2018年4月14日 (土)

「ペンタゴンペーパーズ」

 夕方からイオンシネマ太田で「ペンタゴンペーパーズ」を鑑賞。この映画で描かれている話は入社したての1986年、赴任地の浜松市で杉山隆男著「メディアの興亡」を読んで知ったのでした。
 「メディアの興亡」では「ペンタゴンペーパーズ」をすっぱ抜いたニューヨークタイムズのニール・シーハンを招いたベトナム報道での「戦友」大森実・元毎日新聞外信部長が、同社の元幹部と引き合わせた時、シーハンが「NYタイムズ幹部のジェームズ・レストンが『政府と戦えばタイムズの財政が厳しくなる。そうしたらビルの1階を売って2階に輪転機を上げ、さらに苦しくなれば2階を売って…』と一席ぶった」と話したことが描かれています。
 といっても、読んだのは30年以上も前。この話がNYタイムズだったのか、ネタを追い掛けたワシントンポストの方だったのか、記憶がいい加減になっていました。
 この映画はワシントンポストを舞台としているので、レストンの演説は出てきません。とはいえ、企業経営と新聞の使命との間で苦慮があったのは同じ。「俺は偉くならなくて(なれなくて、か)よかったな~」というのが偽らざる感想です。
 活字印刷は私も事実上、まったく知らないのですが、知識はあります。その点で、映画は活字時代の制作工程を驚くほど見事に再現していました。

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2018年4月 8日 (日)

岩宿博物館

 休刊日だというのに、隣接する(といっても遠い)みどり市の市長選が告示されるため、その手伝いに行く。望まれた任務は全く果たせませんでしたが、実際はというと「任務を果たせないこと」こそ望まれていたというか、「やったけどだめでした」という実績を残すことが任務だったのでした。
 「任務」は午前11時過ぎには完了してしまって手持無沙汰になったので、割と近くにある岩宿博物館を見学しにいきました。岩宿遺跡といえば、日本にも旧石器時代があったことを示す黒曜石の石器と土器が見つかった場所です。展示されているのは複製品がほとんどとはいえ、戦後間もない時期にこんな大発見があり、明治大学が調査した様子の写真を見ると、考古学にかける情熱みたいなものが伝わってくる気がします。
 博物館から数百メートル離れた岩宿遺跡も見に行きました。率直に言って、あまり感動する要素は見当たりませんでした。

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2018年4月 2日 (月)

猿ヶ京関所、名胡桃城址など

 宿泊した「湖城閣」という名前でわかる通り、猿ヶ京はダム湖に面しています。思い出のドライブインはたぶん南の方にあって、現在は日帰り温泉施設になっている建物じゃないかと思います。「湖城閣」は北の方で、ここへの進入路と国道17号の交差点に「猿ヶ京関所跡」がありました。
 滅多に来る場所じゃないので200円払って資料館を見学すると、意外にディープな歴史スポットでした。幕末に活躍した川路聖謨が佐渡奉行として赴任する際の通行手形や再現した食事のレシピ、良寛さまが通ったことを示す史料とか、なかなか見応えがあります。関所の建物自体、細工が見事な桟や欄間がよく残っていました。
 帰りは関越道を通らず、その昔の帰省と同じく国道17号を走ることに。どの辺りだったかわかりませんが、1969年夏の全国高校野球選手権決勝戦、三沢対松山商の延長18回引き分け試合は新潟から戻る際に車のラジオで聞いていました。暑かったし、何だか道も土埃っぽかったような覚えもあります。
 月夜野に着く前、名胡桃城址がありました。猿ヶ京関所資料館の人に勧められたので寄ってみたら、山城(というか砦)の造りがよくわかるように整備されていました。ここにも資料館があり、のぞいてみると上毛新聞に連載された「真田三代」の名胡桃城に関する章が展示されています。何となく面白そう。大河ドラマ「真田丸」はほとんど見ていなかったからわからなかったけど、ここは結構重要な場所だったのです。太田に帰ったら読んでみよう。
 せっかくだから、沼田城址も見に行く。結論を言うと、全体が公園化されていて、城址としてはしょぼい印象です。明治期の貴重な建物は立派でしたが。
 この先、渋川市の国道17号沿いに「永井食堂」というもつ煮定食で有名な店があるというので、昼食に寄るのを楽しみにしていました。ところが、道路工事で渋滞しており、やっと着いた店は店で駐車場が大混雑です。さっさと諦め、太田に戻って「いきなりステーキ」となってしまいました。

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2018年4月 1日 (日)

「織田信長と上野国」

 連休なので、思い立って新潟県境近くの猿ヶ京温泉へ遊びに行くことにしました。まずは群馬県立歴史博物館で開かれている企画展「織田信長と上野国」を見に高崎市へ。
 先日、上野三碑を見に行った時に初めて気づいたのですが、この博物館は国道354号バイパスからそう遠くありません。おととし12月に放送大学の面接授業で出かけた時は、高崎市といってもどこなのかさっぱりわかりませんでしたが、太田からバイパス一本で近くまで行けるとは驚きでした。
 企画展のタイトルは信長ですが、実際の主役は上野国に派遣された滝川一益です。司馬遼太郎の小説などでは、本能寺の変で信長という後ろ盾をなくした一益は北条軍に打ち負かされてほうほうの体で上方へ逃げ帰り、いっぺんに老けたとされています。
 残された書状などでは若干、事情が異なっていたようです。本能寺の変を知っても一益は動揺した様子を見せておらず、北条軍と激突した神流川の合戦も初日は滝川勢の勝ち、二日目はコテンパンにやられたとのことでした。
 もう一つ、一益は清須会議に間に合わなかったというのも以外でした。
 一益関連の資料はあまり多くないようで、展示は少々物足りません。面白かったのは、企画展入り口で「どの俳優が演じた信長がイメージに合うか」の人気投票を行っていたこと。直近の市川海老蔵が一番人気でしたが、僕は「国盗り物語」の高橋英樹さんに一票を入れました。

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猿ヶ京温泉

 歴史博物館を出た後、前橋へ向かおうとすると「絶品スープスパゲティー」といった看板につられてその店に入る。戸を開いた時にやめればよかったのだが、つい奥まで行ってしまった。どうもゲーセンだかパチンコ屋だかの食堂が一般客も迎え入れているようだった。
 仕方なくナポリタンを注文。待たされる、音はうるさい、タバコの臭いがすると最悪だったけど、出てきたナポリタンは540円としてはなかなかの出来。パスタの街・高崎侮るべからず、でした。
 前橋支局に書類を置いて一路、猿ヶ京温泉へ。子供の頃、父の実家がある現在の新潟県十日町市へお盆に帰省する時は、一家四人でマイカー利用。エアコンのない時代だったから、暑さと渋滞をいくらかでも避けるため、夜中に車を走らせて田舎へは朝に着く旅程でした。
 子供だったから車の中ではほとんど寝ていましたが、父はたいてい猿ヶ京温泉のドライブインで未明に休憩しました。母方の祖父も同行した時、ここでエビフライ定食をごちそうになったのが忘れられない思い出です。それで猿ヶ京にこだわっているのです。
 昔はなかった関越自動車道の月夜野インターで下り、昔と同じく国道17号を北へ。猿ヶ京温泉の旅館「湖城閣」には15時頃に到着しました。
 日曜日なので客は少なく、大浴場や露天風呂もほぼ独占状態。混浴の樽風呂なんてのもありましたが、この日は女性客がいなかったので気楽でした。
 夕食は上州牛のすき焼きがメーンでしたが、あいにくとそれほど印象には残らず。

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2018年3月27日 (火)

56年余りの人生初の出来事

 仕事帰りにスーパー「とりせん」(埼玉北部、群馬、栃木が勢力圏)八幡町店に寄り道し、ガラポンの列に並びました。1回の買い物額1000円(税別)につき1個押してくれるスタンプ5個につき1回、ガラポンを回せるのです。
 狙いは下から2番目の缶ジュースだったのですが、5回挑戦したうちの1回が何と一等賞で、店員さんが鈴を鳴らして祝福してくれました。いや恥ずかしかったこと。
 一等賞は500mlの「綾鷹」1ケース(24本入り)。後で同じ商品の価格を見たら1530円(税別)でした。
 運動会、模擬テストその他、これまで56年余りの人生で「一等賞」をいただいたのはこれが初めてです。
 表示上の公開日時よりずっと後に書いていますが、この翌朝、在阪当時の「親分」の訃報が知らされました。まだ65歳、昨年4月には高知まで快気祝いに出かけたのが、会った最後になろうとは。同11月に大阪へ遊びに出かけた際、かつての職場の先輩たちがたくさん集まってくれ、その場で親分とみんな電話で話したのが最後の会話でした。

