2017年7月15日 (土)

「海辺のリア」

 世間は3連休でも、我が輩は飛び石連休。いつものごとく走るだけで終わってしまうどころか、前夜の仕事が遅かったせいで朝ランにも行けませんでした。
 今日から映画「お前はまだグンマを知らない」の県内先行上映が始まりますが、どうせ込んでいるだろうから、ここは佳作上映館の「シネマテークたかさき」に行って半日、映画三昧をすることに。
 車で1時間20分ぐらい、何とか上映に間に合ったのが「海辺のリア」。残念ながら、シェークスピアの「リア王」の内容を知らないので、セリフや場面場面に込められた意味などはほとんど判然としませんでした。
 クレジットに登場する俳優は5人だけ。それも主役級のスターばかり。この5人以外の人物は映っておらず、映画というよりは舞台の演劇のようです。
 これだけのキャストだというのに、感想が「親が認知症になっちゃうと大変だな~」では我ながら情けなさすぎです。

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「まるでいつもの夜みたいに」

 「海辺のリア」が終わり、入れ替えのため一旦外へ出たら、「おい~」と声をかけられてびっくり。何と、太田に来て知り合ったN協のI田部長がニコニコして立っていたのです。
 I田さんは次の「まるでいつもの夜みたいに」がお目当てでやって来たそう。2005年4月に亡くなったフォークシンガー高田渡さんが、直前の3月27日に高円寺の居酒屋で開いた東京ラストライブのドキュメンタリー映画です。1週間限定上映なので、来られる時に来ないと見逃しちゃうというわけ。
 I田さんのような高田渡ファンは僕の周りにもいて、僕自身はそんなに好きでも嫌いでもないけど、カラオケで聞かされると確かにはっとさせられるいい歌があります。幼少期に三鷹市で育った者としては、高田渡さんがよく行っていた焼鳥屋「いせや」が、妙にファッショナブルに扱われるのが物凄く厭で、「あそこはうちの父みたいなブルーカラーがたまに楽しむ『安月給の楽園』で、大学出なんかが寄り付いてほしくない」と思ったりしたものですが。
 そんな小さなことにウジウジして一生を過ごすのはアホらしいのかもしれないと、ほんの少しだけ思ったのが、この高田渡さんの東京ラストライブのドキュメンタリー映画を観た感想です。

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「彼女の人生は間違いじゃない」

 お目当ては3本目の「彼女の人生は間違いじゃない」ですが、「まるでいつもの夜みたいに」が終わった後、1時間20分ぐらいの待ち時間があります。この時間を利用して、高崎駅東口にあるビックカメラへ行き、「OLYMPUS PEN-F」を購入するつもりでした。
 昨年9月に現場復帰してから、カメラはPanasonicのマイクロフォーサーズ機を使っていましたが、いかんせん8年前ぐらいの製品なので、いろいろな点で限界を感じずにはいられませんでした。デジタルではできるだけストロボは使いたくありませんが、そのためにISO感度を上げても3200が上限なので、ブレが目立ちます。しかも、黄色が強く出る傾向があり、なるべく新しいカメラに替えたかったのです。
 ファインダーが付いているのが必須条件ながら、重いのはNGとなので、PEN-Fとなった次第。しかしながら、ビックカメラでは店員さんが他のお客さんにかかりっきりだったため、時間がなくなってしまい、ネットショップで購入することに。
 再びシネマテークたかさきに戻って、18時から3本目の映画鑑賞。「海辺のリア」もですが、はっきりとした結末がないせいもあって、どうもわかりにくい感じがします。ただ、平成三陸大津波(「東日本大震災」というのは災害の実相があまりわかりません)によって、家族や日常生活をいきなり根こそぎ奪われてしまった人々の心が今、どういう状態なのかを垣間見ることができた思いです。
 主演の瀧口公美さんは、もうちょっと福島弁なまりがあればな~という点を除けば、本当はいわきの子なんじゃないかと思うような見事な演技ぶりだし、高良健吾君も少し狂気を感じさせるイケメンぶりに磨きがかかって、いい俳優になってきた気がします。

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2017年7月 2日 (日)

第10回嬬恋高原キャベツマラソン

 例によって競馬にたとえれば、秋シーズンに向けて七夕賞(本物は来週だけど)を叩いて、仕上がりを早くしたいと目論んでの出走です。公式HPで高低差が200m近くあるのは覚悟していたけど、嬬恋村の標高が1400mもあるとは知りませんでした。これじゃ完全に高地トレーニングじゃん。
 万座プリンスホテルのフロントで会場までの所要時間が50分ぐらいと聞いていたので、朝食は5時半の開業(普段はもっと遅いけど、大会出走者のために早くしているよう)と同時にいただき、またしても栄養過多気味になってから、午前7時過ぎにホテルを出発。8時前に出走者用駐車場に着いたものの、ここからスタート会場へのシャトルバスに乗れたのは8時半過ぎ。受付や着替えが間に合うのか心配でしたが、荷物を放置するなどで、どうにか間に合いました。
 朝にかけて雨だったのに、スタート前から急に晴れ始めました。どうせ天気が悪いのだからと、日焼け止めを持参しなかったのは大失敗と、後で痛感させられました。
 ゲストは水泳金メダリストの金藤理絵さんと、嬬恋村出身でスピードスケート銀メダリストの黒岩敏幸さ4ん。残念ながらスピーカーを通して声を聴いただけで、本人たちの姿は確認できませんでした。
 スタートからは長い下り坂。ラストはここを上るのかと思うと気が滅入りました。その後のアップダウン(後から思えば緩い方だった)を走るうちに、序盤で無理をしたらエライことになると感じ、8キロ辺りから上り坂は必ず歩く「戦略的歩行」を実施。3年前のマザー牧場でトレランを走った時に覚えた戦術?です。
 キャベツ畑や浅間山を眺めて「何とか2時間30分ぐらいで収めたい」と考え、18キロ辺りまでは走れる所は走ってきたものの、甘かった。ラスト3キロの「心臓破りの坂」は歩いて上るのも辛く、歩きでどんどん追い抜かれる始末。坂で姿勢を保つせいなのか、腹筋がかなり硬直したのを感じたのも、ランニングというか歩きの最中では初めてです。どう見ても75歳ぐらいの爺さんに抜かれたのはショックでしたけど、抜き返す意欲なんぞありません。
 結局、ネットで2時間37分47秒でフィニッシュ。更衣室で上半身裸になったのに汗が引くまで30分近くかかり、乾いたタオルでふき取った汗が簡単に絞れたほどです。飲んだスポーツドリンクがそのまま汗になっていたような気がします。
 参加賞は特産のキャベツ1個ですが、わざわざ重い物を持ち帰る気にはなれませんでした。放送で「お忘れなく」と呼び掛けていましたが、レース前に渡す方がいいと思います。
 なかなかいいデザインだった大会Tシャツを入手することができなかったのは、ちょっと残念でした。

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この道は…

 クタクタの体を癒すため、帰りは伊香保温泉に寄って日帰り入浴しようと、カーナビの行先を「自宅へ」に設定。当然、行きと同じ渋川経由のルートだろうと思い込んで走っていたら、どうも来た時の道とは全然違う気がしてきました。そのうち、道路標識に「北軽井沢」とか出てきて、どうやら上信越自動車道経由のルートを勝手に選択していたのです。
 全く何たること。どういうわけか知りませんが、愛車のカーナビは度々、行きと帰りに異なるルートを選びます。疲れ切っていたせいで、ついそのことを忘れていたのです。
 今更戻るわけにもいかず、有料道路の料金を払いつつ進んでいくと、直進すると「中軽井沢駅」との表示が目に入ってきました。すると、この道は…。
 35年前、軽井沢プリンスホテルでのアルバイトが終わって、バイト仲間の運転する車に乗せてもらって同駅に向かう途中、下り坂でスピンして道路脇を5mほど転落した事故に遭いました。幸い、乗っていた3人とも無傷でしたが、あと数mずれていたら太い木に激突していたはずでした。
 記録上は無事故無違反を続けているものの、人生で唯一「死」を意識したあの一瞬のことはこのところ、すっかり忘れていました。ほぼ毎日車を運転する今、本当に慢心がないのかと問いかけられた思いがしました。
 やはり35年ぶりにアルバイト先の軽井沢プリンスホテル近くを通り抜けて上信越自動車道に乗り、群馬へ。それにしても、群馬県は東西も結構広いのを改めて実感させられました。

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2017年7月 1日 (土)

万座温泉へ

 群馬県民となって10か月。仕事熱心のあまり、温泉地へ行くどころか東毛地域からろくに外へ出られない有様でしたが、2日(日)の嬬恋高原キャベツマラソン出走のため、万座プリンスホテルに泊まることになりました。
 あいにくの雨。昼食を済ませてから太田を出て、前橋のボスに書類を届けに寄り道をしてから渋川を経由して万座へ。愛車のカーナビが古いせいで途中、新しくできた道路に対応できずに進路をロストしてしまいました。カーナビが示す旧道?に近づくべくウロチョロした挙句、辿り着いたのは八ッ場ダム。「コンクリートから人へ」の象徴というかスケープゴートにされかかりましたが、大工事は進行し、周辺には小奇麗な温泉街ができていました。
 本当は前日受付を済ませておきたかったのですが、間に合いそうもないので諦め、万座温泉へ向かいましたが、想像以上の山また山でした。調べもしなかったけど、万座温泉の標高は1800mとのこと。17時半頃に到着し、硫黄の匂いが濃い白濁の湯に浸かって久し振りにリラックスしました。
 プリンスホテルは35年前の学生時代に初めてアルバイトをした所です。軽井沢でしたが、その後、各地のプリンスホテルに泊まることもなく、宿泊は今回が初めてでした。部屋にエアコンがないのは軽井沢と同じです。露天風呂で来し方を思うと、いささかの感慨があります。
 夕食はブッフェスタイルで、過剰な栄養補給と相成りました。嬬恋村だけにキャベツを使った料理が多く、ホテルオリジナルの味噌ドレッシングがなかなか美味でしたが、販売していなかったのが残念。

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2017年6月25日 (日)

