2017年11月12日 (日)

第20回ジュビロ磐田メモリアルハーフマラソン

 京都から浜松まで新幹線、東海道線に乗り換えて磐田入り。初孫の誕生を今や遅しと待っているK兄貴に車で迎えに来てもらうという「非道」をやらかして、定宿のルートイン磐田インターに到着。一休みした後、再びK兄貴に来ていただき、市役所近くのクラシックな居酒屋「しちりん」で前夜祭を開いていただいた。ほぼ固定メンバーの5人が参集、30年前に僕が磐田市で勤務してからの縁と思うと、よく長続きしたもの。先輩の皆さんのおかげと言うよりほかにありません。

 磐田での僕の後任者や、地元紙のOB氏に電話をして、懐かしい声を楽しめたのも何よりでした。
1dsc_0471  さてマラソン。それでなくても練習不足なのに、9月の草木湖マラソンの後はほぼ全く走っていない有様です。加えて暴飲暴食ですから、今回ばかりは完走も厳しいと覚悟していました。去年もそうだったけど、こんな状態の時に限ってランニングには絶好のコンディションなんだよな~。従来の練習が詰めていればベストタイム間違いなしなのに…。
 後半を考えて、スタート直後からキロ6分20秒台で進む。絶好調時より50秒は遅い。よって、8キロ辺りで待ってくれている応援団の皆さんを、例年より10分弱待たせてしまいました。無事、ハイタッチすることはできましたが、ペースは上がらず。
 タイムはもう捨てているので、メロンの補給所では4つほど食べてしまいました。その後もひたすらバテないことだけを考えて慎重に走っていたのですが、それでも18キロ過ぎで脚色が一杯になってしまい、最後の坂を走って上り、せめて意地を見せたのが限界でした。完走こそしたものの、タイムは2時間17分22秒と、この大会でのベストタイムより20分以上遅い。これで2月の京都マラソンや東京マラソンに間に合うんでしょうか。
 レース後はM兄貴が迎えに来てくれ、懐かしの「加賀屋」でとろろ定食をいただく。ここにいた当時はよく食べに来た店だったけど、すっかり忘れていて、28年ぶりの来訪と相成りました。店がずいぶんと大きくなっていてびっくりしました。
 その後、磐田グランドホテル「天神の湯」で汗と疲れを落とし、エリザベス女王杯を観戦。割と自信のある予想だったのに、こちらも完敗。今年は本当に馬券の神様から見放されています。
 帰りの新幹線はグリーン車。名物の鰻弁当で明日からのエネルギーを蓄えました。

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2017年11月11日 (土)

第69回正倉院展

 6年ぶりの奈良で12年ぶりの正倉院展見学(関西の記事はこちらで)。

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2017年11月10日 (金)

北斎展

 「あべのハルカス美術館」で北斎展(関西の記事はこちらで)。

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かげのハルカス

 「あべのハルカス」展望台に初登頂(関西の記事はこちらで)。

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同窓会

 年に一度の贅沢。「いとう」でバッテラを囲む同窓会(関西の記事はこちらで)。

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2017年11月 4日 (土)

「つながりの会」2017

 東京・如水会館で「つながりの会」に出席し、諸先輩と旧交を温めました。
 加藤秀俊先生の教え子や関係者(我々はこっち)の集まりで、今回は加藤先生の米寿祝いでもありました。実際に88歳になられるのは来年4月だそうですが、「こうした祝いは数え年で」ということで、このような企画になったとのこと。若輩者としては教えられる思い。
 大学での教え子と、我々のような「ネット上の知人」では「つながり」なんてなさそうですが、仕事でお世話になった方や勤め先の大先輩が「教え子」グループにいるのが不思議なものです。今回も、「教え子」に我が群馬県にある東洋大学板倉キャンパスに勤めていて、現在は副学長をなさっている方がいると知り、早速ご挨拶させていただきました。
 如水会館のレストランは東京會舘が運営しているそうで、立食パーティーで並んでいたごちそうの数々はどれも美味でした。東京會舘といえばその昔、学生時代に盆暮れ時期にアルバイトをしたことがあり、これも何かの「つながり」かなどと思いつつ、楽しませていただきま
 行きも帰りも東武伊勢崎線の特急「りょうもう」号に乗りましたが、帰りのちょっとしたトラブル。発車時刻3分前に北千住駅のホームに着くと、「別の特急の車内整備もあり、3分ほど遅れています」とアナウンスがありました。ならばと、特急改札口の職員さんに断ってホーム下のトイレで小用を済ませ、再びホームに戻って乗車しようとしたら、寸前でドアを閉められてしまったのです。
 同じ東武鉄道でも、野田線の船橋駅ではこのような非情な真似はやりません。全く融通の利かない連中だ。そもそも、3分遅れるというアナウンスをしたのはそっちだろうと、口に出したい気持ちはぐっと堪えて、思い切り仏頂面で特急改札口の職員に特急券を突き出したら、トイレ行きを認めたバツの悪さもあってか、「今回だけ、後の特急に振り替えます」と小声で認めてくれた。交換の窓口は別のあんちゃんで、こっちは「今度だけですよ」と偉そうにほざいたので「そっちで認めたのに何だ」と腹が立ったものの、またしても堪えて、ともかくも次の特急券を確保しました。
 といっても発車は30分後。再びホーム下におりて、「東武ブックス」でぶらぶらするうちに何となく新書2冊、計1800円ほどを買ってしまった。
 見ろ、東武鉄道の職員よ、特急券を2度買わずに済んだおかげで関連会社の売り上げに貢献する結果になったじゃないか。融通の利かないしぶしぶ顔なんかしないで、笑顔の一つでも浮かべて対応すりゃもっとファンが増えるのに残念なこった。商売の基本は「損して得取れ」だぞよ。

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2017年10月29日 (日)

ここ1か月

 突然の衆院選で、秋を楽しむ余裕が全くありませんでした。記録のために振り返り。

 9月17日(日)
 代版デスクのため、14時過ぎに前橋へ。翌日は高崎で仕事があり、終業後に泊まるホテルのチェックインを済ませて職場へ向かおうとした時に、デスクから「台風被害の警戒で太田へ戻ってもらえませんか」と電話。ホテル代を無駄にしてしまった。こういうことは付き物の仕事だから仕方ないけど。

 9月18日(月)
 高崎市で予定していた仕事を片付けた後、群馬県では有名な「シャンゴ」というイタリアンレストランへ向かう。ロースカツが載っているミートソーススパゲティーが名物ながら、さすがに挑戦せず、ナポリタンを注文。とても洗練された味で、ファンが多いのも納得。後で聞いたら伊勢崎にも支店があるという。

 9月19日(火)
 仕事で深夜、北関東自動車道の太田桐生IC-太田藪塚ICに建設中の仮称「太田スマートインターチェンジ」と本線を結ぶランプ橋を架ける工事を見に行く。60mぐらいの橋体を特殊な車両で然るべき位置に移動し、ジャッキを下げて出来上がり、といった感じ。サンダーバード2号のポッドに積まれている「でかい物を載せて運ぶ車両」をさらにでかくしたような車で、タイヤは40本以上あったかもしれない。操作はハンドルやレバーではなく、タッチパネル式でした。職場に帰ったのは20日午前2時過ぎ。久々の深夜仕事。

 9月21日(木)
 一応、公休らしいけど、仕事らしきことを片付ける。そのうちの一つが、割と近所にある「ビストロ&スフレ アマーティ」に出かけてスフレを食べること。この店は群馬県の誇るロックバンド「バックナンバー」のファンにとって「聖地」の一つで、運よく経営者の方がいらしたのであれこれと話を聞くことができた。

 9月22日(金)
 県立舘林美術館で23日から始まる「フランス絵本の世界」展の開幕式で、主催者側の一人として挨拶。といっても、呼ばれたら立ってお辞儀をしただけ。ところで、群馬県ではこうした式典などの際、名前を呼ばれたら「はい」と大きな声で返事をしてから挨拶するのが一般的らしい。もちろん、よい習慣だとは思うけど、滅多にやらない者としてはなかなか身に着かない。

 10月2日(月)
 慌ただしさを増す衆院選取材で夕方、とある選挙事務所前で危うく追突事故を起こすところだった。小生のわずかなよそ見が原因。タイヤがロックするほどブレーキをかけたのは生れて初めて。それでも「ぶつかった」と諦めたほどだったが、前の車が動いたのか、衝突は免れた。しかし、動揺していたせいでその後、方向転換をした際に縁石に乗り上げ、無理やり進んで車体の底をかなりこすってしまった。そのせいか、カーナビなどに不調が生じてしまった。

 10月15日(日)
 解散の後、日曜日の度に前橋へ行って開票日のリハーサルを重ねてきたが、立憲民主党ブームによる情勢変化のため、開票日は太田で仕事をすることになった。でも出番には変わりはなく、雨の中、イベント取材や館林で選挙取材。

 10月22日(日)
 開票日の仕事は順調。さて寝るかと思った23日午前2時半頃、Jアラートと同じ警告音がスマホから鳴り出した。「こんな時間にミサイルかよ」と思ったら、台風による川の増水で太田市の一部地域に避難準備情報が発令されたとのこと。地域を限って鳴らすことができるんだと感心しつつ、とりあえずひと眠り。

 10月23日(月)
 わが家の周辺は水が溢れた気配などなく、安心しきっていたが、太田市でも台風被害はそれなりにあった。

 10月27日(金)
 ようやく文句なしの公休で朝から船橋の旧宅に寄って君津に帰省、と思っていたのに、日経の一面に「スバルでも無資格検査」と特ダネが出ていた。スバルあっての太田市だけに、何もせずに「逃亡」するわけにはいくまい。公休返上でやれる限りの仕事をして勘弁してもらう。

 10月28日(土)
 今度こそ朝から「逃亡」。船橋の旧宅はバルコニーが土埃で真っ茶色だったが、また台風襲来では掃除する甲斐がないので、課題は次回に先延ばし。「ピーターパン」でいくつかパンを買って君津に帰省。3か月ぶりに、幼なじみのやっている床屋に行ってさっぱりとした。顔を剃ってもらう間、眠ってしまい、自分のいびきで目が覚めるという恥ずかしい思いをしてしまった。

