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2017年4月30日 (日)

高知城

 「親分」宅へのお見舞いは午後なので、午前中は高知城と牧野植物園を見に行く。
 高知城はホテルから歩いて15分程度。途中、当地の名物「日曜市」を冷やかし歩く。果物、野菜、日用品とよくこれだけの出店が集まるものだと思うくらいだし、地元のお客さんが多いのにも圧倒されます。
1dsc_0270_11  見事な石垣を眺めながら石段を上り、天守へ。これで現存12天守のうち10か所目の「登城」です。残るは松江城と弘前城。やはり松江は在阪当時に無理してでも行くべきだったか。弘前も出張ついでに出かけられなかったことが悔やまれます。
 それはそれとして、高知城の天守は江戸時代になってから建てられたせいなのか、ほとんどの梁が製材された木でした。たいていは曲がった松なんかが使われているものですが。

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牧野植物園

 高知城からブラブラ歩いてはりまや橋へ。ここからバスで牧野植物園に向かう。
 上司の示唆のおかげではありますが、高知に来て牧野植物園の花を眺めずに帰る手はありません。到着まで約20分。1時発のバスで戻れば、はりまや橋での待ち合わせにギリギリ間に合う計算なので、ここは1時間半弱を見学に使わせてもらうことに。
 結果的に、園内が広すぎて1時間半では歩き回るのが精一杯でした。じっくりと眺めるには半日は必要です。
 牧野富太郎というと、晩年の好々爺然とした写真の印象ばかりが強く、実際の業績などはあまりよく知りませんでした。植物学者というより、「最後の本草学者」という紹介の方がピンとくる感じです。
1dsc_0280_11 ユキモチソウ。
1dsc_0290_11 キエビネ。
1dsc_0282 ケシ。植物園ならではですが、厳重にフェンスで囲われています。
1dsc_0284_11 桜草。ほかに棚が二つあり、種類が多いのにびっくり。
 この後、はりまや橋に戻って、「親分」の「不肖の弟子」ら5人と合流。うち2人は顔見知り、女性1人は東京にいた頃、電話でよくやり取りをした間柄で、全くの初対面は2人でした。
 車で「親分」宅を訪れると、「親分」は痩せたというより、小さくなった感じでしたが、まずは元気そうで何より。馬刺しや寿司をたんまりと用意してくれて、お見舞いどころか酒盛りに。運転してきたお三方には申し訳ないことをした気がします。
 当方の飛行機の都合もあって、宴は2時間ほどで切り上げ。高知龍馬空港まで送っていただき、18時の飛行機に悠々と間に合いました。
 羽田空港からはバスで太田へ。館林からが長かったけど、23時過ぎに帰宅。

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2017年4月29日 (土)

高知へ

 在阪当時の職場でお世話になった先輩が昨年来、心筋梗塞だのがんだのと手術や入退院を繰り返し、どうやら快復しつつあるとのことで、この先輩氏の「弟子」一同のお見舞いに同行させてもらうため、高知市へ1泊2日の旅へ。きっかけはともかくとして、未踏破の県に出かけるのはワクワクします。
 まず太田駅南口からバスで羽田空港へ。3か所の停留所に寄るため、東北自動車道に乗るまでに1時間以上かかりましたが、そこから羽田空港までは1時間半程度でした。後から考え付いたのですが、このバスを利用する際は最終停留所の館林市役所まで自家用車で行ってから乗るのが一番のようです。特に復路、高速を降りてから太田に着くまであちこち立ち寄られるのはストレスがたまりますからね~。
 羽田空港で昼食などを済ませてから、高知龍馬空港行きの飛行機へ。GW入りのせいなのか、満席なのには驚きました。
1dsc_0250 空港から市内へ向かうバスの降車ボタンは、自分が知っている中では過去最少でした。