沈没…自身も馬も_| ̄|○

 24日(土)は出番だけど、朝6時前からジョギングへ。先週とは逆に、まず刀水橋を往復して14キロぐらい走ってから松風峠を越えるコースにしました。終盤に上り坂が控える嬬恋キャベツマラソンのコースを想定したトレーニングです。
 前半は順調ながら、さすがにある程度走ってからの上りはきつく、峠を上り切るのが精一杯。峠越え往復は諦めて19キロちょっとにとどめました。
 汗を落とした後、ガストでモーニング。今月初めに同期M氏が来訪した際に行って以来、フルーツヨーグルトとサラダ、トーストのセット539円(税込み)が気に入っています。どのセットでもいいのですが、ドリンクバーがついているのが最大の理由です。朝ランで大汗をかいた身には、とにかくありがたい。
 人心地がついたところで、一仕事片づけました。まず順調に事が運んだ一日でした。
 25日(日)は明け方に雨が降り、朝ランは中止。午前中に近所のスーパーへ買い物に行くと、多少蒸し暑いものの、曇り空が晴れる気配はなかったので、ジョギングをすることに。
 この時間帯では松風峠越えは危ないので、刀水橋への平坦コースをなるべく6分前後のペースで走るようにしました。と言っても、実行できたのは10キロ辺りまでで、その後はバテてしまい、歩かないようにするのが精一杯。14キロを過ぎた所にあったセブンイレブンでアイスカフェオレを買って飲んだ後は、歩いて帰宅しました。
 結構疲れてしまい、昼食はセブンイレブンの蕎麦(初めて食べたけど、なかなかいけた)とおにぎり、夕食はカップヌードルのカレーとミニトマトでおしまい。空腹感はあるけど、食べる意欲を消耗してしまった感じ。まあ2日もすれば回復するでしょうけど。
 競馬の宝塚記念。「G1は馬の格(=大レースを制した経験)だ」などと、前の職場の後輩だった開成馬券師に偉そうなことを散々言い触らしていたのに、今回は大本命キタサンブラックから下位人気の馬へ流して金儲けを目論んだ挙句、キタサンブラックが大敗を喫してしまってパー。上位3頭はキタサンブラック以外のG1馬で決まり、「自らの信念を貫けばそれなりの配当を手にすることができたのに」と思ったところで後の祭り。
 今年は馬券の散財額が甚だしく、当分の間、馬券には手を出さないことを誓います。

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2017年6月18日 (日)

松風峠越えラン

 7月2日に出走予定の嬬恋キャベツマラソンは、最終盤に高低差200m近い上りが控えるタフなコース。少しでも上りの練習をと思い、週末の朝ランは松風峠での走り込み?を中心にしました。
 平坦な太田市にあって、標高200m超の金山の中腹を越えるのが松風峠。この辺りじゃ金山ドライブウェイとも呼ばれています。最高点は標高100m超ぐらい。峠越えの距離は2キロほどです。
 この松風峠を上って下りて、折り返してまた上って下りてにチャレンジしてみました。結構きついのですが、遅いながらも成功し、土曜日はそのまま国道407号を南下して高林交差点折り返しで自宅に戻って17キロちょっと。日曜日はさらに南下して利根川にかかる刀水橋手前で折り返し、自宅までで21キロちょっと。さすがにくたびれました。
 朝ランや食事を済ませて暇に陥ると、つい競馬に手を出して散財する悪癖を改めるため、土曜日は風呂、洗面所の掃除、借りていた本の返却、庭や事務所周囲への除草剤散布、洗車。日曜日は買い物や部屋の電球交換その他に時間を費やし、前の職場にいた開成馬券師からの誘いにも乗らず、散財を防いだのでした。まあ、来週のG1宝塚記念に備えているだけですが。

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2017年6月12日 (月)

4連休、何もせず…

 8日から4連休。3~4月の25連勤、GWもほぼ平常勤務とあって、これといった仕事のないこの4日間は待望の休暇だったのですが…。することがありません。
 とりあえず船橋の旧宅に寄って風通し。9か月もほっとくと、ベランダがまた汚いこと。掃除しようかと思いましたが、汗だくになっても着替えがないので断念。次回立ち寄った時にやることに。
 君津の実家に戻れば、両親とも季節外れの風邪という。10日に幼馴染の床屋に行くと、数年前にたまたま熱中症になった時の症状を話してくれたけど、両親の「風邪」ともどこか共通している感じがします。母親が自律神経の不調?で風の冷たさに過敏になっていて、まだエアコンを使っていないのですが、そのせいで室内にいても軽い熱中症になっている気がしないでもないのですが…。
 君津では土日に朝ラン。郡ダム方面に向かう山陰の坂道を往復して、日曜日は千葉県民マラソン以来となる20キロ走に。本当は12日の月曜日も走るべきだったのに、つい惰眠を貪ってしまったのでした。

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2017年6月 4日 (日)

旧友来訪

 1か月後に迫った嬬恋キャベツマラソンに備え、週末の朝ランは松風峠越えのコースに。1キロで100mぐらいは上るから、嬬恋の最終盤3キロで200mの上りの訓練にはなるだろう、と思いたい。
 G1安田記念はまたしても惨敗。昨年の覇者ロゴタイプが澱みない逃げで引っ張って実力勝負に持ち込み、レース自体は素晴らしかったけれど、肝心の本命イスラボニータがいいところなく敗れてしまった。
 夕方、かねてからの約束通り、前の職場の同僚M氏が赤城山でのキャンプの帰りに寄ってくれた。割と近くにある居酒屋「悟空」で一杯。飲酒の習慣がないので、この店も現職場の元スタッフが「若い人たちは遠くからでも来たがるみたいですよ」と言っていたのを思い出して決めたけど、確かにコストパフォーマンスはいい感じ。
 M氏からは、1日付で異動となった旧ボスと旧筆頭次長に対する不満のあれこれを聞く。こちとらも9か月前に異動した途端、ストレス検査の結果が良好になったくらいだから、後釜に据えられたM氏としても気苦労は多かっただろう。何だかんだ4時間ぐらい話し込んで、わが家の空き部屋に泊まってもらった。

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2017年5月28日 (日)

惨敗…日本ダービー

 実のところ、惨敗したのは本日の日本ダービーだけではなく、今月の競馬すべてでした。年始以来の絶不調を抜け出せないため、馬券を買うのはほぼG1レースに絞ったというのに、配当金0円。的中率0%。(ノ_-。)
 ダービーは前日から検討に時間をかけたのですが、切ったレイデオロにあっさりと勝たれてしまい、またしてもパー。予想の仕方がどうこうではなく、馬やレースの見方そのものが根本的に間違っているとしか言いようがありません。
 罰としてダービー終了後、いつものジョギングコースを一回り。本当は今朝やるはずでしたが、7時に起き出したらどうも自治会でクリーン作戦をやる日だと気づきました。そこへ能天気にTシャツ半パン姿で走りに出る度胸は持ち合わせておらず、気まずい朝を過ごしていたのでした。
 走る方も本調子には程遠く、7月2日の嬬恋キャベツマラソン(ハーフ)でどこまで頑張れるか不安なままです。

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2017年5月12日 (金)

群馬県立館林美術館「京都のみやびとモダン」

1dsc_0299_11  珍しく平日休み。かつては渇望してやまなかったのに、今は扉一つ向こうに仕事をしている人がいると思うと落ち着かず、自宅でゴロゴロしていることができません。
 晩期とはいえ、藤の花でも見るかと「あしかがフラワーパーク」へ出かけてみたのですが、甘かった。平日だというのに、どこからこんなに集まったのかと思うほど、駐車場は車で一杯。そそくさと引き返し、群馬県立館林美術館で開催中の企画展「京都のみやびとモダン」を見に行きました。
 竹内栖鳳、神坂雪佳、堂本印象らの絵画がずらりと並んではいるのですが、知ったかぶりをかますと、代表作感はあまりないんですな。まあ、作品よりも「国宝」「重要美術品」といった立札の方をじっくりと鑑賞してしまう質なので、その手の表示がないことが物足りなかったのが本当の所です。
 工芸などは「人間国宝」作がかなりあったので、満足していました。
 ただ、ここも平日というのに暇人が割といて、自分のように孤独な暇人は静かだからいいのですが、夫婦とか友人同士とか、複数形の暇人がいると、何かと喧しくてかないません。常設展の動物像を一人静かに眺めていい気分になっていたのに、そこへまた暇人グループが現れて気分が台無しになっちゃって、1時間ちょっとで退散することに。
 ミュージアムショップに芯が7色の鉛筆が売っていたので、「まためい」たちへのプレゼントに購入。
 この後、昼食、書店で本探し、喫茶店で読書と時間を無駄遣いして、平日休みを過ごしたのでした。働いていた方がよっぽど疲れなかった気がします。

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2017年5月 9日 (火)

魔女の一撃

 朝、靴下を履こうと右足を上げた直後、不意に腰から下が外れるんじゃないかと思うような痛みが走りました。「魔女の一撃」とはよく言ったものです。
 すぐに動作を止めたのがよかったのか、元々その程度の症状だったのか、腰回りにいくらか痛みは残っていても歩くことはできます。こうした症状は今年1月の六郷グリーン駅伝の際にもありましたが、今回はいつもより重い気がしたので、出勤前に比較的近くにある「浜町接骨院」に寄りました。
 ここの雰囲気がまた、大きめのラーメン屋というかマクドナルドというか、客が来ればスタッフ一同で「こんにちわ」。マッサージを終えた先生がアルコールとエアーで消毒して「消毒終わりました」と言うと、全スタッフが返事をするといった調子で、流れ作業感が強烈です。実際、同じ患者には同じ先生がずっと担当するようですが、多くの客を効率よくさばくこ1とに重きを置いている気がします。
 こちらとしては、予約とか気にしなくていいメリットもありますが。
 診立ての方は、猫背気味になって一番下の腰椎の隙間が伸びきってしまったために、痛みが走ったのだろうとのこと。机に脚を上げて本を読んだりしていたのがまずかったかな。

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2017年5月 6日 (土)

