2009年12月 6日 (日)

スペシャルドラマ「坂の上の雲」

 学生時代に初めて読んで以来、何度か読み返して自分なりのイメージが出来上がっていただけに、「それとずれた作品にならなければいいが」と心配してました。でも、さすがスペシャルドラマと冠しただけあって、今夜の2回目まではまずまず順調な滑り出しです。主役の秋山兄弟、子規のキャストがほかに考えられない組み合わせだし、児玉源太郎のように若干イメージと違うキャストは、大物俳優の存在感や演技力で強引に引き寄せていて、それもまたドラマならではでしょう。
 小説にはなくて、最も意外だったのは「だんだん」という松山弁の感謝の言葉。あれって島根県だけじゃなくて、西日本ではある程度一般的だったのか。
 NHKのいろいろな番組でゲストに招かれている本木雅弘さんが、「ドラマはパーツごとに撮影したものをつなぎ合わせていて、連続しているある場面と次の場面で実は1歳年を取っていることさえある」と話していました。
 第2回で大学予備門の試験終了後、寄席に繰り出すシーンがありましたが、確か予備門の試験教室は愛知県、試験終了後、教室の外のベランダに出て行く場面はどこだか忘れたけど別の県、寄席に向かって駈けていくのは茨城県、寄席は愛知県(だったかな)、といった具合。つぎ込まれている労力の凄まじさに、驚くばかりです。
 1シーンだけ、場所がどこだかわかりました。フランス留学中の秋山好古が馬の調教をしていたのは、エンディングのクレジットにもありましたが、シャンティィにある「馬の博物館」です。3年前、凱旋門賞観戦の際に訪れた場所で、屋内の円形馬場や厩舎が懐かしかったです。
 「馬の博物館」でトイレに入ったら、朝顔の位置がやけに高くて閉口しました。つま先立ちでどうにか用は足せたけど、いくらフランス人の足が長いったって、あれじゃ困るんじゃないかと思ったものです。
 今夜のドラマを観て、本来、あそこを利用する人は底の厚い乗馬用のブーツを履いており、通常の高さの朝顔では低くて困るから高めに取り付けたのではなかろうかと、ようやく納得がいった気がしました。

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2009年12月 5日 (土)

日めくりタイムトラベル 昭和36年

 今日の放送は僕の生まれ年 。その年生まれの著名な人が番組のゲスト兼リポーターとして招かれるので、誰かな〜と思ったら、斉藤慶子、江川達也、角田信朗の3人(敬称略)でした。格闘技の世界に疎いので「角田さんって誰?」状態…。かねてから感じていましたけど、昭和36年生まれって何だか人材不足気味です。(u_u。)
 「小児マヒ」についてのリポートは驚かされました。自分が生まれる年に小児マヒが猛威をふるっており、予防対策であるワクチン導入を巡って数多くの母親たちが厚生省に押し掛けるほど深刻だったとは、全く知りませんでした。そして、その「超法規的解決」についても。
 まだ病気が脅威として十分に意識されていた時代、僕が生まれる頃は両親も無事に育つことばかりを祈っていたんでしょうか。「洗濯機を買ってくれるなら二人目を産む」と、母が父に取り引きした結果が僕だったって話しか聞いてなかったんですが…。
 未だ入院を経験することなく今日に至っている幸福を思うと、それを当然のこととしてすっかり忘れ、細かいことにいらついたりする最近の日々を、いささか反省させられました。番組の中身とは全然、ずれちゃいましたけど。

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2009年12月 2日 (水)

読書管理

 小春日和の平日休み、なのにどこへも出かけず。昨日、自転車の後輪がパンクしてしまったのが痛い。大阪から引っ越す直前に買ったリサイクル自転車で、ライトは点かない、前かごの網は破れる、ベルは鳴らないと、あちこちガタが来た末のとどめでした。
 夕方、近くの東武ストアへ買い物に行くついでに、その向かいにあるケーヨーD2で自転車コーナーを偵察。たぶん中国製なんだろうけど安い。今のリサイクル自転車は7000円弱だったけど、ほぼ同仕様で8000円弱だし、オートライト付きでも1万円弱です。
 タウンバイク1万9800円っていうのに目が行きました。タイヤは細いし、中年男といえどもこんなのを颯爽と転がしてみたいって見栄はあるのです。とはいえ、前かごが小さいし、やがては外の駐輪場で錆び付くんだから、見かけの良さだけで選ぶわけにはいきません。
 そうそう、読書管理の話。11月29日付読売新聞日曜版で紹介されていた読書管理ツールBookboard.jpを使ってみたら、なかなか便利でした。もうだいぶ前に公開されているから、既に使っている方も結構いるかもしれません。
 学生の頃、京大式カードで読書日記みたいなものを作ったことがありますが、何の役にも立たないので自然消滅しました。パソコン時代になってデータベースソフトで再開したものの、入力が面倒で挫折。
 Amazonのデータを利用するってのはなかなかいいアイデアだと思います。

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2009年11月26日 (木)

納豆

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 ホテルの朝食バイキングで食べた納豆がとても美味しかった。両親にも薦めると、やはり美味しいという。
 最近は「におわなっとう」のように、納豆が苦手な人向きの商品も出ていますが、それとは対極にある納豆の本流。地元産といい、ホテルの売店で売ってるかと思ったら、さすがにありません。
 小松寺からの帰り、南総地区で展開する地元スーパー「おどや」に寄って探してみたら、ありました。3パックで148円(=写真)。特売品なら3パック90円前後ですから、納豆としては中級品かもしれません。
 実家のある君津で売っているとは思えず、母が4セットだけ抱えてレジに並んだら、係の女性に不思議がられたので、訳を説明したとのこと。そりゃそうだ。

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小松寺

019  館山から千倉へ抜ける山道の途中に小松寺という紅葉の名所があると聞き、前夜、ホテルのフロントで尋ねてみたものの、あまりよく知らない様子。少々不安ながら、ダメもとで出かけてみました。
 着いてみると、ご覧のように見事な色づき具合です。抜けるような青空に、イチョウやカエデがよく映えていました。
 平日ながらそこそこの人出で、「知ってる人は知ってるんだな〜」と思っていたら、観光バスまでやってきました。
 境内には野菜などの特売所までできています。近くの喫茶店が出張して、お寺の井戸水を使ったコーヒーを1杯200円で提供していました。なかなか美味しい。確かにこれだけ人が来るのなら、店で来るのか来ないのかわからない客を待っているより、こちらで商売をする方がいいんでしょう。
 ドリップバッグからサーバーに落ちるコーヒーが跳ねてできるオレンジ色の滴を「コーヒーの妖精」と呼ぶのだそう。初めて知りました。
 

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2009年11月25日 (水)

館山湾の落陽

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 暇だったので、両親を連れて南房総富浦ロイヤルホテルに泊まりにいく。1泊2日3食付き1万円、午後1時頃に着いてすぐ昼食にし、やや寒かったこともあって中華麺のセットを選んだのですが、これが驚くほどおいしい。その辺のラーメン屋では足下にも及ばないほど。創業20周年を記念し、12月25日まで採算度外視で提供しているとのこと。
 ここには温泉はなく、普通の大浴場に地元特産の枇杷の葉を入れただけなのですが、今回はなぜか体の芯から温まり、汗がなかなか止まりませんでした。今までそんなことはなく、「枇杷の湯なんて気休めだぜ」としか思ってなかったのにな〜。
 午後から天気が回復し、館山湾側の部屋で海に落ちる夕日を見られると大いに期待。残念ながら、水平線上に雲があったため、水平線に沈む様子は楽しめませんでした。=写真(水平線左側に薄く見えるのは伊豆大島)

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2009年11月24日 (火)

「皇室の名宝」2期

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 夕方からの出勤前、東京国立博物館で開かれている「皇室の名宝」2期展示を見学。見てもあまりよくわからない「書」の類は飛ばして、正倉院の宝物や蒙古襲来絵詞に時間をかけることにしました。
 わからないと言っても、せっかくだから少しぐらいはと思って見た橘逸勢や小野道風の書ですが、金釘流免許皆伝の僕の目には「上手な字って、こんななの?」としか映りません。三筆三跡と尊敬されてるんだし、スポーツと違って筆遣いなんて進歩するもんじゃないから現在のレベルで見たって最高峰に違いないと、頭では理解してるんですけど…。市民文化祭とかに出品されているおばちゃんたちの字の方がうまいように思えちゃう。「価値のわからない奴には通じない世界」だと痛感してしまいます。
 一方、蒙古襲来絵詞は、教科書のサイズの小さいモノクロ写真では滑稽味のある絵としか思えなかったのですが、実物はかなり迫力があります。竹崎季長の馬が血を流していることなど、いかに厳しい戦いだったかがよく伝わってきました。
 (写真は、色づき始めた木々と表慶館のドーム@東京国立博物館)

 

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2009年11月22日 (日)