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2018年3月22日 (木)

40年ぶりの再会

 小学校の同級生だったT沢君と40年ぶりに再会しました。
 T沢君は2年生の時に転校してきて、同じ頃に転校してきたN尾君と仲良しでしたが、とある日の帰り道、僕も一緒になって3人で仲良くなり、N尾君のお母さんが始めた英語塾で一緒に勉強するようになりました。同じクラスだったのは2年生の時だけでしたが、英語塾のおかげでずっと付き合っていたのです。
 T沢君は6年生の2学期に転校し、その後会ったのは2度だけ。最後は高校1年生の時、駿台予備校の夏期講習か実力テストで偶然、御茶ノ水駅近くで会った覚えがあります。
 その後、T沢君は群馬大学医学部に進んだとまでは聞いていましたが、年賀状のやり取りなどしていなかったので消息は知らずにいました。
 僕が太田市に引っ越して3か月ほどたった2016年12月頃、市の「広報おおた」の最終ページに地元の医師たちが交代で書いているコラムを見たら、顔写真が何となく見覚えのある人でした。改めて氏名を見ると、T沢君だったのです。驚いたのなんの。太田で産婦人科医院を開いていたのでした。
 かといって、一人のオッサンとしては産婦人科医院はどうも訪ねにくい。昨年6月、たまたま市内の別の産婦人科医と顔を合わせる機会があり、「実はT沢先生と幼馴染なんです」と話したら、この先生が話をつないでくれたらしく、秋になってT沢君がわが事務所を訪ねてくれました。残念ながら僕は不在だったので、こちらから折り返し電話をし、日中は市役所の市政記者室にたいていいることなどを話しました。
 年が明けてから草津白根山の噴火などであわただしく、T沢君に連絡もできずに時間だけがたっていましたが、今日、T沢君が市政記者室に来てくれたのでした。
 子供の頃の友達たちの消息など、知っている限りのことを話して、懐かしいひと時を過ごしました。それにしても、医者にしてはあまりにもラフな格好で、見てくれだけではこの人が医者だと見抜ける人はまずいないだろうなと思うほど。体面を気にしないのは、患者さんにも気楽な印象を持たれていいのかもしれません。
 折を見て、ゆっくりと昼飯でも食べながらまた話そうと思っています。

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2018年3月17日 (土)

北海道物産展

 2か月半ぶりに帰省。太田へ戻る途中、本社の診療所に寄り道する予定なので、今回も電車です。
 船橋の旧宅で風通しなどをした後、東武百貨店船橋店でこの時期恒例の北海道物産展をのぞく。デパートのない太田では、イオンあたりで駅弁大会があるのがせいぜいで、いろいろな食べ物を選べる物産展は貴重です。
 両親の夕食用に豊平館のステーキ弁当を購入。ミニサイズと普通サイズの価格差が300円ぐらいなのはなぜだろう。ミニが高級肉なのか、普通サイズがお得なのか。毎度のことながら、北菓楼のおかき数種類も買って帰り、両親には喜んでもらえました。

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2018年3月14日 (水)

危機一髪

 館林市と西隣の邑楽町にまたがる多々良沼という、ハクチョウの越冬地があり、ここでヨシ焼きが行われました。
 ヨシ焼きといえばもっと東の渡良瀬遊水地が有名ですが、広大なだけに遠巻きに見物することになっています。一方、多々良沼はかなり炎の近くで眺めることができるのです。
 9時に沼のあちこちで点火し、沼の西端で通称「ガバ沼」という、数多くのハクチョウが羽を休めている辺りも火が煙が回ってくると、驚いて飛び立ちます。その様子をアマチュアカメラマンたちがパシャパシャと撮るわけです。
 僕もあちこちでもうちょっと迫力のある絵が撮れないかと動き回っていると、携帯電話が鳴り始めました。出ると、到着した後に名刺交換したばかりの、ヨシ焼きを担当する団体の代表の方が「あなたの車が燃えそうになっています。早く戻って来てください」という。
 指定された集合場所に駐車していたのですが、確かに沼の際ではありました。たぶん600mぐらい走って戻ると、「燃えそう」は大げさとしても、風が吹いたらあるいは危なっかしい感じではありました。急いで車を移動させ、仕事的にはもう終わっていたので、そのまま現場を立ち去りました。
 長年、ジョギングに励んできましたが、実生活で役に立ったのは初めてでした。

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2018年3月11日 (日)

はるな梅マラソン&長岡寺ライブ

1dsc_0615  6時半に朝食をとって、7時半過ぎにホテルを出発。指定の駐車場には順調に到着して、シャトルバスでスタート会場へ。
 大会規模からして荷物預かりはないのかと思っていたら、ちゃんとありました。いろいろと行き届いていて、いい運営だと感心させられました。
 本当はハーフマラソンに出たかったけど、申し込みが遅くて11キロの部になりました。コース図を見ると、ハーフは5キロ~10キロ地点で100m以上上るきついコースです。それを考えると11キロでよかったと思ったら甘かったのでした。11キロも途中に激坂があり、この坂の3分の1は歩かざるを得なかったのです。タイムは1時間7分台。平坦コースなら1時間ってとこですが、坂にやられました。
 着替えなど後始末をして駐車場に戻ったのは11時40分過ぎ。急いで太田に帰ってきたのが13時10分頃。シャワーを浴びて仕事モードに切り替え、東日本大震災復興支援ライブが開かれる長岡寺(ちょうこうじ)へと向かう。
 ここで黙とうの様子や、福島県浪江町から避難しているシンガーソングライター牛来(ごらい)美佳さんのステージなどを取材して、支局に引き返して出稿などを完了したのが18時過ぎ。
 11キロ走って昼食抜きで働いてきつかったのは確かですが、あの日、被災した方々はみんなこんな具合だったのだろうかと思わされました。夕食にありつけるだけでも、被災地とは大違いではありますが。

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2018年3月10日 (土)

上野三碑めぐり

 あす11日は高崎市で行われる「はるな梅マラソン」に出走し、終わった後は梅林めぐりでもしようと思っていたら、「3・11」取材を免れることはできず、太田へとんぼ返りすることになりました。ゼッケン受け取りが当日朝なのを考えると、前泊するに越したことはありません。
 となると、前日の今日、何かそれらしいことをしたいもの。伊勢崎のシャンゴで昼食をとりつつ、生「上野三碑」を見に行こうと思いつきました。
 「上野三碑」とは高崎市にある「多胡碑」「山上碑」「金井沢碑」のこと。いずれも7~8世紀の石碑で、漢字で仏教の広がりや先祖の追善などが記されています。
 何と2017年10月、世界記憶遺産に登録されたばかりですが、その道に詳しい人と群馬県民以外には知られていないんじゃないかと思います。僕自身、「三碑」の存在は知っていても、個別の名称はちゃんと言えませんでした。
 地図を見ると、三碑は車で1時間もあれば回れそうな場所にあります。まず、カーナビの電話番号検索で多胡碑記念館へ。三碑そのものはいつでも見学可能ですが、ガラス越しになります。今の時期だけ、ガラス戸を開いて公開しているのが貴重なチャンスというわけです。
1img_20180310_203445  結局、到着が16時を過ぎてしまった3か所目の金井沢碑だけ「生」でのご対面を果たせませんでしたが、三碑の由来を知ることができてよかったと思います。
 宿泊はアパホテル高崎駅前。大浴場があるのはいいとして、アパホテルのシングルってこんなに狭かったっけという印象です。セミダブルベッドで寝心地はよかったけど、ゴロゴロ付きのスーツケースなんか持っている人には辛い感じです。
1dsc_0611  夕食は高崎オーパ内の「からあげセンター」で「山賊焼き定食デラックス」。ミニラーメン付きということでしたが、ミニどころか十分、普通サイズでした。量が多すぎて、明日のレースに差し支えると思われるほど。

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2018年2月25日 (日)