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これぞ暁斎@高知県立美術館

1dsc_0253  高知行きのことを上司に伝えると、建築に詳しい彼は牧野植物園の記念館(内藤廣設計)などを教えてくれました。かつては高知県立美術館にも行ったことがあるといい、ネットで検索してみたら、何と「これぞ暁斎」が巡回しているではないですか。
 東京のBunkamuraで開いているのをぜひ観たいと思いつつ、多忙で断念したのが、まさか高知で見られるとは。空港から高知市内へ向かうバスで、県立美術館に近い停留所で降り、歩くこと10分ほどで到着。さあ観ようとしたところで、栃木県にいる先輩氏から急に電話がかかってきたりして(急用ではなく、暇つぶしだった模様)、数分話してから改めて見学へ。
 それにしても、「代表作なき暁斎」だけに、鴉にしても動物絵にしても「これが一番」というのがなかなか挙げづらい。今回の展示作では「月に手を伸ばす足長手長、手長猿と手長海老」かな。
 1時間ほど鑑賞して、絵葉書5枚を購入。図録は重いので1dsc_0260 あきらめました。
 左の写真は、高知駅からはりまや橋に向かう目抜き通りにあるセブン-イレブン。なのですが、元はルイ・ヴィトンのショップだったそうで、乾久美子さんの設計とか。これも上司が教えてくれた情報なのでした。

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本物の「はりまや橋」はどれ?

 高知市の名所といえば「はりまや橋」。「がっかり名所」とか言われつつも、やはり観光客はここへ来ない訳にはいかないようです。
 ところで、「はりまや橋」との銘板のかかっている橋は、視認した限りで三つありました。
1dsc_0257 おそらく最も多くの人がイメージするのは、この赤い太鼓橋でしょう。しかし、この橋は平成になってから架けられた橋で、完全に観光客向けです。
1dsc_0276_11 こちらは道路橋の「はりまや橋」。もともとこんなに大きな橋であろうはずはありませんが、現地で「はりまや橋」と言えばここを指すとみて間違いありません。
1dsc_0275_11 道路橋の東側に「南国土佐を後にして」の歌碑が建つ小さな公園があり、その東隣に架かっている橋にも「はりまや橋」と銘板があります。こちらは明治四十一年とあるので最も古いのですが…。

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こんなに塩をふるの?

 宿泊したのは高知駅近くのプチホテル高知。ベッドは広く、隣室や廊下の音が聞こえることもなく、とてもコスパのよいビジネスホテルでした。
 一人で酒を飲むのは苦手ですが、せっかく初鰹の時期に高知へ来たのだから、鰹のたたきは食べてみたい。明日、合流する当地勤務経験者に知恵を借りて何店か候補を教えてもらい、検討の結果、「おらんく家」という鮨屋の支店へ行く。
1dsc_0263  鰹のたたきはポン酢でしか食べたことがなかったのですが、当地では「塩たたき」が主流のようなので、そちらを注文。目の前で藁で炙った鰹に岩塩がまぶされ、「さあどうぞ」となったのですが…。
 しょっぱい。こんなに塩をかけなくたっていいんじゃないだろうか。そもそも大将が岩塩をまぶすのが間違っている気がする。塩の量は客に任せるべきではなかろうか。
 何となく失敗感が漂う中、メヒカリの空揚を頼む。深海魚だそうで雑魚扱いながら、1dsc_0264 脂が乗っていて文句なくおいしい。この後、清水鯖や中トロなど5、6貫をつまんだら結構、満腹になってしまった。
 この店は禁煙じゃないそうで、両隣のおっさんやあんちゃんがどうもタバコを吸いたがっている様子だったので、退散することにした。明朗会計だったけど、そこそこ結構なお値段だった。

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2017年4月21日 (金)

初めて買った爪切り

1dsc_0244_11  55歳にして、生まれて初めて爪切りを買いました。こう書くと、何だか貧乏くさいのですが、これまでずっと床屋でもらった爪切りを使い続けていたから、貧乏そのものです。
 恐らくは40年ほど前にもらった愛用の爪切りはよほどの逸品だったのかもしれず、今日なお現役です。にもかかわらず購入と相成ったのは、某サイトで「無印良品の698円の爪切りはコスパ最高」という記事を目にしたことと、実家にあるいくつかの爪切り(ほとんど貰い物=血は争えない)が切りにくいものばかりだったことが理由です。
 イオンモール太田にある無印良品ショップで早速、件の爪切りを購入。試しに使うと、切れ味は素晴らしい。ただ、人によるでしょうけど、自分としては足の爪は切りづらい感じでした。

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2017年4月15日 (土)