つつじが岡公園

 GWといっても全く常と変わらぬ出番で、休みは土日だけ。何もせずじまいなのも癪だから、館林市のつつじが岡公園へ行ってみました。って、結局管内じゃん。
 今年は花つきが良いとの話でしたが、全体的には終わりかけで、遅咲き品種のいくつかが見頃でした。とはいえ、ツツジの種類がこんなにあると知ったのは収穫です。
1p1030388 八重霧島。
1p1030391 紅霧島。
1p1030393 京鹿の子。
1p1030398 東錦。
1p1030401 胡蝶揃。
1p1030409 関寺紫。
1p1030414 筑紫紅。
1p1030416 千重大紫。
 来年はもっと早く来て、別の種類のツツジも楽しみたいものです。

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2017年4月30日 (日)

高知城

 「親分」宅へのお見舞いは午後なので、午前中は高知城と牧野植物園を見に行く。
 高知城はホテルから歩いて15分程度。途中、当地の名物「日曜市」を冷やかし歩く。果物、野菜、日用品とよくこれだけの出店が集まるものだと思うくらいだし、地元のお客さんが多いのにも圧倒されます。
1dsc_0270_11  見事な石垣を眺めながら石段を上り、天守へ。これで現存12天守のうち10か所目の「登城」です。残るは松江城と弘前城。やはり松江は在阪当時に無理してでも行くべきだったか。弘前も出張ついでに出かけられなかったことが悔やまれます。
 それはそれとして、高知城の天守は江戸時代になってから建てられたせいなのか、ほとんどの梁が製材された木でした。たいていは曲がった松なんかが使われているものですが。

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牧野植物園

 高知城からブラブラ歩いてはりまや橋へ。ここからバスで牧野植物園に向かう。
 上司の示唆のおかげではありますが、高知に来て牧野植物園の花を眺めずに帰る手はありません。到着まで約20分。1時発のバスで戻れば、はりまや橋での待ち合わせにギリギリ間に合う計算なので、ここは1時間半弱を見学に使わせてもらうことに。
 結果的に、園内が広すぎて1時間半では歩き回るのが精一杯でした。じっくりと眺めるには半日は必要です。
 牧野富太郎というと、晩年の好々爺然とした写真の印象ばかりが強く、実際の業績などはあまりよく知りませんでした。植物学者というより、「最後の本草学者」という紹介の方がピンとくる感じです。
1dsc_0280_11 ユキモチソウ。
1dsc_0290_11 キエビネ。
1dsc_0282 ケシ。植物園ならではですが、厳重にフェンスで囲われています。
1dsc_0284_11 桜草。ほかに棚が二つあり、種類が多いのにびっくり。
 この後、はりまや橋に戻って、「親分」の「不肖の弟子」ら5人と合流。うち2人は顔見知り、女性1人は東京にいた頃、電話でよくやり取りをした間柄で、全くの初対面は2人でした。
 車で「親分」宅を訪れると、「親分」は痩せたというより、小さくなった感じでしたが、まずは元気そうで何より。馬刺しや寿司をたんまりと用意してくれて、お見舞いどころか酒盛りに。運転してきたお三方には申し訳ないことをした気がします。
 当方の飛行機の都合もあって、宴は2時間ほどで切り上げ。高知龍馬空港まで送っていただき、18時の飛行機に悠々と間に合いました。
 羽田空港からはバスで太田へ。館林からが長かったけど、23時過ぎに帰宅。

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2017年4月29日 (土)

高知へ

 在阪当時の職場でお世話になった先輩が昨年来、心筋梗塞だのがんだのと手術や入退院を繰り返し、どうやら快復しつつあるとのことで、この先輩氏の「弟子」一同のお見舞いに同行させてもらうため、高知市へ1泊2日の旅へ。きっかけはともかくとして、未踏破の県に出かけるのはワクワクします。
 まず太田駅南口からバスで羽田空港へ。3か所の停留所に寄るため、東北自動車道に乗るまでに1時間以上かかりましたが、そこから羽田空港までは1時間半程度でした。後から考え付いたのですが、このバスを利用する際は最終停留所の館林市役所まで自家用車で行ってから乗るのが一番のようです。特に復路、高速を降りてから太田に着くまであちこち立ち寄られるのはストレスがたまりますからね~。
 羽田空港で昼食などを済ませてから、高知龍馬空港行きの飛行機へ。GW入りのせいなのか、満席なのには驚きました。
1dsc_0250 空港から市内へ向かうバスの降車ボタンは、自分が知っている中では過去最少でした。

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これぞ暁斎@高知県立美術館

1dsc_0253  高知行きのことを上司に伝えると、建築に詳しい彼は牧野植物園の記念館(内藤廣設計)などを教えてくれました。かつては高知県立美術館にも行ったことがあるといい、ネットで検索してみたら、何と「これぞ暁斎」が巡回しているではないですか。
 東京のBunkamuraで開いているのをぜひ観たいと思いつつ、多忙で断念したのが、まさか高知で見られるとは。空港から高知市内へ向かうバスで、県立美術館に近い停留所で降り、歩くこと10分ほどで到着。さあ観ようとしたところで、栃木県にいる先輩氏から急に電話がかかってきたりして(急用ではなく、暇つぶしだった模様)、数分話してから改めて見学へ。
 それにしても、「代表作なき暁斎」だけに、鴉にしても動物絵にしても「これが一番」というのがなかなか挙げづらい。今回の展示作では「月に手を伸ばす足長手長、手長猿と手長海老」かな。
 1時間ほど鑑賞して、絵葉書5枚を購入。図録は重いので1dsc_0260 あきらめました。
 左の写真は、高知駅からはりまや橋に向かう目抜き通りにあるセブン-イレブン。なのですが、元はルイ・ヴィトンのショップだったそうで、乾久美子さんの設計とか。これも上司が教えてくれた情報なのでした。

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本物の「はりまや橋」はどれ?

 高知市の名所といえば「はりまや橋」。「がっかり名所」とか言われつつも、やはり観光客はここへ来ない訳にはいかないようです。
 ところで、「はりまや橋」との銘板のかかっている橋は、視認した限りで三つありました。
1dsc_0257 おそらく最も多くの人がイメージするのは、この赤い太鼓橋でしょう。しかし、この橋は平成になってから架けられた橋で、完全に観光客向けです。
1dsc_0276_11 こちらは道路橋の「はりまや橋」。もともとこんなに大きな橋であろうはずはありませんが、現地で「はりまや橋」と言えばここを指すとみて間違いありません。
1dsc_0275_11 道路橋の東側に「南国土佐を後にして」の歌碑が建つ小さな公園があり、その東隣に架かっている橋にも「はりまや橋」と銘板があります。こちらは明治四十一年とあるので最も古いのですが…。

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こんなに塩をふるの?

 宿泊したのは高知駅近くのプチホテル高知。ベッドは広く、隣室や廊下の音が聞こえることもなく、とてもコスパのよいビジネスホテルでした。
 一人で酒を飲むのは苦手ですが、せっかく初鰹の時期に高知へ来たのだから、鰹のたたきは食べてみたい。明日、合流する当地勤務経験者に知恵を借りて何店か候補を教えてもらい、検討の結果、「おらんく家」という鮨屋の支店へ行く。
1dsc_0263  鰹のたたきはポン酢でしか食べたことがなかったのですが、当地では「塩たたき」が主流のようなので、そちらを注文。目の前で藁で炙った鰹に岩塩がまぶされ、「さあどうぞ」となったのですが…。
 しょっぱい。こんなに塩をかけなくたっていいんじゃないだろうか。そもそも大将が岩塩をまぶすのが間違っている気がする。塩の量は客に任せるべきではなかろうか。
 何となく失敗感が漂う中、メヒカリの空揚を頼む。深海魚だそうで雑魚扱いながら、1dsc_0264 脂が乗っていて文句なくおいしい。この後、清水鯖や中トロなど5、6貫をつまんだら結構、満腹になってしまった。
 この店は禁煙じゃないそうで、両隣のおっさんやあんちゃんがどうもタバコを吸いたがっている様子だったので、退散することにした。明朗会計だったけど、そこそこ結構なお値段だった。

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2017年4月21日 (金)

初めて買った爪切り

1dsc_0244_11  55歳にして、生まれて初めて爪切りを買いました。こう書くと、何だか貧乏くさいのですが、これまでずっと床屋でもらった爪切りを使い続けていたから、貧乏そのものです。
 恐らくは40年ほど前にもらった愛用の爪切りはよほどの逸品だったのかもしれず、今日なお現役です。にもかかわらず購入と相成ったのは、某サイトで「無印良品の698円の爪切りはコスパ最高」という記事を目にしたことと、実家にあるいくつかの爪切り(ほとんど貰い物=血は争えない)が切りにくいものばかりだったことが理由です。
 イオンモール太田にある無印良品ショップで早速、件の爪切りを購入。試しに使うと、切れ味は素晴らしい。ただ、人によるでしょうけど、自分としては足の爪は切りづらい感じでした。

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2017年4月15日 (土)