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2017年10月 7日 (土)

幸運とは…

 先日、東京マラソンに当選しました。初申し込み以来、6年目で初当たりです。競争率10倍超ですから、確率的にはそろそろだったのかもしれません。
 太田転勤以来、車通勤で日常の歩行数が激減したうえ、練習量もがた落ちしていたことから、今シーズンはフルマラソン回避を仲間内では宣言していました。しかし、こうなると前言撤回です。来年2月下旬のレースに向け、トレーニングを積んでいくようにします。
 などと多少、モチベーションが上がっている中、今度は京都マラソンも初当選してしまいました。東京マラソンの1週間前、マラソンの連闘は厳しいですが、3年前にはちばアクアラインマラソンと大阪マラソンを連闘した経験もあります。せっかく当たったのを回避していたら、次はいつチャンスが来るかわかりません。貧乏性なことながら、今後のトレーニングは一気にハードルが高くなりました。
 それにしても、こんなに幸運が度重なるとは。春先の3・10ショック以来、突然の衆議院解散で忙しくなったことを含め不運続きだとばかり思っていたのに。贅沢を言えば、適当に織り交ざってやって来てほしいものです。

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2017年9月10日 (日)

第39回草木湖一周マラソン全国大会

1dsc_0408  今シーズン初レースは、草木湖一周マラソン全国大会。群馬県みどり市にある草木ダムの周囲19キロを走るレースです。
 コースは高低差が150mあるといい、これを克服できるかどうかがカギです。草木ダムの堤高が140mで、ダムの下にある運動公園からスタートしますから、高低差のほとんどは序盤の激坂にあります。
 9月に入って「今年は久しぶりに秋らしい秋だな~」と思っていたら、この週末は夏みたいな暑さで、今日も快晴。こうした大会は距離の長い部門を先にスタートさせ、その間に小学生部門を済ませちゃう運営方法が多いのに、ここの大会は小学生らを先に走らせてから19キロのスタートなので、10時25分とだいぶ遅いのです。その分、暑くなるからたまりません。
1dsc_0414  問題の激坂はスタート直後だったので、ゆっくりながらも走って上り切ることができました。まあ山の中だから仕方ありませんが、1キロ走る間にたいてい上り下りがあって、平坦な道はほとんどありません。嬬恋キャベツマラソンだって、そこそこ平坦な場所はあったのに。
 練習不足でアップダウンのあるコースを走っている割には、キロ6分20秒台で進んでいくことができ、「これは赤城山合宿の高地トレーニング効果か」などと考えましたが、後半はやはりきつく、とにかく上り坂を歩かないことだけは意地でも果たしました。最終盤、激坂を駆け下りていく時は、よくこんな坂を上れたなと感心してしまったほどです。
 想定した2時間5分より若干遅れたものの、現状としては満足できる結果です。
 夕方に帰省する都合もあり、楽しみにしていた国民宿舎の無料入浴は見送り。「ラッキー賞」が当たったのは嬉しかった。賞品は過去の大会で余った参加賞Tシャツで、在庫処分感がありありでした。

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2017年9月 8日 (金)

「関ヶ原」

 先週末が出番だったので、その代休2日を8日と12日に取ることになり、間の3日間はもともと3連休だから、勝手ながら5連休となりました。
 とはいえ、職場とドア1枚で隔たっているだけの住宅なので、平日はくつろぐことができず、休んだ気がしません。今日も10時頃には外出して、まず図書館で時間をつぶし、早めのお昼を「いきなりステーキ」でいただいて、イオンシネマ太田で映画「関ヶ原」を鑑賞しました。
 司馬遼太郎の原作を読んだのは大阪にいた頃だったか。実質的な主役の島左近を誰が演じるのかと思ったら、平岳大さん。平幹二郎さんの長男ですが、はまり役と言っていい好演でした。小説では確か、東軍の諸将が戦後、「底響きのする島左近の声が耳について離れない」と口をそろえていたといった話がありましたが、強いてケチをつけるとしたらその辺りでしょうか。
 それにしても、あれだけの数の馬をよくそろえたもの。
 映画の後は、ユニクロで買い物をしてから、西へ向かってジョイフル本田で除草剤を購入。真のお目当ては「東毛酪農低温殺菌牛乳63℃」を買うためでした。夕方は久し振りに「源泉 湯之庵」で露天風呂につかり、何とか一日を外で過ごせたのでした。

 平日休みだけの不自由とはいえ、やっぱり休みは家でゴロゴロしたいものです。

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2017年9月 3日 (日)

初登頂

 太田市に来て1年、これまで管内でばかり働いていましたが、ようやく東京出張の仕事ができました。仕事は午後からなので、午前中に船橋市の旧宅に寄って風通しなどを済ませておこうと、8時40分発の東武特急「りょうもう」号で出かけたのですが…。
 旧宅の鍵を忘れてしまったのでした。
 時たまやってしまうポカですが、よりによって今回とは。何か暇つぶしはできないかと、車中でスマホをいじり、映画のスケジュールや美術館などのサイトを調べたものの、これといったイベントは見つかりません。弱ったな~と思っていたら、この電車、東京スカイツリーに行くじゃないですか。
1dsc_0387_11_2  これだ! 開業5年もすれば人気も落ち着いているから、さほど込んでいないだろうし、こちとらは初めてだからそれなりに楽しめるだろうし、ヒマつぶしにはうってつけじゃないですか。
 11時過ぎに「とうきょうスカイツリー前」駅に到着。周辺も大してざわざわしていないし、こりゃしめたと思って当日入場券売り場へ向かうと…。
 甘かった。世にお上りさんのタネは尽きまじ、売り場までジグザグの結構な行列ができていました。並ぶこと40分以上、券さえ買えばエレベーターに乗るのはあまり待たずに済みました。
 確かに東京タワーが小さく見えちゃうのは絶景かもしれません。しかしながら、スカイツリーは都心の北東部に位置するだけに、いわゆる「東京」が南西の一方向に圧縮された感じで見えちゃうので、想像はしていましたが、景色としては少々つまらない印象です。
 逆に、千葉県方面はよく見えます。市川市の辺りはよくわかったので、中山競馬場はどこかと探しましたが、特定はできませんでした。
 せっかくの機会なので、お昼は展望台のカフェで下界を眺めつつ、ビーフカレーをいただきました。レトルトカレーの方がよほど牛肉が入っていると思うほど、破片感ありありの肉が散在しているといった風でした。
 仕事は順調に終わり、夜、太田市に戻ったのは21時頃。

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2017年8月26日 (土)

蘭、奇跡の生命力

 太田市へ引っ越した1年前、庭付きの一軒家に縁側があり、船橋で丹精込めて育ててきた蘭の鉢をここに並べたのが大間違いのもとでした。
 「風通しもいいし、少しぐらい直射日光が当たったって大丈夫だろう」と思った、その「少しぐらい」が蘭には大痛手だったのです。何しろ連日35度が当たり前という土地柄、日差しが強すぎて蘭の葉が傷んでしまったのでした。
 特に被害がひどかったのは、長年元気に咲き続けてくれたファレノプシス(胡蝶蘭)でした。大きな葉が全部やられてしまい、引っ越し当時に伸びていた二度咲きの花が今年の春になって弱弱しく咲いては落ちる一方、新しい葉が伸びてくる気配はありません。
 「最後の花が開いたら、この蘭も命が尽きちゃうのだろうか」と自分の愚かさを悔やみ続けるうちに8月も終わりかけていたのですが…。
 何と、小さな葉が芽吹いているじゃないですか。
 再び花が咲くまで何年かかるかわかりませんが、この小さな新しい生命は大事に育てていこうと思います。
1dsc_0369_11 中央右下の小さな緑色が新しい葉です。不格好になっても育ってさえくれれば…。

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2017年8月21日 (月)

赤城山合宿

 放送大学陸上部のメンバーでサブ3のNさんが毎年、この時期に行っているという赤城山での合宿に交ぜてもらいました。標高約1300mにある大沼の湖畔にある青木旅館を拠点に、1周5キロの大沼周回コースを走り込むということです。この時期でも最高気温は20度足らずとか。
 参加者はNさんの音楽・ランニング仲間で、放送大学陸上部ではウルトラランナーでもあるTさんや女性のHちゃんが来て、総勢11人でした。
 どうも僕以外は全員サブ4みたいで、久し振りに場違い感を覚えました。それはともかく、到着して昼食の山菜うどんをいただきながら雨をやり過ごし、小手調べのジョギングに出ました。極端にきつい坂はないにせよ、上り続けか下り続けで、だんだん脚にこたえてくる感じです。後から思えば、何も知らない強みで3周し、初日の練習はこれでおしまい。
 夕食後、廊下にテーブルを並べ、持ち込んだビールやつまみで延々と2次会。皆さん、おっそろしくよく飲む。僕は夕食だけで満腹だったので、緑茶を飲みつつ時折話に加わって、適当なところで自室に退散したのでした。
 2日目の朝は6時前にランニング開始。覚満淵という名所を見に寄り道をしたものの、僕が行った時は霧も何もなく、幻想感ゼロでした。2周して汗を落とし、朝食をいただく。
 部屋でゴロゴロして休み、11時頃から2周して昼食。15時過ぎから3度目の練習、2周が目標だったけど、1周目で相当汗をかいてしまい、今日の練習は打ち止めに。
 夕食後、2泊メンバーのNさんとTさんに聞いたところでは、低血糖になると、体内の水を排出するために汗が大量に出るとのこと。ひょっとすると、今日の午後練習であっけなくバテたのは低血糖だったのかもしれません。
 本当は3日目の月曜朝も2周して計50キロを達成するつもりだったけど、走れば走るほど坂に怖気づいてしまい、朝ランは取りやめに。太田に戻ってからそれなりに働いたので、結果的に取りやめでよかったみたいです。
1dsc_0358_11 ちょっとガスのかかった赤城山頂を望む