「横浜の歴史と文化」2日目

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 授業2日目は横浜開港資料館で。写真の旧館はかつてのイギリス総領事館で、登録文化財になっていますが、授業は新館の講堂でした。いにしえの雰囲気を感じながらの講義を受けてみたかったのですが、何でもエアコンが利かないため、今日のように冷え込んでいると、殊の外寒いとのこと。
 午前中は平野正裕先生による娯楽を中心とした都市文化のお話。江戸時代から続いた芝居小屋や映画館が、近代化した「松竹」に呑み込まれていく過程を追っていきました。「封切り」って言葉が、横浜にあったオデヲン座で始まったとは知らなかった。映画フィルムが輸入品だったことに由来する表現は、貿易港を抱える横浜ならでは。
 もう一つ、「歌」にまつわる様々なお話もあり、初代「君が代」の曲を初めて聞くことができました。前日の講義でもあったのですが、「君が代」はイギリス駐留軍のフェントン軍楽隊長が国歌の必要性を進言したのをきっかけに作られ、フェントンが作曲したものの、3年後に現在の曲に変更したとのこと。初の鉄道開通時に新橋駅の式典で演奏されたのは初代の曲で、聞いてみると荘重感はやや落ちるけど、きれいな曲って感じです。個人的には初代のほうがいい気もします。なお、君が代にはもう一つ、文部省唱歌版があり、こちらは歌詞に続きもあります。君が代に三つのバージョンがあったとはねぇ〜。
 午後は松本洋幸先生による「港を支えた運河や舟運、後背地」がテーマ。開港から35年間は桟橋や埠頭がなかった横浜港では、積み荷の上げ下ろしなどは艀が主役だったこともあり、運河が市中を縦横に走っていたそう。また、内湾貿易でわが木更津辺りとの関係も深かったと言われると、今まであまり持っていなかった親近感も湧いてきたのでした。

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2009年11月21日 (土)

「横浜の歴史と文化」

 この週末は放送大学神奈川学習センターの面接授業「横浜の歴史と文化」を受講しました。センターHPを見ると、横浜国立大学の一角にあり、船橋から京急・弘明寺駅までは1時間10分ほどで到着。しかし、HPの略図の出来が悪い(ことにしておく)ため、ちょっと道に迷ってしまったのでした。
 仕事で横浜国立大学に出かけた時にはずいぶん坂を登った覚えがあるのに変だなと思ったら、センターがあるのは横浜国立大学付属横浜中学校の辺りで、大学キャンパスとは全然別だったのです。(ノ∀`) アチャー
 2年前、「神奈川の近現代」という授業を受けましたが、個人的にはその続編というか、横浜に焦点を絞った詳論というか、そんな感じがして興味を持ったのです。
 横浜開港資料館の研究員の方々が講師で、初日は中武香奈美先生が幕末から明治初期にかけての英仏軍の横浜駐屯が主なテーマ。生麦事件を契機に、居留民保護を名目とした横浜駐屯は、わが国に外国軍が居座った史上初の例です。攘夷が叫ばれていた時代、トラブルもありましたが、英仏軍はそれほど横暴な真似はせず、自らに悪い点があれば綱紀の粛正を図っていたようでした。
 中武先生の話で最も興味深かったのは、1875年の英仏駐屯軍の撤退です。西南戦争の直前で国情が安定したとは言えない時期に、なぜ撤退したのか?
 その理由の一つが、1873年に締結された日米郵便交換条約にあるとの見方です。開国に伴う様々な不平等の中には、諸外国が日本の郵便主権を認めないこともありました。国内郵便制度が整った後も、イギリスに手紙を出すなら、横浜にあるイギリス領事館に行って、イギリスの切手をはらないとダメだったとのこと。
 前島密らが急ぎ外国郵便制度を整え、日米郵便交換条約が発効したことで、日本から米国経由でどこの国へも手紙が出せることになりました。こうしてアメリカが日本に僅かな譲歩を示したため、英仏をして強硬な立場を取り続けづらくなったことが、駐留軍撤退への引き金になったのでは、との説でした。
 少し飛躍がある気もするし、英仏側の事情を精査してウラを取らないと認められないでしょう。外国郵便制度という小さな一歩から対外不平等の解消が始まり、駐留軍撤退へと結びつける考えはなかなか面白いものでした。
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 2度目の来航で横浜に上陸したペリー。図の右側にある玉楠の子孫は今も横浜開港資料館の中庭にあります。

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2009年11月17日 (火)

「HELP! 4人はアイドル」

 タバコは吸わない。でも、タバコをくゆらす様子がかっこいいと思ったことはあります。ビートルズが好きになった中学生の頃、特集番組で見た映画「HELP! 4人はアイドル」の1シーンで、スタジオでのレコーディング中、タバコをくわえながらドラムを叩くリンゴ・スターの姿が何とも渋くていいと感じたものです。
 未明にBS−2で放映していたこの映画を、帰宅してから見ました。前にも見たものの、ほぼビートルズの曲を聴いていただけで、どんな筋だったかはよく覚えていないのです。(何だかリンゴが追いかけ回されて、アルプスに行ったりバハマに行ったり…そういやカーリングが割と早く浸透したのもこの映画でビートルズが遊んでいたからかな…指輪が何か関係してたんだっけ?)と、せいぜいこの程度。
 改めてちゃんと見ると、まあこの程度のストーリーではありました。セリフを聞いて(見て、か。字幕だから)いると、冷戦状態の1960年代半ば、自国の技術力の遅れなどに焦るイギリスの様子がうかがえて、これはこれで時代の雰囲気をよく反映しています。
 そういえば、16日午後のNHK「スタジオパークからこんにちは」にオノ・ヨーコさんがゲスト出演していたのには驚きました。仕事中だったのでチラチラとしか見られなかったけど、気さくにしゃべっており、何となく気難しそうなムードを漂わせていた以前の様子とは大違いでした。

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2009年11月14日 (土)

オモロマンティック・ボム!

 芥川賞作家の川上未映子さんって、どうも話題先行どころか大逃げ(実は、これを書いているのは15日のエリザベス女王杯を見た後)な気がして、書評で高く評価されていても作品を読む気が起きませんでした。
 ところが、8月のとある不寝番の時、週刊新潮に連載している彼女のコラム「オモロマンティック・ボム!」を読んで、「大逃げ」感は撤回せざるを得ないと思ってしまったのです。
 なぜかは実際に「オモロマ」を読んでいただくとして(註:発売中の11月19日号はよほどのネタ切れらしくてつまらないけど、つまらないなりに工夫はしている)、僕を含めた平均的週刊新潮読者ならば想像するようなことを、ピンポイントで衝いて来るのです。「吉沢さん」とか…。(*´v゚*)ゞ(←何のことか知りたい人は11月12日号をご覧下さい)
 ゴッドハンドなマッサージ師って、こんな感じなんだろうなぁ。当然、彼女が平均的週刊新潮読者レベルの想像力にとどまっている訳はなく、平均的週刊新潮読者像を的確に想定することができればこそ、なせる業ではないのかと畏怖する次第です。そのうち小説でも読んでみようか。
 それにしても、今年はどうして僕が不寝番の日に限って、夜、出かける時に雨が降ることが多いんだろう? 昨夜(13日)も雨だった。
 3回に1回は雨のような気がする。まあ、日勤とか夜勤とか全部合わせりゃ、全体的には出掛けに雨ってのは平均的な回数なんでしょうけど。
 幸い、夜中は至って平穏。そんな夜はたいてい週刊新潮を読んでいるのですが。
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 わが家のベランダから見えた14日の不気味な夕焼け

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2009年11月 8日 (日)

「デザインを科学する」

 昨日から2日間、放送大学千葉学習センターで「デザインを科学する」という面接授業を受講。普通は一人の先生が担当するのに、今回は千葉大大学院のデザイン科学専攻の先生7人がそれぞれの分野から多角的に講義する、珍しい趣向でした。
 工業デザインの分野は千葉大出身者の活躍が目覚ましく、今回の授業も期待に沿った充実ぶりでした。「デザインはいいけど使いにくい」「使いやすいけどデザインはイマイチ」と、僕も思うことはありましたけど、司馬遼太郎が「『悲運の名将』は論理的にあり得ない。名将は運もついているからこそ名将なのだ」と喝破した如く、「デザインのいいものは使い勝手もいい」はずなのだそうです。
 つまり、外観だけをデザインというのは間違いで、使い勝手も含めたトータルな企画をデザインと称するべきだというのが、先生方のコンセプトなのでした。
 こうした授業などをパワーポイントで進めるのはもはや当たり前のようになっています。今回、驚いたのは、受講生の答案用紙(ってほどの内容でもないけど)を回収し、すぐスキャナーで読み取って表示し、講評する先生がいらしたこと。時たま恥ずかしくはありますが、「ほかの人の考えを知ることは大切」とおっしゃっていたこの先生の講義こそ、なかなかいいデザインだったように思えます。
 2日前の不寝番の疲れが抜け切らず、睡魔との戦いでしたが、久しぶりに刺激的な面接授業でした。
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 遠くてわかりにくいけど、先生は自分の脳波の波形を使って小さなロボットを動かしています。人間工学とデザインの関わりを追究する中での、実験の一つだそう。

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2009年11月 6日 (金)

「沈まぬ太陽」

 不寝番明けで一旦、帰宅して昼寝した後、日比谷のスカラ座で「沈まぬ太陽」を鑑賞。
 率直に言って、小説を読んでいないとわかりにくい場面がかなりあります。それでも連れは面白かったと言ってましたけど、僕は「う〜ん」って感じ。
 邦画ではこの秋、最大の話題作と思っていましたが、封切りから2週間ながら、かなり空いていました。30歳代前半以下だと時代背景を肌で感じられないから、つまらないのかもしれません。知っていると、あの役のモデルは誰、とか思いを巡らす楽しみもあるのですが。
 キャストはこれ以上ない顔ぶれだし(野村宏伸さえチョイ役)、御巣鷹山の悲痛さをはじめとした各場面の作りも素晴らしい。でも、何だか散漫な印象を受けたのでした。大作をダイジェスト化する際の宿命でしょうか。
 「沈まぬ太陽」を初めて読んだのは、盛岡にいた12年前。たまたま手にした週刊新潮で「御巣鷹山篇」の連載が始まり、一気に引き込まれました。全篇が文庫になった7年前、夢中で読んだものです。
 映画での描き方で頷けたのは、意外なことに、主人公・恩地元と袂を分かちエリート街道をひた走った行天四郎の生き方でした。エリートなりに嫌な仕事もあるんだと、ちょっと同情している自分に我ながら驚いています。7年前はただ、嫌な奴だとしか思わなかったのに…。
 サラリーマン人生「後方侭」となりそうな今と、まだ「後鋭伸」があるかもと思っていた時期とでは、受け止め方に差が出て来たんでしょうかねぇ。
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 「友愛」@谷津バラ園。映画のテーマに通じる、かな?