嵐のような1か月

 3月10日(金)
 詳細は記せないけど、この日に突如起きてしまった出来事は「3・10ショック」として、生涯忘れることなく悔い続けるでしょう。昨日までは「Here comes the sun」だったのに、なぜ…。
 3月18日(土)
 朝から一日中、お目当ての人が来るのを網を張って待つ仕事。前夜が前橋で23時半頃まで働いていただけに、少々きつい。結果、多少の収穫はあったものの、狙っていた魚はかからず、週明けから個別に捕まえに行くことに。
 3月20日(月)
 久しぶりにジョギングを再開したら、18キロ過ぎで転倒し、顔をすりむいて血を流すわ、サングラスやGPSウオッチは傷つくわで、結構な被害だった。ジョギング中の転倒は初めてで、やはり3・10ショックを引きずっていたからとしか言いようがない。
 3月26日(日)
 館林市長選・市議補選告示。何と市長選、市議補選にそれぞれ飛び込み候補がいた。こんなことは初めてだったけど、手厚い陣容を整えてもらったおかげで、何事もなかったかのように落ち着いて処理することができた。
 夕方、選抜高校野球で群馬県から出場している健大高崎が九回裏にダブルスチールで同点に追いつき、結局再試合に持ち込んだ。一県民になって見ると、健大高崎の「機動破壊」はワクワクする野球だ。
 3月27日(月)
 「She's leaving home」。本人にとってあまりに不本意な形になってしまったことを、僕は一生後悔する。もちろん「home」じゃなくて「branch」なんだけど。
 4月2日(日)
 太田市長選告示。館林のように飛び込み候補がなくてひと安心した後、夜は館林市長選と市議補選の開票。朝7時過ぎから夜11時半頃まで働きづめだったが、今回も手厚い支援のおかげで乗り切れた。新G1「大阪杯」はしっかりと見ていたけど、またしても外れ。
 4月3日(月)
 忌引の同僚に代わり、今週は館林もカバーする。昼休み、同業他社の先輩2人と、市役所前の市民食堂で昼食を頼んだら、カツカレー以外は待てど暮らせど出てこない。キャンセルして午後の仕事をこなす。いかにも人手不足なのはわかったけど、キャンセルしたら「申し訳ありません」の一言もなく、むしろ「ああよかった」感の表情を浮かべられてしまった。サービス業、殊に飲食業として絶対にあり得ない対応で、金輪際この店には寄らないことに決めた。
 4月4日(火)
 新アシスタントの指導で昨日から2日間、2月半ばまで働いてくれた元アシスタントさんにアルバイトしてもらった。さすがに申し訳なかったので、「響都」へランチに連れて行ったら結構、喜んでくれた。新アシスタントは明日から前橋で業務研修。
 4月8日(土)
 大泉町60周年記念式典で、SMAPの楽曲の作詞などを手掛けた町出身の森浩美氏の講演を聞く。多少気難しいイメージがあったけど、全然そんなことはなさそうな軽妙な語り口で、聞いていて飽きない内容だった。午後は太田市長選絡みの仕事、空振りもあった。
 4月9日(日)
 太田市長選開票。休刊日だから慌てないで済むのがありがたい。現職勝利は見えていたものの、予想よりは票差がつかなかったのが意外だった。あんな選挙運動で、あれだけの票が集まることの意味は全くわかりづらい。
 4月10日(月)
 朝8時から4選市長の登庁を見に行く。まさしく「取ってつけたような」理屈の出来損ない記事をウンウン唸りながら書かざるを得なかったけど、翌朝見たら他紙も同じように苦しんでいた模様。
 4月14日(金)
 太田が終われば、今度は大泉町の町長選と町議選の準備だ。先月から取り掛かって、ようやくこの日に片付いた。実質25日無休だったけど、忙しかったおかげで、済んでしまったことをグジグジと考えずに済んだのはありがたかったかもしれない。ちょっとヒマになると、グジグジしてしまうだけに。
 4月15日(土)
 待望久しかったお休みながら、7時半に船橋の旧宅へ向けて出発。ブレーカーの交換工事に立ち会った。車で来たのは初めてで、太田から100キロ、2時間程度と案外、時間がかからないのには驚いた。せっかくなので、なかお鍼灸接骨院で鍼とマッサージ治療を受けてから、君津の実家に帰省した。

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2017年3月 5日 (日)

第39回千葉県民マラソン

 結果を先に書けば、この大会では初めて2時間を切れず、ワーストの2時間4分37秒。ベストタイムより8分以上遅いのですが、これが現状の精一杯でした。
 快晴、風も弱めと、コンディションは5回参加した中で最高でした。「きっちりと練習を積んで臨めたらなあ」と、どうしようもないことを思いつつスタート。序盤こそキロ5分30秒台も出ましたが、向かい風の中盤は5分50秒まで。終盤、バテていたせいか、追い風のアシストを受けても6分前後までしか出せず。
 今シーズンの大会参加はこれでおしまい。秋からのハーフ4レースで、ついに2時間切りは一度もなく、フルの群馬マラソンもやっとこさ完走しただけ。太田転勤で練習時間が取れるかと思ったらさにあらずだったのが誤算だったし、それ以上に日頃歩くことが激減してしまったことの影響が大きかったように思います。
 この先、なるべく早寝をして短くてもいいから朝ランを積み重ねようかと思っています。

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2017年2月19日 (日)

第13回浜松シティマラソン

 この大会は3年ぶりの出走です。前回は最終盤に右ふくらはぎが攣ってしまい、この故障が後を引いて3月に予定していたレースがすべて出走取消となってしまった、いささか嫌な思い出があります。
 天気はいいのですが、遠州の空っ風が吹きまくっていました。風向は北西、前半はとにかく抑えめに進めないと、後半がもたない感じです。
 市役所南側を午前9時にスタート。練習不足の身ですから、今日はともかくも完走が最大目標で、タイムがどうのこうのと言っていられません。それでも入りの1キロは6分を切っており、このくらいで進められればなどと気楽に考えつつ、かつての職場があった浜松駅前の古いビルの前で、約束通り応援に来てくれた袋井のM兄貴とハイタッチ。やはり自分のためだけの応援は嬉しいものです。
 コースを折れて北上が始まってからは空っ風との闘いでした。どんどん抜かれようと、ここで無駄に力を使っては後で響くから我慢、我慢です。長い坂を登り、航空自衛隊浜松基地沿いの単調な直線も我慢。ラップは6分20秒前後と、今まで参加したハーフマラソンでは格段に遅いのですが、仕方ありません。
 折り返して追い風になった後、18キロ過ぎぐらいから余裕があったらペースアップのつもりでしたが、そうはいかず、最後はペースダウンして2時間11分台でフィニッシュ。ハーフマラソンではワーストタイム更新ですが、とにかく走り通せたのは収穫でした。

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井伊直虎御膳

1dsc_0209_11  レースの後、バスで浜松駅に戻って、再びM兄貴と合流し、宿泊先のホテルクラウンパレス浜松最上階にある中国料理「鳳凰」で薬膳ランチ「井伊直虎御膳」をいただきました。
 そこそこの値段でしたが、品数はびっくりするほど多く、コストパフォーマンスは素晴らしい。もちろん味も。タイムが悪かった割にはお腹が空いていて、胃腸にやさしいメニューはとてもありがたかったです。
 本来ならこの後、温浴施設でサッパリしてからフェブラリーSで勝負、となるはずでしたが、太田周辺は全員管外に出てしまっているというあるまじき事態になっていたので、M兄貴には申し訳ないことながら、ここでそそくさと引き揚げる破目に。結果的に何もなかったとはいえ、太田に戻ったのは18時過ぎ。余計な心配をかけさせてはいけないなあと、今さらながら少々反省しました。

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2017年2月18日 (土)

前日輸送

 明日の浜松シティマラソンに向けて前日輸送ですが、太田からのバスが熊谷駅に着いた時には東京行きの上越新幹線が出発してしまい、無用に待つのも嫌だったので、初めて湘南新宿ラインの快速電車で上京することにしました。
 結構込んでいましたが、幸い座れてまずは赤羽まで。京浜東北線に乗り換え、秋葉原から総武線に乗って船橋に到着。2か月ぶりに旧宅で風通しと水道流しを済ませて、今度は総武線快速で東京に向かい、ようやく東海道新幹線で浜松へ。
 この車内で珍しいことに遭遇しました。三島駅を出た後、多少ウトウトしていたら車掌さんがやってきて、後ろの席に座っていた爺さんに「これ以上暴れたら降りてもらいます。警察を呼びますよ」と、関西イントネーションで警告したのです。
 そんなに騒ぎをしていたようには思えなかったので不審に感じていたら爺さん、新富士駅で本当に強制降車させられてしまいました。
 車掌さんが連絡を取り合っている時の話から推測すると、爺さんはどうも徘徊系らしく、乗車券も博多発だとか言っていました。「暴れる」という表現が文字通りだったとは思えませんが、東京駅で乗車した時から確かに後方の席がうるさく、婆さん軍団が旅行ではしゃいているんだとばかり思っていました。どうもそうではなく、婆さん軍団の中に爺さんが紛れ込み、あれこれとからかっていたのが鬱陶しくなった婆さん軍団が「迷惑だ」と車掌さんに連絡したようでした。全くの憶測ですが。
1dsc_0201_11  浜松に着いて、駅北口のホテルクラウンプラザ浜松に投宿。27年前の今頃、同期の盟友S君夫妻がここで挙式し、披露宴で友人代表としてスピーチをさせてもらったのでした。当時は「名鉄ホテル」でしたが、時の流れで名称が変わったとはいえ、リーズナブルなホテルです。
 今回もお世話になる袋井のM兄貴と、ホテルの北隣にある老舗鰻屋「八百徳」で鰻定食を堪能。明日も朝から応援に来てくれるという。本当にありがたいことです。

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2017年2月11日 (土)

金山城址発掘調査現地説明会

 太田市にある金山錠は、関東の山城では非常に珍しい石垣を持っています。今年度の発掘成果を紹介する現地説明会があり、出かけてきました。
 「城好き」を自称しながら、赴任以来、一度も金山城に行ったことがなかった理由はこの際、弁明いたしません。今回も半分は仕事みたいなものですが、あくまでも休日に個人的な興味で出かけたことに。
 金山という山は、ランニングで時折走った松風峠をその一部としていますが、頂上は200m以上あり、松風峠の最高点より100mほど高いのです。今回は諸事情により、金山城址ガイダンスセンターから歩いて登ったので、たぶん120mぐらいは上がったと思います。予定していたランニングは中止でしたが、結構な運動にはなりました。
 石垣は見事でしたが、どうも大部分は復元(にしても、積み方がきれい過ぎる)のようで、野趣には欠ける印象です。現説では、山城にとっての排水の重要性を強調し、発掘で巧みな構造の側溝や暗渠、それに防御壁も兼ねたと思われる側壁の役割などを解説してくれ、大いに頷かされました。

 山頂にある新田神社にお参りして、城の遺構などを見て歩いた後、ガイダンスセンターに戻ろうとして大弱り。ガイダンスセンターへ行く道の矢印が見当たらないのです。比較的近いと思われる金龍寺に下り、そこからセンターへ上っていくというあほらしい遠回り(といっても500mくらい)をさせられました。なってないんだよな~、こういう所が。

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2017年1月29日 (日)

