妙心寺展

会期末の3月1日が明日に迫り、大慌てで東京国立博物館で開かれている特別展「妙心寺 」を見に行く。昨年暮れに上洛した折、予習代わりに妙心寺に詣でた というのに、あやうく予習を無駄にしてしまうところだった。
最初の展示は、昭和天皇の宸翰「無相」。昭和天皇自筆の文字は、ほかに日本国憲法原本に記された御名ぐらいしか一般に明らかになっているものはないのだそう。何となく、真面目なご性格が表れている感じがします。
妙心寺は花園法皇の帰依によって始まったとのことですが、その法皇の宸翰も何点か見られました。筆ペンを使ってさえ金釘流以下の僕が言うのは恐れ知らずにもほどがあり過ぎですけど、あまり上手なお手だとは思えませんでした。
秀吉最初の子だった棄丸の像や、棄丸所用の玩具船などは、妙心寺と豊臣家との縁の深さを感じさせます。肖像画もありましたが、秀吉の義姉、いわゆる「ねね」さんのお姉さんご愛用の食器セット「菊桐紋蒔絵膳椀」が一番の驚きでした。
箸なんか、調理用の菜箸ぐらい長かったし、飯椀だって丼ぐらいの大きさだと思う。本当に女性用なんだろうか。器が大きいだけで、盛る量は少なかったとしたら、あの箸ではさぞ食べにくかったでしょう。身分が上がるのも考えものです。
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先日、読み終えた歴史作家の中村彰彦氏と山内昌之・東大大学院教授(イスラーム史専攻)の対談集「黒船以降 政治家と官僚の条件」(中公文庫)に、「福沢諭吉の『瘠我慢の説』を検証する」という一節がありました。要約すれば「諭吉の業績は評価するけれども、その人間性には首を傾げる部分もなくはない」といったところ。例えば、幕府に雇われて渡米(感臨丸より後のこと)した際、相当額の公金着服をしたと思われる(大政奉還でうやむやになったらしい)のに、そうした倫理感覚の持ち主だった諭吉が「旧幕臣だった榎本武揚や勝海舟が新政府でも高官に就き、いわば平然と二君に仕えるのはおかしい」と批判するのは、あまり気分のよくないエピソードだというわけです。


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