2017年8月10日 (木)

長島芳明「銀翼のアルチザン」

 久しぶりに読書感想文、なのですが、読み終わる前にひと騒動がありました。
 9日深夜、元職場の後輩でFB友達のO女史(って感じじゃないけど、年齢に敬意を表して)から「先輩からレイバンのセール招待が来てますけど、FBが乗っ取られているんじゃないでしょうか」と問い合わせがあったのです。
 O女史以外のFB友達の女史たちにも私名義の招待が届いているらしく、こちらには覚えのないことですから、乗っ取られた(=PWを破られて侵入された)と考えるしかありません。
 ネットで調べると、FBでレイバンのセールのスパム被害があちこちで生じているようでした。スパム発生元としてはPWを変更してFBにログインし直し、「私とつながっている人は絶対にスルーしてください」と呼びかけるという、最低限の対処をするのが精一杯でした。うっかりと「いいね」を押してしまった友達が一人いましたが、これといった被害はなさそうで、胸をなでおろしました。
 騒動の前後に読んだのが表題の一冊。戦後、その性能をテストした米軍を戦慄させた戦闘機「疾風」をはじめ数々の名機を設計しながら、一切を語らずに過ごした中島飛行機技師長の小山悌(やすし)を取り上げた小説です。
 作者の長島氏は太田市在住の37歳で、これが2作目。一部に文意の通りにくい箇所があるといった難はあるものの、実に面白い本でした。
 戦前、特に226事件の後についてのイメージは、「軍部がやりたい放題に暴走するのを政党も新聞も批判しなかった暗い時代」ってとこですが、放送大学の面接授業などで聞いた中では案外、そうでもなかったようです。大雑把に言えば、政党は互いに足の引っ張り合いを繰り広げて民心が離れていき、軍は軍で「頼りにならない政権は何も判断してくれないし、かといって目の前の危機を放っておけないから自分たちで決めるしかなかった」といった雰囲気で、空襲が始まる前までは、後世の我々が想像するよりも殺伐色はずっと薄かった印象です。
 この作品は、そうした時代の空気をよく醸し出している点が特に優れている気がしました。田畑しかない太田が、中島飛行機の工場や滑走路があちこちにでき、2万人もの工員が働く街になっていく様子が、目に見えるように描かれています。
 戦後、群馬県出身の堀越二郎がゼロ戦の設計者として名声を博した一方、その群馬県でたまたま就いた航空機設計の仕事を極めながら沈黙を保って航空機や自動車産業と縁を切った東北出身の小山悌。アニメ映画の「風立ちぬ」とは対照的な、アルチザン(=職人)としての生き方でしょうか。

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2016年7月25日 (月)

葉室麟「星火瞬く」(講談社文庫)

 「ペリー提督横浜上陸の図」を描いた艦隊随行員のヴィルヘルム・ハイネはドレスデン蜂起に失敗してアメリカに逃げたドイツ人で、その後、再来日した際、蜂起の首謀者バクーニンと横浜で再会したという逸話を知ったのは、昨年6月に放送大学神奈川学習センターで受けた面接授業「三等船客の幕末明治」でのこと。
 まるで大河小説のような話だな~と思ったものですが、とっくの昔に小説化していたのが葉室麟氏の「星火瞬く」でした。
 世界各国で無差別襲撃事件が続き、ついに日本でも起きてしまいました。亡くなられた方々のご冥福を祈る一方で、やはりこうした事件が一つ起きると、それに刺激されて別の事件が発生する連鎖反応があると思わざるを得ません。
 明治維新も、フランス革命に始まった民衆参加による政権転覆の動きで生じたとみることができなくもありませんが、その端緒としてバクーニンによる扇動があったとしたら…。
 ウソだろうと思うような話を、「もしかして」と思わせてしまうのは、そこに登場する人物たちのキャスティングの妙かもしれません。

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2016年5月 5日 (木)

伊東潤「巨鯨の海」

 GW読書2冊目。しばらく前、著者のサイン入りというだけで買ったまま、読まずに置いていた本です。
 読み始めてから長編小説ではないことに気づいたほど、気のない感じだったのですが、それぞれの物語にはハッとさせられる場面が少なからずあり、遅読派の僕がどんどん読み進んでいったほどです。
 太地の捕鯨。勝手にやってきた外国人どもが傍若無人な振る舞いで妨害を続けているのは知っているものの、鯨を捕る文化とか歴史とかについては何一つ知りませんでした。そのせいで、最初の一篇は読むのに少々苦労したものの、鯨漁の専門用語?に慣れてくると、スムーズになります。
 フィクションとはいえ、鯨をただの獲物として見るのではなく、畏敬の念を忘れないのが太地の文化であることが実によく伝わってきます。漁師の花形「刃刺」になるのも腕力が強ければいいというものではないことなど、人の生き方への示唆にも富んだ物語ばかりでした。
 もっと早く出会っていれば…。そう思える小説に出会ったこと自体、喜ばしい。

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2016年5月 3日 (火)