映画「鉱毒」上映会

 休みのはずのきのうは午前中、「1%まちづくり事業発表会」取材、お昼は「大泉町子ども食堂」取材、夕方に「ぐんま平和の風 政策発表」取材と、普段よりよっぽど働いた後、17時からダニエルハウスで正月連載担当者の打ち上げ会。前橋からわざわざ同僚3人が来訪し、まあ3時間も飲めば余裕で電車に乗れるだろう…などと思ったのが甘かった。
 二次会でカラオケボックスに突入し、終わったのは0時前。前橋からの同僚のうち一人が車で、3人は代行運転で帰ったのでした。
 若者たちとのカラオケはつらい。平成生まれのくせに坂本冬美の歌なんか歌ってくれて、気を使ってくれた部分はあるにせよ、その歌が知っている限りで素人ナンバーワンだったりすると、複雑な感じもします。とか何とか書きつつ、こちらも喉が痛くなるほど歌ってしまったのでした。
 今日は午前中、映画「鉱毒」の上映会へ。これも仕事みたいなもんだけど、あくまでも映画鑑賞です。足尾鉱毒事件を田中正造の昔から、古河鉱業に責任を認めさせた太田市毛里田地区の農民たちの活動までをまとめたドキュメンタリー映画で、三国廉太郎がナレーションを担当していました。
 太田に来てから、足尾鉱毒の被害が田中正造の後もずっと続いていると知り、愕然としたものでした。被害の大きさはもちろん、それを自分がほとんど知らずにいたことにです。いくらか調べて、どういうことなのかがようやくわかってきた感じです。水に含まれる銅の濃度が高いと稲の育ちが悪くなり、こうした土を入れ替える土地改良がどれほど大変なのかを実感しました。
 昼食後、1時間弱のジョギング。脚部不安は解消されてはおらず、おっかなびっくりで8キロ程度。欲をかいた競馬は根岸S、シルクロードSとも3連複に1頭絡まず、すった。

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2017年1月15日 (日)

群馬洋らん展

 昨日は半日仕事をしてしまったので、今日は久しぶりの完全休日です。先週も駅伝を楽しんでいたから、久しぶりってのは不適当ですが、することが何も決まっていない休日は三が日以来ではあります。
 とは言っても、お目当てがありました。高崎市の高島屋で開かれている「群馬洋らん展」を見に行くことです。買い物を済ませて車で伊勢崎駅へ行き、両毛線で高崎へ。
 太田でも風花がちらついていましたが、伊勢崎では細かい雪に。新しいカジュアルコートと靴を下したらこのざまだ。幸い、積もるどころか濡れもしない程度でした。
 電車が動き出してから日差しが出ていたものの、前橋に向かうにつれて地面が真っ白に。朝方、それなりに降ったんでしょう。寒いとか何とか言ったって、太田に住んでいるのはありがたいことなんだと思わざるを得ません。
 高崎駅で降りる。駅ビルが6階建てだ!ロッテリアがある!都会じゃん!もう完全にお上りさん状態で、歩いているだけでワクワクしてしまいました。たった4か月半の太田暮らしで、すっかり田舎っぺになったのを自覚せずにはいられません。落ち着いてから考えてみても、人口では倍以上多い船橋市なんかより、はるかに洗練されているのは間違いないでしょう。
1dsc_0177_11  群馬洋らん展が開かれている高島屋は、建物自体は何となく全盛期の「西友」みたいでしたが、そんなことはどうでもよろしい。洋らん展の規模は船橋洋らん展の半分以下で、「雪でお客さんが全然来ない」とぼやいていました。こちらとしては、丹精込めて育てた蘭の数々をじっくりと眺めることができ、心休まるひと時を過ごすことができてラッキーでした。
 我が家にはまだないデンドロビウムの一種「ジプシーローズ」を1000円で購入。プラスチック鉢のままで育つとのことでした。駅ビルに戻って、群馬県民のソウルフードという「登利平」のレストランで、照焼定食をいただく。鶏肉好きなので、もちろんおいしいとは思いましたが、病みつきになるってほどではない気がしました。

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2017年1月 9日 (月)

第69回グリーン六郷駅伝

 社内走友会で新春恒例のグリーン六郷駅伝に、今年も2チームで出走しました。
 年末以来、雨が全く降らなかったのに、よりによって今日だけ降るのは不条理な気もしましたが、それよりも我ながら迂闊だったのは「風」の方でした。
 駅伝に備えて日曜日に帰省し、今朝は君津からアクアライン経由羽田空港行きの高速バスで出かけ、羽田から京浜急行で六郷土手駅に向かうつもりでした。電車より1時間近く早いはずが、低気圧による強風でアクアラインが通行止めになってしまい、慌てて内房線に乗る羽目になってしまったのです。結果的に、集合時間に間に合ってよかったけど。
 風はやんだのに小雨は止まず、雨を避ける場所のない多摩川河川敷の会場では辛いパターン。しゃがんでバッグの中を探っていた時、腰にビキッと痛みが走ったのです。「やばい、ぎっくり腰かよ」と思いましたが、動けないとか立てないといったことはなく、まあ何とか走れそうだったので、そのまま出走。
 腰痛の影響はあまりなかったものの、あまりの太目と練習不足で、この大会では過去最低のタイムだったと思います。走友たちにも腹の目立ち方を指摘されました。
 にもかかわらず、大会終了後は京急川崎駅近くの焼肉店で、飲めや食えやで楽しんでしまい、この先どう減量したらいいのかと少し悩んで電車と高速バスで爆睡してしまいました。メンバーの皆様、楽しい一日をありがとうございました。

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2017年1月 3日 (火)

三が日

 明けましておめでとうございます。君津の実家で過ごした三が日はかくの如しでした。

 1月1日(日)
 本来なら君津ニューイヤーマラソンに出走したかったけど、エントリーを忘れていました。無風、快晴と去年同様、絶好のコンディションでしたが…。
 代わりと言っては何ですが、「ニューイヤー駅伝」を初めてテレビ観戦しました。去年まではただの地味なイベントでしたが、群馬県民となったからには見ないわけにはいきません。って、力むほどのことはないにせよ、正午前ぐらいに太田市の中継所を通過するので、両親に「太田ってこんな所」と見せるのにうってつけだったのです。
 箱根駅伝の沿道に比べると格段にのどかですが、特に父は「道路があんなにまっすぐなんだ」と驚いていました。確かに、真っ平かつまっすぐです。
 序盤は20位以下だった旭化成がじわじわと順位を上げてトップに立ち、優勝するレース展開もなかなか面白かった。
1dsc_0141_11
 夕方、小糸川ジョギングロードで走り初め。人見神社に上って初日の入りを眺めたのですが、去年に続いて賽銭を忘れてしまったため、初詣はやり直すことに。

 1月2日(月)
 箱根駅伝を見る以外はこれといってやることがなく、YouTubeで1970~80年代の競馬番組を見る。第1回ジャパンカップとか3200mだった秋の天皇賞とか何とも懐かしい。デッドヒートが長かったり(ホウヨウボーイとモンテプリンス)、もう伸びないのかと思ったところから強襲して杉本清アナウンサーの声がひっくり返っていたり(タケホープの天皇賞)、最近はああいうレースを見られなくなったのはどうしてなんだろう。

 1月3日(火)
 やはり箱根駅伝を見る以外にすることがありません。夕方、初詣のやり直しのため人見神社へジョギングし、母の健康回復と両親の無事を祈願しました。去年、祈願の甲斐あってか、母の体調も上向き加減になっているので、神様もうひと押しってところです。
 いつも出前を頼んでいる寿司屋が新年会で多忙といい、こちらから取りに行った。小僧寿しと一緒じゃん、これじゃ。

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2016年12月29日 (木)

御用納め~帰省

 この年末年始は29日から年明け3日まで6連休です。入社して30年、世間並に年末年始休みを取れたのは初めてです。
 29日朝、バスターミナルおおたから熊谷駅に向かい、新幹線に乗ろうと回数券を自動改札機に通そうとしたら警告音。そうだった、新幹線の回数券はGWやお盆、年末年始は使えないのです。やむなく切符を買って、予定通りの「あさま」に乗車。案外、空いていました。
1dsc_0109_11  朝の東京駅といえば当然、「果樹園」に直行。10時前にしては意外と空いており、ここしばらく頑張り通しだったので「シェフのおまかせパンケーキ」(=写真上)を奮発しました。こればっかりは太田には類似品もないしね。
1dsc_0110_11  船橋の旧宅に寄って風を通し、水道を流した後、東武百貨店船橋店で何か帰省土産になるものはないかと探しましたが、レジに長大な行列ができていて断念。手土産は結局、太田であった交流都市物産朝市で買った「バリィさんのみかんジュース」(=写真左)だけになってしまった。
 夕方、小糸川ジョギングロードで10キロほど走る。しばらくぶりなので「馬なり」のつもりが、キロ6分弱ペースで走り通してしまった。帰省は骨休めではなく、年明け9日に控えている駅伝のための特訓が目的でもあるのです。

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2016年12月19日 (月)

「通し狂言 仮名手本忠臣蔵」

1dsc_0104_11  慌ただしい時期に平日休みが付いていたので、国立劇場で上演中の歌舞伎「通し狂言 仮名手本忠臣蔵」の第三部を観に行きました。
 平日を潰せば後に響くことは百も承知で上京したのはなぜか。この第三部は八段目から十一段目までですが、この十段目が滅多に上演されないので、どうしても観たかったのです。
 プログラムに出ている読み物によれば、戦後70年間に十段目が演じられたのはこれまで4回だけのようです。この調子だと、今回見逃したら生きている間に十段目が上演される機会はないかもしれません。
 「天川屋義平は男でござる」という啖呵は有名なのに、どうして上演されないのか。かつて聞いたところでは、「全体としてあまり面白くないから不評」なんだそうです。観た感想を言えば、そんなことはないと思うのですが。
 十一段目、高師直邸に討ち入った浪士の一人が池に落ちる場面で、かつらが外れてしまうハプニングがありました。10月に桐生市で聞いた素浄瑠璃の会では三味線の糸が切れましたが、今年は何だかハプニングづいていたのかもしれません。
 ちょっとショックなことも。イヤホンガイドのプリペイドカードである「くまどりんカード」が、何と有効期限切れでした。最後に利用してから2年以上たつと無効になってしまうのですが、よもやそんなに使っていなかったとは。確か、あと10回分以上は残っていたはずなのに…。
 公演終了後、大手町の本社内にある診療所に寄り道してインフルエンザの予防接種を受け、太田に戻りました。