東京マラソン

 太田に引っ越してから1年半ぶりに船橋の「わが家」で寝泊まりし、6時過ぎに出発。総武線の各駅停車で座って行き、作戦通り?四ツ谷駅のトイレで用足しを済ませてから新宿駅へ。
 スタート会場の東京都庁へ歩く。かつて仕事で何度も通った道だけど、歩くのは16年ぶりぐらいでしょうか。来し方を思えば、幾ばくかの感慨がないでもありません。
 着替えを済ませて手荷物を指定のトラックに預けるまではスムーズでしたが、小用を済ませるのに30分以上かかり、整列にはギリギリ間に合いました。号砲からスタートラインにたどり着くまで15分ほど、スタート時の紙吹雪を拾ったら桜の花びらの形でした。
 曇り空でほぼ無風、マラソンには絶好のコンディションです。序盤7キロぐらいが下り基調で残りはほぼ真っ平なコースで、ともかく突っ込み過ぎずに進むことが肝心ですが、周囲は飛ばす飛ばす。つられないように心の手綱を引っ張るのですが、こちらもいくらか掛かっていたかもしれません。
 大学に入った頃は今の防衛省近く(当時は自衛隊市谷駐屯地)に住んでいたので、新宿から靖国通り、市ヶ谷、飯田橋と進む辺りは懐かしい思いがします。仕事帰りに飲み屋街に寄った神田、日本橋を過ぎて北上する辺りから浅草にかけては、あまり思い出のない一帯でしたが、13キロ過ぎの蔵前付近(だったと思う)で、反対側の沿道から大きな声で名前を呼ばれたのです。ここで知り合いがいる認識はなく、手を振ってありがたい応援にこたえておきましたが、声援をいただけるのは本当にうれしい。
 実のところ、走り始めてから先週の疲れがまだ残っていることがわかり、どこで脚色がいっぱいになってしまうのか不安でした。会社の先輩カメラマンのIさんが中間点過ぎの門前仲町で待っているのは知っていたので、せめてそこまでは持たせたい。富岡八幡宮を折り返して門前仲町付近に戻ってきたら、いたいたIさん。ノッポのカメラマンだからすぐわかるし、Iさんもこちらのウェアを知っていたのですぐ声を掛けてパシャパシャと撮ってくれました。
 Iさんは地元のランニングクラブのメンバーたちと出場者の応援に来ていて、僕は「ついで」だったのですが、寒い中待ち続けていたメンバーさんたちは快くハイタッチで励ましてくれました。皆さん、抽選で外れて残念だったのに、こんなに応援してくれて…。「こりゃ絶対に裏切れないな」と気持ちが引き締まりました。
 1回トイレに寄りましたが、ロスタイムは5分足らず。ここから30キロ地点までをバテないようにそーっと進めれば後はどうにかなると思い、その通りには進んだものの、やはり疲れていたのか、走ってきた道を戻っているという認識がほとんどありませんでした。京橋から銀座、ここも思い出深い場所ですが、懐かしがっている余裕はありません。日比谷公園の角を南に曲がる辺りでGPSウォッチが電池不足になってしまい、ラップタイムがわからなくなってしまいました。時計としては動いていたので、距離表示ごとにチェックしてペースを把握することはできました。
 「反対側の走路を戻ってきた人たちはサブ4だな~」などと思いつつ、こちらはあと11キロちょっと。バテてはいないけど、終盤にペースアップできる余裕はなさそうです。増上寺を過ぎ、母校のある田町を過ぎて、エアーサロンパスの配布があり、受け取ったのに何たること、キャップが外せません。無理やり取ったけど、ほぼ噴射することができず、時間の無駄になってしまいました。
 でも、気落ちしているわけにはいきません。品川駅北で折り返し、最後のひと踏ん張り。ここからは1キロが長かった。41キロを過ぎて丸の内仲通りの石畳は走りにくかったけど、ここの声援は本当に大きくて、どうしてこんなに応援してくれるのか感激したほど。どうにか5時間12分55秒でゴールにたどり着きました。
 曇りで気温が低いままだったうえ、風も強くなっていたので、走り終わった後に配られた薄いアルミシートがとてもありがたかったです。荷物受け取りはゴールからそう遠くない馬場先門でしたが、この辺りは閑散としていて寂しかったのが残念でした。遠くても日比谷公園は賑わっていたのかもしれません。
 着替えた後は速攻で東京駅へ。「果実園」の近くを通ったらものすごい行列ができており、ケーキ購入は断念。新幹線で熊谷駅に行き、今度は太田行きのバスを逃さず、いつも通りに「源泉湯乃庵」でゆっくりと体を休めて、2週連続のわが「お祭り」は無事に終わったのでした。

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2018年2月24日 (土)

東京マラソン前日

 調教不足のまま京都マラソンで1年4か月ぶりのフルマラソンを走った反動が心配でしたが、回復は早くて週半ばには筋肉痛も治まっていました。これなら東京マラソンは5時間切りも可能ではと思いつつ上京して、午後からゼッケン受け取り会場の東京ビッグサイトへ。
1dsc_0604  3万人以上が参加する割には人通りが多くない。木曜日から受け付けているからさっさと手続した人が結構いるのかなと思ったら大間違い。誘導に従って建物の屋上に上がったら長蛇の列ができていた。
 穏やかな晴れだったからいいけど、雨が降っていたら、この段階で出走取消にしちゃいそうでした。30分ちょっとで屋内に進み、ゼッケンや参加賞のTシャツなどを受け取った後、警備用のリストバンドを巻かれて顔写真を撮影されました。
 万一の事態に巻き込まれたら有効だとは理解していても、こうまでして参加するほどのことなのかと疑問に感じずにはいられません。
 旧宅に宿泊するため船橋へ。船橋駅には南口にJR系のホテルが完成し、それに伴って駅ビルのシャポーも大改装されていました。レストラン街などは一新されていて、かつてあった店はほとんど撤退していました。しゃれた飲食店ばかりになっていましたが、どこも4桁メニューになっていました。ピーターパンで朝食用のパンを買って、夕食は新船橋のイオンにある懐かしの「唐庄酒家」で酸辣湯麵などでカーボローディング。

 

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2018年2月18日 (日)

京都マラソン

 関西関係の記事はこちらへ。

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判断ミス

 京都駅で鱧寿司を買って新幹線内でいただき、東京に着くまでの間、ちょっとはまどろんだのですが、いざ下車しようと立ち上がった時、両膝が固まったようになっていて驚きました。やっぱりフルマラソンは甘くありません。
 上越新幹線で熊谷まで行くのに、東京都内までの乗車券を持っているから、「特急券だけ買って下車の際、精算すればいいだろう」と思っていたら、自動改札ではねられてしまった。仕方なく窓口で乗車券を買い直したため、乗ろうとしていた列車の発車時刻が過ぎてしまった。次の列車も熊谷に止まるのでラッキーと思ったら、雪の影響で当初乗ろうとした列車も遅れていた。しかし、ホームが違うから疲れた脚で重い荷物を持って階段の上り下りをするのは嫌だなと、次の列車にそのまま乗ることにしました。
 これが判断ミス。時刻表通りなら、この列車でも熊谷駅から太田駅に行くバスに余裕で乗れますが、やはり雪の影響で遅れたため、熊谷駅到着時に「あと3分しかない」状態でした。
 疲れた体に鞭を打ってバス停に向かい、太田行きバスの運ちゃんに後方から手を振って合図したのに、気付かなかったのか無情にも出発してしましました。次のバスまで50分ほど待つため、駅構内のラーメン店で台湾ラーメンと炒飯を食べて時間つぶし。可もなく不可もなしでした。

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2018年2月17日 (土)

京都マラソン前日輸送

 関西関係の記事はこちらで。

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2018年2月 9日 (金)

また草津~計9日目

 2度目の草津噴火警戒滞在も今日でおしまい。この日は臨時町議会があり、町長が草津国際スキー場のロープウェー廃止と中腹から上のゲレンデの閉鎖を公式に表明しました。
 何らかの異論が出るかと思ったら、どの町議も「やむなし」との判断でした。やはりロープウェーのゴンドラに噴石が直撃した以上、それを再び動かそうというのは無理筋だということです。
 観光だけが頼りの小さな町で、大きな収益源だったロープウェーと一部のゲレンデを失うのは経営上、手痛いのは素人目にも明らかですが、安全確保ができない以上、仕方ないでしょう。こうした感想は他人事だから書けるのですが、当事者としてそうと決めるのはどれほど厳しかったことか。
 原稿と写真を出した後、前橋に寄ってゲラを確認し、太田に戻ったのは夜1時過ぎでした。