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2017年8月10日 (木)

長島芳明「銀翼のアルチザン」

 久しぶりに読書感想文、なのですが、読み終わる前にひと騒動がありました。
 9日深夜、元職場の後輩でFB友達のO女史(って感じじゃないけど、年齢に敬意を表して)から「先輩からレイバンのセール招待が来てますけど、FBが乗っ取られているんじゃないでしょうか」と問い合わせがあったのです。
 O女史以外のFB友達の女史たちにも私名義の招待が届いているらしく、こちらには覚えのないことですから、乗っ取られた(=PWを破られて侵入された)と考えるしかありません。
 ネットで調べると、FBでレイバンのセールのスパム被害があちこちで生じているようでした。スパム発生元としてはPWを変更してFBにログインし直し、「私とつながっている人は絶対にスルーしてください」と呼びかけるという、最低限の対処をするのが精一杯でした。うっかりと「いいね」を押してしまった友達が一人いましたが、これといった被害はなさそうで、胸をなでおろしました。
 騒動の前後に読んだのが表題の一冊。戦後、その性能をテストした米軍を戦慄させた戦闘機「疾風」をはじめ数々の名機を設計しながら、一切を語らずに過ごした中島飛行機技師長の小山悌(やすし)を取り上げた小説です。
 作者の長島氏は太田市在住の37歳で、これが2作目。一部に文意の通りにくい箇所があるといった難はあるものの、実に面白い本でした。
 戦前、特に226事件の後についてのイメージは、「軍部がやりたい放題に暴走するのを政党も新聞も批判しなかった暗い時代」ってとこですが、放送大学の面接授業などで聞いた中では案外、そうでもなかったようです。大雑把に言えば、政党は互いに足の引っ張り合いを繰り広げて民心が離れていき、軍は軍で「頼りにならない政権は何も判断してくれないし、かといって目の前の危機を放っておけないから自分たちで決めるしかなかった」といった雰囲気で、空襲が始まる前までは、後世の我々が想像するよりも殺伐色はずっと薄かった印象です。
 この作品は、そうした時代の空気をよく醸し出している点が特に優れている気がしました。田畑しかない太田が、中島飛行機の工場や滑走路があちこちにでき、2万人もの工員が働く街になっていく様子が、目に見えるように描かれています。
 戦後、群馬県出身の堀越二郎がゼロ戦の設計者として名声を博した一方、その群馬県でたまたま就いた航空機設計の仕事を極めながら沈黙を保って航空機や自動車産業と縁を切った東北出身の小山悌。アニメ映画の「風立ちぬ」とは対照的な、アルチザン(=職人)としての生き方でしょうか。

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2017年7月22日 (土)

東毛酪農低温殺菌牛乳63℃

1dsc_0341_11  午後から仕事があり、朝ランは松風峠往復で9キロ弱にとどめました。
 最近、朝ラン後の一杯は「東毛酪農低温殺菌牛乳63℃」です。船橋市にいた当時、約6キロ離れた佐久間牧場まで遠回りして走って「しぼりたて牛乳」を飲むのが楽しみでしたが、ここで復活した感じです。
 200ミリリットル瓶1本140円。高いです。瓶を返せば10円戻ってきますけど。
 でも、文句なしにおいしい。運動をした後、30分以内にタンパク質を補給するのが最も効果的だそうですが、この牛乳なら効果抜群だろうと信じて疑いません。
 それにしても、愛飲(ってわけでもないけどよく買っている)する農協牛乳の3・5倍…。普段、酒もたばこもない生活なんだから、これくらい贅沢したって罰は当たらないとは思うものの、白い食品ってのは贅沢を覚えると引き返せなくなるからな~。米、パン、ヨーグルト、それに牛乳。普段使いにすべきかどうか。

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2017年7月15日 (土)

「海辺のリア」

 世間は3連休でも、我が輩は飛び石連休。いつものごとく走るだけで終わってしまうどころか、前夜の仕事が遅かったせいで朝ランにも行けませんでした。
 今日から映画「お前はまだグンマを知らない」の県内先行上映が始まりますが、どうせ込んでいるだろうから、ここは佳作上映館の「シネマテークたかさき」に行って半日、映画三昧をすることに。
 車で1時間20分ぐらい、何とか上映に間に合ったのが「海辺のリア」。残念ながら、シェークスピアの「リア王」の内容を知らないので、セリフや場面場面に込められた意味などはほとんど判然としませんでした。
 クレジットに登場する俳優は5人だけ。それも主役級のスターばかり。この5人以外の人物は映っておらず、映画というよりは舞台の演劇のようです。
 これだけのキャストだというのに、感想が「親が認知症になっちゃうと大変だな~」では我ながら情けなさすぎです。

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「まるでいつもの夜みたいに」

 「海辺のリア」が終わり、入れ替えのため一旦外へ出たら、「おい~」と声をかけられてびっくり。何と、太田に来て知り合ったN協のI田部長がニコニコして立っていたのです。
 I田さんは次の「まるでいつもの夜みたいに」がお目当てでやって来たそう。2005年4月に亡くなったフォークシンガー高田渡さんが、直前の3月27日に高円寺の居酒屋で開いた東京ラストライブのドキュメンタリー映画です。1週間限定上映なので、来られる時に来ないと見逃しちゃうというわけ。
 I田さんのような高田渡ファンは僕の周りにもいて、僕自身はそんなに好きでも嫌いでもないけど、カラオケで聞かされると確かにはっとさせられるいい歌があります。幼少期に三鷹市で育った者としては、高田渡さんがよく行っていた焼鳥屋「いせや」が、妙にファッショナブルに扱われるのが物凄く厭で、「あそこはうちの父みたいなブルーカラーがたまに楽しむ『安月給の楽園』で、大学出なんかが寄り付いてほしくない」と思ったりしたものですが。
 そんな小さなことにウジウジして一生を過ごすのはアホらしいのかもしれないと、ほんの少しだけ思ったのが、この高田渡さんの東京ラストライブのドキュメンタリー映画を観た感想です。

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「彼女の人生は間違いじゃない」

 お目当ては3本目の「彼女の人生は間違いじゃない」ですが、「まるでいつもの夜みたいに」が終わった後、1時間20分ぐらいの待ち時間があります。この時間を利用して、高崎駅東口にあるビックカメラへ行き、「OLYMPUS PEN-F」を購入するつもりでした。
 昨年9月に現場復帰してから、カメラはPanasonicのマイクロフォーサーズ機を使っていましたが、いかんせん8年前ぐらいの製品なので、いろいろな点で限界を感じずにはいられませんでした。デジタルではできるだけストロボは使いたくありませんが、そのためにISO感度を上げても3200が上限なので、ブレが目立ちます。しかも、黄色が強く出る傾向があり、なるべく新しいカメラに替えたかったのです。
 ファインダーが付いているのが必須条件ながら、重いのはNGとなので、PEN-Fとなった次第。しかしながら、ビックカメラでは店員さんが他のお客さんにかかりっきりだったため、時間がなくなってしまい、ネットショップで購入することに。
 再びシネマテークたかさきに戻って、18時から3本目の映画鑑賞。「海辺のリア」もですが、はっきりとした結末がないせいもあって、どうもわかりにくい感じがします。ただ、平成三陸大津波(「東日本大震災」というのは災害の実相があまりわかりません)によって、家族や日常生活をいきなり根こそぎ奪われてしまった人々の心が今、どういう状態なのかを垣間見ることができた思いです。
 主演の瀧口公美さんは、もうちょっと福島弁なまりがあればな~という点を除けば、本当はいわきの子なんじゃないかと思うような見事な演技ぶりだし、高良健吾君も少し狂気を感じさせるイケメンぶりに磨きがかかって、いい俳優になってきた気がします。

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2017年7月 2日 (日)

第10回嬬恋高原キャベツマラソン

 例によって競馬にたとえれば、秋シーズンに向けて七夕賞(本物は来週だけど)を叩いて、仕上がりを早くしたいと目論んでの出走です。公式HPで高低差が200m近くあるのは覚悟していたけど、嬬恋村の標高が1400mもあるとは知りませんでした。これじゃ完全に高地トレーニングじゃん。
 万座プリンスホテルのフロントで会場までの所要時間が50分ぐらいと聞いていたので、朝食は5時半の開業(普段はもっと遅いけど、大会出走者のために早くしているよう)と同時にいただき、またしても栄養過多気味になってから、午前7時過ぎにホテルを出発。8時前に出走者用駐車場に着いたものの、ここからスタート会場へのシャトルバスに乗れたのは8時半過ぎ。受付や着替えが間に合うのか心配でしたが、荷物を放置するなどで、どうにか間に合いました。
 朝にかけて雨だったのに、スタート前から急に晴れ始めました。どうせ天気が悪いのだからと、日焼け止めを持参しなかったのは大失敗と、後で痛感させられました。
 ゲストは水泳金メダリストの金藤理絵さんと、嬬恋村出身でスピードスケート銀メダリストの黒岩敏幸さ4ん。残念ながらスピーカーを通して声を聴いただけで、本人たちの姿は確認できませんでした。
 スタートからは長い下り坂。ラストはここを上るのかと思うと気が滅入りました。その後のアップダウン(後から思えば緩い方だった)を走るうちに、序盤で無理をしたらエライことになると感じ、8キロ辺りから上り坂は必ず歩く「戦略的歩行」を実施。3年前のマザー牧場でトレランを走った時に覚えた戦術?です。
 キャベツ畑や浅間山を眺めて「何とか2時間30分ぐらいで収めたい」と考え、18キロ辺りまでは走れる所は走ってきたものの、甘かった。ラスト3キロの「心臓破りの坂」は歩いて上るのも辛く、歩きでどんどん追い抜かれる始末。坂で姿勢を保つせいなのか、腹筋がかなり硬直したのを感じたのも、ランニングというか歩きの最中では初めてです。どう見ても75歳ぐらいの爺さんに抜かれたのはショックでしたけど、抜き返す意欲なんぞありません。
 結局、ネットで2時間37分47秒でフィニッシュ。更衣室で上半身裸になったのに汗が引くまで30分近くかかり、乾いたタオルでふき取った汗が簡単に絞れたほどです。飲んだスポーツドリンクがそのまま汗になっていたような気がします。
 参加賞は特産のキャベツ1個ですが、わざわざ重い物を持ち帰る気にはなれませんでした。放送で「お忘れなく」と呼び掛けていましたが、レース前に渡す方がいいと思います。
 なかなかいいデザインだった大会Tシャツを入手することができなかったのは、ちょっと残念でした。