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2009年10月30日 (金)

秋バラ(by Canon FD50mmF1.8)

 不寝番で深夜出勤なので、日中は満開になった谷津バラ園へ。ついにマイクロフォーサーズ機LUMIX DMC-GF1にマウントアダプターをかませ、CanonFDレンズをテストするチャンスがやってきたのです。
 死蔵品の代名詞だったFDレンズがマイクロフォーサーズ機の登場でにわかにクローズアップされてきたことの意義については、写真家・澤村徹さんのコラムをご覧ください。
 僕が初めて一眼レフカメラを手にしたのは高校生の時。その頃、人気のあったCanon AE-1は、たまたまカメラを使う仕事に就いたことで10年近く使いました。EOSを使いだしてAE-1とFDレンズはお蔵入りしてしまいましたが、歳月を経てFDレンズを再び活用できようになり、いささかの感慨があります。
 感慨ついでに、ヤフーオークションでFDシリーズでも銘玉と呼ばれたレンズを2本、買ってしまいました。昔はとても手が出なかっただけに、思い入れが暴走してしまって…(^-^;ゞ
 今日、試したのはAE-1の標準レンズだった50mmF1.8。普及品ながら、F2.0以下の明るさはストロボ使用を避けたいデジタルカメラでこそ生きると思います。マイクロフォーサーズで使うと、35mmフィルム換算で焦点距離が2倍になるので、感覚的には100mmF1.8です。
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 これは「夢」というバラ。逆光だと、かなり派手なゴースト(五角形=絞りの形の光の乱反射)が出ます。
 もちろん、マニュアルフォーカス(MF)になりますが、昔取った杵柄で違和感はありません。GF1にはMFアシストという機能があり、ピント合わせをしたい位置だけの画像を5-10倍にアップすることができます。これを使えばピンぼけはまず起こらず、とても便利です。
 そうそう、バラのほうですが、春に比べると秋のバラは知られていないのか、谷津バラ園はかなり空いていました。僕も例年、春ばかり出かけていましたが、撮影には秋のほうがよさそうです。
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 いつも思うことながら、絵の描ける人はうらやましい(バラはクイーン・エリザベス)

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2009年10月28日 (水)

「夢と追憶の江戸」中期

002_3  お昼過ぎ、竹橋駅近くのこあしす接骨院で足裏の治療を受け、って先週の水曜日とまったく同じですね。残念ながら今日は十八番へは行かず、大手町の職場を素通りして(公休です。サボってるわけじゃないですよ)、日本橋・三井記念美術館で開催中の「夢と追憶の江戸」を見学に。
 高橋誠一郎・元慶應義塾塾長代理の浮世絵コレクションを3期にわたって紹介する貴重な機会ながら、職場の近くでいつでも行けると油断していたばかりに前期展示を見逃し、中期も今週末までだったため、あわてて出かけた次第。どうも浮世絵の変遷史に沿って会期を分けたのではなく、いわゆる展示替えのようなので、少し安心しました。
 じっくりと鑑賞することができた中で、最も印象に残ったのは喜多川歌麿の「教訓親の目鑑 理口者」(小さい画像ですが、こちらで見られます)。女性観としてはアナクロそのものだとしても、大首絵の構図としては斬新的だし、江戸時代だってこのタイプはやっぱいたんだと、人間は大して進歩も退化もしていないことを感じさせてくれる、いい作品だと思います。
 図録は買いましたが、迷った末にやめたのが浮世絵柄のトレシー。駿河町越後屋正月風景図(道を挟んで向かい合う両替屋と呉服屋の両越後屋の間に遠く白富士を望む、あの絵です)を額装してあるのが、何だかいい感じだったのです。後期展示に行ったら、額装品があるのかどうか、聞いてみよっかな。
 

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2009年10月25日 (日)

トーセンファントム

 菊花賞は狙ったフォゲッタブルがハナ差2着に敗れ、スッテンテン。とはいえ、あの走りなら、近いうちに名牝エアグルーヴの息子として初の重賞制覇を達成するでしょうし、姉アドマイヤグルーヴに続くG1制覇も夢ではありません。
 ところで、今年初めて参加したペーパーオーナーゲーム「P−1グランプリ 」で指名した馬の1頭であるトーセンファントムが24日、東京の2歳オープン「いちょうステークス」を快勝し、これで2戦2勝となりました。2戦とも1番人気じゃなかったから、ご祝儀でも単勝を買っていればちょっとした儲けだったのに、出走していたことさえ知らなかったとは…。ペーパーオーナー失格ですね。
 父ネオユニヴァース、母はアグネスゴールドの半姉、母の父トニービンと血統の背景も十分。いちょうSはシンボリルドルフやエアグルーヴが勝った由緒あるレースだし、このまま順調にステップアップして来年のクラッシック戦線を賑わせてくれることを期待しています。

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2009年10月14日 (水)

「皇室の名宝」1期

002_2  お昼過ぎ、竹橋駅近くのこあしす接骨院で足裏の治療を受け、神田・出世不動通りへ向かって、1年ぶりくらいに中国料理「十八番 」で食事。もう2時近くだったせいで、すんなりと入れました。大盛りソース焼きそばと餃子を注文。妙な組み合わせですけど、めったに来られない以上、好物を頼むしかありません。
 満足して店を出た後、特別展「皇室の名宝」を見学するため、上野・東京国立博物館へ。平日の午後とあって、人気の展示を最前列で見るには並ぶけど、後ろからでよければさっと見回れる程度の込み具合でした。
 おととし、京都へ見に行った狩野永徳の「唐獅子図屏風」に、曾孫の常信が描いた左隻があるとは知りませんでした。一双そろって見られる機会は珍しいそうです。
 屏風といえば、横山大観の「朝陽霊峰」も素晴らしいのですが、展示のしかたにいささか疑問がありました。多少離れて屏風全体を眺めようとすると、そのちょうどいい辺りに「青磁鳳雲文花瓶」の展示ケースがあるのです。展示室の構造上、仕方ないのかもしれませんが、ちょっと残念でした。
 数々の名宝の中で、印象に残ったのは「龍虎図」(橋本雅邦)、「七宝四季花鳥図花瓶」(並河靖之)、「官女置物」(旭玉山)など。象牙で十二単姿の官女を彫った玉山の作品は、「ほんとは干瓢でできてんじゃないの」と思ったくらい、触れば柔らかいんじゃないかと勘違いさせるほどの出来映えで、しばし見とれてしまいました。
 1期の目玉の一つ、伊藤若冲の動植綵絵三十幅もじっくりと堪能。眼福ついでに、来年のカレンダー(動植綵絵)と1・2期の図録セット、計6400円の買い物までしてしまった。

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2009年10月13日 (火)

72kg台

 午後からの出社前、エグザスでボディアタック45をやった後に体重を測ったら72.9kg!
 前に「72」を見たはいつのことだかはっきりしないくらい。大阪に出向する前にあったような気がするけど、としても6年ぶりってこと。
 73kg台に突入したのが6月13日だったから、1kg落とすのに4か月もかかりました。これには訳があって、ちょうどその頃から両足の裏の筋肉痛がひどくなっていたのです。ひょっとしたら切れちゃうんじゃないかとさえ思ったほどで、ランニングマシンの回数や時間を減らして様子を見てみました。
 痛みはいくらか和らいだものの、なくなりません。同僚のサブスリー に尋ねると、「職場の近くだし、ランナーの評判もよさそう」というこあしす接骨院を教えてもらい、10日夕、診てもらいました。
 診たては足底筋膜炎 といい、ランニング初心者がよく起こす症状だとのこと。土踏まずのアーチを支えている足底筋膜が疲労などによって弾力を失って、衝撃を和らげられなくなっているため、痛みを感じるそうです。
 僕は全く意識がなかったのですが、両脚ともふくらはぎの筋肉が相当硬くなっており、その影響が足底筋膜に出ているようだとのことでした。先生は親切だし、マッサージなどの施療でかなり楽になりつつあります。
 家でできることとして、椅子に座っている時、土踏まずでゴルフボールを転がすマッサージが有効だそうです。やってみると、これがまた痛いの何の。3−4日でようやく慣れてきました。
 Jリーグの選手は試合前、両足の下にゴルフボールを置いて立ち(僕は死ぬほど痛くてできません)、しかも別の選手をおんぶして、土踏まずのストレッチや強化をしているそうです。

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2009年10月12日 (月)