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2016年12月 4日 (日)

面接授業「群馬の考古学 3」

 前橋市の放送大学群馬学習センターで3、4日の二日間、「群馬の考古学 3」を受講しました。
1dsc_0001_11 面接授業を受けた学習センターはこれで7か所目。前橋駅から歩いてみましたが、HPの地図が不出来なせいで道に迷ってしまい、20分ほど遅刻しました。ところが、講師の群馬県立歴史博物館長の右島和夫先生はもっと遅れたので、事なきを得ました。
 群馬で考古学といえば「岩宿の発見」ですが、今回はもっと後の古墳時代がテーマ。群馬県には前方後円墳が数多くあり、太田市の天神山古墳は東日本最大とのこと。って、いつもジョギングしている途中にある古墳じゃん。しかも出入り自由だそうで、今度通ったら探検してみよう。
 この授業を選んだ理由の一つは、同博物館や周辺の古墳を見学することができるからですが、4日朝が8時半集合とのこと。太田から通っていては間に合わないので、急きょ前橋市内のビジネスホテルに電話して予約。見学バス代などを払う際、センターHPの地図にダメ出しをしておこうと思っていましたが、職員の方たちが親切だったので、余計なことは言わないことにしました。
 ある程度、予想というか覚悟はしていましたが、群馬学習センターや宿泊先の周辺には飲食店が少なく、コンビニもろくにありません。昼も夜も、食事はスーパーで買った弁当になってしまいました。
1dsc_0073_11 4日は午前中、県立歴史博物館を自由見学。おそらく、どこの県でも似たようなものだと思いますが、常設展の歴史表示の偏りというか力の入れ所というか、かなり大胆になっています。
 群馬県お得意の古墳文化は長いし、埴輪から何から展示物が多いのですが、平安~鎌倉期はほぼ飛ばされています。謡曲「鉢の木」の舞台は今の高崎市辺りなんだから入れておけばいいのにと思いましたが、創作だからダメか。鎌倉末期からは新田義貞が歴史の中心人物で、足利尊氏なんか存在感ゼロです。仲良くなった高崎育ちの受講生Tさんは「群馬県は新田義貞なんですよね~」といい、よそ者が考える以上に重みがあるらしい。
 戦国期もあってなきが如し。「真田丸」の影響で今後、見直しがあるかもしれません。
 江戸時代、利根川水運の展示はかなり力が入っています。利根川水運は千葉県の関宿から今の江戸川に入っておしまいかと思っていましたが、こんな方まで使われていたとは。館林といえば徳川綱吉のはずですが、なぜかその名はなく、綱吉以外で出世した人の一覧がありました。幕末もちょっとだけ。
 明治に入ると富岡製糸場を中心に養蚕業の繁栄が手厚く、戦前は中島飛行機といった具合。
 ここも周辺に飲食店が乏しく、ミュージアムショップで販売しているパンを買って、公園のベンチでTさんと談笑しながらいただく。「みそコッペ」、なかなかいけます。ショップには浮世絵絵葉書があり、珍しいことに月岡芳年の作品が数種類あったので即ゲットしました。
1dsc_0090_11 午後からは博物館周辺にある古墳数か所を見学。写真は観音山古墳 で、石室内部も見ることができました。
1dsc_0097_11 古墳見学からの帰途、バスの窓から「ショベルカーの展示場」のようなものが見えました。珍しいのですが、よく見ると、内部を取り壊して片づけた店舗の中にショベルカーが置いてあっただけのようです。珍しいことには変わりないでしょうけど。

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2016年11月24日 (木)

外が寒すぎるとエアコン暖房が止まる!

1dsc_0384  予報通り雪となった朝、8時半頃だったか、部屋のエアコンの暖房が落ちたのだけど、故障を示すランプが点灯していなかったから心配なかろうと不安をかき消して出かけたのですが…。
 雪は昼過ぎにやみ、仕事から戻ってきた後は、家の周りの雪かき。大した量じゃないけど、明朝の凍結間違いなしなので、夕方のうちにやっておかないといけません。集合住宅生活が長く、車を持っていなかった身としては、公共的な雪かきは生まれて初めてです。
 冷え切った室内を暖めるべく、エアコンの暖房スイッチを入れ、元気よく動いていたので安心していたら、1時間ほどたったところで急に暖気が出てこなくなりました。いったん電源を落とし、しばらくして再びスイッチを入れてみましたが、同じことの繰り返しです。
 「この極寒の夜に故障かよ」と頭に来ましたが、故障にしてはリモコンで作動するのは妙です。ネットで調べた結果、「雪の日はエアコンは停止してしまう」という電気屋さんのブログ記事が見つかりました。室外機が凍結するほど寒いと、エアコンの暖房は停止するものだそうです。
 知らなかった…。知ったところで、どうしようもありません。事務所側の倉庫に電気ストーブが2台あったのを思い出し、これで急場はしのいで、ともかく早寝をしました。
 翌朝、事務所側のエアコン室外機を見たら、確かに一部凍結していました。それでも暖房は止まらなかったけど、家庭用とは多少違うのかな。

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2016年11月23日 (水)

待つこと5時間…スタッドレスタイヤ交換

 休日だというのに午前中は仕事。相手あっての商売だけに、こちらの都合を優先するわけにはいきません。明日は降雪間違いなしとの予報だけに、さっさとスタッドレスタイヤへの交換をしたかったのですが…。
 仕事が片付いてからイエローハットに直行し、タイヤ交換申し込みの列に並びました。11時40分ぐらいだったと思いますが、その直後、店員さんが「今からだと、タイヤを持ち込んで交換する場合は、引き渡しが閉店時間後になると思います」と、注意を呼び掛けていた。
 今からほかの店に行っても同じことだろうし、ここは待つしかありません。待つこと2時間ちょっとで、ようやく受付に。僕はタイヤ購入組なので、引き渡しは4時間待ちぐらいとのこと。
 そんなこともあろうかと思い、車にはスポーツジムに行くためのバッグとシューズも準備してきたのだ。ジムまでは約3キロと遠いけど、それも運動だと思えばどうってことはありません。
 まずは腹ごしらえ。車で通る度に何となく気になっていた「東京豚骨らーめん」という看板の店に入る。珍しく茹で餃子があり、これはまずまずだったけど、肝心のラーメンは自分好みではなく、残念でした。
 野間フィットネスクラブのランニングマシンで1時間走って、のんびりと温泉に浸かって出ると、「タイヤ交換終わりました」と留守番電話が入っていました。予定より1時間早いじゃん。3キロの道を歩いて戻り、タイヤとホイールだけが妙にきれいなマイカーとご対面。
1dsc_0380 予報通り雪となった24日朝、タイヤを交換したおかげで約束通り出かけることができた。

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2016年11月13日 (日)

第19回ジュビロ磐田メモリアルハーフマラソン

 連夜の暴飲暴食のおかげで夜もよく眠れ、目が覚めるとどうも快晴になる雰囲気。日差しが強いとたまらないな~と思いつつ、バイキングの朝食でまたしても取り過ぎてしまい、もはやタイムの何のと言っている状態ではなくなりました。
 いつものごとく、K兄貴が車で迎えに来てくれるVIP待遇で、会場のヤマハスタジアムへ。幸い「放送大学」のランニングシャツは着ることができ、荷物預けと用足しを済ませて、スタート集合場所へ。
 何と、ジュビロ磐田の名波監督がハーフマラソンに出走するとのこと。ゲストランナーだからハイタッチをしたり話したりしながら走るんだろうし、それならどこかで追いつけるといいなと思いつつスタート。
 初めから暑いのはわかっていたので、抑えめかつ日陰を選んで進めたものの、とにかく汗が出る。今回、給水所はヴァームウオーターを提供するとのことなので、その補給効果を期待しましたが、粉末を溶かすのでいかんせん濃度が定まっておらず、ちょっと厳しい。8キロ付近で待っていてくれた個人応援団の皆さんも「今までで一番汗をかいていた」と言ってましたが、正直頑張れたのはこの辺りまで。10キロ通過段階では2時間切りの夢はまだ見られましたが、練習不足と超重めの身では無理だろうと諦めていました。代わりと言っては何ですが、ライオンメロンを3個食べられたのはよかった。本当は4個手にしたけど、1個はすべって落としてしまったのでした。
 太田川堤防を降りた辺りが本来なら勝負所ですが、今回はとにかくペースが落ちるのを少しでもカバーするのが精一杯。最後の坂も見栄で走り切り、2時間4分台でゴール。この大会では初参加の2011年に次ぐワースト2位の遅さでした。
 再びK兄貴に迎えに来ていただき、磐田グランドホテルの「天神の湯」でいったん汗を落としてから、レストランでランチ。入浴と合わせて2800円でこれだけの料理をいただけるなら、かなりお得だと思います。
 もう一度ゆっくりと「天神の湯」につかった後、エリザベス女王杯を観戦。残念ながら、K兄貴ともども玉砕でした。
 楽しかった3日間の旅、太田に着いたのは午後10時過ぎでした。皆さん、今回もあれこれとお世話になり、どうもありがとうございました。

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2016年11月12日 (土)