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この道は…

 クタクタの体を癒すため、帰りは伊香保温泉に寄って日帰り入浴しようと、カーナビの行先を「自宅へ」に設定。当然、行きと同じ渋川経由のルートだろうと思い込んで走っていたら、どうも来た時の道とは全然違う気がしてきました。そのうち、道路標識に「北軽井沢」とか出てきて、どうやら上信越自動車道経由のルートを勝手に選択していたのです。
 全く何たること。どういうわけか知りませんが、愛車のカーナビは度々、行きと帰りに異なるルートを選びます。疲れ切っていたせいで、ついそのことを忘れていたのです。
 今更戻るわけにもいかず、有料道路の料金を払いつつ進んでいくと、直進すると「中軽井沢駅」との表示が目に入ってきました。すると、この道は…。
 35年前、軽井沢プリンスホテルでのアルバイトが終わって、バイト仲間の運転する車に乗せてもらって同駅に向かう途中、下り坂でスピンして道路脇を5mほど転落した事故に遭いました。幸い、乗っていた3人とも無傷でしたが、あと数mずれていたら太い木に激突していたはずでした。
 記録上は無事故無違反を続けているものの、人生で唯一「死」を意識したあの一瞬のことはこのところ、すっかり忘れていました。ほぼ毎日車を運転する今、本当に慢心がないのかと問いかけられた思いがしました。
 やはり35年ぶりにアルバイト先の軽井沢プリンスホテル近くを通り抜けて上信越自動車道に乗り、群馬へ。それにしても、群馬県は東西も結構広いのを改めて実感させられました。

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2017年7月 1日 (土)

万座温泉へ

 群馬県民となって10か月。仕事熱心のあまり、温泉地へ行くどころか東毛地域からろくに外へ出られない有様でしたが、2日(日)の嬬恋高原キャベツマラソン出走のため、万座プリンスホテルに泊まることになりました。
 あいにくの雨。昼食を済ませてから太田を出て、前橋のボスに書類を届けに寄り道をしてから渋川を経由して万座へ。愛車のカーナビが古いせいで途中、新しくできた道路に対応できずに進路をロストしてしまいました。カーナビが示す旧道?に近づくべくウロチョロした挙句、辿り着いたのは八ッ場ダム。「コンクリートから人へ」の象徴というかスケープゴートにされかかりましたが、大工事は進行し、周辺には小奇麗な温泉街ができていました。
 本当は前日受付を済ませておきたかったのですが、間に合いそうもないので諦め、万座温泉へ向かいましたが、想像以上の山また山でした。調べもしなかったけど、万座温泉の標高は1800mとのこと。17時半頃に到着し、硫黄の匂いが濃い白濁の湯に浸かって久し振りにリラックスしました。
 プリンスホテルは35年前の学生時代に初めてアルバイトをした所です。軽井沢でしたが、その後、各地のプリンスホテルに泊まることもなく、宿泊は今回が初めてでした。部屋にエアコンがないのは軽井沢と同じです。露天風呂で来し方を思うと、いささかの感慨があります。
 夕食はブッフェスタイルで、過剰な栄養補給と相成りました。嬬恋村だけにキャベツを使った料理が多く、ホテルオリジナルの味噌ドレッシングがなかなか美味でしたが、販売していなかったのが残念。

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2017年6月25日 (日)

沈没…自身も馬も_| ̄|○

 24日(土)は出番だけど、朝6時前からジョギングへ。先週とは逆に、まず刀水橋を往復して14キロぐらい走ってから松風峠を越えるコースにしました。終盤に上り坂が控える嬬恋キャベツマラソンのコースを想定したトレーニングです。
 前半は順調ながら、さすがにある程度走ってからの上りはきつく、峠を上り切るのが精一杯。峠越え往復は諦めて19キロちょっとにとどめました。
 汗を落とした後、ガストでモーニング。今月初めに同期M氏が来訪した際に行って以来、フルーツヨーグルトとサラダ、トーストのセット539円(税込み)が気に入っています。どのセットでもいいのですが、ドリンクバーがついているのが最大の理由です。朝ランで大汗をかいた身には、とにかくありがたい。
 人心地がついたところで、一仕事片づけました。まず順調に事が運んだ一日でした。
 25日(日)は明け方に雨が降り、朝ランは中止。午前中に近所のスーパーへ買い物に行くと、多少蒸し暑いものの、曇り空が晴れる気配はなかったので、ジョギングをすることに。
 この時間帯では松風峠越えは危ないので、刀水橋への平坦コースをなるべく6分前後のペースで走るようにしました。と言っても、実行できたのは10キロ辺りまでで、その後はバテてしまい、歩かないようにするのが精一杯。14キロを過ぎた所にあったセブンイレブンでアイスカフェオレを買って飲んだ後は、歩いて帰宅しました。
 結構疲れてしまい、昼食はセブンイレブンの蕎麦(初めて食べたけど、なかなかいけた)とおにぎり、夕食はカップヌードルのカレーとミニトマトでおしまい。空腹感はあるけど、食べる意欲を消耗してしまった感じ。まあ2日もすれば回復するでしょうけど。
 競馬の宝塚記念。「G1は馬の格(=大レースを制した経験)だ」などと、前の職場の後輩だった開成馬券師に偉そうなことを散々言い触らしていたのに、今回は大本命キタサンブラックから下位人気の馬へ流して金儲けを目論んだ挙句、キタサンブラックが大敗を喫してしまってパー。上位3頭はキタサンブラック以外のG1馬で決まり、「自らの信念を貫けばそれなりの配当を手にすることができたのに」と思ったところで後の祭り。
 今年は馬券の散財額が甚だしく、当分の間、馬券には手を出さないことを誓います。

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2017年6月18日 (日)

松風峠越えラン

 7月2日に出走予定の嬬恋キャベツマラソンは、最終盤に高低差200m近い上りが控えるタフなコース。少しでも上りの練習をと思い、週末の朝ランは松風峠での走り込み?を中心にしました。
 平坦な太田市にあって、標高200m超の金山の中腹を越えるのが松風峠。この辺りじゃ金山ドライブウェイとも呼ばれています。最高点は標高100m超ぐらい。峠越えの距離は2キロほどです。
 この松風峠を上って下りて、折り返してまた上って下りてにチャレンジしてみました。結構きついのですが、遅いながらも成功し、土曜日はそのまま国道407号を南下して高林交差点折り返しで自宅に戻って17キロちょっと。日曜日はさらに南下して利根川にかかる刀水橋手前で折り返し、自宅までで21キロちょっと。さすがにくたびれました。
 朝ランや食事を済ませて暇に陥ると、つい競馬に手を出して散財する悪癖を改めるため、土曜日は風呂、洗面所の掃除、借りていた本の返却、庭や事務所周囲への除草剤散布、洗車。日曜日は買い物や部屋の電球交換その他に時間を費やし、前の職場にいた開成馬券師からの誘いにも乗らず、散財を防いだのでした。まあ、来週のG1宝塚記念に備えているだけですが。

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2017年6月12日 (月)

4連休、何もせず…

 8日から4連休。3~4月の25連勤、GWもほぼ平常勤務とあって、これといった仕事のないこの4日間は待望の休暇だったのですが…。することがありません。
 とりあえず船橋の旧宅に寄って風通し。9か月もほっとくと、ベランダがまた汚いこと。掃除しようかと思いましたが、汗だくになっても着替えがないので断念。次回立ち寄った時にやることに。
 君津の実家に戻れば、両親とも季節外れの風邪という。10日に幼馴染の床屋に行くと、数年前にたまたま熱中症になった時の症状を話してくれたけど、両親の「風邪」ともどこか共通している感じがします。母親が自律神経の不調?で風の冷たさに過敏になっていて、まだエアコンを使っていないのですが、そのせいで室内にいても軽い熱中症になっている気がしないでもないのですが…。
 君津では土日に朝ラン。郡ダム方面に向かう山陰の坂道を往復して、日曜日は千葉県民マラソン以来となる20キロ走に。本当は12日の月曜日も走るべきだったのに、つい惰眠を貪ってしまったのでした。

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2017年6月 4日 (日)

旧友来訪

 1か月後に迫った嬬恋キャベツマラソンに備え、週末の朝ランは松風峠越えのコースに。1キロで100mぐらいは上るから、嬬恋の最終盤3キロで200mの上りの訓練にはなるだろう、と思いたい。
 G1安田記念はまたしても惨敗。昨年の覇者ロゴタイプが澱みない逃げで引っ張って実力勝負に持ち込み、レース自体は素晴らしかったけれど、肝心の本命イスラボニータがいいところなく敗れてしまった。
 夕方、かねてからの約束通り、前の職場の同僚M氏が赤城山でのキャンプの帰りに寄ってくれた。割と近くにある居酒屋「悟空」で一杯。飲酒の習慣がないので、この店も現職場の元スタッフが「若い人たちは遠くからでも来たがるみたいですよ」と言っていたのを思い出して決めたけど、確かにコストパフォーマンスはいい感じ。
 M氏からは、1日付で異動となった旧ボスと旧筆頭次長に対する不満のあれこれを聞く。こちとらも9か月前に異動した途端、ストレス検査の結果が良好になったくらいだから、後釜に据えられたM氏としても気苦労は多かっただろう。何だかんだ4時間ぐらい話し込んで、わが家の空き部屋に泊まってもらった。