ウェルかめ

 今月から始まったNHKの連続テレビ小説「ウェルかめ 」、久しぶりに面白そうだと思って見ています。たぶん、ここしばらく続いている最低視聴率の更新は止まるんじゃないでしょうか。
 タイトルを知った時にガクッ、初回にテーマ曲がかかった時に再度ガクッ、でしたけど、このまま変にストーリーをいじらなければ、近年にない秀作になりそうな気がします。どこが寺内貫太郎一家風だったのか全く理解できない前作、歌手とプロデューサー?だったのがちょっと見ていないうちに看護師と医者に変身していた前々作のごとき、改悪路線へ陥らないことを切に祈っています。

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2009年10月 9日 (金)

稚内にて

 危惧された通り、利尻島からのフェリーは高波のため出航しなかったとのこと。台風そのものは太平洋へ抜けており、東京へは帰還できそう。曇りとはいえ、雨に降られないのは何よりです。
 時間にゆとりができたので、当初の予定にはなかった大沼、ノシャップ岬も巡ることに。松坂大輔記念館を見学したかったけど、いろんな団体が急に増えたので無理のようでした。
 大沼は白鳥の飛来地。なのですが、20年ほど前までは全く来なかったのが、奇特な漁師さんが子供の希望に応えるべく、デコイを設置したり、白鳥の鳴き声を自ら真似した録音テープを繰り返し流したり、変人呼ばわりをものともしない努力を積み重ねた結果、今やピークには1万羽が飛来するようになったとのこと。この日の朝は、900羽以上が来ていました。
 ノシャップ岬に到着する前、車窓から自衛隊のレーダーサイトが見えました。大韓航空機撃墜事件をキャッチしたとされる北の守りの最前線です。ノシャップ寒流水族館では幻の魚イトウやフウセンウオなどを鑑賞。ドクターフィッシュという西アジアの淡水魚の水槽に手を入れると、この魚が寄ってきて手の角質を食べてくれる。痛いってことはありませんが、変なくすぐったさでした。
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 高台から市街地を一望できる稚内公園。サハリンを望む氷雪の門が観光ガイドのトップに出てくることがほとんどですが、衝撃的なのは「九人の乙女の碑」(=写真上)のほう。ソ連軍が樺太・真岡を侵攻する中、最後まで真岡郵便電信局の交換台を守った末、自ら命を絶った9人の若い女性交換手たち(真岡郵便電信局事件)の霊を慰めるため、建てられたそうです。昨年、日テレでドラマになりましたが、見なかったのが悔やまれます。
188  ほかに、ここで訓練した樺太犬ジロの銅像も。犬が像になったのは、ほかに西郷さんの飼い犬とハチ公ぐらいかな。
180
 波が高くなった海を見ると、防波堤ドーム(Y字形のlの部分)が大いに役立っているのがよくわかりました。

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最北端の線路

 お昼は初日の晩と同じ、北市場2階でホタテの陶板焼き定食をいただく。宗谷牛にもひかれたけど、牛はホタテほど味が変わらないだろうと、こちらを選んだのでした。味はまずまず。
 ここには、僕らより1日後に出発したクラブツーリズムの団体もいました。本来なら礼文島へ行くはずなのに、フェリーの欠航でやむなく市内観光らしい。
 実は、僕も8日発を希望していたのですが、既に満杯だったために旅程を1日前にずらしたのでした。自らの意にそぐわぬことが、結果として幸運だったとは…。少し思うようにいかなかったぐらいで、むやみに怒ったりしてはいけないですね。すぐ忘れちゃうけど。
 北市場は稚内駅と並んでいます。宗谷本線はそんなに電車が来ないだろうと思いつつ、駅で時刻表を確認すると、お昼前に1本到着するじゃないですか。
211  10分ほど待って到着した列車からは、少なからぬ乗客が降りてきて、ホームの北端で記念撮影をしていました。いますねぇ、鉄ちゃんおばさんたち。
 線路が途絶える場所を見るのは初めて。四国・宇和島駅で降りた時には、そんなことにも気づかずに見損なっていたし、育った木更津から出ている盲腸線の久留里線は終点まで乗ったことがないし。
 最北端の稚内駅から、切れることなくつながるJRの線路をたどって鹿児島・西大山駅まで行くと、どれくらいかかるんだろう。そんな旅もしてみたいなぁ。ここに佇んでいると、途方もない思いが浮かんできます。
 さいはての旅もそろそろおしまい。飛行機は予定通り飛び立ち、夕方には東京に着いたのでした。

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2009年10月 8日 (木)

礼文島へ

 朝5時に起床し、さっさと朝食を摂って6時過ぎには稚内港へ。礼文島まで2時間ちょっとの船旅。似たようなツアーバスはいくつかあり、早く並ばないと2等船室の良い場所を確保できないため、急がされました。
 関東地方は台風で大荒れの朝だったけど、こちらは荒天に恵まれ波も穏やか。頂上まですらりと見える利尻富士の姿が美しい。きのうも稚内からよく見えたけど、添乗員さんらによれば「年中、こんなに見えると思ったら大間違い」だとか。特にこの夏から9月にかけては、ぼんやりとでも見えれば儲け物だったそう。
 ここまでは運がよかったけど、後の台風来襲が気がかり。139
 日本百名山のうち、海抜0mから登れるのは利尻富士ぐらいだとか

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利尻島

 礼文島でホッケの焼き魚定食(旬ながら特別旨いというほどでもなかった)のお昼をいただいた後、添乗員さんから重大通告がありました。台風接近のため、今晩、利尻島に泊まると明日はおろか、あさっての朝も稚内行きフェリーが出ない恐れがあり、やむなく利尻島は一回りして切り上げ、今夜は稚内に泊まるとのこと。
 無論、反対の声は上がりません。いくらリタイア世代がほとんどといっても、足止めを食って延泊していられるほど余裕のある人は少ないでしょう。数少ない現役世代の僕にとってはなおのこと。
 礼文島・香深港から利尻島へは1時間弱。フェリーはまだ新しく、2等船室も電車風の軟らかい椅子だったので快適でした。
 利尻島の滞在時間は3時間ほど。利尻富士は見る方向によって姿が変わるといいますが、いかんせんほとんど止まらないのと、山頂に雲がかかったのとで、十分には楽しめず。
151
 「団体が必ず利尻富士をバックに写真を撮る場所」であるオタドマリ沼(=写真上)で、僕らもお約束通りパチリ。ここから仰ぐ利尻富士の姿こそ、北海道土産の定番「白い恋人」の外箱に描かれている山なのです。羊蹄山だとばかり思っていただけに、少々びっくり。
 仙法志御崎公園でアザラシ見物をした後、再び港へ戻り、2時間かけて稚内へ。よく急に団体客を泊めるホテルを見つけたな〜と感心していましたが、「台風で取りやめになったツアーは多いし、それでキャンセルになったホテルがあったんじゃないかな」と、旅慣れた方の分析の言に納得しました。

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2009年10月 7日 (水)

宗谷岬

 今年はまとまった夏休みをとらなかったせいもあり、先週に続いて今週も3連休がついています。せっかくなので、クラブツーリズムで稚内・礼文島・利尻島2泊3日の旅に行くことに。
 このツアーのいい所は、1人参加でも料金は同じ点。1人参加ありのツアーはたいてい割り増し料金を取られるだけに、この点は大いにありがたかったです。
 台風の接近で雨の羽田から1時間50分で稚内空港に到着。さすがに気温の低さは感じるものの、絶好の青空は本当に空が高く感じます。
 まずはバスで日本最北端(有人)の宗谷岬へ。天気が好かったおかげで、サハリンはもちろん、大韓航空機が撃墜されたとされるモネロン島まで見えました。辺りはトイレ、ガソリンスタンド、交番などなど、何にでも「最北端の」がついています。
 20年前、北方領土を除いた最東端の納沙布岬(根室市)を訪れたことがあり、あとは最南端(波照間島)と最西端(与那国島)か。
 その後、ホタテで知られる猿払村へ行き、お約束のホタテ宅配を数件依頼。刺身にする場合、ホタテは横切り厳禁、焼く時も片面のみなんだそうです。020
 モニュメント右側の水平線上にうっすらと見えるのがサハリンの島影

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稚内港北防波堤ドーム

062  稚内全日空ホテルに着いた後、夕食まで1時間ほど空いていたので、近くの稚内港北防波堤ドーム まで散歩へ。
 土木施設としては荘重なデザインに驚かされます。今のJR宗谷本線は戦前、この防波堤ドーム手前まで線路が続いており、ここから樺太行きの連絡船の桟橋まで歩いていく乗客を守るため、このようなドームが設けられたとのこと。
 この日の夕食は、稚内駅近くの北市場 でズワイ、タラバ、毛ガニの3種を味わう。いずれも半身ながら、雑炊を含めて量、味とも個人的には満足でした。

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2009年9月30日 (水)

ガラスの森美術館

130  朝からの雨が止みそうもないけど、東京へ帰るバスは13:30発で、それまでの時間つぶしを兼ねて、昨日と同様、ホテルのタダバスで箱根ガラスの森美術館 へ。
  「黄金時代のヴェネチアン・グラス展」を見学し、おみやげ探しもしたけれど、時間がたつのが遅い。といってお腹がすくわけでもなく、園内のカフェ・テラッツァでほぼ1時間ごとにカンツォーネのミニコンサートがあるというので、前の回が終わるのを待って中へ。両親を座らせてあげたかったしね。
 ケーキセットで粘って、いよいよイタリア人男性らしき2人組みのカンツォーネの始まり。ライブはやっぱり迫力が違います。
 昔に比べたら日本人もノリがよくなってきたんだろうけど、自分を含めてどうものれない感じの人ってのは少なからずいました。「帰れソレントへ」とか、少しは知っている曲も歌ってくれて、気分的には十分に楽しめたのでした

