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2006年4月11日 (火)

街道をゆく36「本所深川散歩・神田界隈」

 4月10日(月)
 お目当ての本がなくても書店へ行くことがある。書棚の前をウロウロした挙げ句、そそられる本が見つからなかった時に、最近はこのシリーズから1冊を引き抜くようになった。昨年1年間、朝日新聞社が刊行した週刊百科シリーズを購読したのがきっかけで、ほぼ手つかずだった司馬氏のライフワークに触れるようになった次第。
 今の僕にとって最も馴染みのある巻ながら、司馬氏にとっては「当てが外れた」様子がありありと浮かぶ。週刊朝日に連載されたのはほぼ15年前。自分で思い起こしても、本所や深川は下町の体面を保つのが精一杯だったような気がする。江戸情緒を見出すのは難しかったろうと思う。
 神田も然り。千代田区の人口が4万人を切っている今、「神田の生まれよ」と自慢できる江戸っ子はいったい何人いるんだろうか。平成の大合併が推進されたのに、千代田区が温存されているのは、考えると奇妙なことかもしれない。
 「菜の花の沖」などの小説で司馬氏がたびたび指摘するように、江戸は消費するだけの都市であり、その性格は東京になった後も受け継がれている。スクラップアンドビルド一辺倒で、ストックはなかなか育まれない。
 存在をあまり意識されないが故に例外的なストックとなっている「隅田川の橋」と、流通し続けるストックとでも言うべき「古書」に話が偏り気味なのは、表立っては言わないまでも司馬氏がストックを重んじることを訴えていたとみるのは、穿ち過ぎだろうか。
060410
 「硬質のペンで横に線を一線引いただけのように」と司馬氏が評した両国橋。改めて見に行くと、的確な表現ぶりに驚く。

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