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2017年5月28日 (日)

惨敗…日本ダービー

 実のところ、惨敗したのは本日の日本ダービーだけではなく、今月の競馬すべてでした。年始以来の絶不調を抜け出せないため、馬券を買うのはほぼG1レースに絞ったというのに、配当金0円。的中率0%。(ノ_-。)
 ダービーは前日から検討に時間をかけたのですが、切ったレイデオロにあっさりと勝たれてしまい、またしてもパー。予想の仕方がどうこうではなく、馬やレースの見方そのものが根本的に間違っているとしか言いようがありません。
 罰としてダービー終了後、いつものジョギングコースを一回り。本当は今朝やるはずでしたが、7時に起き出したらどうも自治会でクリーン作戦をやる日だと気づきました。そこへ能天気にTシャツ半パン姿で走りに出る度胸は持ち合わせておらず、気まずい朝を過ごしていたのでした。
 走る方も本調子には程遠く、7月2日の嬬恋キャベツマラソン(ハーフ)でどこまで頑張れるか不安なままです。

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2017年5月12日 (金)

群馬県立館林美術館「京都のみやびとモダン」

1dsc_0299_11  珍しく平日休み。かつては渇望してやまなかったのに、今は扉一つ向こうに仕事をしている人がいると思うと落ち着かず、自宅でゴロゴロしていることができません。
 晩期とはいえ、藤の花でも見るかと「あしかがフラワーパーク」へ出かけてみたのですが、甘かった。平日だというのに、どこからこんなに集まったのかと思うほど、駐車場は車で一杯。そそくさと引き返し、群馬県立館林美術館で開催中の企画展「京都のみやびとモダン」を見に行きました。
 竹内栖鳳、神坂雪佳、堂本印象らの絵画がずらりと並んではいるのですが、知ったかぶりをかますと、代表作感はあまりないんですな。まあ、作品よりも「国宝」「重要美術品」といった立札の方をじっくりと鑑賞してしまう質なので、その手の表示がないことが物足りなかったのが本当の所です。
 工芸などは「人間国宝」作がかなりあったので、満足していました。
 ただ、ここも平日というのに暇人が割といて、自分のように孤独な暇人は静かだからいいのですが、夫婦とか友人同士とか、複数形の暇人がいると、何かと喧しくてかないません。常設展の動物像を一人静かに眺めていい気分になっていたのに、そこへまた暇人グループが現れて気分が台無しになっちゃって、1時間ちょっとで退散することに。
 ミュージアムショップに芯が7色の鉛筆が売っていたので、「まためい」たちへのプレゼントに購入。
 この後、昼食、書店で本探し、喫茶店で読書と時間を無駄遣いして、平日休みを過ごしたのでした。働いていた方がよっぽど疲れなかった気がします。

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2017年5月 9日 (火)

魔女の一撃

 朝、靴下を履こうと右足を上げた直後、不意に腰から下が外れるんじゃないかと思うような痛みが走りました。「魔女の一撃」とはよく言ったものです。
 すぐに動作を止めたのがよかったのか、元々その程度の症状だったのか、腰回りにいくらか痛みは残っていても歩くことはできます。こうした症状は今年1月の六郷グリーン駅伝の際にもありましたが、今回はいつもより重い気がしたので、出勤前に比較的近くにある「浜町接骨院」に寄りました。
 ここの雰囲気がまた、大きめのラーメン屋というかマクドナルドというか、客が来ればスタッフ一同で「こんにちわ」。マッサージを終えた先生がアルコールとエアーで消毒して「消毒終わりました」と言うと、全スタッフが返事をするといった調子で、流れ作業感が強烈です。実際、同じ患者には同じ先生がずっと担当するようですが、多くの客を効率よくさばくこ1とに重きを置いている気がします。
 こちらとしては、予約とか気にしなくていいメリットもありますが。
 診立ての方は、猫背気味になって一番下の腰椎の隙間が伸びきってしまったために、痛みが走ったのだろうとのこと。机に脚を上げて本を読んだりしていたのがまずかったかな。

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2017年5月 6日 (土)

つつじが岡公園

 GWといっても全く常と変わらぬ出番で、休みは土日だけ。何もせずじまいなのも癪だから、館林市のつつじが岡公園へ行ってみました。って、結局管内じゃん。
 今年は花つきが良いとの話でしたが、全体的には終わりかけで、遅咲き品種のいくつかが見頃でした。とはいえ、ツツジの種類がこんなにあると知ったのは収穫です。
1p1030388 八重霧島。
1p1030391 紅霧島。
1p1030393 京鹿の子。
1p1030398 東錦。
1p1030401 胡蝶揃。
1p1030409 関寺紫。
1p1030414 筑紫紅。
1p1030416 千重大紫。
 来年はもっと早く来て、別の種類のツツジも楽しみたいものです。

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2017年4月30日 (日)

高知城

 「親分」宅へのお見舞いは午後なので、午前中は高知城と牧野植物園を見に行く。
 高知城はホテルから歩いて15分程度。途中、当地の名物「日曜市」を冷やかし歩く。果物、野菜、日用品とよくこれだけの出店が集まるものだと思うくらいだし、地元のお客さんが多いのにも圧倒されます。
1dsc_0270_11  見事な石垣を眺めながら石段を上り、天守へ。これで現存12天守のうち10か所目の「登城」です。残るは松江城と弘前城。やはり松江は在阪当時に無理してでも行くべきだったか。弘前も出張ついでに出かけられなかったことが悔やまれます。
 それはそれとして、高知城の天守は江戸時代になってから建てられたせいなのか、ほとんどの梁が製材された木でした。たいていは曲がった松なんかが使われているものですが。

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牧野植物園

 高知城からブラブラ歩いてはりまや橋へ。ここからバスで牧野植物園に向かう。
 上司の示唆のおかげではありますが、高知に来て牧野植物園の花を眺めずに帰る手はありません。到着まで約20分。1時発のバスで戻れば、はりまや橋での待ち合わせにギリギリ間に合う計算なので、ここは1時間半弱を見学に使わせてもらうことに。
 結果的に、園内が広すぎて1時間半では歩き回るのが精一杯でした。じっくりと眺めるには半日は必要です。
 牧野富太郎というと、晩年の好々爺然とした写真の印象ばかりが強く、実際の業績などはあまりよく知りませんでした。植物学者というより、「最後の本草学者」という紹介の方がピンとくる感じです。
1dsc_0280_11 ユキモチソウ。
1dsc_0290_11 キエビネ。
1dsc_0282 ケシ。植物園ならではですが、厳重にフェンスで囲われています。
1dsc_0284_11 桜草。ほかに棚が二つあり、種類が多いのにびっくり。
 この後、はりまや橋に戻って、「親分」の「不肖の弟子」ら5人と合流。うち2人は顔見知り、女性1人は東京にいた頃、電話でよくやり取りをした間柄で、全くの初対面は2人でした。
 車で「親分」宅を訪れると、「親分」は痩せたというより、小さくなった感じでしたが、まずは元気そうで何より。馬刺しや寿司をたんまりと用意してくれて、お見舞いどころか酒盛りに。運転してきたお三方には申し訳ないことをした気がします。
 当方の飛行機の都合もあって、宴は2時間ほどで切り上げ。高知龍馬空港まで送っていただき、18時の飛行機に悠々と間に合いました。
 羽田空港からはバスで太田へ。館林からが長かったけど、23時過ぎに帰宅。

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2017年4月29日 (土)

高知へ

 在阪当時の職場でお世話になった先輩が昨年来、心筋梗塞だのがんだのと手術や入退院を繰り返し、どうやら快復しつつあるとのことで、この先輩氏の「弟子」一同のお見舞いに同行させてもらうため、高知市へ1泊2日の旅へ。きっかけはともかくとして、未踏破の県に出かけるのはワクワクします。
 まず太田駅南口からバスで羽田空港へ。3か所の停留所に寄るため、東北自動車道に乗るまでに1時間以上かかりましたが、そこから羽田空港までは1時間半程度でした。後から考え付いたのですが、このバスを利用する際は最終停留所の館林市役所まで自家用車で行ってから乗るのが一番のようです。特に復路、高速を降りてから太田に着くまであちこち立ち寄られるのはストレスがたまりますからね~。
 羽田空港で昼食などを済ませてから、高知龍馬空港行きの飛行機へ。GW入りのせいなのか、満席なのには驚きました。
1dsc_0250 空港から市内へ向かうバスの降車ボタンは、自分が知っている中では過去最少でした。

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これぞ暁斎@高知県立美術館

1dsc_0253  高知行きのことを上司に伝えると、建築に詳しい彼は牧野植物園の記念館(内藤廣設計)などを教えてくれました。かつては高知県立美術館にも行ったことがあるといい、ネットで検索してみたら、何と「これぞ暁斎」が巡回しているではないですか。
 東京のBunkamuraで開いているのをぜひ観たいと思いつつ、多忙で断念したのが、まさか高知で見られるとは。空港から高知市内へ向かうバスで、県立美術館に近い停留所で降り、歩くこと10分ほどで到着。さあ観ようとしたところで、栃木県にいる先輩氏から急に電話がかかってきたりして(急用ではなく、暇つぶしだった模様)、数分話してから改めて見学へ。
 それにしても、「代表作なき暁斎」だけに、鴉にしても動物絵にしても「これが一番」というのがなかなか挙げづらい。今回の展示作では「月に手を伸ばす足長手長、手長猿と手長海老」かな。
 1時間ほど鑑賞して、絵葉書5枚を購入。図録は重いので1dsc_0260 あきらめました。
 左の写真は、高知駅からはりまや橋に向かう目抜き通りにあるセブン-イレブン。なのですが、元はルイ・ヴィトンのショップだったそうで、乾久美子さんの設計とか。これも上司が教えてくれた情報なのでした。

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本物の「はりまや橋」はどれ?