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2009年9月29日 (火)

箱根湿生花園

 28日から3連休となり、箱根・姥子で静養。昨秋、初めて泊まったホテルグリーンプラザで「東京駅発着往復バスプラン」をやっており、現地までの交通費が実質タダなので利用してみました。
 バスの所要時間は片道3時間で、新幹線+現地バスより1時間長い程度。東京駅から乗り換えなしなのを考えれば、結構お得です。
 タダついでに、グリーンプラザが周辺の観光施設巡りに出しているバスを使って、箱根湿生花園 へ。
 訪れたのは6年ぶり。朝方の小雨は止んで、天気はどうにかもっているせいか、平日というのにそこそこ賑わっていました。9月も末とあって、花はリンドウなんかが目立つくらい。
 この旅行はおニューのGF-1デビューだったのですが、高山植物のように小さな花が相手となると、14-45mm(フィルムで28-90mm相当)のレンズではきつい。オートフォーカスはキビキビしていていい感じです。
 14-140mmなんてズームが欲しいものの、8万5000円近くするしな~。マウントアダプターを使ってキャノンFDレンズでも揃えるか。手持ちもあることだし。2009_0929_105514p1000016  トリカブト(詳しい種類は不明)。花の青さはきれいなんですけどね。

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すすき

 箱根・仙石原といえばススキの名所、なのですが、率直に言って、こんなものを名物に仕立て上げた人のセンスには脱帽です。関東一の規模とはいえ、花じゃないし、朝夕の日差しで銀色に輝く時以外は、美しいってことはないと思うんですけどねぇ。もともと生えているだけのススキに目をつけるとは…。
 そろそろ見ごろとあって、足元の悪い日でもススキ野原を散策している人は何人かいました。

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バスの窓越しにケータイで撮影。ススキ野原は左奥の方です。

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2009年9月24日 (木)

九月大歌舞伎

090924 かねがね見たいと思っていた「勧進帳 」が、今月の歌舞伎座・夜の部に掛かっており、千秋楽も近い今日、観に行きました。
 歌舞伎座での観劇は17年ぶりぐらいかな。当時、ハマっていた友人に誘われて行ったものの、僕には火がつきませんでした。その頃の上司が「歌舞伎は絶対にいい席で見るもんだ」と吹いていたのを、僕は(よく1万6000円も出す気になるな)と不思議な思いをしたのを覚えています。
 歳月を経て、その上司と同い年ぐらいになった自分が、やはり「絶対にいい席で見るもんだ」と思っているのは奇妙なものです。
 「勧進帳」を初めて観る僕らにとって、いい席は何と言っても花道の出入り口近く。幕切れの見せ所「飛び六方」を堪能したいですしね。ネットで予約した際、おあつらえむきの二等席二列目の中央やや花道寄りを取れました。
 弁慶は幸四郎、富樫は吉右衛門、義経は染五郎。弁慶と富樫の緊迫感あるやり取りも十分に楽しめましたが、微動だにせず座り続けている義経役も結構、大変な感じがします。

 「勧進帳」の後の「松竹梅湯島掛額 」は、歌舞伎にもこんなに笑わせる演目があるのかとびっくり。アドリブ満載、吉本新喜劇の「ホンワカホンワカ」まで聞こえてきそうな笑劇です。おどけた主役をあの吉右衛門さんが、あの渋い鬼平が軽やかに演じていて、違和感があるようなないような、観ていてくすぐったくなるような気分にさせられました。090924_3

 来年からの建て替えを控えて、正面にはカウントダウンパネルも。

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2009年9月18日 (金)

ようやくデジイチユーザーに!

 パナソニックが本日18日、発売したデジタル一眼カメラ「Lumix GF1 」が昼前、宅配便で届いた。
 今月初め、Lumix Clubという直販サイトでオークション方式でモニターを募集しており、ダメもとで申し込んだら当たっちゃったのでした。タダじゃないけど、量販店に比べると25%弱は安いから、現時点ではお買い得だったんでしょう。物入りですが。
 フィルム時代同様、デジイチもEOSにするのが素直なのですが、趣味であんな重たい物を持ち運ぶのは気が進まず、導入は見送っていました。その点、軽量化が売り物のマイクロフォーサーズシステム には惹かれていたし、何となくレンジファインダー機っぽいGF1のデザインも気に入ったのです。090918gf1_2

 ファインダーが外付けなため、それが入手できるまで撮影はお預けです。というわけで、写真はまだ開けていない外箱。

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2009年9月16日 (水)

鳩山内閣発足

 知らない人ばかりの内閣かと思ったら、少なくとも2、3回は聞いたことのある名前ばかりだ。清新な印象で、そのイメージは保ってほしい。
 総選挙の結果について、玄人や素人があれこれ書いたものを読んだ。それぞれご自身の考えを語っているのに、読後感はみんな一緒。目にした範囲が狭いものの、頷かされた見解はほとんどなかった。日刊ゲンダイみたいに「民主党政権になれば政官癒着がなくなり、政治主導で民意が反映されていく」なんて言われると、Jリーグ発足当時、「サポーターのための」12番のユニホームを着込んで応援していた連中と同じおめでたさを感じずにはいられない。
 単身者や車を持たない人まで民主党を支持した理由については、先週号の週刊文春で亀和田武さんが書いていた「悪相」の話が、僕には一番近い。当選時の取材を拒否した元首相であれ、バンソコ王子であれ、女醜聞の元幹事長であれ「君たちの顔は気持ち悪くてもう見たくないから今すぐ消えてくれ」ってこと。テレビを利用していい気になっていた自民党が、視聴者にこんなしっぺ返しを食らったのはいい気味だ。
 落選したゼンコー2世が「とにかく生理的な嫌悪感がひどくて、戦いようがなかった」と振り返っていたけど、そうだとすれば自民党の立て直しには長い年月がかかるかもしれない。
 民主党は首相のぶら下がり会見を減らすことを画策しているという。メディアへの露出を減らすことは、情報公開が消極的になることと、概ね同じ方向に進む。「背番号12」の連中は、次はどんなしっぺ返しをやってくれるのか。

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2009年9月15日 (火)

嗚呼 満蒙開拓団

 不寝番から解放された朝、体はきつかったけど、渋谷へ向かい、UPLINK X で上映している羽田澄子監督の記録映画「嗚呼 満蒙開拓団 」を観に行く。旧満州鉄道沿線を旅してから1年、「満州って何だったんだろ?」って個人的ブームはまだ続いているのです。
 この映画のことは今月初め、新聞(どこだか失念)の映画欄にあった紹介記事で知りました。個人的満州ブームとはいえ、満蒙開拓団〜残留孤児という辛過ぎる問題は何となく避けていたのですが、羽田監督の映画ならば直視することができる気がしたのです。
 不寝番明けで直行するのも何だけど、公休日に満員電車で渋谷へ出かける気力が涌くとも思えず、少なくとも都内にいる日にした方がいいと思った次第。案の定、20分ぐらいは眠ってしまったのですが、それ以外は何とか頑張りきりました。
 NHKで今年4月から5月にかけ、たった一人で中国からの帰国を果たした残留孤児の物語を基にしたドラマ「遥かなる絆」が放映されましたが 、全く同じような状況だった人のインタビューや育ての親との再会の場面もありました。日本の侵略を憎んでいるはずの中国人が、現地で亡くなった日本人を弔う墓を立てた話とか、「だから戦争はよくない」といった安直な言葉以外にどう言い表したらいいのかわからないほど、感想を語りづらいドキュメンタリーでした。
 上映終了後、同じビル1Fのレストラン「タベラ」でランチ「夏野菜のクスクス」をいただく。サラダ、デザート、ドリンク付き1000円。映画を見ると200円の割引券をくれるのでなおお得。実際、おいしかった。がっついているせいか、食べ始める前に写真を撮っておくのをつい忘れました。

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2009年9月12日 (土)