蕎麦の会

 前夜が暴飲暴食だったのに、朝から「いとう」さんで作ってもらったバッテラ1本を食べてしまった。当然、昼食抜きでしたが、お腹が空く気配さえありませんでした。
 当初の予定では、京都国立博物館で開催中の「坂本龍馬」展を見学してから磐田へ向かうはずでしたが、Aさんから「それほど面白くないみたい」と聞かされ、10年前にも龍馬展は見たこともあったので取りやめに。暴飲暴食の元凶A氏の誘い込み文句に乗せられた感無きにしも非ず、ですが。
 京都駅で職場などへのお土産を買って、グリーン車で浜松へ。少しは寝た気もします。磐田駅にはK兄貴が新車で迎えに来てくれ、太田の仕事で面倒を掛けた方へのお礼にメロンを発送するのに付き合っていただきました。定宿「ルートイン磐田インター」でチェックインを済ませ、本日のメーンイベント「蕎麦の会」を開いてくれるM崎さん宅へ。参加者7人。
 素人の我々は蕎麦切りにチャレンジ。どうしても力が入ってしまい、師匠のM崎さんみたいに軽く切り進めることはできません。それでも自分の手がかかった蕎麦だと思うと余計おいしく、またまた食べ過ぎてしまったのです。
 師匠のすごいところは、蕎麦ばかりでなく、膨大な量のおでんなども用意していてくれたこと。率直に言って、7人がかりでもとても食べきれる量ではなく、旅行者の僕を除く皆さんで持ち帰ってもらったほどでした。チーズケーキも3個食べちゃったしな~、明日、ランニングシャツが着られなかったらどうしよう。

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2016年11月11日 (金)

鰻とバッテラを楽しむ会

 13日のジュビロ磐田メモリアルハーフマラソンに合わせ、11日から3日間の夏休みを取って大阪~磐田への旅。群馬マラソンの後、事実上1日も休まずに働いていたから、まあこれくらいは許されるでしょう。
 宿の予約はしておいたものの、新幹線はまだだったので、東京駅のJR東海ツアーズで「新大阪~浜松」「浜松~東京」の「ぷらっとこだま」を予約。希望する時間のこだまはグリーン車しか残っておらず、東京行きに至っては最後の1席とのこと。ためらうことなく予約したのは、「ぷらっとこだま」の割安感あればこそです。
 オアゾの丸善4FにあるM&Cカフェで時間つぶしをした後、同期の盟友E氏と昼飯。転勤後2か月のあれこれを語り合った。結局、ご馳走になってしまい、我ながら厚かましい感じ。
 大阪・西中島南方では定宿のホテルオークスではなく、「いとう」さんにより近いホテルコンソルトに初めて投宿。結論を先に書けば、オークスの方がかなりマシでした。コンソルトが悪いというのではなく、比較すると、です。
 これまた懐かしのMBS「ちちんぷいぷい」で栗東トレセンの特集をやっていて、それを見終わってから「いとう」さんへ向かう。その後の話はこちら

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2016年11月 4日 (金)

武将の愛した狂言

1dsc_0307  夕方で仕事を早々に切り上げて、桐生市民文化会館へ「武将の愛した狂言」を観に行きました。サボりと言われればその通りですが、公休の明日、埋め合わせに働くからいいんです。
 山本東次郎家の狂言を観るのは初めて。両野村家や茂山家が庶民に根差しているのに対し、東次郎家は大名お抱えの系譜で、いささか物堅いとか聞いていましたが、そこは狂言なので、笑えることには変わりありません。
 「武将の愛した」というのは、大名お抱えの系譜もさることながら、この日演じられた「居杭」が、実は名護屋城で豊臣秀吉が催した能狂言の会で、秀吉と家康、それに岐阜中納言(といえば、あの三法師・織田秀信)が演じた「耳引」という演目だろうという説の紹介もテーマだったことに由来しています。
 山本家に伝わる当時の文書を会場で披露してくれたうえ、「居杭」「長光」の2曲が終わった後、スペシャルナビゲーターの葛西聖司・元NHKアナウンサーとのトークで東次郎師があれこれと語ってくれました。
 名護屋城での能狂言の会は3日連続で行われ、秀吉自ら舞台に立っている曲が結構あります。どの伝記でも、秀吉は若い頃から無類の働き者で女好きと描かれていますが、こうした嗜み事をいつ習っていたんでしょうか。仕事オンリーでは「偉人」にはなれないってことですかね。

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2016年11月 3日 (木)

上州名物空っ風に負けた…ぐんまマラソン

 本来はこの秋最大の目標だったわが菊花賞「ぐんまマラソン」ですが、調整遅れが甚だしく、ロング走のつもりで走ることに。しかし、現実は厳しかったのでした。
 33キロ地点の救護所で一旦は棄権を申告せざるを得なかったほど、両脚のけいれんがひどかったのです。タイムは遅いとはいえ、これまで一度たりとも棄権したことはなかったのに…。屈辱感はあったけど、故障には勝てません。
 救護室で消炎スプレーを借りて両脹脛、足裏にかけると、症状が軽くなりました。棄権すると、収容バスでゴール会場に向かうのですが、そのバスが到着するまで1時間近くかかるとのこと。
 「だったら歩く」と棄権の申告を取り消し、再びゴールへ向かうことにしました。途中のエイドにはバナナしか残っておらず、当地の名物など何一つ口にすることができなかったけど、ここには梅で味付けした蒟蒻があり、これがおいしかったこと。エネルギーの足しにはならなかったとはいえ、ね。
 歩けば歩いたで、強く冷たい北風にさらされて脚の筋肉全体が硬直してしまうので、大丈夫な程度で走り、けいれんが来そうになったらまた歩くのを繰り返し、最後2キロは余力も尽きて、見栄でゴール前を走ることさえできなかったほど。5時間23分台のタイムは予定より40分以上遅く、初挑戦だった第1回ちばアクアラインマラソンに次ぐ自己ワースト2位でした。
 原因は練習不足、それ以上に普段歩かなくなって脚力が落ちたこと、上州名物空っ風の影響を全く考えていなかったこと。太田に戻り、野間フィットネスクラブの「源泉 湯乃庵」で長風呂をしていたら、割と疲れが早く取れた感じでした。
1dsc_0305 フィニッシュラインを示す横断幕が吹き上がってしまうほどの強烈な向かい風が立ちはだかった「ぐんまマラソン」

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2016年10月23日 (日)

運を考えさせられた上州太田スバルマラソン

1dsc_0295  市民マラソンは普通、走り終わったら記録証をもらい、着替えをしたらさっさと帰るものですが、23日にあった上州太田スバルマラソンは例外でした。ほとんどと言ったら大げさですが、参加者の少なくとも7割は閉会式に残っていました。
 お目当ては特賞がスバルの軽自動車という大抽選会です。ほかにも5万円の旅行券とか折り畳み自転車とか、賞品は複数あって、それに外れてもゼッケンの下一桁賞が二つあるから、5人に一人は何か当たるのです。
 ずいぶんと市民マラソンには参加しましたが、これほど賞品が豪華な大会は初めてです。
 抽選で呼ばれた人がいない場合、一定の時間が過ぎたら権利は消滅して、抽選を繰り返すのがルールでした。驚いたことに、せっかく当選していながら、既に帰ってしまった人が結構いました。特賞の軽自動車もそうだったのです。
 幸運がすり抜けていくのを目の当たりにさせられた思いがしました。参加者5500人台で、抽選会への参加は制限時間内での完走が条件。特賞は高校生以下は除外ですから、実際は3500分の1ぐらいの確率だったんじゃないかと思います。
 スタンダードでオプションなしでも、軽自動車なら70万円ぐらいはするんじゃないでしょうか。それが当たる確率としては割と高い方なのに、みすみす逃してしまった人がいるとは…。逃した人にはお気の毒ですが、こればかりは運というか、運をつかまえる準備の差なのでしょう。ちなみに、小生は下一桁賞も当たりませんでした。
 ハーフマラソンは、やはり調整不足が響いて2時間1分50秒でのフィニッシュ。多少日差しが強かったとはいえ、ほぼフラットなコースだけに、2時間を切れなかったのはショックでした。息が持たなかったのではなく、脚力が落ちていたのが原因です。車で仕事をするようになって、歩く時間が激減したことが響いたようでした。11月3日の群馬マラソンに不安を残す格好です。

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2016年10月20日 (木)

地震頻発

 19日は床に就いた23時40分頃に一発ズンと来て、これが引っ越し以来初の個人的有感地震でした。
 本日は昼前、市役所にいたらユラリユラリとわずかな横揺れ。20時15分頃、ラーメン店「みそ膳」で夕食を済ませる直前、ズズンと建物に車がぶつかったかと思うような揺れ。
 いずれも震度1~2でしたが、実感としては震度2~3でした。震度1なんて、普通は気が付かないしな~。何はともあれ、この程度で治まってほしいものです。

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2016年10月15日 (土)

久しぶりの「つながりゼミ」

 加藤秀俊先生のお題をもとにした知的雑談会?「つながりゼミ」が六本木の国際文化会館であり、およそ1年ぶりに参加しました。
 今年だけで3回あったのですが、熊本地震の対応などで行くことができませんでした。今回のお題は「トーテミズムの現在」で、ゆるキャラがかくも浸透した一因は、「紋所」を尊重する日本の伝統にあり、集団のシンボルとしての「紋所」では飽き足らず、自治体などの社会組織を人格化したシンボルを持つことで、親しみを持ってもらおうとした点にあるのではないか、という仮説。
 毎度のごとく、話があっちに行ったりこっちに行ったりしつつ、「紋章」は内向きな性格があり、集団に属する仲間の意識を固める「トーテム」の意味合いが強いのに対し、「ゆるキャラ」は外向きな性格で集団への帰属意識を高める意味合いは薄く、集団への広い関心を集める点に重きを置いていることに違いがあるといった指摘も出て、さすがに学習院大ゼミ生は60歳代になっても鋭いと感心させられた次第。
 恒例の喫茶室懇談には参加できなかったのは残念でした。その理由は、ここに来る前に犯したヘマ、すなわちPASMOを紛失してしまったことでした。
 西船橋駅で東西線に乗る時はあったのに、ワイシャツの胸ポケットにスマホと一緒に入れていて、スマホを出し入れしていた際、知らぬ間に落としていたようです。六本木駅の改札前で気づき、悪用防止のために使用不能にする手続きをしました。その際、遺失物として届いていれば機能を止めずに済んだのですが、確かめてもらった限り、届け出はありませんでした。
 ところが約1時間後、茅場町駅から「あった」と電話があり、それを引き取りに行かなければならないため、懇談不参加と相成ったのです。
 PASMO再発行には費用がかかるとはいえ、悪用されるよりはずっとマシです。届けてくれた人の善意に、感謝しています。
 そうそう、朝、東京駅で久しぶりに「果実園」に寄ったら、ギャルソンA氏が覚えていてくれて(ラストから2か月弱だし)、マンゴージュースまでサービスしてくれ、ありがたいのを通り越して恐縮してしまいました。次、来る時はモーニングのパンケーキセットって訳にはいかないな~。