 高知市の名所といえば「はりまや橋」。「がっかり名所」とか言われつつも、やはり観光客はここへ来ない訳にはいかないようです。
 ところで、「はりまや橋」との銘板のかかっている橋は、視認した限りで三つありました。
1dsc_0257 おそらく最も多くの人がイメージするのは、この赤い太鼓橋でしょう。しかし、この橋は平成になってから架けられた橋で、完全に観光客向けです。
1dsc_0276_11 こちらは道路橋の「はりまや橋」。もともとこんなに大きな橋であろうはずはありませんが、現地で「はりまや橋」と言えばここを指すとみて間違いありません。
1dsc_0275_11 道路橋の東側に「南国土佐を後にして」の歌碑が建つ小さな公園があり、その東隣に架かっている橋にも「はりまや橋」と銘板があります。こちらは明治四十一年とあるので最も古いのですが…。

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こんなに塩をふるの?

 宿泊したのは高知駅近くのプチホテル高知。ベッドは広く、隣室や廊下の音が聞こえることもなく、とてもコスパのよいビジネスホテルでした。
 一人で酒を飲むのは苦手ですが、せっかく初鰹の時期に高知へ来たのだから、鰹のたたきは食べてみたい。明日、合流する当地勤務経験者に知恵を借りて何店か候補を教えてもらい、検討の結果、「おらんく家」という鮨屋の支店へ行く。
1dsc_0263  鰹のたたきはポン酢でしか食べたことがなかったのですが、当地では「塩たたき」が主流のようなので、そちらを注文。目の前で藁で炙った鰹に岩塩がまぶされ、「さあどうぞ」となったのですが…。
 しょっぱい。こんなに塩をかけなくたっていいんじゃないだろうか。そもそも大将が岩塩をまぶすのが間違っている気がする。塩の量は客に任せるべきではなかろうか。
 何となく失敗感が漂う中、メヒカリの空揚を頼む。深海魚だそうで雑魚扱いながら、1dsc_0264 脂が乗っていて文句なくおいしい。この後、清水鯖や中トロなど5、6貫をつまんだら結構、満腹になってしまった。
 この店は禁煙じゃないそうで、両隣のおっさんやあんちゃんがどうもタバコを吸いたがっている様子だったので、退散することにした。明朗会計だったけど、そこそこ結構なお値段だった。

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2017年4月21日 (金)

初めて買った爪切り

1dsc_0244_11  55歳にして、生まれて初めて爪切りを買いました。こう書くと、何だか貧乏くさいのですが、これまでずっと床屋でもらった爪切りを使い続けていたから、貧乏そのものです。
 恐らくは40年ほど前にもらった愛用の爪切りはよほどの逸品だったのかもしれず、今日なお現役です。にもかかわらず購入と相成ったのは、某サイトで「無印良品の698円の爪切りはコスパ最高」という記事を目にしたことと、実家にあるいくつかの爪切り(ほとんど貰い物=血は争えない)が切りにくいものばかりだったことが理由です。
 イオンモール太田にある無印良品ショップで早速、件の爪切りを購入。試しに使うと、切れ味は素晴らしい。ただ、人によるでしょうけど、自分としては足の爪は切りづらい感じでした。

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2017年4月15日 (土)

嵐のような1か月

 3月10日(金)
 詳細は記せないけど、この日に突如起きてしまった出来事は「3・10ショック」として、生涯忘れることなく悔い続けるでしょう。昨日までは「Here comes the sun」だったのに、なぜ…。
 3月18日(土)
 朝から一日中、お目当ての人が来るのを網を張って待つ仕事。前夜が前橋で23時半頃まで働いていただけに、少々きつい。結果、多少の収穫はあったものの、狙っていた魚はかからず、週明けから個別に捕まえに行くことに。
 3月20日(月)
 久しぶりにジョギングを再開したら、18キロ過ぎで転倒し、顔をすりむいて血を流すわ、サングラスやGPSウオッチは傷つくわで、結構な被害だった。ジョギング中の転倒は初めてで、やはり3・10ショックを引きずっていたからとしか言いようがない。
 3月26日(日)
 館林市長選・市議補選告示。何と市長選、市議補選にそれぞれ飛び込み候補がいた。こんなことは初めてだったけど、手厚い陣容を整えてもらったおかげで、何事もなかったかのように落ち着いて処理することができた。
 夕方、選抜高校野球で群馬県から出場している健大高崎が九回裏にダブルスチールで同点に追いつき、結局再試合に持ち込んだ。一県民になって見ると、健大高崎の「機動破壊」はワクワクする野球だ。
 3月27日(月)
 「She's leaving home」。本人にとってあまりに不本意な形になってしまったことを、僕は一生後悔する。もちろん「home」じゃなくて「branch」なんだけど。
 4月2日(日)
 太田市長選告示。館林のように飛び込み候補がなくてひと安心した後、夜は館林市長選と市議補選の開票。朝7時過ぎから夜11時半頃まで働きづめだったが、今回も手厚い支援のおかげで乗り切れた。新G1「大阪杯」はしっかりと見ていたけど、またしても外れ。
 4月3日(月)
 忌引の同僚に代わり、今週は館林もカバーする。昼休み、同業他社の先輩2人と、市役所前の市民食堂で昼食を頼んだら、カツカレー以外は待てど暮らせど出てこない。キャンセルして午後の仕事をこなす。いかにも人手不足なのはわかったけど、キャンセルしたら「申し訳ありません」の一言もなく、むしろ「ああよかった」感の表情を浮かべられてしまった。サービス業、殊に飲食業として絶対にあり得ない対応で、金輪際この店には寄らないことに決めた。
 4月4日(火)
 新アシスタントの指導で昨日から2日間、2月半ばまで働いてくれた元アシスタントさんにアルバイトしてもらった。さすがに申し訳なかったので、「響都」へランチに連れて行ったら結構、喜んでくれた。新アシスタントは明日から前橋で業務研修。
 4月8日(土)
 大泉町60周年記念式典で、SMAPの楽曲の作詞などを手掛けた町出身の森浩美氏の講演を聞く。多少気難しいイメージがあったけど、全然そんなことはなさそうな軽妙な語り口で、聞いていて飽きない内容だった。午後は太田市長選絡みの仕事、空振りもあった。
 4月9日(日)
 太田市長選開票。休刊日だから慌てないで済むのがありがたい。現職勝利は見えていたものの、予想よりは票差がつかなかったのが意外だった。あんな選挙運動で、あれだけの票が集まることの意味は全くわかりづらい。
 4月10日(月)
 朝8時から4選市長の登庁を見に行く。まさしく「取ってつけたような」理屈の出来損ない記事をウンウン唸りながら書かざるを得なかったけど、翌朝見たら他紙も同じように苦しんでいた模様。
 4月14日(金)
 太田が終われば、今度は大泉町の町長選と町議選の準備だ。先月から取り掛かって、ようやくこの日に片付いた。実質25日無休だったけど、忙しかったおかげで、済んでしまったことをグジグジと考えずに済んだのはありがたかったかもしれない。ちょっとヒマになると、グジグジしてしまうだけに。
 4月15日(土)
 待望久しかったお休みながら、7時半に船橋の旧宅へ向けて出発。ブレーカーの交換工事に立ち会った。車で来たのは初めてで、太田から100キロ、2時間程度と案外、時間がかからないのには驚いた。せっかくなので、なかお鍼灸接骨院で鍼とマッサージ治療を受けてから、君津の実家に帰省した。

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2017年3月 5日 (日)

第39回千葉県民マラソン

 結果を先に書けば、この大会では初めて2時間を切れず、ワーストの2時間4分37秒。ベストタイムより8分以上遅いのですが、これが現状の精一杯でした。
 快晴、風も弱めと、コンディションは5回参加した中で最高でした。「きっちりと練習を積んで臨めたらなあ」と、どうしようもないことを思いつつスタート。序盤こそキロ5分30秒台も出ましたが、向かい風の中盤は5分50秒まで。終盤、バテていたせいか、追い風のアシストを受けても6分前後までしか出せず。
 今シーズンの大会参加はこれでおしまい。秋からのハーフ4レースで、ついに2時間切りは一度もなく、フルの群馬マラソンもやっとこさ完走しただけ。太田転勤で練習時間が取れるかと思ったらさにあらずだったのが誤算だったし、それ以上に日頃歩くことが激減してしまったことの影響が大きかったように思います。
 この先、なるべく早寝をして短くてもいいから朝ランを積み重ねようかと思っています。

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2017年2月19日 (日)

第13回浜松シティマラソン

 この大会は3年ぶりの出走です。前回は最終盤に右ふくらはぎが攣ってしまい、この故障が後を引いて3月に予定していたレースがすべて出走取消となってしまった、いささか嫌な思い出があります。
 天気はいいのですが、遠州の空っ風が吹きまくっていました。風向は北西、前半はとにかく抑えめに進めないと、後半がもたない感じです。
 市役所南側を午前9時にスタート。練習不足の身ですから、今日はともかくも完走が最大目標で、タイムがどうのこうのと言っていられません。それでも入りの1キロは6分を切っており、このくらいで進められればなどと気楽に考えつつ、かつての職場があった浜松駅前の古いビルの前で、約束通り応援に来てくれた袋井のM兄貴とハイタッチ。やはり自分のためだけの応援は嬉しいものです。
 コースを折れて北上が始まってからは空っ風との闘いでした。どんどん抜かれようと、ここで無駄に力を使っては後で響くから我慢、我慢です。長い坂を登り、航空自衛隊浜松基地沿いの単調な直線も我慢。ラップは6分20秒前後と、今まで参加したハーフマラソンでは格段に遅いのですが、仕方ありません。
 折り返して追い風になった後、18キロ過ぎぐらいから余裕があったらペースアップのつもりでしたが、そうはいかず、最後はペースダウンして2時間11分台でフィニッシュ。ハーフマラソンではワーストタイム更新ですが、とにかく走り通せたのは収穫でした。