日めくりタイムトラベル 昭和55年

 毎回楽しみにしているNHK・BS2の「日めくりタイムトラベル 」、この日は昭和55年がテーマでした。僕が高校を卒業し、予備校通いのため東京で一人暮らしを始めた年です。
 テレビも新聞もない日々を過ごしていた年だけに記憶が薄いかなと思ったら、強く覚えているニュースがほとんどでした。節目節目では新聞を買って読んだり、寮のテレビを食い入るように見ていたりしたせいかもしれません。
 この番組の良さは、「あんなことこんなことがあった」に終始せず、意外な当事者のインタビューなどを盛り込んでいる点です。今回、驚いたのは、日本がボイコットしたモスクワ五輪の幻の自転車競技代表・長義和 さんが登場したこと。
 モスクワ五輪ボイコット問題では、柔道の山下泰裕、眉に大きな絆創膏を張ったレスリングの高田裕司らの金メダル候補が涙ながらにオリンピックへの思いを訴える場面が何度も放映されています。あれは6月の不参加決定直後のことだと、何となく思い込んでいましたが、ボイコットへの流れが強まっていた4月、選手たちが参加への世論を高めようと起こした行動だったのだと、この番組で教えられました。
 その時のことなのか、不参加決定直後のことなのか覚えていませんが、涙声で訴える代表選手がほとんどの中、「これ(ボイコット)は詐欺だ」といったことを、冷静な口調で怒りを表していた銀縁眼鏡の長さんの姿は強烈な印象がありました。残念ながら、今回の番組でその場面はありませんでしたが。
 モスクワ五輪ボイコット後、自転車競技を引退した長さんのことを知ったのは、雑誌Numberのロサンゼルス五輪前特集号だったと思います。しかし、それから表に出て来ることはほとんどなかっただけに、長い歳月を経て長さんがオリンピックへの想いなどをようやく語ったインタビューは見応えがありました。かつての銀縁眼鏡越しのきつい眼差しが、ずいぶんと穏やかになっていて、それがよかったような、ちょっと寂しいような。今は地元の和歌山県田辺市でベーカリーを経営しているそう。
 ほかにも、来日したポール・マッカートニーの逮捕、銀座の一億円拾得事件、大平首相急死と衆参同時選挙での自民党圧勝、ポーランドの「連帯」、新宿バス放火事件、長嶋監督解任、王貞治引退、山口百恵引退、金属バット殺人事件、それにジョンレノン射殺…と、昭和55年はいろいろあったことが思い出されました。

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2009年8月26日 (水)

「写楽 幻の肉筆画」

090826 昨日から3日間の夏休み。毎度のことながら予定を立ててないものの、無為に過ごすのも何なので、午前中は江戸東京博物館で開催中の「写楽 幻の肉筆画 」を見学し、午後は地元の船橋健康センターでゴロゴロすることに。
 7月から始まっている展覧会なのに、今日に至るまで行く気が起きなかったのはなぜ? というより、今日になってなぜ行く気が起きたのか。会場に入り、初めの方の展示に奥村政信の「遊君」シリーズがあるのを見て、「あぁ、どこかで怪電波が発せられていたのだ」と納得したのでした(アホ>自分)。
 というのも、昨晩、読んでいた加藤秀俊先生の近著「メディアの発生——聖と俗をむすぶもの」(中央公論新社)の第六章で、まさに「遊君」が論じられていたのです。読んだばかりの話が、急に気が向いて出かけた展覧会に出品されていた浮世絵の画題になっているとは…。
 加藤先生によれば、遊君とは美人であるのみならず、芸事一般に通じ、歌詠みも上手な教養人であり、相応の知識人でないとその相手は勤まらないとのこと。奥村政信の「遊君シリーズ」4作のお相手はといえば、仙人たち。絵そのものは諧謔味がテーマですが、遊君の相手としては十分な存在です。大いに頷かされました。
 本展は昨年、初めて本格的な学術調査が行われたギリシャのマノス・コレクションのうち、約120点が出品されています。マノス・コレクションがあるのは、アドリア海の入口にあるコルフ島の国立コルフ・アジア美術館で、おいそれと行けるような所ではなさそうです。
 その意味でも、行っておいてよかったと思える展覧会でした。

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26(ふろ)の日

 午後1時半頃、船橋駅北口から送迎バスに乗って船橋健康センター へ行く。昨年末以来だ。
 すっかり忘れていたけど、毎月26日は「ふろの日」として入泉料(大人)が400円引きの1000円ちょうどになるサービスを行っている。写楽展の図録が2300円したけど、思いがけず、少し取り戻すことができてうれしい。
 ここの湯で好きなのは、漢方薬湯と露天の草津の湯。草津の湯は、湯の花を溶かして本場の泉質を再現したものといいます。昨年末は原料の入手が困難なため、「蔵王の湯」になっていましたが、草津の湯に戻っていたのは何よりでした。
 漢方薬湯は、5分ほど浸かっていると局部がヒリヒリしてきます。本当に悪い所があると、そこもヒリヒリするそうなのですが、幸いそうした所はありませんでした。
090826_2  日は照っていてもしのぎやすくなった午後、人々が働いている時にこうして露天風呂に浸かりながらぼーっと青空を眺めている時に感じるかすかな罪悪感。結局、僕の夏休みは、反省を全く伴うことのないこの罪悪感が、まだ自分の中にあるのを確かめるためだけに過ごしているようなものです。

 (写真は、関係ないけど両国駅そばの「さかなや道場」のランチ・海鮮丼780円也。写真はピンぼけですが、コストパフォーマンスはなかなかの一品)

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2009年8月 9日 (日)

ゴーヤその2

 何かに興味を持ち始めると、それまで全く目に入らなかったものに気づくようになることはよくあります。先週、AERAを読んでいたら、ウイスキー「富士山麓」の広告ページの片隅に「ゴーヤと桜エビのポン酢醤油」なるおつまみメニューが載っていました。
 こちらのレシピ をご覧いただければ、かなり簡単に作れることがわかります。エグザスで一汗流して来た帰り、自宅近くの東武ストアで材料を購入。肝心の干し桜エビが売っておらず、梅ちりめんを代わりに使うことに。ま、こうしたハプニングから新機軸ってのは生まれるもんだと、そこは気楽に考えたのでした。ミツカンの味ポンがセールだったけど、せめてこれくらいは贅沢をしようと、同じミツカンの「丸しぼりゆずポン酢」を買う。
090809  今回は出来上がりを公開。作った本人の言うことなので「話十分の一」ぐらいに思っていただければ、なのですが、干し桜エビよりも梅ちりめんと和えた方が美味しいんじゃないかと思います。我ながら、よくできました。

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2009年7月31日 (金)

土用二の丑

 おとといの夕方、突然の腹痛に襲われてから何となく元気が出ない。腹痛の原因は思い当たらないし、痛いという割にはちゃんと食べられるし、下してもいない。正露丸を飲んで治ったような気もしたけど、今日のお昼過ぎまでは、時たまシクシクと痛くなることがあった。
 平日休みの今日は土用の二の丑。腹痛といってもその程度なので、午前中にエグザスでひと汗流し、お昼に鰻をいただくことにする。
 体調不良のため、ランニングマシンを自転車こぎに変更して25分、ボディ・パンプ(バーベルを使ったエクササイズ)を30分。ひと風呂浴びて帰ろうかと思ったら、併設の接骨・鍼灸院の人が「土用灸はいかがですか」と薦めていた。
 聞けば「土用の丑の日にお灸をすると、無病息災で過ごせる」とのこと。お灸は全くやったことがないけど、今日だけキャンペーン価格525円だというので、せっかくだから試してみた。
 本来の土用灸はこんな具合 にやるものらしいけど、ここではせんねん灸 タイプで膝下にある足三里というツボを刺激してもらった。3回繰り返して、所要時間は10分ほど。熱くは感じたけれども、我慢できないほどではない。お灸をすえた所はちょっと赤くなったけど、夕方にはどこだかわからなくなった。
 暗示にかかりやすいとはいえ、膝下がすっとした感じがする。湿布薬とは別の冷涼感とでも言ったらいいのかな。足三里の刺激は胃腸の養生にもいいそうで、偶然ながら腹痛の身にはありがたかった。
 昼食は、船橋駅からエグザスに向かう途中にある稲荷屋 で。慶応年間の創業という構えの立派な店で、入ったのは今日が初めて。うな重(2310円)はまずまずといったところ。僕としてはもうちょっとタレの味が濃い方が好きだけどな。
 

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2009年7月27日 (月)

「ゴーヤの佃煮」を作る

 調理をしなくなって久しい。10年くらい前にほうれん草の胡麻和えを作ったのが最後だったと思う。
 読売家庭版「リエール」(新聞販売店がくれる冊子)の8月号に、ゴーヤを使うレシピ3種が紹介されていました。どれも手軽に作れるように工夫されていますが、特に「ゴーヤの佃煮」は、極端に言うと切って煮るだけなので、これなら作れそうな気がしてきた。平日休みの今日、ジムで一汗かいた後、スーパーでゴーヤ2本とみりん、鰹節のパックを買ってきて、早速挑戦。
 調理から遠ざかっていると、こうした基本的な調味料の類がなかったりするのが情けない。
 遥かかなたの昔、それなりに調理に向かい合っていた頃には、ゴーヤなんて野菜は売っていませんでした。従って、ゴーヤを切るのも初めてのこと。ゴーヤの中のワタやタネの取り方といった超基本をきっちりと書いてあるのが、「リエール」のいい所だ。
 佃煮とはいえ、砂糖60gはちょっと多い気がしたので50gに減らし、醤油(大さじ3)、みりん(同3)、酢(同2)を加え、刻んだゴーヤをひたひたの水で25分ほど煮た後、鰹節9gを加えて水気が切れるまで仕上げればできあがり。煮始めからの所要時間は70分くらい。
 経験上、自分で作ったものは100%おいしい。と、無理にでも納得しないと、調理なんてやってられません。で、ゴーヤの佃煮はどうだったかと言うと、我ながら「少々?」ってとこ。もともと苦いんだから、やっぱ砂糖60gが正解だったのかな。

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2009年7月20日 (月)

