パラリンピックのルールで可能な長さよりは短かったというのです。
 これは、ピストリウスが五輪に出場するため、五輪のルールに合わせた義足を使っていたことによるものといいます。
 「だったら、パラリンピック仕様の義足を使えばいいじゃん」ってのは素人考えで、あのレベルともなると違った用具に合わせるには非常に困難だとのこと。次期衆院選で鳩山元首相への「刺客」となる堀井学さんが、長野五輪直前に変えたスラップスケートに合わせられなかったために振るわなかったのを思い出せば、さもありなんです。
 こうしたニュースを見ると、ピストリウスの発言は、いわば負け惜しみなんだけど、そう言いたくなる事情もあったことがわかります。
 パラリンピックが開かれると、「日本のマスコミは五輪に比べてパラリンピックの扱いが小さすぎる」といった、善意の高みに立ったご批判が必ずありますが(今大会では、やや減った気もする)、問題なのは報道の量だけではなく、こうしたニュースの背景をすぐに伝えられる力量があるかどうかだと思います。

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2012年5月 3日 (木)

菅谷和己選手の走り方教室

 いわゆるGW期間中の祝日・日曜日で唯一の休みだった今日(そもそも5月中に3連休がない…)、最大のお楽しみイベントである「菅谷選手の走り方教室」が14時から、エグザス船橋で。先月中旬に告知があった後、すぐに申し込みました。
 無情の雨でしたが何のその、出かけてみると、定員20人で締め切られた教室にキャンセル待ちの人が10人ほどいました。ランニング人気の高さを感じさせられます。
 菅谷和己さんはSALOMON と契約しているプロトレイルランナー。室内なので個々のフォームチェックはなく残念でしたが、それでもいいアドバイスをいただきました。

 (1)走る前に必ず肩幅で立ち、体の左右のバランスが整っていることを確認する
 (2)腿やお尻の筋肉を意識して片足で立ってみる
 (3)両手を腰に当てたまま腿を高く上げてゆっくりと歩く。足裏全体での着地を意識する

 大したことなさそうですけど、要はふくらはぎの筋肉で走るのではなく、腿やお尻の筋肉を使って走ることを覚えることが大事なのだとのこと。実際、菅谷選手のふくらはぎは非常に細く、足首の上に筋肉の盛り上がりなんかないほどです。
 その他、よい姿勢を保つための腹筋トレーニング2種(仰向けに寝て両足首を少し引き上げ20秒キープ、両脚を上に伸ばして上体を起こしつま先を指で触る=結構きつい)、膝でタオルなどを挟んでのスクワット(腿内側のトレーニング)、肩幅立ちで15秒くらいかけて腰を落とすスクワット(腿外側のトレーニング)などを教えてもらいました。
 「次回は、できれば屋外で教室を開きたい」と菅谷選手は話しており、遠からずそういう機会があることを期待しています。
 解散後、小生は「走っている時に、手は握っていなくてもいいんですか?」と一つだけ質問。「リラックスできるなら、開いていたって構いませんよ」と聞いて安心しました。

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2012年3月10日 (土)

3・11に再放送「伝説の名勝負」

 正しくは再々放送なのですが、3月11日午前9時からNHKのBS1で「伝説の名勝負 '85新日鉄釜石×同志社大学」が放映されます。1月9日に再放送された際、見たのが途中からだったため、再放送してくれないかな~と思っていたら、何と願いが通じたのでした。
 やはり単なるスポーツ回顧ものではなく、二つの大震災にかかわるドキュメンタリーでもあったことが、この日の再々放送となったのかもしれません。
 その際の記事は割とアクセスされているようだったので、ご関心のある方々にお知らせする次第です。
 NHKネットクラブという無料登録のシステムの中に、番組の再放送が決まったらメールで知らせてくれるサービスがあり、それで知った次第。こういうところはネットの便利さですね。

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2012年1月 9日 (月)