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井伊直虎御膳

1dsc_0209_11  レースの後、バスで浜松駅に戻って、再びM兄貴と合流し、宿泊先のホテルクラウンパレス浜松最上階にある中国料理「鳳凰」で薬膳ランチ「井伊直虎御膳」をいただきました。
 そこそこの値段でしたが、品数はびっくりするほど多く、コストパフォーマンスは素晴らしい。もちろん味も。タイムが悪かった割にはお腹が空いていて、胃腸にやさしいメニューはとてもありがたかったです。
 本来ならこの後、温浴施設でサッパリしてからフェブラリーSで勝負、となるはずでしたが、太田周辺は全員管外に出てしまっているというあるまじき事態になっていたので、M兄貴には申し訳ないことながら、ここでそそくさと引き揚げる破目に。結果的に何もなかったとはいえ、太田に戻ったのは18時過ぎ。余計な心配をかけさせてはいけないなあと、今さらながら少々反省しました。

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2017年2月18日 (土)

前日輸送

 明日の浜松シティマラソンに向けて前日輸送ですが、太田からのバスが熊谷駅に着いた時には東京行きの上越新幹線が出発してしまい、無用に待つのも嫌だったので、初めて湘南新宿ラインの快速電車で上京することにしました。
 結構込んでいましたが、幸い座れてまずは赤羽まで。京浜東北線に乗り換え、秋葉原から総武線に乗って船橋に到着。2か月ぶりに旧宅で風通しと水道流しを済ませて、今度は総武線快速で東京に向かい、ようやく東海道新幹線で浜松へ。
 この車内で珍しいことに遭遇しました。三島駅を出た後、多少ウトウトしていたら車掌さんがやってきて、後ろの席に座っていた爺さんに「これ以上暴れたら降りてもらいます。警察を呼びますよ」と、関西イントネーションで警告したのです。
 そんなに騒ぎをしていたようには思えなかったので不審に感じていたら爺さん、新富士駅で本当に強制降車させられてしまいました。
 車掌さんが連絡を取り合っている時の話から推測すると、爺さんはどうも徘徊系らしく、乗車券も博多発だとか言っていました。「暴れる」という表現が文字通りだったとは思えませんが、東京駅で乗車した時から確かに後方の席がうるさく、婆さん軍団が旅行ではしゃいているんだとばかり思っていました。どうもそうではなく、婆さん軍団の中に爺さんが紛れ込み、あれこれとからかっていたのが鬱陶しくなった婆さん軍団が「迷惑だ」と車掌さんに連絡したようでした。全くの憶測ですが。
1dsc_0201_11  浜松に着いて、駅北口のホテルクラウンプラザ浜松に投宿。27年前の今頃、同期の盟友S君夫妻がここで挙式し、披露宴で友人代表としてスピーチをさせてもらったのでした。当時は「名鉄ホテル」でしたが、時の流れで名称が変わったとはいえ、リーズナブルなホテルです。
 今回もお世話になる袋井のM兄貴と、ホテルの北隣にある老舗鰻屋「八百徳」で鰻定食を堪能。明日も朝から応援に来てくれるという。本当にありがたいことです。

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2017年2月11日 (土)

金山城址発掘調査現地説明会

 太田市にある金山錠は、関東の山城では非常に珍しい石垣を持っています。今年度の発掘成果を紹介する現地説明会があり、出かけてきました。
 「城好き」を自称しながら、赴任以来、一度も金山城に行ったことがなかった理由はこの際、弁明いたしません。今回も半分は仕事みたいなものですが、あくまでも休日に個人的な興味で出かけたことに。
 金山という山は、ランニングで時折走った松風峠をその一部としていますが、頂上は200m以上あり、松風峠の最高点より100mほど高いのです。今回は諸事情により、金山城址ガイダンスセンターから歩いて登ったので、たぶん120mぐらいは上がったと思います。予定していたランニングは中止でしたが、結構な運動にはなりました。
 石垣は見事でしたが、どうも大部分は復元(にしても、積み方がきれい過ぎる)のようで、野趣には欠ける印象です。現説では、山城にとっての排水の重要性を強調し、発掘で巧みな構造の側溝や暗渠、それに防御壁も兼ねたと思われる側壁の役割などを解説してくれ、大いに頷かされました。

 山頂にある新田神社にお参りして、城の遺構などを見て歩いた後、ガイダンスセンターに戻ろうとして大弱り。ガイダンスセンターへ行く道の矢印が見当たらないのです。比較的近いと思われる金龍寺に下り、そこからセンターへ上っていくというあほらしい遠回り(といっても500mくらい)をさせられました。なってないんだよな~、こういう所が。

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2017年1月29日 (日)

映画「鉱毒」上映会

 休みのはずのきのうは午前中、「1%まちづくり事業発表会」取材、お昼は「大泉町子ども食堂」取材、夕方に「ぐんま平和の風 政策発表」取材と、普段よりよっぽど働いた後、17時からダニエルハウスで正月連載担当者の打ち上げ会。前橋からわざわざ同僚3人が来訪し、まあ3時間も飲めば余裕で電車に乗れるだろう…などと思ったのが甘かった。
 二次会でカラオケボックスに突入し、終わったのは0時前。前橋からの同僚のうち一人が車で、3人は代行運転で帰ったのでした。
 若者たちとのカラオケはつらい。平成生まれのくせに坂本冬美の歌なんか歌ってくれて、気を使ってくれた部分はあるにせよ、その歌が知っている限りで素人ナンバーワンだったりすると、複雑な感じもします。とか何とか書きつつ、こちらも喉が痛くなるほど歌ってしまったのでした。
 今日は午前中、映画「鉱毒」の上映会へ。これも仕事みたいなもんだけど、あくまでも映画鑑賞です。足尾鉱毒事件を田中正造の昔から、古河鉱業に責任を認めさせた太田市毛里田地区の農民たちの活動までをまとめたドキュメンタリー映画で、三国廉太郎がナレーションを担当していました。
 太田に来てから、足尾鉱毒の被害が田中正造の後もずっと続いていると知り、愕然としたものでした。被害の大きさはもちろん、それを自分がほとんど知らずにいたことにです。いくらか調べて、どういうことなのかがようやくわかってきた感じです。水に含まれる銅の濃度が高いと稲の育ちが悪くなり、こうした土を入れ替える土地改良がどれほど大変なのかを実感しました。
 昼食後、1時間弱のジョギング。脚部不安は解消されてはおらず、おっかなびっくりで8キロ程度。欲をかいた競馬は根岸S、シルクロードSとも3連複に1頭絡まず、すった。

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2017年1月15日 (日)

群馬洋らん展

 昨日は半日仕事をしてしまったので、今日は久しぶりの完全休日です。先週も駅伝を楽しんでいたから、久しぶりってのは不適当ですが、することが何も決まっていない休日は三が日以来ではあります。
 とは言っても、お目当てがありました。高崎市の高島屋で開かれている「群馬洋らん展」を見に行くことです。買い物を済ませて車で伊勢崎駅へ行き、両毛線で高崎へ。
 太田でも風花がちらついていましたが、伊勢崎では細かい雪に。新しいカジュアルコートと靴を下したらこのざまだ。幸い、積もるどころか濡れもしない程度でした。
 電車が動き出してから日差しが出ていたものの、前橋に向かうにつれて地面が真っ白に。朝方、それなりに降ったんでしょう。寒いとか何とか言ったって、太田に住んでいるのはありがたいことなんだと思わざるを得ません。
 高崎駅で降りる。駅ビルが6階建てだ!ロッテリアがある!都会じゃん!もう完全にお上りさん状態で、歩いているだけでワクワクしてしまいました。たった4か月半の太田暮らしで、すっかり田舎っぺになったのを自覚せずにはいられません。落ち着いてから考えてみても、人口では倍以上多い船橋市なんかより、はるかに洗練されているのは間違いないでしょう。
1dsc_0177_11  群馬洋らん展が開かれている高島屋は、建物自体は何となく全盛期の「西友」みたいでしたが、そんなことはどうでもよろしい。洋らん展の規模は船橋洋らん展の半分以下で、「雪でお客さんが全然来ない」とぼやいていました。こちらとしては、丹精込めて育てた蘭の数々をじっくりと眺めることができ、心休まるひと時を過ごすことができてラッキーでした。
 我が家にはまだないデンドロビウムの一種「ジプシーローズ」を1000円で購入。プラスチック鉢のままで育つとのことでした。駅ビルに戻って、群馬県民のソウルフードという「登利平」のレストランで、照焼定食をいただく。鶏肉好きなので、もちろんおいしいとは思いましたが、病みつきになるってほどではない気がしました。

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2017年1月 9日 (月)

第69回グリーン六郷駅伝

 社内走友会で新春恒例のグリーン六郷駅伝に、今年も2チームで出走しました。
 年末以来、雨が全く降らなかったのに、よりによって今日だけ降るのは不条理な気もしましたが、それよりも我ながら迂闊だったのは「風」の方でした。
 駅伝に備えて日曜日に帰省し、今朝は君津からアクアライン経由羽田空港行きの高速バスで出かけ、羽田から京浜急行で六郷土手駅に向かうつもりでした。電車より1時間近く早いはずが、低気圧による強風でアクアラインが通行止めになってしまい、慌てて内房線に乗る羽目になってしまったのです。結果的に、集合時間に間に合ってよかったけど。
 風はやんだのに小雨は止まず、雨を避ける場所のない多摩川河川敷の会場では辛いパターン。しゃがんでバッグの中を探っていた時、腰にビキッと痛みが走ったのです。「やばい、ぎっくり腰かよ」と思いましたが、動けないとか立てないといったことはなく、まあ何とか走れそうだったので、そのまま出走。
 腰痛の影響はあまりなかったものの、あまりの太目と練習不足で、この大会では過去最低のタイムだったと思います。走友たちにも腹の目立ち方を指摘されました。
 にもかかわらず、大会終了後は京急川崎駅近くの焼肉店で、飲めや食えやで楽しんでしまい、この先どう減量したらいいのかと少し悩んで電車と高速バスで爆睡してしまいました。メンバーの皆様、楽しい一日をありがとうございました。

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2017年1月 3日 (火)

