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2007年5月15日 (火)

足利学校

 鑁阿寺のすぐ南にあるのが有名な足利学校 。「坂東で最も有名な大学」とフランシスコ・ザビエルが本国に伝えたのですが、実際に何を教えていたのかは知りませんでした。
 入館料(大人400円)を払う受付の事務所で、足利学校のいわれを説明する15分ほどのビデオを見ると、その辺りの解説が行き届いています。儒学が中心ながら、ザビエル来日当時の戦国時代は易学や兵学、医学が盛んだったとのこと。兵学や医学はもちろん、出兵や引き時を占う易学も、戦国時代には実学そのものだったからこそ、足利学校に3000人も学んだ訳です。
 このビデオで興味深かった点がもう一つありました。豊臣秀吉の小田原征伐の際、豊臣秀次が足利学校から貴重な書物を略奪して京へ持ち帰ったものの、その散逸を防ぐべく、徳川家康が再び足利学校へ戻したというのです。
 京都や大阪では、豊臣氏を滅ぼした家康を讃える展示など、まず目にすることはありませんが、東京だって家康はそんなに人気はありません。家康を絶賛しているのは、浜松を中心とした遠州地方と、岡崎のある三河地方、それに東照宮のある日光ぐらい。静岡だってまあ好意的ではありますが、かの地は案外、今川氏に根強い人気があるので、無条件に誉め讃えているわけではありません。
 ここ足利学校で家康の業績を賞賛しているのは、ちょっと興味深く感じました。
 建物の多くは復原したものですが、内部を自由に見られるなど、かえって見学しやすくなっています。説明文も簡潔で、見て回るのに手頃な印象です。
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 写真は、明治時代になって足利学校が廃校になった後、学校内に開設された遺蹟図書館。昭和55年まで公共図書館として活用され、今も足利学校に関する展示などが行われている。

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