全英オープンゴルフ

 47歳なんて年でやるもんじゃないと、いつも文句ばかりの不寝番ですが、昨夜ばかりは違いました。全英オープンゴルフで、59歳のトム・ワトソンが史上最年長での優勝をプレーオフの末に逃してしまったのを、業務として見続けられたのですから。
 ゴルフ好きな割にはあまり試合中継を見ないので、ワトソンというと昔、全米オープンでニクラウスとの一騎打ちをチップインバーディーでリードした場面しか印象に残っていません。確か1982年だから、いくら何でも古過ぎか。
 端正な顔立ちのワトソンが、今やすっかり好々爺風(59歳の人には失礼ですけど)。でも、どんな場面でも笑みを絶やさずにプレーするのを見て、「ああじゃなくちゃいけない」とすっかり引きつけられてしまいました。パーセーブすれば優勝が決まる最終18番、2オンはならずともあと2打で決めるのはそう難しくないと思えたのに、パターを手にした3打目が長過ぎ、パーパットも入らなかった場面では、あれほど偉大なプレーヤーをしてもプレッシャーで感覚が定まらなくなるのを痛感させられた。
 体が冷える中での4ホールのプレーオフは、老体のワトソンが明らかに不利でした。案の定、崩れてしまったのですが、2ホール目のショートでティーショットを外して「勝負あったか」と思われたのに、2打目のリカバリーをきっちりと決めてパーを取ったのは、いつもああいう状況に陥ってばかりの僕にとって、「一つぐらいのミスで諦めてはいけない」と教えられた場面でした。
 かつてのチップインと並び、この日のワトソンのプレーは忘れられない記憶となりました。

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2009年7月19日 (日)

初出走

 ペーパーオーナーゲーム(POG)に初めて参加し、指名馬の1頭マックスストレインが新潟6Rの新馬戦に出走した。3番人気に支持されるも12着に惨敗。ダービースタリオンで初めて遊んだ時と同じく、全く仮想のことなのに本当に自分が持っている馬のようにドキドキしてしまう。残る指名馬のうち5頭はいまだ馬名も決まっておらず、いったいどうなるのか心配ですけど、ともかくも初勝利を挙げてくれるのを願うばかり。
 ついでにちょっとだけ買った重賞「アイビスサマーダッシュ」が珍しく当たり、定額給付金ぐらいの儲けになった。嬉しい。
 そういえば、なんとイグノがジュビロに復帰するとのこと。喜ばしいことには違いないけど、こんなことなら何で僕たちが観戦した試合だけ(でもないけど)出なかったんだよと、文句の一つも言いたい気分でもあります。でも、頑張ってくれよ〜!

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2009年7月17日 (金)

錦糸町駅での意味不明な「接続」

 仕事帰りに新丸ビル5Fの「酢重 」で一杯。1年以上ごぶさただったけど、新丸ビルの店ではなかなかのコストパフォーマンスだし、何より居心地がいい。大して飲んだわけでもないのに、つい3時間半ほど過ごす。
 11時過ぎに千葉行きの総武線快速に乗り、錦糸町駅に着くと「遅れている各駅停車との接続をとるので、出発までしばらくお待ちください」とアナウンスがあった。総武線は錦糸町〜千葉駅で各駅停車と快速が並行しており、錦糸町駅では時にこうして待たされることがある。結果的に4分遅れとはいえ、飲んだ後のせいもあってか、イライラさせられた。
 今回のようなケースで「接続をとる」意義はどこにあるのだろう。千葉より先の君津や佐倉などへ行く快速だと本数が少なく、乗り逃がす影響は大きいから、接続待ちに納得する乗客が多いだろう。
 でも、遅れて来た各駅停車も、僕の乗っていた快速も、どちらも千葉行き。快速が終電ならば、少しでも早く帰りたい客を収容するのはわかるけど、今回は10分後に同じ千葉行きの快速が到着する状況だった。つまり、各駅停車が4分遅れのため、普通なら乗り換えられる千葉行き快速が出発してしまったとしても、6分待てば同じ千葉行き快速が来る。このことに怒る各駅停車の客は、いないとは言わないけど、どれほどいるのだろうか。
 一方、僕の乗っていた快速の乗客には、出発が4分遅れたばかりに、船橋や津田沼などで本来なら乗り換えられた私鉄に間に合わなかった人は少なからずいたはずだ。
 経験上、錦糸町駅到着前の各駅停車では、乗り換えに3分以上のゆとりのない快速との接続はアナウンスしなかったと思う。階段の上り下りであわててけがをするのを防ぐ狙いがあってのことだろうが、そのリスクを背負って錦糸町駅で各駅停車から乗り換えたって、先の駅での乗り換えを見送らざるを得ないのは一緒だから、大急ぎで階段を駆け下り、駆け上がって乗り換える意味はあまりなかったのではなかろうか。
 今回のケースでは、待たされたことで生じた快速の乗客のデメリットの方が、各駅停車から乗り換えられた客のメリットよりも、はるかに大きかったとしか思えない。電車の遅れなどを怒った酔漢などにJR東日本の職員が絡まれるのをたまに見ると、気の毒だと思ったものだけど、今回ばかりは僕も酔漢の一人として、この接続の意味を問い質したかったものでした。幸か不幸か、周囲に職員らしき人はいなかったけど。

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2009年7月16日 (木)

海ほたる

 君津の実家に戻り、天気が良かったのと気が向いたのとで、両親と海ほたる へ行ってみることに。開通して12年にならんとする東京湾アクアラインはよく利用しているのに、バスばかりなので、海ほたるへ立ち寄るのは初めてです。
 到着した11時半頃には、平日とあって車も少なく、エスカレーター近くの駐車場に楽々ととめられました。5F展望デッキに上がると、結構きれいなモニュメントなどが飾られ、通り過ぎる際に見ている無骨な外観とは大いに違う印象を受けます。
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 川崎方面を眺め、写真では小さいですが、風の塔 (川崎人工島)がよく見えます。羽田空港へ着陸しようとする飛行機や、かなりぼんやりとですが、横浜・ランドマークタワーも見えました。冬の晴れた午前中なら、富士山をはじめとする眺めを楽しめるんでしょうね。寒いけど。
 食事は海鮮三崎港 で。海側の窓に面したボックス席に案内してもらい、いい眺めでラッキーと思ったら、これが間違いでした。窓側は屋根がガラス張りで、布飾りで直射日光は当たらないようになってはいるものの、とにかく暑い。もちろん冷房は入っているけど、たぶん窓側のボックス席に合わせるとカウンター席は冷え過ぎるため、カウンター席に合わせているんでしょう。ちっとも効いていない感じでした。
 回転寿司で暑かったばかりに食欲減退、ってのは初めての経験でした。

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うみめがね

 食後、土産物店を冷やかした後にスターバックスでアイスコーヒーを飲んで一息つき、さあ帰るかと思ったら、1Fに「うみめがね」なる施設があるのを発見。アクアライン工事の技術面を紹介した資料館で、海ほたるにもこの先、そうちょくちょく来るわけでもないから(お金かかるしね)、暑さも何のそので見学して行くことにしました。タダだし。
 詳細は個人サイト「技術のわくわく探検記 」の紹介をご覧いただくことにして、掘削したシールドマシンの技術などが模型やビデオなどを使って細かく紹介されています。海ほたるの所々にあるモニュメントの一部は、実際に使ったシールドマシンの部品だったとは。なかなか勉強になります。
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 場所は海ほたる1Fの木更津寄りの端っこ。日差しが照りつけていると、歩くだけで結構暑いのが難と言えば難。

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2009年6月28日 (日)

ららぽーと磐田

 宿泊先は、今回もKさんが手配してくれた磐田駅前のくれたけイン磐田 。部屋はきれいだし、サービスの朝食も無料としては充実していて、おかげさまで不寝番明け、留学する元同僚の壮行会と続いて寝不足気味だったのを回復することができた。
 そのKさんの車で、オープンしたばかりのららぽーと磐田 へ向かう。ららぽーとと言えば、わが家のある船橋が地元というか、第1号(それゆえ、リンク先も地元ブログです)。僕のイメージでは、船橋のららぽーとは「田舎の人(=千葉県民)が安心して都会の雰囲気を味わえる場所」です。東京からここへ来る物好きはもはやいないから、まわりを歩いている人はみんな田舎の人。都内や横浜のデパートへ行くと感じてしまう緊張感が、ららぽーとでは全くないから、実にくつろいだ気分でいられるのです。
 ここ数年、各地に「ららぽーと」が相次いでできていたけど、まさか磐田でも開店とは。20年前に離れた者としては、昔日の感ありありです。
 「磐田駅からこんなにタクシーが南北へ往復しているのを見たのは初めて」とKさん。駅からだいぶ北上して東名高速を越えた茶畑の中に、巨大空母を思わせるような建物が現れました。
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 屋上の駐車場の写真では芸がなさ過ぎですけど、これでも開店30分以上前。何だか、この地域にある車が全部集まって来たんじゃないかと思ったほど。
 われら中年男3匹は、特に買い物をする気はなかったけど、前夜の残念会でOさんが「1階のZARAって店の近くに、安室奈美恵とかが開店祝いの花を出している横文字の店があって、そこにとてつもなくかわいい娘がいる」と、少々興奮気味に提供してくれた情報に基づき、その「アズールバイマウジー」という店に潜入。確かに、若い頃の安室奈美恵を彷彿とさせるような女の子がいて、Kさん共々「Oさんが言っていたのは彼女に違いない」と納得したのでした。それにしても、あのだだっ広いフロアの数多くの店の中から、Oさんはどうして彼女を見つけたのだろうか?
 地元の和菓子店「きんつばの又一庵」のイートインで一休み。Kさんにフローズン抹茶ラテをごちそうになる。「最高級の抹茶を使った素晴らしい味」と店の女性が言っていたのを、本当かよと思いつつ口にしたら、これは言うだけのことはあっておいしかった。つい写真を撮るのを失念。