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2016年10月10日 (月)

3連休

 8日(土)
 朝から雨降りの予報だったのに、まだ降る気配はなさそうだったので、7時前からLSD。松風峠を越えて利根川まで南下し、折り返して北上したのは前回と同じコースですが、今回は16キロバテは起きませんでした。
 汗を落として遅い朝食をとった後、思い立って栃木県の佐野市郷土博物館で開かれている企画展「宮島文庫からたどる田中正造」を見に行くことに。仕事で内容を電話で聞いたら、結構面白そうだったのです。栃木県といったって、太田市からは25キロ弱だから、1時間もドライブすれば着きます。ついでに佐野ラーメンも食べてみたかったし。
 博物館には15時過ぎに到着。この日は佐野市で田中正造にまつわるイベントがあり、博物館の来館者も結構いました。たまたま話を聞いた女性は、田中正造が没した家の隣に住んでいる方で、家に伝わっている話として「ボロボロの服を着た乞食みたいな老人がやって着た途端に倒れちゃって、ほっとくわけにもいかないから家で寝かしてあげたけど亡くなってしまい、面倒なことだと思っていたら、『あの人が田中正造だ』と聞かされて驚いた」とのこと。
 偶然聞くこの手の「生きた歴史」は本当に面白い。
 能「鉢木」の主人公・佐野源左衛門常世とは、姓からしてここにゆかりのある人かと思っていましたが、展示は全くないので関係ないようです。(所領は今の高崎市だったそう)
 肝心の佐野ラーメンは17時前だと各店、準備中だったので、今回は断念。焼きそばの街・太田に戻り、自宅近くの専門店「もみの木」で空揚焼きそばをいただく。

 9日(日)
 朝から雨。金・土と連日朝ランだったので、もともと今日は休むつもりでした。
 本の処分に費やしたのは昨日の日記の通り。

 10日(月)
 朝から晴れるような天気予報だったけど、薄曇り。咳が抜けきっておらず、走りに出る気は落ちていましたが、朝食の後に走ることに。結果、キロ6分30秒前後のペースで20キロを走り通せました。調整遅れは相変わらずながら、少しは上向いてきた感じです。
 太田で走るコース沿いには公園がほとんどなく、給水はコンビニ頼みでした。自宅を起点とした市中心部7キロ弱の周回コースなら、自宅兼事務所の冷蔵庫にペットボトルを置いておくと、安定した給水が可能だと今更ながら気づきました。
 「源泉湯乃庵」でリフレッシュした後、またしても「もみの木」で空揚焼きそば。隣接する桐生市の市民文化会館で開かれる「素浄瑠璃の会」に出かけ、竹本千歳太夫さんの義太夫節と野沢錦糸さんの三味線を楽しむ。名作の名場面だけを演じる、素人にはありがたい演目でした。途中、錦糸さんの三味線の糸が切れるハプニングがあったけど、これはご愛敬。
 義経千本桜「鮓屋の段」を聞いたせいもあり、夕食は回転寿司だと思ったのですが、3連休ラストとあってどこも満員っぽいので断念。こうやって過ごしていると、焼きそばの街・太田は僕の性に合っている感じです。

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2016年10月 9日 (日)

進まない「本の処分」

 今回の引っ越しの「本能寺」は、うっかりするとゴミ屋敷になりかねない船橋のマンションから「ゴミ」のもとを強制的に排出することでした。
 その最たるものが書籍です。ゴミ呼ばわりはしたくないけど、10年以上一度も触っていない本はこの先も開くことはまずないでしょう。
 書棚から出てきた本を詰め込んだ小サイズの段ボール箱は8個。せめて半分は処分しなければと思い、本日ようやく仕分けにかかったのですが…。
 処分と決まった本はたったの2箱分。残りは必要なものばかりではないにせよ、「貴重」という別の判断基準で「処分保留」となってしまったのでした。
 処分決定組で多かったのは新書類。若い頃は勉強したものですが、その時は最先端でも今やお古な訳です。同じテーマでも、今じゃ新しい知見に満ちた本がいくらでもあるだろうし。「新書」ってのは資産(金目ではなく)にはならないと思い知らされました。
 逆に、ほとんどが「残留」判定になったのは「別冊宝島」シリーズです。こちらも時事問題を扱ったものが多いのですが、ジャーナリスティックな分、当時のムードがよくわかるという「今日的な価値」があるのです。
 こうなってくると、大きく処分を進めるには大きい書籍に見切りをつけざるを得ません。具体的には、展覧会の図録などですか…。

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2016年10月 2日 (日)

マカヒキ大敗…凱旋門賞

 勝利を期待していたし、負けるとしても勝負にはなると思っていたけど、そう甘くはなかった。フランスの凱旋門賞に挑んだ日本ダービー馬マカヒキは直線で全く伸びず、着外に終わりました。
 同じコースの前哨戦ニエル賞を勝ち、その後も順調な調整ができていたと報じられていただけに、ちょっと負け過ぎの感もあります。
 レース前、唯一懸念していたのは、日本馬がこれまで好走したのは重や不良の時がほとんどで、良馬場で勝ち負けになったのはディープインパクトだけだった点でした。パンパンの良馬場で迎えた今回、2400mがギリギリかなって感じのマカヒキには厳しかったようでした。
 日本で海外競馬の馬券を買える最初のレースでしたが、当たった人はどれくらいいたのかな? 当方は昼間に続いて惨敗です。

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君津に帰省

 上州赴任以来、1か月ぶりに帰省。1日朝、自宅からバスターミナルおおたまで車で行って駐車し、熊谷行きのバスに乗る。510円。熊谷駅から新幹線で東京へ、8時50分着。
 果実園に行きたいところだったけど、込んでいるのが心配なので、マンゴツリーキッチンへ。朝のタイラーメンは平日限定らしく、ほぼ同内容のチキンヌードル700円をいただく。これならトムヤンクンヌードル820円にすべきだったか。
 総武線快速で船橋駅下車。本当は自宅の風通しをしたかったけど、今回は断念。では何のために途中下車したかといえば、東武百貨店で開かれている北海道物産展に寄るため。札幌・豊平館の十勝牛ステーキ弁当を帰省土産にしたかったのです。
 食が細くなってきた老親に好評で、父は完食、母も半分以上は食べられました。この様子を見れば、こちらも安心です。
 夜は8時前に就寝。今週は特に疲れる出来事があったので、小用で数回目が覚めたものの、ほぼ10時間睡眠。
 2日は6時に起床。雨は降っておらず、久しぶりに郡ダムへ往復10キロのジョギング。10日ほど前、風邪で発熱した後、副鼻腔炎で鼻水が止まらず、走っていてもペースを上げられない。後半の下りで体調も安定してきたけど、本調子には程遠い感じ。
 G1スプリンターズステークスは惨敗。年間赤字額が大台に乗ってしまった。

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2016年9月24日 (土)

避難訓練コンサート

 9月の走行距離、何とまだ51キロちょっと。外を走るようになってから、9月は最も走行距離が長くなるのに、引っ越しや雨天続きですっかり調整遅れです。
 今朝は曇り空だったので6時20分頃から走り始めたものの、初心者の頃と同じく「16キロバテ」を起こしてしまい、20キロまでは走り通して1キロ歩き、最後1キロちょっとをノロノロと走る始末。1か月後にハーフマラソン、その10日後にフルマラソンというのに、これで間に合うのか不安です。
 太田に来てからというもの、受け持ち地域から外に出たことがなかったこともあり、休日の今日は午後から、西隣の伊勢崎市文化会館で開かれた「避難訓練コンサート」に行きました。演奏中に大地震が発生したという想定で、屋外に避難する訓練です。
 半分は仕事ですが、ジャズの生演奏を楽しみたかったのでした。出演した森村恭一郎カルテットは地元で活躍するセミプロですが、後半は予定を変えて、客席からのリクエストをすぐ演奏してくれました。「A列車で行こう」「聖者の行進」「枯葉」など、スタンダードな名曲が多かったとはいえ、いきなり弾けちゃうのはすごい。
 ジャズのライブを聴くのは大阪にいた頃、ブルーノートに行って以来でしたが、やっぱり生演奏はいいな~。大いに満足しました。

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2016年9月21日 (水)

シンボルタワー「未来MiRAi」

 これまでレンタカー以外では使ったことがなかったカーナビに、今はすっかり頼り切っていますが、不思議なことが一つあります。例えば、自宅からある目的地に行き、そこから自宅に戻る場合、どういうわけか同じルートにはなりません。少なくとも今のところは、です。
 あと、確かにカーナビの言う通りに運転していれば目的地に到着するものの、初めての土地なので、どこを通っているのかさっぱりわからず、道を覚えられません。やっぱ、地図帳は手放せませんね~。
1dsc_0248_11  先週、館林市に何度か行くことがあり、カーナビの指定する帰り道からは唐突感ありありのタワーが見えて気になっていました。その謎を解くべく、ではなくて、約束の時間より少し早く着いたのを利用して、タワーに行ってみたのです。
 シンボルタワー「未来MiRAi」と名づけられたこのタワーは太田市の東隣にある邑楽町の役場近くにあります。展望台は高さ36m、装飾塔の頂までは同56.5m。周囲が平坦だけに、数字よりも高く見える印象があります。
 40歳代以上の人ならピンとくるでしょうが、「ふるさと創生1億円」を使って平成5年に完成したとのこと。当時の町の人は、「高い所がほしい」との要望が強かったそうです。
 当地に来てみると、その気持ちがすごくよくわかる気がします。この辺りは広大な関東平野そのものだから、上から見たらどんなふうなんだろうという思いは先祖代々強かったに違いありません。
 天気が良ければ東京スカイツリーや富士山も見えるそう。冬の好天の日にまた上ってみたい。入場料大人100円。

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