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2008年9月18日 (木)

二百三高地

 小説「坂の上の雲」で描かれた二百三高地の激戦で、運命の分かれ目を担ったのが「28サンチ榴弾砲」。国内の沿岸防御用に設置されていた巨砲を、陸軍参謀本部が難航していた旅順攻撃を打開するために転用したのに、乃木軍は活用しようとせず、業を煮して戦術転換を図った児玉源太郎大将が積極利用を命じ、奏功したことになっている。
080918_3  この巨砲の運搬に関わる苦心ぶりは殊に印象深い。それだけに、どれほど大きいのかと想像を膨らませていたのですが、実物はこんなもの。そりゃ重たいのは間違いないし、現代のスケールで考えてはいけません。だとしても、大坂城の蛸石(推定130トン)を17世紀初頭に運搬したのを思えば、小説に描かれたほど困難だったのかと疑問に思わずにはいられません。
 でも、それは些末なこと。バスでいわば8合目まで登ってから、頂上まで歩くのだってそこそこきつい。おびただしい数の死傷者を出してしまった末に奪取した山頂に立つ「爾霊山(にれいさん)」と刻まれた忠魂碑を仰ぎ見ると、おのずと神妙な気分になる。金属製のこの塔は、乃木大将が戦場に残された弾丸や砲弾の破片を集めて作らせたという。
 暑さによる蒙気のせいか、残念ながら旅順港は見えなかった。080918_4

 「万人斉(ひと)しく仰ぐ 爾霊山」。乃木大将の詩の通りの気持ちにならずにはいられない。

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