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富士山静岡空港

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 雨だというのに、傘をさしてじっと遠くを見つめる人々。競馬場以外ではお目にかかれないこの光景は、6月4日に開港した富士山静岡空港 (島田市)の展望スポットでのこと。
 杜撰な需要予測で赤字間違いなしとか、立ち木問題がこじれて知事が辞めちゃったとか、いろいろとありましたけど、断言しましょう。今、出発するなら静岡空港発の飛行機に乗るべきです。雨が降ろうが風が吹こうが、これだけの人々が見送ってくれるんですから。土日と祝日に限ったことですけど。
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 ご覧の通り、搭乗客はちっともいないのですが…。
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 土産物店の前は大賑わい。数日前、読売新聞静岡版に季節限定の人気商品「三方原ポテトチップス」が、ここ空港売店でも販売されているとの記事が出ていて、買って帰ろうと思っていたものの、とうの昔に売り切れていた模様。影も形も見当たりませんでした。
 僕が磐田市にいた1987年、静岡空港の建設地を巡って浅羽町(現袋井市)とここ島田市の争いとなり、遠浅の遠州灘を埋め立てて海上空港とする浅羽町が敗れたのでした。以前、バブル経済の始まりを僕が自覚したのは88年頃だと書きましたが、思えばその前から、バブル的な状況は静岡県でも席巻していたのです。
 「浅羽なら東名高速とも近く、旅客はだめでも国際貨物空港として大いに活用できる」とか、あの頃は大きな夢があったものでした。アメリカ最大の建設会社「ベクテル」が関心を示していたくらいでしたから、決して絵空事でもなかったのです。
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 あれから22年。経済変動その他あれこれとあった末に実現した静岡県民の夢とは、このように飛行機が飛び立つ場面を見るための施設だったのでしょうか。「こんなことなら、浜松の自衛隊基地の滑走路脇に展望スタンドでも作っておきゃよかったじゃないか」と、大きな夢を見ただけの浦島太郎である僕は、つい毒づきたくなるような複雑な思いを抱かずにはいられませんでした。

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2009年6月27日 (土)

ジュビロ対レイソル

090627 磐田で約1年8か月ぶりのサッカー同窓会。前回は横浜FC相手に見事な勝利を挙げ、地元ヤマハスタジアムでの観戦無敗記録が伸びたのですが、J2転落の危機が迫っている今は、とにかくチームの健闘を祈るしかありません。
 企画してくれたKさんもその辺りは心得ていて、「安パイ」と思えた下位の柏レイソル戦を選んでくれたのでした。席はメーンスタンドのジュビロサポーター側、ゴールシーンを見られれば最も盛り上がる絶好の場所です。
 本来なら、この試合は勝利を確信して見られるはずでした。8試合で6得点を挙げ、文字通りの救世主だった韓国代表FWイグノ(写真右、ハーフタイムの壮行会後、スタンドへ挨拶している)の活躍を楽しみにしていたのです。なのに6月19日、パリ・サンジェルマンへの移籍決定とジュビロでの試合には出ないことが発表されました。たった2か月、低迷するジュビロを一気にリーグ中位に押し上げたスターの勇姿をゲームで見られないとは…。
 だらしないのはカレン・ロバートだ。試合前の練習にこそいたけど、先発どころかベンチ入りさえしていない。チームのHPを見ると、今季は出場ゼロ。故障なら試合前の練習だって出ないだろう。地元の人たちは「遊び過ぎ」だとか芳しくない噂を聞くという。とっくに日本代表のレギュラーになっていておかしくない逸材だったのに。
 出ない奴を気にしていても仕方ない。前半は、成岡のきれいなヘディングで先制したかと思ったら、10分ぐらいで追いつかれて同点(オフサイドっぽかったけどなあ)。
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 後半、西がこぼれ球を押し込んだ時は勝利を確信した(写真上)のに、5分とたたぬうちに駒野の不用意なバックパスを相手に取られて同点に追いつかれてしまった。もはや「負けないでくれ」とばかり祈っていたが、ロスタイムに入った直後、李忠成に決勝点を奪われ、2−3で逆転負け。我ら同窓会のホーム観戦無敗神話も崩壊してしまった。
 残念会となった夜の部は、磐田駅南の「玄太」で。コストパフォーマンスのいいコースで、牛肉と魚介の陶板焼(これがおいしいのは珍しいと思う)や、手作りポップコーンとバニラのデザートなんかが印象に残りました。

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2009年6月19日 (金)

冷蔵庫

 しばらく前、冷蔵庫の下に水漏れしているのを発見。1回きりのことで、その後は何ともなかったけれど、エコポイント制度が始まったこともあり、買い替えることにした。盛岡から戻った時に買ったのだから、もう12年。寿命が近づいているのかもしれない。
 船橋駅南口の再開発ビル「フェイス 」4階のさくらやで新たに購入したのは、今まで使っていたサンヨーの同じモデル。違いは、ドアの把手が縦から横になったのと、色が少し変わったことくらい。3ドアで電子レンジを置ける耐熱トップ付き、となると、他社を含めてもこれしかなさそうなので選択の余地なし。同じようなことを望む人が常に一定の割合でいるから、10年以上たってもこのタイプが残っているのだろうか。
 使ってみると、びっくりするほどよく冷える。というか、長年の使用で前の冷蔵庫の性能が落ちていたのかもしれない。モーターの音も静かになった。

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2009年6月16日 (火)

餃子の王将

 盛岡市に住んでいた十数年前、名前は忘れてしまったけど、ある札幌ラーメンのチェーン店に時々、食べに行った。不思議だったのは餃子の味。国道4号で滝沢村へ向かう途中にあった店が断然おいしかった。
 「チェーン店なんだからどの店も同じ餃子を同じ手順で焼いているはずなのに」と長らく思っていたのですが、君津市の実家で「餃子の王将 」を取り上げた15日夜のテレビ朝日「報道発 ドキュメンタリ宣言」を見て得心しました。チェーン店の餃子といえども、やはり作り手の腕次第で味に差がつくようです。
 番組そのものは広い意味ではドキュメンタリなんだろうけど、王将とのタイアップとしか言いようがなく、申し訳ついでに中古家具屋も取り上げて「決して宣伝ではない」ことを強調しているのが虚しい感じ。いっそタイアップだと開き直ってくれた方が、すっきりしてよかったのかもしれません。
 しかし、王将側の狙い通り、親子共々、王将に行ってみたくなり、16日の昼食は国道127号沿いにある君津店で。
 王将に来たのは何年ぶりだろう。大阪にいた頃、天神橋筋商店街の中にあった店に1度寄ったような気もするけど、割とよく行ったのは浜松にいた頃だったと思う。20年も前か。
 安くて量が多い(だけの店)ってのが、王将に対する印象でした。今回、僕は東京ラーメン(440円)、母は揚げそば(550円)、父は餃子定食(710円)を注文し、定食の餃子(2人前分)を3人で分けあって食べることに。
 量で勝負してくるのは相変わらず。値段を考えればこの量、この味は十分に合格点を上回っている(揚げそばに限れば、3ケタでここを上回るのは難しいんじゃなかろうか)と思うし、であればこそチェーンは拡大し、この君津店も長く営業しているんだろう。
 ところで、王将のメニューには「ラーメン」と「中華そば」 がそれぞれあったけど、どう違うんだろう? 値段に差がある以上、全く別個のものなんだろうけど。

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2009年6月13日 (土)

73kg台

090612 本日夕、エグザスで計ったら「73・9」で止まった。ステップ台を使ったエクササイズ60分+ランニングマシン43分+入浴、の後の測定なので、瞬間最小値そのもの。でも、いつも計っているのはこのタイミングなんだから、ほぼ1か月で1kg減ったと言っても間違いないでしょう。
 大の汗かきである僕の場合、減ったのはほとんど水分。夕食の後もだいぶ水を飲んだので、体重はたぶん元に戻っちゃったとは思いますが…。
 話は変わって12日、出勤で船橋駅北口の通りを歩いていた時、何と歩道に亀がいた=写真。近くの天沼公園には噴水池があるけど、普段から亀がいるような気配はありません。誰か飼っていた人が放したのでしょうか?
 車にひかれたりしなければいいのですが。

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2009年6月 8日 (月)

鎌倉散歩

 気が向いて、朝から鎌倉へ紫陽花巡りに出かけました。
 訪れたのは、10年ぶりぐらいだろうか。総武線と横須賀線は直通しており、いつでも行けると思っていたのが、なかなか行かなかった理由の一つ。もう一つは、何となく「お高い」感じがするので好きじゃなかったこともあります。
 東京駅から1時間ほどで到着し、江ノ島電鉄 の1日乗車券「のりおりくん」580円を購入。実は江ノ電に乗るのも初めて。まずは鎌倉駅から4駅目の極楽寺駅で下車し、成就院 へ。お目当ては、由比ケ浜の海を望む絶景の紫陽花です。
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 月曜日の午前11時前だというのに、早くもこの人出です。ちっとも見えませんけど、ここからは除夜の鐘と同じ108段の石段が続いています。両側の紫陽花の株数は、般若心経の文字数と同じ262株なんだとか。
 拝観料は取らないお寺なので、気持ち程度の賽銭を納めて、極楽寺へ。

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