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2009年3月29日 (日)

ウオッカ7着

 競馬の国際競走「ドバイ・デューティー・フリー」(G1、1777m)が28日、アラブ首長国連邦(UAE)のドバイ、ナド・アル・シバ競馬場で行われ、日本から遠征したウオッカ(武豊騎乗)は7着に敗れた。
 ウオッカは好スタートから2番手を追走。直線を向いて武豊騎手が追い出すと、いったんは逃げるグラディアトゥーラスとの差を詰めるかに見えたが、ゴール前で失速し、後続に交わされた。
 レース後のインタビューで、武豊騎手は「状態もよく、いい感じで直線に向いたんですが、どうしたのかなって感じで…」と、これといった敗因が思い当たらない様子で答えていた。
 多少離されていたとはいえ、楽に2番手を追走し、前走のように内に閉じ込められる心配もなさそうだったので、これはウオッカに勝機があるかと思った。前が開けていれば、爆発力のある末脚を発揮するのに、このレースではその片鱗も見せなかった。あるいは、息の入りにくい一定のペースで追いかける展開だったことが、脚を失う一因だったのかもしれない。

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2009年3月26日 (木)

関宿から古河へ

 28日のドバイワールドカップへの遠征を目論んで、この時期に連休を取ったものの、肝心のダイワスカーレットが引退してしまい、ウオッカとカジノドライヴではどうもアテにならない気がして遠征は取りやめ。連休だけが残った。
 長いこと千葉県民でありながら、行ったことのない所はかなりある。県の最北端に位置する関宿(野田市)もその一つ。この際、何もしないのももったいないから出かけることに。以前、放送大学の面接授業で江戸時代以降に利根川舟運の果たした役割の重要性を認識させられたことがあり、いつかは行ってみようと思いつつ、延び延びになっていたのです。
 それにしても遠かった。合併前の関宿町エリアには鉄道が通っていないのです。かつて利根川舟運で栄えたが故の名残なんでしょうけど、東武野田線・川間駅から利根川と江戸川の分岐点近くにある県立関宿城博物館 まで、バスで30分はかかった。家を午前10時前に出て、着いたのは正午近く。2時間もありゃ、船橋から県最南端の館山辺りまで行けるだろうに。
 とはいえ、先月には皇太子殿下が見学に訪れたほどだから、小さいながらも利根川の治水や舟運についての展示はなかなか見応えがありました。故障中の展示機器も少なからずあり、皇太子殿下もちょっとがっかりしたかもしれません。
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 菜の花が満開の土手(スーパー堤防)から眺めた関宿城(博物館)。本物の城趾はここから約500m南にあるとのこと。幕末、公武合体策を推進した久世広周の居城でもあります。

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鈴木貫太郎記念館

 関宿は太平洋戦争の終戦を導いた首相・鈴木貫太郎が晩年を過ごした地です。関宿藩士の子ですが、生まれたのは大阪。その後、関宿久世小学校から群馬中学校などを経て、海軍兵学校に入ったとのこと。
090326_3  鈴木貫太郎記念館は関宿城博物館から歩いて15分ほど、旧宅のあった地にありました。ひっそりとしたたたずまいです。だいぶ古びていますが、昭和38年の開館当時はそれなりに立派だったんじゃなかろうかといった雰囲気です。
 おもな展示品は愛用品や日記などですが、2・26事件や最後の御前会議を描いた絵はなかなか迫力があります。画家が想像して描いた(話ぐらいは聞くんでしょうけど)ので、必ずしもこれが本当ではないはずですが、写真よりも臨場感というか緊迫感に満ちているのです。
 右の写真は、道路沿いにある「鈴木貫太郎翁終局之地」と銘した石碑で、記したのは吉田茂。終戦から独立までの年月が凝縮されている感じがします。