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2018年2月 8日 (木)

また草津~計8日目

 前回は町役場に「報道控室」が設けられていましたが、大半の新聞・テレビ局の記者が現地から撤退したこともあり、今回はありません。執筆などはホテルの部屋で行えばいいのですが、「記者クラブ」慣れしている身には何となく落ち着かない気もします。
 草津町役場の隣にあるバスターミナルのビル3階に「温泉図書館」があり、午前中はここで各紙の記事をチェック。主要6紙と地元の上毛新聞のほか、なぜか「福島民友新聞」「福島民報」も置いてありました。隣接する長野県の「信濃毎日新聞」ならともかく、相当離れた福島県の地元紙がどうしてここにあるのか、そのわけを職員の人に聞けばよかったと後悔しています。
 この日はデスクの「助け舟」ネタを仕上げておしまい。

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2018年2月 7日 (水)

また草津~計7日目

 前回と違って全国版の夕刊、朝刊の記事を心配する必要がほとんどなく、地方版をどうつないでいくかが日々の課題です。要はネタさえ見つかれば、その日は左うちわで過ごせるのです。
 朝、ホテルを出る時に驚きました。よく入口脇に掲示されている「○○様ご一行様」というのがズラリと並んだ看板に、僕の名前だけが出ていたのです。
 「ご一行様」ってシングル客だぜ。それも1枚だけとは…。
 噴火以来、宿泊キャンセルが相次いでいるとは聞いていましたが、如実に表れている感じです。といって、これをネタにするわけにはいかないな~。
 もっとも、夜から名門「草津スキー倶楽部」(複合の荻原兄弟が育ったクラブ)の会合があり、それを取材して出稿し、この日の仕事は完了。「壁耳」やったのは何十年ぶりだろう。

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2018年2月 6日 (火)

また草津~計6日目

 今日からまた草津白根山の噴火警戒要員で出張。装備はバッチリだから余裕だぜと、改めて新聞の天気予報欄を見ると、草津には雪マークが続いているじゃないですか。
 前回は初日こそ吹雪だったけど、2日目からは晴れていたのでそれほど苦労はしませんでした。噴火からはずっと雪が続いていたといい、その苦労がしのばれたものです。
 午後から車で草津町に向かうと、たまに雪が降る程度で実際はほぼ晴れでした。宿泊先も同じホテルです。町役場の報道控室がなくなって仕事場所に困っていた後輩(前回とは別人だが同姓)に部屋の机を提供し、一緒だと鬱陶しいだろうと僕は堂々と大浴場に向かいました。
 ついに、明るいうちに草津温泉に入れたのです!
 朝風呂オンリーだった前回、さすがに寒くて露天風呂には出られませんでしたが、その「夢」も果たせました。このホテルの露天風呂は結構深くて、小柄な人だと入るのが大変な感じです。
 部屋に戻ると、後輩の仕事もほぼ終わっていたので夕食に誘う。すると、「生姜焼き定食がお薦めの店があります」と好反応。警察官に教えてもらったという「暖(だん)」に早速行ってみました。
1dsc_0582  出てきた「生姜焼き定食」を見てびっくり。普通は肉が平べったいのに、厚さが2センチはありそうだったのです。ポークステーキとかトンテキと呼ぶ方がふさわしい感じで、1500円は結構お得感がありました。店は2階にあって湯畑の眺めもよく、すっかり観光客気分を味わったのでした。

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2018年2月 4日 (日)

初めて聴く生「第九」

1dsc_0572  昨年11月のジュビロ磐田メモリアルハーフマラソン「前夜祭」で、磐田のK兄貴が「第九」合唱をやり始めて発表会があるというので、みんなして観に(聴きに)行こうという話になり、今日4日、静岡県袋井市の「月見の里学遊館 うさぎホール」で開かれました。
 草津出張から休みなく働かされたせいもあって?、あわてて準備したため、K兄貴が送ってくれた肝心の招待券を忘れる大失態をしでかしましたが、「当日券を買えばいいさ」とケチな僕でも簡単に開き直れるのがアマチュアの発表会のいいところ。朝は東京駅に出て、久し振りに果実園で「ミックスベリーパンケーキ」をいただきました。「あまおうパンケーキ」は2200円と、手を出せませんでした。かつて1000円で食べられたのは余程の幸運だったのかもしれません。
1dsc_0579  正午過ぎに袋井駅に着き、迎えに来てくれたM兄貴の車で会場へ。上州の空っ風はこの冬、割とおとなしいのですが、遠州の空っ風は容赦ありません。開演前にボウタイ姿のK兄貴やほかの応援メンバーと懇談し、入場券もK兄貴の奥さんが余分に持っていたものをありがたく頂戴しました。午後2時に開演。ソリストたちの歌声を楽しんだ後、いよいよ「合唱」です。演奏は掛川市民オーケストラ。
 第九の合唱を生で聴くのはこれが初めてです。500人収容ぐらいのホールだから結構響くのかと思いきや、オケの後ろ側に立つ合唱団の声は小さいってことはないものの、レコードで聴く「合唱」みたいに音が迫っては来ません。みんなあれだけ口を開いて一生懸命歌っているのに。
 これが「生演奏」ってことなんでしょう。レコードはバランスよく聴こえるよう調整していますが、ステージはそうはいかないのでしょう。男性と女性の人数差(女性が倍ぐらい多い)も影響していたかもしれません。ソリストたちの声は十分に響いており、プロの凄さを感じさせられました。
 アマチュアの第九「合唱」団は各地にありますが、「自分で歌ってみたい」と思う人がK兄貴をはじめとしてこんなにいるのを目の当たりにすると、「豊かな人生を過ごす」ってこういうことなのかなと羨ましさも感じました。

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2018年1月31日 (水)

草津5日目

 温泉三昧を目論んで手を挙げた草津出張でしたが、朝刊・夕刊・県版の出稿に追われて朝風呂にしか入れませんでした。
 草津温泉といえば「お湯の中にも花が咲く」とうたわれるように「湯の花」を思い浮かべますが、宿泊先のホテルは源泉から遠いせいなのか、湯の花らしきものは見当たりません。湯畑では硫黄の匂いが漂っているのに、ここの湯は相当その気になって鼻を利かせないとわからないし…。どうも期待していた草津温泉感はありませんでした。ホスピタリティーにはあふれていましたけど。
 大きな動きがない限り、全国版への出稿はなくなったので、出張最終日は割と時間がありました。しかし、この日に送られてきた2月の勤務表を見ると、来週も「♨」マークが四つ続けてついているじゃないですか。しかも、こちらは月末の3連休を返上したのに、あす2月1日からも何事もなかったかのように勤務が続いています。
 いささか腹が立ったので夕方、交代でやってきた担当者氏に「今夜の皆既月食は全国的に天気が悪くて見られないみたいだけど、草津は晴れていてよく見えるから取材しないとダメですよ」とけしかけてから太田に帰りました。下り坂のせいか、所要2時間ちょっとと意外に早く到着しました。
 結果として全国的にどこでも見られたようでしたが、担当者氏もきちんと湯畑付近で写真を撮り、一日遅れながら県版を飾っていたから、よかったとしましょう。

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2018年1月30日 (火)

草津4日目

 本白根山の噴火から1週間。現地に近いロープウェーの駅には先輩と後輩が行き、僕は役場で、それぞれ黙とうを捧げる取材をして夕刊に出稿。こちらは屋内だからいいけど、現地は相当寒くて大変そうでした。当初、現地は後輩一人に任せるつもりだったのを、先輩が「俺も行ってみたい」と言い出してこうなったのですが、現場の空気みたいなものを感じられる場面が少ないだけに、ここも先輩に一本取られた気がします。
 問題の「震災1週間」は全国版に堪えられる内容にならず困っていたのを、デスクが「ロープウェー廃止方針でいったらどうか」とアドバイスしてくれました。なるほど、これならニュースだし、書くための材料もそろっています。それにしても、こちらは行き詰っていたのに、次の手を考え出せるデスクは、年次は下ながら大した奴です。
 夕方の町長ぶら下がり記者会見で、先輩に誘導質問をしてもらうと、町長も「今ここで廃止とは言えないが、重い決断をせざるを得ない」と十分な答えをしてくれ、朝刊記事はあっという間に出来上がりました。チェックは残っているとはいえ、夜は3人で近所のイタリアンレストランで懇談し、疲れをいやしました。