中村彰彦「明治無頼伝」

 幕末から明治にかけて会津藩が背負わされた過酷な運命について、多少なりとも具体的に知ったのは、1980年のNHK大河ドラマ「獅子の時代」を通じてだったと思います。ただし、浪人したためにドラマの4分の3は見ておらず、番組ガイド本にあったあらすじを読んだのでした。
 会津藩家老の佐川官兵衛を知ったのは「獅子の時代」でだと思い込んでいましたが、ウィキペディアで調べると、キャスティングされていないので、記憶違いのようです、
 一方、会津藩士の永岡久茂は、司馬遼太郎の「翔ぶが如く」で知りました。佐川官兵衛もこの小説に出てくるので、あるいは官兵衛もこの小説で知ったのかもしれません。
 幕末の激動に翻弄されて「賊軍」とされた会津藩の二人は、うまうまと政権を握った薩摩に一矢報いんとそれぞれに画策し、結局は果ててしまいます。
 権力とか政治とかの持つ非情さは、この二人の名と強く結びついているのですが、ではこの二人がどんな人だったのかは知らずにいました。
 中村彰彦「明治無頼伝」は、戊辰戦争の真っ最中に会津藩に身を投じた新選組の斎藤一が明治時代になって名を藤田五郎と改めてからの物語です。「獅子の時代」で描かれた斗南藩の壮絶な暮らしに始まって西南戦争に至るまでの10年近い歳月に、藤田五郎が巻き込まれる有為転変に大きく関わっているのが佐川官兵衛であり永岡久茂だったのです。
 佐川も永岡も、復讐鬼とかアウトローといったイメージではありません。実際にそうだったかはともかくとして、もともと世間の枠に収まっている誠実な人物だったと考える方がすんなりと受け入れられます。こうした佐川の頼みだったから、藤田五郎が大した縁もない人物の行方探しに深く関わったんでしょうし…。
 浅田次郎の「一刀斎夢録」をはじめ、斎藤一はニヒルで筋を通すことにこだわり過ぎる偏屈者として描かれることが多いのですが、この小説ではニヒルさや偏屈色はかなり薄まっていて、筋を通す性格は色濃く残っている感じです。もう一つ、巧緻な剣技も斎藤一の特色ですが、そこの見事な描き方は浅田次郎と優劣つけがたいものがあります。
 会津の立場から見た「回天史」を知ると、降りかかった困難にどう立ち向かっていくのかを探る端緒がいくつもあるような思いがします。

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2014年10月13日 (月)

伊東潤「城を攻める 城を守る」(講談社現代新書)

 年を取ると目が覚めるのが早くて嫌になります。きのうは25キロ近く走ったから、ゆっくりと眠れると思ったんですけどね~。
 ここしばらく城見物にも行っていませんが、「城好き」を自称する身としてタイトルに惹かれたこの本、期待を遥かに上回る内容でした。
 登場するのは26の城。定番の大坂城、会津若松城はともかく、「懸河城」「高天神城」となると、好事家じゃないと知らないような城が取り上げられています。「姫路城」が出てこない「城本」は初めてじゃないでしょうか。
 従来の「城本」の大半が建造物としての紹介に重きを置いているのに対し、この本は攻防戦のあった城を取り上げ、今に残る遺構から実戦で果たした役割などを解説しているのが大きな特徴です。このため、合戦のなかった「現存12天守」は取り上げられていないのです。
 天守どころか、石垣もろくにない山の中の「土の城」の遺構を見て、そこで行われた合戦に思いを致すのは、よほどの知識の蓄積と想像力に恵まれないとできない業です。半分くらいは「聞いたこともない城」の物語がこれほど面白いとは、小説家の書いた歴史研究本の良さを十二分に発揮していると思います。
 ちなみに、「懸河城」とは「掛川城」の旧称だそうです。
 司馬遼太郎の小説では、織田信長が長篠の合戦で武田勝頼を破った後、すぐ追撃しなかったのは、「武田家がこの敗戦を契機に自滅するのを待ったから」ということになっています。概ねその通りですが、実際は放っておいてもダメになった訳ではないことがよくわかります。かつて遠州地方で暮らしたことのある身には、実に興味深い内容でした。

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2014年8月16日 (土)

赤坂真理「愛と暴力の戦後とその後」(講談社現代新書)

 赤坂真理さんは名前しか知らなかった作家です。誠に失礼なことながら、お名前からは「シリアスさとは無縁な」印象を受けていました。
 書評で知った「愛と暴力の戦後とその後」は、いわば夏休みの課題図書。読書感想文は子供の頃から苦手中の苦手でしたが、その点から言えば、この本は「課題図書」向きではない、感想の書きにくさがあります。
 1964年生まれで東京・高円寺育ちの赤坂さんの個人史(生活史)を軸に、体験しなかった「戦後」について「そもそも」を追究していく中でぶつかる「アメリカ」。占領、日本国憲法、安保条約、学生運動、沖縄、貿易摩擦、何だかアメリカが日本で育てようとした「アメリカの理想」がつぎはぎだらけになった挙句、終戦直後の理想とは別物の「平和なニッポン」になっちゃっていることへの、解決しなくてもいいけど気になる違和感みたいなものの正体が明かされています。ただ、ひょっとすると、前作の「東京プリズン」を読んでからのほうが、より理解が深まるのかもしれません。
 ご自身も書いていますが、3~4年の生まれ年の違いで体験や感想に大きな差があることは、1961年生まれの僕も強く感じるところです。その点で、「原っぱ」とか「松田優作」とか、赤坂さんの語っていることと意見の異なる点は結構あります。
 それにしても、ネットで公開されているこの本へのいろいろな感想文を見ると、自分のそれが稚拙過ぎるのをつくづくと実感させられます。

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