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2008年9月20日 (土)

偽満皇宮博物院

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 「『にせ』や『いつわり』とはひどい。中国の対日感情がモロに出ているよ」と、同行のおじいちゃんグループ12人が口を揃えて憤慨していた。75歳から80歳代前半と、戦前〜戦中派生まれだけに、満州国が傀儡政権とわかっていても、せめて「旧」ぐらいにしておいてほしいのが正直なところなんでしょう。僕もそう思います。
 ここは満州国皇帝に即位した 愛新覚羅溥儀が1945年の満州国崩壊まで過ごし、政務を執った場所。ここばかりでなく、長春市に残る満州国関連の建物のほとんどに「偽」の字が冠せられている。溥儀や妃が過ごした緝煕楼(しゅうきろう)前には、江沢民の手による「九、一八忘ること勿かれ」のどでかい石碑があり、ご覧の通り、記念撮影する中国人がいっぱい。9月18日とは、日満議定書を調印した日かと思ってたら(それは9月15日)、そうじゃなくて満州事変勃発の日でした。中国では九一八事変と呼んでいるとのこと。
 日本人に歴史認識を深めさせる意図か、ここは展示の説明板にきちんと日本語も記されています。展示そのものは、ところどころに溥儀らの人形(よくできている)を使って、普段の生活や政務、戦争末期に日本への亡命を相談する様子などが紹介され、「偽」満州国の13年間がわかるように工夫されています。日本に対する悪意はあまり見られず、歴史的事実を冷静に紹介している感じです。こういう辺りが、中国なりのバランス感覚なんでしょうか。多少なりとも読んだのは日本語だけで、中国語の説明文にどう書いてあるのかはわかりませんけど。
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 溥儀の正妻・婉容の阿片吸引室。
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 戦争末期、日本への亡命を相談する溥儀。

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