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2018年1月29日 (月)

草津3日目

 書き忘れてましたが、昨夜、無駄にする覚悟をしたコンビニ弁当は無事、夜食としてわが体内に収まりました。心は狭くても胃袋は広いのよ。
 今日からは先輩記者も草津入り。何といっても32年前の初任地・浜松での先輩で昨年12月、群馬に異動してきました。伊香保温泉で顔合わせはしたものの、担当地域が離れているだけに一緒に仕事をする機会はなかなかないだろうと思っていたら、二月もたたないうちにやってきたとは。
 ぶら下がり取材だメモ起こしだとやっているうちに時間がたってしまい、期待されている噴火1週間の節目記事は全くメドがたたず。土曜日の夜に前橋に戻った後輩が夕方から再び草津へ。陣容が分厚くなって噴火1週間を乗り切りたい。

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2018年1月28日 (日)

草津2日目

1dsc_0564  昨夜の吹雪が嘘のように朝から晴れ。といって何をすればいいのかわからず、道を覚えるのを兼ねて草津国際スキー場へ行くと、デスクから「産経が社会面でやっている『草津町長 誤認で安全性PR』という記事をちょっと調べてくれ」と注文が来た。
 町役場へ向かうと、スキー場にいたカメラマンから「火口上空を視察したヘリが降りてきて囲み取材をしている」と連絡が入る。何たる間の悪さ。両方やっていたら虻蜂取らずになってしまうので、役場取材に注力することにした。
 報道控室に行くと、たまたま町長が上がってきて「今朝の産経新聞の記事に一言申し上げたい」と切り出した。その場にいたのはほかに1社だけ。30分にわたって話を聞き、図らずもデスクからの注文に応えることができた。
 草津初のお昼ご飯は舞茸カレーうどん。1000円ちょっとでまあ美味しかったけれども、防寒バッチリの服装だったので大汗をかいてしまった。この格好では熱いものは食べられないことを知った。
 午後には火口視察をした大学教授のレクもあり、結果として労せずして虻蜂両方とも捕まえることができた。その虻蜂の始末というか原稿化などに時間がかかり、町役場を出たのは20時近く。ホテルで予約していた夕食ビュッフェは19時までの入場だったので断念せざるを得ず、コンビニでお弁当を買って戻ったら、「ビュッフェ、まだいいですよ」という。直前にあった電話の着信はそれを伝えようとしたものという。 1dsc_0565  せっかくのご厚意なので、コンビニ弁当は無駄にする覚悟でビュッフェへ。寿司は干からびているとか、普段だったらケチをつけるような所もあったけど、僕一人のために店じまいができなかったのに、にこやかに対応してくれるスタッフの方々を見ると、とてもじゃないけどそういう狭量な真似はできない。「おもてなし」込みでおいしい夕食でした。

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2018年1月27日 (土)

草津出張

 草津白根山が23日、何の前触れもなく噴火し、噴石に当たるなどして12人が死傷しました。当日は前橋で臨時の代理デスクを務め、その後に現地警戒要員を募集していたので手を挙げたら即、草津行きを依頼されました。本心を言えば、温泉三昧を楽しみたかったのですが…。
 26日は前橋で送別会。車だったので飲酒はしませんでしたが、終わったのは27日1時半、太田に戻ったのは2時半、寝たのは3時過ぎ、でも8時前には起床して、10時過ぎからのとある表彰式(される方じゃなくてする方の大役を仰せつかっていたのでした)に出席し、正午過ぎに終わりました。
1dsc_0560  スキー場での被災だったので、靴や防寒着もそれなりのものが必要です。市内の石井スポーツで防寒ブーツ、インナーの保温パンツ、防水用のオーバーパンツを購入して計5万2千円ほど。ユニクロでヒートテック下着計5千円弱を購入。石井スポーツのお姉さんの話では、下半身はこれでまず寒いことはありませんとのことでした。
 太田を出発したのは14時過ぎ。途中、渋川市のセブンイレブンでニット帽、しまむらでフリースのジャケットを買い足しました。
 現地の後輩から「雪がかなり降っている」とは聞いていましたが、行き道では八ッ場ダムを過ぎた辺りからパラパラと降り始め、草津へ向かう上り道で本格的になり、宿泊先に着く頃は吹雪でした。
 後輩と合流した後、湯畑での夜イベント取材へ。下り坂を転ばずに歩くだけでも大変なのに、寒くてメモ一つ取るのも一苦労。「勧進帳」で送稿するなんて30年ぶりぐらいか。
 前橋に帰る後輩を送って、窓に吹雪が吹き付ける部屋に戻り、正直、志願したことを後悔したのでした。

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2018年1月21日 (日)

第2回ちよだ利根川おもてなしマラソン

1dsc_0540  千代田町で開かれた表題の10キロレースに参加しました。目標は54分切りでしたが、結果はネットで54分36秒、グロスで55分4秒でした。
 快晴で空っ風もほとんどなく、コースもほぼ平坦と条件は良かったものの、毎度の言い訳ながら練習不足が露呈してしまいました。駅伝の後、走ったのはジムで3回だけ。現状ではきつめのビルドアップ走だったものの、距離不足は如何ともしがたかった。
 とはいえ、マラソン自体は十分に楽しめました。まだ2回目のせいか、沿道の応援は人数は決して多くはなかったけど、とても熱心で励まされました。ゴール後の豚汁は量、中身とも満足だったし、野菜高騰の今、参加賞の白菜は貴重品です。
 来年は全盛期並みに53分前後で走りたいな~。

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群馬洋らん展

 レース終了後、太田市に戻って「源泉 湯之庵」で汗を落としてから、伊勢崎市のシャンゴへ行き、「上州麦豚ミネストローネスパゲティー」をいただく。初めは「スープナポリタン」を頼むつもりでしたが、前回の味が忘れがたかったのです。
1dsc_0544  伊勢崎駅から両毛線で高崎駅へ。お目当ては高崎高島屋で開催中の「群馬洋らん展」です。船橋洋らん展よりは小規模ですが、丹精込めて育てられた蘭を眺めると心が休まります。黒い花は初めて見ました。家で1鉢枯らしてしまったので、例によって小さめの鉢を購入。白い花がたくさん咲いているのがお気に入りです。
 高崎駅前に昨年オープンしたOPAも見てみたかった。おもにファッション関係の店が多いから、僕にはあまり縁はないのですが、こういう都会の雰囲気は太田には絶対にないから、歩いているだけでも楽しいのです。何か一つぐらい買い物をしたいな~と思っていたら、2階の「中川政七商店」で使いやすそうな削り箸を見つけ、購入しました。1500円也。
 この店のいい所は、太さや形状に違いのある6種類の見本品の箸を実際に手にすることができる点です。
 高崎滞在は1時間程度でしたが、朝のマラソンから始まって充実の一日でした。

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2018年1月 8日 (月)

第70回グリーン六郷駅伝

 社内走友会恒例の六郷グリーン駅伝に出場しました。今年は久々に3チームで挑み、しかも箱根駅伝出場経験者Kさんもいる豪華な顔ぶれです。
 豪華すぎて、フルマラソンで「サブ4」でないのはどうやら僕だけ。初めて出場した時以来の強烈な「場違い感」を味わいました。ずうずうしくなったので、ビビリはしませんでしたけど。
 別チームの第一走者Kさんのウォーミングアップにはびっくり。一人5キロちょっととはいえ、本番より長く走っていたんじゃないかと思わせられたほどです。マネはできないけど、ああいう姿勢で取り組まないと、記録の向上なんかあり得ないのかもしれません。
 さて自分。2走でタスキを受け取った際は、別チームのカメラマンIさんとほぼ同時でした。何とかくらいついていこうと思ったものの、3キロ過ぎの折り返し以降は離される一方。タイムも27分12秒と、去年よりはマシだったけど、全盛期よりは2分弱も遅い。全盛期ならIさんと最後まで競り合えたのに…。
1dsc_0531  終了後は京急川崎駅近くで焼き肉反省会。ここのカレーが結構おいしい。すっかり酔っぱらったついでに、駅ビルにあった「RINGO」という店でカスタードアップルパイを購入しました。走友M君が「去年買ったらおいしかった」と言うのにつられて行列に加わってしまったのですが、アップルパイなんて食べた試しがありません。
 ところが、太田に戻ってから口にしてみると、これがなかなかイケたのです。アップルパイが好きでもない僕がそう思うほどだから、たぶん客観的にみてもおいしいんじゃないかと思います。