嵐のような1か月

 3月10日(金)
 詳細は記せないけど、この日に突如起きてしまった出来事は「3・10ショック」として、生涯忘れることなく悔い続けるでしょう。昨日までは「Here comes the sun」だったのに、なぜ…。
 3月18日(土)
 朝から一日中、お目当ての人が来るのを網を張って待つ仕事。前夜が前橋で23時半頃まで働いていただけに、少々きつい。結果、多少の収穫はあったものの、狙っていた魚はかからず、週明けから個別に捕まえに行くことに。
 3月20日(月)
 久しぶりにジョギングを再開したら、18キロ過ぎで転倒し、顔をすりむいて血を流すわ、サングラスやGPSウオッチは傷つくわで、結構な被害だった。ジョギング中の転倒は初めてで、やはり3・10ショックを引きずっていたからとしか言いようがない。
 3月26日(日)
 館林市長選・市議補選告示。何と市長選、市議補選にそれぞれ飛び込み候補がいた。こんなことは初めてだったけど、手厚い陣容を整えてもらったおかげで、何事もなかったかのように落ち着いて処理することができた。
 夕方、選抜高校野球で群馬県から出場している健大高崎が九回裏にダブルスチールで同点に追いつき、結局再試合に持ち込んだ。一県民になって見ると、健大高崎の「機動破壊」はワクワクする野球だ。
 3月27日(月)
 「She's leaving home」。本人にとってあまりに不本意な形になってしまったことを、僕は一生後悔する。もちろん「home」じゃなくて「branch」なんだけど。
 4月2日(日)
 太田市長選告示。館林のように飛び込み候補がなくてひと安心した後、夜は館林市長選と市議補選の開票。朝7時過ぎから夜11時半頃まで働きづめだったが、今回も手厚い支援のおかげで乗り切れた。新G1「大阪杯」はしっかりと見ていたけど、またしても外れ。
 4月3日(月)
 忌引の同僚に代わり、今週は館林もカバーする。昼休み、同業他社の先輩2人と、市役所前の市民食堂で昼食を頼んだら、カツカレー以外は待てど暮らせど出てこない。キャンセルして午後の仕事をこなす。いかにも人手不足なのはわかったけど、キャンセルしたら「申し訳ありません」の一言もなく、むしろ「ああよかった」感の表情を浮かべられてしまった。サービス業、殊に飲食業として絶対にあり得ない対応で、金輪際この店には寄らないことに決めた。
 4月4日(火)
 新アシスタントの指導で昨日から2日間、2月半ばまで働いてくれた元アシスタントさんにアルバイトしてもらった。さすがに申し訳なかったので、「響都」へランチに連れて行ったら結構、喜んでくれた。新アシスタントは明日から前橋で業務研修。
 4月8日(土)
 大泉町60周年記念式典で、SMAPの楽曲の作詞などを手掛けた町出身の森浩美氏の講演を聞く。多少気難しいイメージがあったけど、全然そんなことはなさそうな軽妙な語り口で、聞いていて飽きない内容だった。午後は太田市長選絡みの仕事、空振りもあった。
 4月9日(日)
 太田市長選開票。休刊日だから慌てないで済むのがありがたい。現職勝利は見えていたものの、予想よりは票差がつかなかったのが意外だった。あんな選挙運動で、あれだけの票が集まることの意味は全くわかりづらい。
 4月10日(月)
 朝8時から4選市長の登庁を見に行く。まさしく「取ってつけたような」理屈の出来損ない記事をウンウン唸りながら書かざるを得なかったけど、翌朝見たら他紙も同じように苦しんでいた模様。
 4月14日(金)
 太田が終われば、今度は大泉町の町長選と町議選の準備だ。先月から取り掛かって、ようやくこの日に片付いた。実質25日無休だったけど、忙しかったおかげで、済んでしまったことをグジグジと考えずに済んだのはありがたかったかもしれない。ちょっとヒマになると、グジグジしてしまうだけに。
 4月15日(土)
 待望久しかったお休みながら、7時半に船橋の旧宅へ向けて出発。ブレーカーの交換工事に立ち会った。車で来たのは初めてで、太田から100キロ、2時間程度と案外、時間がかからないのには驚いた。せっかくなので、なかお鍼灸接骨院で鍼とマッサージ治療を受けてから、君津の実家に帰省した。

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