NHK-BS1「伝説の名勝負 '85新日鉄釜石×同志社大学」

 不寝番明けで帰宅し、そのまま3時間半ぐらい昼寝をしてから一度起き、せっかく競馬が開催されているんだから、ちょっと運試ししてみるかと思ったら、年の初めからスッテンテンにスッてしまった。去年のような幸運はやはりめったにあるもんじゃありません。
 競馬を中継している時間帯に、NHKBS-1で表題の番組を延々とやっていました。釜石V7といえば、学生時代の話。昨今ほど社会人と学生のレベル差は大きくなく、毎年、どこかの大学が倒してくれまいかと思いつつ、頑張れるのは前半だけで、後半になると釜石にいいようにやられることの繰り返しでした。
 1985年は釜石が7連覇を果たした年であり、同時に最もピンチだった年でもあります。司令塔・松尾雄治が右脚の故障のために不調で、社会人選手権の準決勝だったか、ほぼ負けかけた覚えがあります。
 一方の同志社は、本当なら卒業しているはずの大八木がニュージーランド留学とかでこの年も残っており、大学選手権を3連覇しての登場。個人的にはこの年、慶応に出てほしかったんだけど、大学選手権で慶応にゴールライン内側までスクラムを押し込まれながら、なお得点を許さなかった同志社は憎たらしいほどの強さだった印象が残っています。
 この釜石V7の時の日本選手権がそんなに名勝負だったかな〜と疑問があり、それでこの番組は競馬中継が終わるまで見なかったのでした。前半は割といい線いってたけど、最後に釜石が突き放しておしまいだったと思っていたのですが…。
 番組は、釜石の松尾雄治、同志社の平尾誠二と、この試合で対戦した二人がビデオを見ながら振り返る形で進んでいました。僕が見始めたのは、試合が後半に入った辺りで、釜石のリードはわずか3点。松尾の右脚が痛みだして時々、グラウンドに倒れ込む場面が映し出されています。
 詳細は省きますが、平尾自身が語っている通り「後半は一方的にやられた記憶があるけれど、こうして見ると同志社もかなり攻めていて、あと一歩でトライが取れた場面もかなりあって意外だった」試合でした。共に選手として一時代を築いた二人の話ですから、何しろ面白い。
 この試合で特に有名なエピソードは、終盤に釜石がチョン蹴りから攻撃する前に松尾がサインを伝えようとしても大歓声で聞こえなかったため、手で大きく8の字を描き、その通りに最後はナンバー8の千田がトライを取った場面でした。
 これについて松尾が「NHKで解説していた日比野さんがそう言ってたんだけど、本当は8じゃなくて『Cの2』ってサインを描いたんです。Cつまりセンター小林から2人目の選手に飛ばすぞってことで、それが千田だったんですよ」と明かしていたのは、こうした番組ならではでしょう。
 後に神戸製鋼でやはりV7を達成した平尾は阪神淡路大震災に見舞われ、そして釜石も東日本大震災で大きな傷を負いました。偶然ながら、このことがただのスポーツ名勝負回想録ではなく、それぞれの打ち立てた金字塔が険しくても復興へ立ち向かう地域の人々にとって、心の支えになっていることを感じさせるドキュメンタリーにもなっていました。
 最初から見ればよかったな〜。再放送してくれないかな〜、この日の放映自体が再放送だったけど

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2011年7月19日 (火)

「なでし子」関係

 今朝の新聞に出ていた「なでしこジャパン」全メンバー21人のうち、「なでし子」なのは矢野喬子選手たった1人。最近の若いアナウンサーやAKB48の主要メンバーには「子」のついた名前が少なくないので、20歳代後半あたりからはまた復活しつつあるのかなと思っていたら、さにあらずのようです。
 改めて調べてみると、AKB48のメンバーも総選挙とやらで名前が取りざたされた「子」を除くと、「子」はほとんどいないみたいでした。
 AERAの7月25日号に出ていた「なでしこ」記事で、昨年までマリーゼ(東電チーム)に所属していた選手2人の話は、なかなか興味深いものでした。

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2011年7月18日 (月)

なでしこジャパン優勝!

 昨夜、仕事が終わったのは0時半。「W杯の決勝まで残らないか」と誘われたけど、3時間待ちはきついし、勝つとも思えなかったので帰宅。家でも2時半過ぎまで起きていたものの、いったん寝て目が覚めた時にまだ生中継をやっていたら、そこから観ることにして就寝しました。
 結局9時半過ぎまで目を覚ますこともなく、10時から決勝戦の再放送を観ることに。携帯メールの速報やニュースを見なければ、生中継も同然だし。番組冒頭はあえて見ず、前半終了後のBSニュースの時はテレビを消すなど、万全を期す。
 アメリカ断然優勢で後半に1点取られた時には、これで決まりかと思ったら、何と追いついて延長戦に。延長前半10分過ぎあたりで、いわゆる「マキ」が入ったため、何かあるなと思ったら案の定、アメリカの勝ち越しゴール。大砲が旋回したかのようなワンバックのヘッド、これでおしまいかと観念。
 それがまた追いついてPK戦へ。日本のGK海堀が2本阻止、アメリカが外した1本もあり、日本が4人目で3−1で勝っちゃった…。
 展開のミラクル度では、知っている限り、かつての高校野球「箕島ー星稜の延長戦」以来の名勝負じゃないでしょうか。結果を知らずに観ていたから、それなりに興奮しましたけど、でももう結果が出ているかと思うと、今ひとつ乗れなかったのも確か。やはり、残って同僚たちと感激を分かち合うべきだったか?
 それだと朝からヘベレケになっちゃったろうしな〜。
 ともかくも、なでしこジャパンの快挙、恐れ入りました。
 それと、試合後のワンバック、およびアメリカ人ファンのインタビューを見ると、アメリカのグッドルーザーぶりには敬意を表さずにはいられません。

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2011年7月14日 (木)

職場の近くで朝ごはん@デニーズ

 今日も早出。先週より1本早い電車に乗り、ゆとりある朝ごはんをいただくため、4時半に起床しました。
 テレビをつけると、女子サッカーW杯準決勝は前半終了間際で1対1の同点です。出勤の支度をしつつ後半を見ていると、沢選手の勝ち越しヘッドに続き、川澄選手のロングシュートが決まったので、安心して出発。波に乗るって、今のなでしこジャパンのような状態のことなんだろうな。
110714  本来なら築地場外市場へ行くのですが、昨夜火災があったと朝刊に出ており、なんとなく落ち着きがなさそうだったから、今朝は職場近くのデニーズへ。実のところ、デニーズでモーニングを食べるのは初めてです。
 さすがと言っては何ですけど、和洋各種取り揃えて480円~580円とは、コストパフォーマンスは素晴らしい。野菜卵サンドイッチ&フルーツヨーグルト(=写真)を選びましたが、味も量も充実しています。注文してから出てくるまでやや時間がかかったのと、付け合わせのサラダのドレッシングがサンドイッチにしみてしまっていたのはいただけませんが。
 お昼は前回と同じく「梵」のビーフヘレカツサンドのハーフ。それだったら、朝は和食にすべきだったか。

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