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2018年1月 3日 (水)

年末年始あれこれ

 12月24日(日)

 朝8時過ぎから太田市の交流都市物産市を取材。9時過ぎに行った去年は毛ガニの写真が撮れず、捲土重来を期して早めスタート。というと聞こえがいいけど、本心は有馬記念予想に集中するため、仕事はさっさと済ませたかっただけの話。議員3人と出会ったが皆、プライベートなお買い物。目ざといねぇ、だから議員が務まるのかな。
 渾身の予想もむなしく、有馬記念は玉砕。キタサンブラックが有終の美を飾ったのはよかった。
 12月25日(月)
 取材がないのをいいことに、朝から年賀状書き。しょっちゅう、休みの日に仕事をしているんだから、その埋め合わせだ。夕方までに投函することができ、元日に届くだろう。
 12月28日(木)
 開成馬券師がLINEでホープフルSの予想を送ってきたので、100円馬券を計1400円購入したら、3連複万馬券が的中。今年初のマンシュウがオーラスでやっととは…。焼け石に水とはいえ、嬉しかった。
 12月29日(金)
 この日から元日昼過ぎまで帰省する予定だったけど、東毛地区に記者空白の一日が生じるため、帰省は延期。何もすることのできない空しい休日、即patに申し込んで東京大賞典を3000円買ったら、1万円弱のプラスに。焼け石に2度目の水ながら、赤字を縮小することができたのはよかった。
 12月31日(日)
 エンジン全開だった空っ風も今日は休みらしく、曇り空で気温も低かったけど走り納め。約6・5キロの周回コースを3周し、どうも調子が良さそうなので4周目に突入。最後はバテたけど、27キロちょっとを走れた。2月の京都・東京マラソンに向け、12月中に一度は30キロ走に挑戦するのが目標だったので、それに近いことができたのは収穫だった。
 1月1日(月)
 お正月感ゼロの元日、2階もルンバで掃除した後、散歩を兼ねてニューイヤー駅伝見物に出かける。途中、太田焼きそばの名店「もみの木」が営業しているのを見つけ、帰りに寄ることに。ウォーミングアップする選手たちを間近に見られてよかった。
 太田市役所北東の交差点、横断歩道付近に陣取ると、隣に犬連れの女性が来た。おとなしめの犬だったけど、足元にまとわりつかれると鬱陶しい。3000人くらいは見物人がいるのに、どうして俺だけがこんな目に合わなきゃならんのか。
 でも、戌年の初めに犬と接するのはいいことなのかもしれない。邪険にしなけりゃよかったなと思いつつ、「もみの木」で大将と新年のあいさつ。神社からの大量注文があるので、毎年元日営業だそうだ。年明け初の客ということもあり、おせち料理の福分けまでサービスしてもらった。
 4日朝まで帰省。天皇杯サッカーをラジオで聞きながら、東北道で見えた月は見事なスーパームーンだった。
 1月2日(火)
 朝から箱根駅伝。夕方に小糸川ジョギングロードで走り初め。10キロを29分台→28分台と、予定していた60分よりスピードを上げることができた。後半は心臓の血管が拡がった感じ。8日のグリーン六郷駅伝は去年よりはマシな状態で出られそうだ。
 1月3日(水)
 今日も朝から箱根駅伝。終わった頃に姪が祖父母に新年のあいさつでやってきたので、お年玉を渡す。厄年だという。風が強すぎるため、夕方に予定していた2日連続の追い切りは中止し、明日、太田に戻って仕事を済ませた夜、トレッドミルで負荷をかけることにする。駅伝当日の8日は今年も天気がよくなさそうなのが気がかりだ。

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2017年12月30日 (土)

2017年食べ嵐日記

 この1年のメシ記録。既出は除きました。
1dsc_0523 12月28日。太田市「とり弁鶏」のとり重から揚げ定食。イートインぐらいかと思ったら結構広かった。
1dsc_0522 12月27日、太田市「れんげ」煮干しラーメン(ソフト)。食べているうちに煮干しダシがすっかりなじむ。
1dsc_0520 12月21日、伊勢崎市「シャンゴ伊勢崎店」ペペロンチーノ。わざわざ食べに行ってしまった。
1dsc_0519 12月20日、大泉町「台味」台湾ラーメン+台湾炒飯。休日のジョギング中に発見した店。値段があまりに安く、量少な目であれこれ楽しめるんだろうと思っていたら、ランチ600円がこの量で参った。
1dsc_0518 12月16日、前橋市「オルヴィエターナ」(前橋テルサ内)、ナポリタン。お目当ての「花梨」が休みだったので妥協して入った。レッドオレンジジュースは美味しかった。
1dsc_0514 12月11日、伊香保温泉(渋川市)「ホテルひびき野」の朝食。たぶん、2017年で一番贅沢な朝食でした。
1dsc_0510 12月7日、太田市「マハラニ」野菜3種カレー。太田市は本格的なカレー店が多いけど、入ったのは市役所に近いここだけ。
1dsc_0509 12月6日、シャンゴ伊勢崎店「麦豚ミネストローネスパゲティー」。寒い日には最高、肉、野菜、パスタとバランスも素晴らしい。
1dsc_0503 11月25日、太田市「いきなりステーキ」トップリブ309g。誕生日の贅沢。
1dsc_0472 11月14日、太田市「?」カレーうどん。焼きそば目当てで行ったけど、もう作っていないようで、かわりにいただく。
1dsc_0460 11月10日、大阪市「いとう」のバッテラ。この世でたぶん一番美味しいので、年に一度は食べないと気が済まない。
1dsc_0422 10月24日、太田市「ダニエルハウス」甲いかスパゲティー。今月のランチのメイン。選挙取材明けで久々の探訪。
1dsc_0420 10月5日、館林市「コメダ珈琲」卵サンドイッチセット。期待したほどのコスパ感はなかった。
1dsc_0419 9月30日、前橋市「ゆ~ゆ」ナポリタン。前橋駅前まで飲食店を捜し歩いた挙句、スーパー銭湯内のレストランにたどり着く。
1dsc_0398 9月3日、東京スカイツリー「ビーフカレー」。この眺め込みの値段と思って味わう。
1dsc_0365_11 8月24日、館林市「桃林」(ジョイハウス内)、激辛麻婆丼。一番マイルドな辛さで頼んでよかった。名前とは裏腹に上品な味付け。
1dsc_0352_11 8月11日、東京駅構内「果実園」ミックスパンケーキ。こればっかりはこの店じゃないと。
1dsc_0348_11 8月9日、太田市「精華園」冷やし中華。最高気温38度ぐらいの日、この夏たった1度の冷やし中華でした。
1dsc_0347_11 7月31日、太田市「すえひろ食堂」チキンライス。こうじゃないと、って味。
1dsc_0346_11 7月20日、太田市「うおのぶ」鰻重。たれがちょっと濃い感じ。
1dsc_0328_11 7月3日、太田市「うおのぶ」海鮮丼。「海なし県」ながら、魚料理で頑張る店は少なくない。
1dsc_0312_11 6月27日、太田市「うたげや」生うに丼。太田市産米使用とのこと、ごはんはおいしい。
1dsc_0311_11 6月26日、太田市「松屋」厚切りポークソテー定食。結構好き。
1dsc_0310_11 6月19日、太田市「すえひろ食堂」ナポリタン。求めていた味に巡り会えた。
1dsc_0305_11 6月9日、船橋市「田所商店」伊勢味噌ラーメン。旧宅当時のトレーニングコース「行田坂路」沿いの味噌ラーメン専門店。
1dsc_0304_11 5月31日、太田市「いきなりステーキ」ワイルドステーキ200g。この日の初探訪の後は300gが当たり前になり、やがてライス抜きが当たり前になった。
1dsc_0301_11 5月14日、大泉町「ビートル」ナポリタン。尾島RCスカイポートで「富嶽」が着陸に失敗して破損した後、千代田町で東国原英夫さんの講演を取材する合間に立ち寄った。
1dsc_0298_11 5月4日、太田市「ブラックスミスコーヒー西本町店」パンケーキ。3・10ショックの傷心を抱えつつ働いてきたのがひと段落ついて、つい立ち寄って森絵都「みかづき」を読む。
1dsc_0245_11 4月29日、羽田空港第2ビル「東京カルビ」豚丼。可もなく不可もなし、の典型。
1dsc_0239_11 4月15日、館山道市原SAの鯵しらす丼。どうもここのSAは客の足元を見ているのか、価格が高めに思えてならない。
1dsc_0237_11 4月13日、太田市「美喜仁館」鮪三昧御膳。コスパよく、店名に胡散臭さを感じていたのを恥じ入る。
1dsc_0236_11 3月26日、館林市「絆」生姜ラーメン。冷たい雨が降る市長選告示日、温まる味だった。
1dsc_0222_11 2月26日、太田市「もみの木」焼きそばひつまぶし丼。ご主人のサービス満点ぶりがランニングの成果を心地よくぶち壊してくれた。思えば、このころが幸福の絶頂だった。
1dsc_0191_11 1月25日、太田市「セブンイレブン太田高校西店」おっきりこみ。群馬名物とあって、県内限定販売。かなりおいしいと思う。
1dsc_0189 1月19日、太田市「れんげ」担々麺。ご主人は洋食から転向したそうで、一味違う洗練されたおいしさ。