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古河歴史博物館

 鈴木貫太郎記念館は、東武野田線・川間駅から関宿城博物館へ向かう途中にあり、この2館だけを見るなら、先に鈴木貫太郎記念館へ行く方が効率がいい。逆にしたのは、この後、古河市まで足を伸ばすため。江戸川を渡って東武動物公園駅に行くバスは、貫太郎記念館前から出るためです。
 古河といえばお目当ては芳流閣 、ではなくて古河歴史博物館 。しかし、あまり下調べをせずに来たため、いささか失敗したのでした。東武鉄道でそのまま新古河駅で下車したのですが、周囲は住宅街で、どう行けばいいのかさっぱりわかりません。タクシーに乗ったら川を渡ってすぐでしたが、一つ手前の栗橋で乗り換え、JRの古河駅で降りる方が来やすいようです。
 この博物館は鷹見泉石 関係の資料を豊富に公開しています。大塩平八郎の捕縛に活躍したとか、渡辺華山、大黒屋光太夫らと幅広く交際したとか、とても興味深い人物なのです。ほかにも、鷹見泉石が仕えた殿様の土井利位が研究した雪華、つまり雪の結晶についての展示などもあり、もっと時間の余裕を持って来ればよかったと後悔しました。
 博物館に隣接して、鷹見泉石の旧宅が残っています。ここも見学できるのですが、僕が入ったのは4時半を僅かに過ぎており、職員の方が戸締まりを始めたところ。「遠くから来たんだから見せてくれたっていいじゃん」と思ったけど、内部の見学は叶わず、残念でした。
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 これが旧宅を保存した鷹見泉石記念館。うかつにも知りませんでしたが、作家の永井路子さんは古河市育ちで、やはり旧居が残っています。歴史を感じる土地で育ったからこその作風、なのでしょうか。
 

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2009年3月25日 (水)

浦安魚市場で朝ごはん

 不寝番明けの朝、いつもの総武線ではなく、東西線に乗って浦安駅で途中下車。北口から歩いて2分の浦安魚市場 に寄り道しました。
 長いこと、市川・船橋に住んでいながら、この魚市場に来たのは初めて。拙稿に時々コメントをいただいているごんふくさんが先日、mixiで魚屋さんを話題にした際、「そういえば」と思い出したのです。
 中に食堂は数軒あり、(なるべくさっと作ってくれそうなものを)と思って、海鮮丼がオススメの味館食堂に。午前10時近くとあって、客は僕一人。
090325  海鮮丼は蜆汁がついて850円。勤務先の社員食堂の上ちらし寿司と同じ値段です。ごはんの量は互角、ネタの違いは、
 海鮮丼=カニ、海老、もずく
 上ちらし寿司=ネギトロ、甘海老、わかめ
といったところ。
 どちらもコストパフォーマンスは上々で、味は甲乙つけ難いのが正直なところ。と言われても、うちの会社の人以外は比べようがないか。ただ、さすがと言っては何ですけど、ホタテは魚市場の海鮮丼の方が圧勝です。貝は開いてからの時間が短いほどおいしいですからね。
 船橋に戻って、ちょっと買い物をしてから帰宅。正午過ぎに布団に潜り込み、6時間ほど睡眠。軽い夕食を摂って、午後10時過ぎに再び床に就いて、翌朝8時まで眠った。合計16時間…。40歳代後半で不寝番なんかやってると、立て直すのが大変ですよ。
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 浦安魚市場堂々のクジラの図解看板。ほ乳類といっても、クジラは魚屋で売ってるしね。

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2009年3月14日 (土)

FMV-TEO

 CATV(CS)の日本映画専門チャンネル で今月、岩波映画の特集放映があると新聞で読む。「これは録画しとかないと」。でも、わが東芝製レコーダーは7年前の機種で、デジタル放送の番組はDVD-RAMにしか残せないのが難点だ。
 悪いことに(?)、同チャンネルでは今月、田宮二郎の「犬」シリーズも放映している。在阪当時 、知人の紹介で知り合った同年代の女性に強く薦められて「勝負犬」を見たら、とにかく面白かった。「勝負犬」では拳銃さばきにそれほど印象がなかったけど、改めていくつかの「犬」を見ると、なかなかかっこいい。
 「こいつも録画だ」。しかし、ハードディスクの残り容量を気にしながらの録画→DVD保存にはいい加減、疲れてきた。そろそろ新しいレコーダーを買おうかと思いつつ、もはやレコーダーよりもパソコンで録画する方が後々、便利なのではと迷う。
 それならソニーのテレビサイドPCはどうか、と検討。ヤマダ電機のショッピングサイトで購入しかけたものの、同時検討品として画面に出てきた富士通のFMV-TEOに惹かれた。地デジ、BSデジタル、CSがいずれもダブルチューナーで、ブルーレイも使える。テレビの画面でパソコンとしても使え、これなら競馬中継と「TARGET 」を切り替えながら見られるじゃんと、僕にとっては言うことなしだった。
 富士通のサイトで注文すれば、メモリーを無料で4GBに増設してくれるうえ、市販品では上限750GBのHDを1GBにしたり、Officeも付けられるとわかった。おまけに18%オフで、あれこれカスタマイズしてもヤマダ電機より安い。即、衝動買い。
 しかし、わが家の三菱製液晶TVは動作確認されておらず、テレビのマニュアルには「本機のHDMI 端子はパソコンからの映像や音声に対応していません」と書いてあった。しかも、TEOには画像入力のD端子がない。てことは、CATV経由でBSデジタルやCS局の番組は録画できないじゃん。
 えらいことになったと不安になりつつ、届いたTEOをテレビにつなぎ、目をつぶって電源ON。ちゃんと映ってる! 専用ディスプレイより鮮明さは落ちるけど、文字は十分に読める。あ〜よかった。録画できるのは当面、地デジだけだし、編集機能も今使っているレコーダーよりはるかに不便らしい。でも、まあいいのだ。
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 上からCATVのセットトップボックス、TEO、長きにわたって愛用の東芝製レコーダー。それにしても、PCのセットアップと地デジの設定、リカバリディスク作成だけで半日もかかってしまい、くたびれた。