三が日

 明けましておめでとうございます。君津の実家で過ごした三が日はかくの如しでした。

 1月1日(日)
 本来なら君津ニューイヤーマラソンに出走したかったけど、エントリーを忘れていました。無風、快晴と去年同様、絶好のコンディションでしたが…。
 代わりと言っては何ですが、「ニューイヤー駅伝」を初めてテレビ観戦しました。去年まではただの地味なイベントでしたが、群馬県民となったからには見ないわけにはいきません。って、力むほどのことはないにせよ、正午前ぐらいに太田市の中継所を通過するので、両親に「太田ってこんな所」と見せるのにうってつけだったのです。
 箱根駅伝の沿道に比べると格段にのどかですが、特に父は「道路があんなにまっすぐなんだ」と驚いていました。確かに、真っ平かつまっすぐです。
 序盤は20位以下だった旭化成がじわじわと順位を上げてトップに立ち、優勝するレース展開もなかなか面白かった。
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 夕方、小糸川ジョギングロードで走り初め。人見神社に上って初日の入りを眺めたのですが、去年に続いて賽銭を忘れてしまったため、初詣はやり直すことに。

 1月2日(月)
 箱根駅伝を見る以外はこれといってやることがなく、YouTubeで1970~80年代の競馬番組を見る。第1回ジャパンカップとか3200mだった秋の天皇賞とか何とも懐かしい。デッドヒートが長かったり(ホウヨウボーイとモンテプリンス)、もう伸びないのかと思ったところから強襲して杉本清アナウンサーの声がひっくり返っていたり(タケホープの天皇賞)、最近はああいうレースを見られなくなったのはどうしてなんだろう。

 1月3日(火)
 やはり箱根駅伝を見る以外にすることがありません。夕方、初詣のやり直しのため人見神社へジョギングし、母の健康回復と両親の無事を祈願しました。去年、祈願の甲斐あってか、母の体調も上向き加減になっているので、神様もうひと押しってところです。
 いつも出前を頼んでいる寿司屋が新年会で多忙といい、こちらから取りに行った。小僧寿しと一緒じゃん、これじゃ。

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2016年12月29日 (木)

御用納め~帰省

 この年末年始は29日から年明け3日まで6連休です。入社して30年、世間並に年末年始休みを取れたのは初めてです。
 29日朝、バスターミナルおおたから熊谷駅に向かい、新幹線に乗ろうと回数券を自動改札機に通そうとしたら警告音。そうだった、新幹線の回数券はGWやお盆、年末年始は使えないのです。やむなく切符を買って、予定通りの「あさま」に乗車。案外、空いていました。
1dsc_0109_11  朝の東京駅といえば当然、「果樹園」に直行。10時前にしては意外と空いており、ここしばらく頑張り通しだったので「シェフのおまかせパンケーキ」(=写真上)を奮発しました。こればっかりは太田には類似品もないしね。
1dsc_0110_11  船橋の旧宅に寄って風を通し、水道を流した後、東武百貨店船橋店で何か帰省土産になるものはないかと探しましたが、レジに長大な行列ができていて断念。手土産は結局、太田であった交流都市物産朝市で買った「バリィさんのみかんジュース」(=写真左)だけになってしまった。
 夕方、小糸川ジョギングロードで10キロほど走る。しばらくぶりなので「馬なり」のつもりが、キロ6分弱ペースで走り通してしまった。帰省は骨休めではなく、年明け9日に控えている駅伝のための特訓が目的でもあるのです。

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2016年12月19日 (月)

「通し狂言 仮名手本忠臣蔵」

1dsc_0104_11  慌ただしい時期に平日休みが付いていたので、国立劇場で上演中の歌舞伎「通し狂言 仮名手本忠臣蔵」の第三部を観に行きました。
 平日を潰せば後に響くことは百も承知で上京したのはなぜか。この第三部は八段目から十一段目までですが、この十段目が滅多に上演されないので、どうしても観たかったのです。
 プログラムに出ている読み物によれば、戦後70年間に十段目が演じられたのはこれまで4回だけのようです。この調子だと、今回見逃したら生きている間に十段目が上演される機会はないかもしれません。
 「天川屋義平は男でござる」という啖呵は有名なのに、どうして上演されないのか。かつて聞いたところでは、「全体としてあまり面白くないから不評」なんだそうです。観た感想を言えば、そんなことはないと思うのですが。
 十一段目、高師直邸に討ち入った浪士の一人が池に落ちる場面で、かつらが外れてしまうハプニングがありました。10月に桐生市で聞いた素浄瑠璃の会では三味線の糸が切れましたが、今年は何だかハプニングづいていたのかもしれません。
 ちょっとショックなことも。イヤホンガイドのプリペイドカードである「くまどりんカード」が、何と有効期限切れでした。最後に利用してから2年以上たつと無効になってしまうのですが、よもやそんなに使っていなかったとは。確か、あと10回分以上は残っていたはずなのに…。
 公演終了後、大手町の本社内にある診療所に寄り道してインフルエンザの予防接種を受け、太田に戻りました。

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2016年12月 4日 (日)

面接授業「群馬の考古学 3」

 前橋市の放送大学群馬学習センターで3、4日の二日間、「群馬の考古学 3」を受講しました。
1dsc_0001_11 面接授業を受けた学習センターはこれで7か所目。前橋駅から歩いてみましたが、HPの地図が不出来なせいで道に迷ってしまい、20分ほど遅刻しました。ところが、講師の群馬県立歴史博物館長の右島和夫先生はもっと遅れたので、事なきを得ました。
 群馬で考古学といえば「岩宿の発見」ですが、今回はもっと後の古墳時代がテーマ。群馬県には前方後円墳が数多くあり、太田市の天神山古墳は東日本最大とのこと。って、いつもジョギングしている途中にある古墳じゃん。しかも出入り自由だそうで、今度通ったら探検してみよう。
 この授業を選んだ理由の一つは、同博物館や周辺の古墳を見学することができるからですが、4日朝が8時半集合とのこと。太田から通っていては間に合わないので、急きょ前橋市内のビジネスホテルに電話して予約。見学バス代などを払う際、センターHPの地図にダメ出しをしておこうと思っていましたが、職員の方たちが親切だったので、余計なことは言わないことにしました。
 ある程度、予想というか覚悟はしていましたが、群馬学習センターや宿泊先の周辺には飲食店が少なく、コンビニもろくにありません。昼も夜も、食事はスーパーで買った弁当になってしまいました。
1dsc_0073_11 4日は午前中、県立歴史博物館を自由見学。おそらく、どこの県でも似たようなものだと思いますが、常設展の歴史表示の偏りというか力の入れ所というか、かなり大胆になっています。
 群馬県お得意の古墳文化は長いし、埴輪から何から展示物が多いのですが、平安~鎌倉期はほぼ飛ばされています。謡曲「鉢の木」の舞台は今の高崎市辺りなんだから入れておけばいいのにと思いましたが、創作だからダメか。鎌倉末期からは新田義貞が歴史の中心人物で、足利尊氏なんか存在感ゼロです。仲良くなった高崎育ちの受講生Tさんは「群馬県は新田義貞なんですよね~」といい、よそ者が考える以上に重みがあるらしい。
 戦国期もあってなきが如し。「真田丸」の影響で今後、見直しがあるかもしれません。
 江戸時代、利根川水運の展示はかなり力が入っています。利根川水運は千葉県の関宿から今の江戸川に入っておしまいかと思っていましたが、こんな方まで使われていたとは。館林といえば徳川綱吉のはずですが、なぜかその名はなく、綱吉以外で出世した人の一覧がありました。幕末もちょっとだけ。
 明治に入ると富岡製糸場を中心に養蚕業の繁栄が手厚く、戦前は中島飛行機といった具合。
 ここも周辺に飲食店が乏しく、ミュージアムショップで販売しているパンを買って、公園のベンチでTさんと談笑しながらいただく。「みそコッペ」、なかなかいけます。ショップには浮世絵絵葉書があり、珍しいことに月岡芳年の作品が数種類あったので即ゲットしました。
1dsc_0090_11 午後からは博物館周辺にある古墳数か所を見学。写真は観音山古墳 で、石室内部も見ることができました。
1dsc_0097_11 古墳見学からの帰途、バスの窓から「ショベルカーの展示場」のようなものが見えました。珍しいのですが、よく見ると、内部を取り壊して片づけた店舗の中にショベルカーが置いてあっただけのようです。珍しいことには変わりないでしょうけど。

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2016年11月24日 (木)

外が寒すぎるとエアコン暖房が止まる!

1dsc_0384  予報通り雪となった朝、8時半頃だったか、部屋のエアコンの暖房が落ちたのだけど、故障を示すランプが点灯していなかったから心配なかろうと不安をかき消して出かけたのですが…。
 雪は昼過ぎにやみ、仕事から戻ってきた後は、家の周りの雪かき。大した量じゃないけど、明朝の凍結間違いなしなので、夕方のうちにやっておかないといけません。集合住宅生活が長く、車を持っていなかった身としては、公共的な雪かきは生まれて初めてです。
 冷え切った室内を暖めるべく、エアコンの暖房スイッチを入れ、元気よく動いていたので安心していたら、1時間ほどたったところで急に暖気が出てこなくなりました。いったん電源を落とし、しばらくして再びスイッチを入れてみましたが、同じことの繰り返しです。
 「この極寒の夜に故障かよ」と頭に来ましたが、故障にしてはリモコンで作動するのは妙です。ネットで調べた結果、「雪の日はエアコンは停止してしまう」という電気屋さんのブログ記事が見つかりました。室外機が凍結するほど寒いと、エアコンの暖房は停止するものだそうです。
 知らなかった…。知ったところで、どうしようもありません。事務所側の倉庫に電気ストーブが2台あったのを思い出し、これで急場はしのいで、ともかく早寝をしました。
 翌朝、事務所側のエアコン室外機を見たら、確かに一部凍結していました。それでも暖房は止まらなかったけど、家庭用とは多少違うのかな。

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