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2017年12月19日 (火)

「隅田春妓女容性-御存梅の由兵衛-」

1dsc_0190  タイトル、一目で読めたらよほどの歌舞伎通でしょうね。「すだのはる げいしゃかたぎ-ごぞんじ うめのよしべえ-」だそうです。
 平日休みで、例によってイープラスでディスカウントのチケットを入手し、朝から東武伊勢崎線「りょうもう」号で上京しました。北千住で半蔵門線に乗り換えるだけなので、太田から国立劇場は案外、行きやすいです。時間はかかりますが。
 正午開演。自分の両隣は空席だったので、リラックスして観られました。後ろのおばはん軍団がやかましかったけど、幕が開いてからはおとなしかったのでよかった。
 「今様三番叟」は能楽の三番叟をアレンジしたものの一つだそうですが、天下泰平を祈る三番叟に対し、平家の姫が源氏の白旗を見ようによっては弄ぶのは、何だかなあって気がしました。
 30分の休憩があり、劇場3階の軽食レストランで中華風ビーフシチューをいただく。国立劇場に来ると食事は結局、これになっちゃう。
 いよいよ「隅田春妓女容性-御存梅の由兵衛-」。正直言って、プログラム(筋書)とイヤホンガイドがないと、何が何だかわかりません。登場人物が多く、その人間関係が複雑なのです。
 中村吉右衛門演ずる由兵衛は、遊び人の時の遠山の金さんみたいな人ですが、その正義の味方がやむにやまれず強盗殺人を犯してしまい、しかもそれが水泡に帰しかねないという、やるせない展開です。そのままでは終わりませんが、でも何か胸につかえが残る物語ではありました。

 終演後、大手町の本社にある診療所に寄って、インフルエンザの予防接種を受けました。太田でやってもいいのですが、本社だと書類の提出がなしで済むので楽なのです。長居は無用なので、さっさと北千住へ向かい、「りょうもう」号で太田へ帰りました。

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2017年12月10日 (日)

伊香保温泉!

 ついにというか、ようやくというか、群馬県らしい所へ出かけました。伊香保温泉です。
 一般的には職場旅行、わが業界で「全弦」と呼ばれる行事です。全弦とは本来、艦船の全乗組員が寄港先で上陸すること(通常は半分は残るそうです)に由来する「隠語」です。
 今回は全支局員ではなく、若手ばかりの中に小生と12月に群馬へ戻ってきた先輩氏が招かれた形なので、実態は全弦ではありませんが、近ごろでは珍しい職場旅行ではあります。
 G1「阪神ジュベナイルフィリーズ」を見たかったので15時過ぎにチェックイン。何と一番乗り。またしても惨敗を喫してがっくりしていたところに、先輩のIさんがやってきました。
 何と、新人だった31年前、浜松で面倒を見てもらった先輩なのです。昨年3月まで高崎で勤務しており、1年8か月ぶりの上州復帰です。
 温泉につかりながらあれこれと語り合い、そのうち参加メンバー全員がそろって宴会。その後、「上毛かるた」大会と相成りました。いい大人がと思う面もあったものの、始めたら結構ヒートしました。続いて温泉卓球。カラオケに突入するはずが、ルームが空きそうもなく、部屋呑みに。あれこれ話を聞くうちに1時を回ってしまい、翌朝8時に出発しなければならなかったので、ひとまず退散。
 朝風呂に入って、さっさと朝食を済ませて、1時間半以上かけて館林へ。伊香保名所の石段街も見ることさえなく去ったのは残念でした。またのお楽しみにしておきましょう。
1dsc_0513 個人的には、近年宿泊した中では最もいい部屋だったかも(@ひびき野

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遠方から来た友

 同期の盟友Eから「旅打ちで桐生競艇に行くから、下仁田ネギをおいしく食べさせる店を探してくれ」と、指令のような依頼があり、9日がその当日。別の同期Nが競艇ファンで同道してくるという。
 こちらは競馬以外のギャンブルに興味はなく、この時期に競艇は寒くてかなわんだろうと参戦せず、連中がたんまりと儲けて一杯おごってくれるのを期待して待っていました。
 待望久しかった電話が鳴ったものの、残念ながらわずかに負けたとのこと。「それより電車が来なくて駅で待っていると寒くてたまらん。足利駅まで迎えに来てくれ」と懇願されてしまったのでした。
 ったく、世話の焼ける連中だ。もう真っ暗なのに、こちらは足利駅に行くのは初めて。カーナビ頼りで駅南口に到着すると、「北口にいる」だと。見知らぬ土地だから行き違いは仕方ないか。案外、北口へ回るのに手間取り、ようやく2人をひろって太田のホテルへ連れて行き、こちらは車を駐車場に置いて、太田駅南口の焼鳥「鳥陣」へ。予約なしだったけど、幸いカウンターに3席空いていました。
 飲食店にやかましい自称「料亭の御曹司」Eも満足してくれ、自分が前にいた職場ではセクション同士の対立?もあって何となく気まずい関係だったNとも、時間が経過したせいもあって打ち解けて話せたのはよかった。
1dsc_0181001  翌日、城マニアでもあるNの希望もあり、金山城を案内。風がほとんどない日だったので、ゆっくりと見て回ることができました。麓にある大行院、別名「子育て呑龍様」へ連れて行くと、12月というのにまだ七五三のお参りが目立ちました。地元の人にしてみれば、やはりここで七五三を祝う意味は大きいんだろうなと感じさせられました。
 せっかく太田に来てくれたんだからと、お昼は「もみの木」で名物の焼きそば。仲良しのご主人が、明らかに他のお客さんより多く盛ってくれ、小生の顔を立ててくれたのが何ともありがたい。「鳥陣」とはまた一味違う「もつ煮」も満足してもらえました。
 無事、太田駅に送り届けて、こちらのお役目はおしまい。若干、当ては外れたものの、わざわざ訪ねてきてもらえるのは嬉しい限り。ありがたいことです。

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2017年12月 3日 (日)

伊勢崎シティマラソン

 前走、屈辱的タイムだったジュビロ磐田メモリアルハーフマラソンから中三週で伊勢崎シティマラソンに臨みました。
 今回はいささかなりとも練習を積んだとはいえ、速いペースでは走っておらず、2時間10分切りが目標です。
 会場までは車で30分ちょっと。空いていた臨時駐車場に止めたはいいけど、会場がどこなのかわからない有様。どうにか辿り着き、貴重品を預けて着替え、スタート地点はどこかと思ったら…。
1dsc_0506 何と、サブグラウンドに簡素な横断幕が掲げられているだけです。今年は陸上競技場が工事だとかで、陸連公認コースではないそうですが、そのせいでしょうか。
 ハーフ出走者は約500人。スタートして10分もすれば隊列が固まってしまって、基本的には自分との戦いが続く感じです。最初の1キロが6分を切っていて「ちょっと速いかな」と思いましたが、その後も順調に5分50秒台を刻んでいったので、行けるところまで行くことに。ほぼ平坦コースだったこともあって、最後までこのペースを保つことができ、2時間2分台でフィニッシュしました。400mぐらいは短かった気もしますが。
 一時はもう2時間切りなんて無理なのかと悲観していましたが、ちゃんと練習を積めばそうでもなさそうだと確信することができたのは大きな収穫でした。
1dsc_0505 規模の小さい大会なのに前日受付があり、昨日、ゼッケンなどを受け取るついでに「シャンゴ」伊勢崎店で噂の「シャンゴ風」をいただきました。
 オリジナルのミートソーススパゲティにポークカツが添えられているボリューム感あふれるメニューです。おいしいから全部食べちゃいました。

