「写楽 幻の肉筆画」
昨日から3日間の夏休み。毎度のことながら予定を立ててないものの、無為に過ごすのも何なので、午前中は江戸東京博物館で開催中の「写楽 幻の肉筆画 」を見学し、午後は地元の船橋健康センターでゴロゴロすることに。
7月から始まっている展覧会なのに、今日に至るまで行く気が起きなかったのはなぜ? というより、今日になってなぜ行く気が起きたのか。会場に入り、初めの方の展示に奥村政信の「遊君」シリーズがあるのを見て、「あぁ、どこかで怪電波が発せられていたのだ」と納得したのでした(アホ>自分)。
というのも、昨晩、読んでいた加藤秀俊先生の近著「メディアの発生——聖と俗をむすぶもの」(中央公論新社)の第六章で、まさに「遊君」が論じられていたのです。読んだばかりの話が、急に気が向いて出かけた展覧会に出品されていた浮世絵の画題になっているとは…。
加藤先生によれば、遊君とは美人であるのみならず、芸事一般に通じ、歌詠みも上手な教養人であり、相応の知識人でないとその相手は勤まらないとのこと。奥村政信の「遊君シリーズ」4作のお相手はといえば、仙人たち。絵そのものは諧謔味がテーマですが、遊君の相手としては十分な存在です。大いに頷かされました。
本展は昨年、初めて本格的な学術調査が行われたギリシャのマノス・コレクションのうち、約120点が出品されています。マノス・コレクションがあるのは、アドリア海の入口にあるコルフ島の国立コルフ・アジア美術館で、おいそれと行けるような所ではなさそうです。
その意味でも、行っておいてよかったと思える展覧会でした。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
日は照っていてもしのぎやすくなった午後、人々が働いている時にこうして露天風呂に浸かりながらぼーっと青空を眺めている時に感じるかすかな罪悪感。結局、僕の夏休みは、反省を全く伴うことのないこの罪悪感が、まだ自分の中にあるのを確かめるためだけに過ごしているようなものです。
今回は出来上がりを公開。作った本人の言うことなので「話十分の一」ぐらいに思っていただければ、なのですが、干し桜エビよりも梅ちりめんと和えた方が美味しいんじゃないかと思います。我ながら、よくできました。

最近のコメント