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2007年5月14日 (月)

「渡良瀬橋」の歌碑

070514_3 鑁阿寺、足利学校の二大名所は、8年前の出張でちょこちょこっと回った所。今回、「ちょっと見てみたかった物」とは、先月末に除幕されたばかりの「渡良瀬橋の歌碑 」でした。
 森高千里のファンではないので、「渡良瀬橋」がどんな曲なのかさえ、実は知りませんでした。ただ、泉麻人氏が著書「たのしい社会科旅行 」で足利を訪れた際、「渡良瀬橋」(注:橋じゃなくて歌の方です)について触れており、ずっと気になっていたのです。
 東武伊勢崎線の足利市駅に観光案内所があるとは知らず、そのまま足利学校方面に行ってしまったので、渡良瀬橋の歌碑がどこに建てられたのかもわかりません。しかし、救う神あり。足利学校と道を挟んで東側にある道の駅「太平記館」で、市観光協会が作った「渡良瀬橋歌碑」というリーフレットを見つけたのでした。
 リーフレットには、「渡良瀬橋」の歌詞に出てくる「床屋と電話ボックス」や「八雲神社」を巡って、歌碑を見て東武やJRの駅に戻ってくるモデルコースを紹介しています。太平記館から歩いて戻ってくると約5キロの行程。時間からすると、歌碑に着いた辺りで日がだいぶ傾くとみて、歩いてみることに。
 市街地はほぼ平坦なせいか、スイスイ歩くことができ、渡良瀬橋の北詰(関西弁で「北の端」の意)より東に300mほどの堤防道路沿いにある歌碑にたどり着いた時には、そこそこ西日になっていました。
 歌碑の前に立つと、自動的に「渡良瀬橋」が演奏されます。曲を聴いたのは初めてでしたが、どうってことのない「床屋と電話ボックス」や「八雲神社」を盛り込んで一つの恋物語を創り上げた森高千里は大したものだと、すっかり見直してしまったのでした。
 そうそう、あしかがフラワーパークの藤ですが、ライトアップされたのを見に行くつもりだったけど、午後6時過ぎに電車に乗ったら急にくたびれて、そのまま帰ることに。船橋駅に着いたのが午後9時過ぎだったから、見に行ったら帰りは深夜だったかもしれない。
 (写真=渡良瀬川の夕映え。向こう側に見えるのが渡良瀬橋。もう30分後だと、歌詞らしい状況になったかも)

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