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2009年3月 6日 (金)

ウオッカ5着

 ドバイ・ナドアルシバ競馬場で行われた国際競走「ジュベルハッタ」(G2)で、日本から遠征したウオッカ(武豊)は、1番人気に推されたものの5着に終わった。
 日本時間午前3時45分発走のレースをグリーンチャンネルで生中継していたのを観戦。前日が不寝番明けだったので、帰宅して午後3時から寝てしまい、0時半過ぎに起きる不規則きわまりない生活ゆえ、できたこと。我ながら物好きなことだ。
 今回のレースは3月28日のドバイミーティング「デューティーフリー」(G1)のトライアル。ウオッカは好スタートから最内で4、5番手を進み、直線に向いた時は3番手あたり。武豊騎手の手は全く動かず、前がバテたらちょっと抜け出そうかって感じだったが、案に反して前に行っていた馬がもってしまい、あと200mで追い出した時にはウオッカのエンジンがかからなかった印象。
 陣営はあくまで前哨戦と、昔風の「本馬場調教」と割り切っていたのかもしれない。安田記念を勝った時のイメージでレースを進めていただけに、その気になれば抜け出して勝てたのかもしれないけど、ウオッカは爆走してしまうタイプだけに、本番に備えてそーっとしておいたのだとみたい。
 武豊とウオッカって、どこか噛み合ないところがあるのが心配と言えば心配ですが。

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2009年3月 1日 (日)

「誰も守ってくれない」

 「映画の日」なので、仕事帰りに本八幡駅で途中下車し、TOHOシネマズ市川で「誰も守ってくれない」を観てきました。
 感想は「?????」。メインテーマは未成年者による犯罪、容疑者家族への人権侵害をどう守るかといった話です。ドキュメンタリータッチの社会派映画なのですが、それにしては考えられないような前提で始まっていました。
 ネタバレになるので具体的には触れませんけど、野球なら「打ったバッターが3塁に向かって走っている」ようなものです。そんな出だしだったため、メディアスクラム、被害者感情、ネットの暴走といった深刻なはずのサブテーマにも、いつもならすぐ共感してしまうのに、どうも深入りできずにいました。
 あえて「打って3塁に走る」ストーリーにしたのは何か意味が隠されているのかもしれないと思いつつ、最後まで観たけどわからずじまい。「?????」を解消すべく、わが家に戻って公式HPを読んだものの、なぜ3塁に走ったのかの説明はどこにもなし。こうなると、「モントリオール世界映画祭最優秀脚本賞」をどうして受けられたのか、不思議になってくるばかり。
 もし、ちゃんと1塁に走るストーリーだったら、仕事、家族の問題、登場人物それぞれの抱える問題の絡み合いなどは受け入れやすい形でつながっているだけに、オーバーな演出はあるとしても、文句なく投げかけてきたテーマを重く受け止めたことだろう。佐藤浩市、志田未来、柳葉敏郎、石田ゆり子らのキャストも申し分なかったし…。

 打者が3塁に走ってさえいなければねぇ〜。実に惜しまれる佳作でした。

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