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2017年11月17日 (金)

床紅葉

 このところ、平日休みは会員になっている野間フィットネスクラブ(というより源泉「湯乃庵」か)をランステ利用してSUBARU矢島工場の周囲をジョギングして過ごしています。1周4キロちょっとで完全な平坦コースなうえ、信号でストップする交差点があまりないのが特徴です。
 今のランニングでの課題?は「時間への我慢がきかなくなってきたこと」です。船橋にいた頃は2時間ぐらい平気で走れたのに、今はそこがダメになっていて、なかなか2時間まで走れません。元々遅いから時間をかけなければ距離も伸びないという悪循環に陥っています。
 前回の練習では15キロでダウンしてしまったので、今回はきちんと4周走りました。湯乃庵の露天風呂で一休みした後、「いきなりステーキ」でタンパク質補給。
 もう14時近くになっていたけど、いい天気だったので、床紅葉が評判という桐生市の宝徳寺へ出かけました。到着が15時前となると、床に紅葉が映って見えるか心配でしたが…。
1dsc_0480  見事な床紅葉を見ることができました。床紅葉を見られる場所は京都・岩倉の実相院しか知らず、見たのはこれが初めてです。なかなか遠出ができないだけに、秋を感じられてよかったです。せっかくだから岩宿遺跡にも寄っていけばよかったけど、そういう欲張りをしなくなったのは年のせいかな。
 床紅葉の写真をFacebookにアップしたら、同期の盟友Sカメラマンの目に留まり、20日の夕刊に記事掲載となりました。

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2017年11月12日 (日)

第20回ジュビロ磐田メモリアルハーフマラソン

 京都から浜松まで新幹線、東海道線に乗り換えて磐田入り。初孫の誕生を今や遅しと待っているK兄貴に車で迎えに来てもらうという「非道」をやらかして、定宿のルートイン磐田インターに到着。一休みした後、再びK兄貴に来ていただき、市役所近くのクラシックな居酒屋「しちりん」で前夜祭を開いていただいた。ほぼ固定メンバーの5人が参集、30年前に僕が磐田市で勤務してからの縁と思うと、よく長続きしたもの。先輩の皆さんのおかげと言うよりほかにありません。

 磐田での僕の後任者や、地元紙のOB氏に電話をして、懐かしい声を楽しめたのも何よりでした。
1dsc_0471  さてマラソン。それでなくても練習不足なのに、9月の草木湖マラソンの後はほぼ全く走っていない有様です。加えて暴飲暴食ですから、今回ばかりは完走も厳しいと覚悟していました。去年もそうだったけど、こんな状態の時に限ってランニングには絶好のコンディションなんだよな~。従来の練習が詰めていればベストタイム間違いなしなのに…。
 後半を考えて、スタート直後からキロ6分20秒台で進む。絶好調時より50秒は遅い。よって、8キロ辺りで待ってくれている応援団の皆さんを、例年より10分弱待たせてしまいました。無事、ハイタッチすることはできましたが、ペースは上がらず。
 タイムはもう捨てているので、メロンの補給所では4つほど食べてしまいました。その後もひたすらバテないことだけを考えて慎重に走っていたのですが、それでも18キロ過ぎで脚色が一杯になってしまい、最後の坂を走って上り、せめて意地を見せたのが限界でした。完走こそしたものの、タイムは2時間17分22秒と、この大会でのベストタイムより20分以上遅い。これで2月の京都マラソンや東京マラソンに間に合うんでしょうか。
 レース後はM兄貴が迎えに来てくれ、懐かしの「加賀屋」でとろろ定食をいただく。ここにいた当時はよく食べに来た店だったけど、すっかり忘れていて、28年ぶりの来訪と相成りました。店がずいぶんと大きくなっていてびっくりしました。
 その後、磐田グランドホテル「天神の湯」で汗と疲れを落とし、エリザベス女王杯を観戦。割と自信のある予想だったのに、こちらも完敗。今年は本当に馬券の神様から見放されています。
 帰りの新幹線はグリーン車。名物の鰻弁当で明日からのエネルギーを蓄えました。

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2017年11月11日 (土)

第69回正倉院展

 6年ぶりの奈良で12年ぶりの正倉院展見学(関西の記事はこちらで)。

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2017年11月10日 (金)

北斎展

 「あべのハルカス美術館」で北斎展(関西の記事はこちらで)。

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かげのハルカス

 「あべのハルカス」展望台に初登頂(関西の記事はこちらで)。

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同窓会

 年に一度の贅沢。「いとう」でバッテラを囲む同窓会(関西の記事はこちらで)。

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2017年11月 4日 (土)

「つながりの会」2017

 東京・如水会館で「つながりの会」に出席し、諸先輩と旧交を温めました。
 加藤秀俊先生の教え子や関係者(我々はこっち)の集まりで、今回は加藤先生の米寿祝いでもありました。実際に88歳になられるのは来年4月だそうですが、「こうした祝いは数え年で」ということで、このような企画になったとのこと。若輩者としては教えられる思い。
 大学での教え子と、我々のような「ネット上の知人」では「つながり」なんてなさそうですが、仕事でお世話になった方や勤め先の大先輩が「教え子」グループにいるのが不思議なものです。今回も、「教え子」に我が群馬県にある東洋大学板倉キャンパスに勤めていて、現在は副学長をなさっている方がいると知り、早速ご挨拶させていただきました。
 如水会館のレストランは東京會舘が運営しているそうで、立食パーティーで並んでいたごちそうの数々はどれも美味でした。東京會舘といえばその昔、学生時代に盆暮れ時期にアルバイトをしたことがあり、これも何かの「つながり」かなどと思いつつ、楽しませていただきま
 行きも帰りも東武伊勢崎線の特急「りょうもう」号に乗りましたが、帰りのちょっとしたトラブル。発車時刻3分前に北千住駅のホームに着くと、「別の特急の車内整備もあり、3分ほど遅れています」とアナウンスがありました。ならばと、特急改札口の職員さんに断ってホーム下のトイレで小用を済ませ、再びホームに戻って乗車しようとしたら、寸前でドアを閉められてしまったのです。
 同じ東武鉄道でも、野田線の船橋駅ではこのような非情な真似はやりません。全く融通の利かない連中だ。そもそも、3分遅れるというアナウンスをしたのはそっちだろうと、口に出したい気持ちはぐっと堪えて、思い切り仏頂面で特急改札口の職員に特急券を突き出したら、トイレ行きを認めたバツの悪さもあってか、「今回だけ、後の特急に振り替えます」と小声で認めてくれた。交換の窓口は別のあんちゃんで、こっちは「今度だけですよ」と偉そうにほざいたので「そっちで認めたのに何だ」と腹が立ったものの、またしても堪えて、ともかくも次の特急券を確保しました。
 といっても発車は30分後。再びホーム下におりて、「東武ブックス」でぶらぶらするうちに何となく新書2冊、計1800円ほどを買ってしまった。
 見ろ、東武鉄道の職員よ、特急券を2度買わずに済んだおかげで関連会社の売り上げに貢献する結果になったじゃないか。融通の利かないしぶしぶ顔なんかしないで、笑顔の一つでも浮かべて対応すりゃもっとファンが増えるのに残念なこった。商売の基本は「損して得取れ」だぞよ。

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2017年10月29日 (日)

ここ1か月

 突然の衆院選で、秋を楽しむ余裕が全くありませんでした。記録のために振り返り。

 9月17日(日)
 代版デスクのため、14時過ぎに前橋へ。翌日は高崎で仕事があり、終業後に泊まるホテルのチェックインを済ませて職場へ向かおうとした時に、デスクから「台風被害の警戒で太田へ戻ってもらえませんか」と電話。ホテル代を無駄にしてしまった。こういうことは付き物の仕事だから仕方ないけど。

 9月18日(月)
 高崎市で予定していた仕事を片付けた後、群馬県では有名な「シャンゴ」というイタリアンレストランへ向かう。ロースカツが載っているミートソーススパゲティーが名物ながら、さすがに挑戦せず、ナポリタンを注文。とても洗練された味で、ファンが多いのも納得。後で聞いたら伊勢崎にも支店があるという。

 9月19日(火)
 仕事で深夜、北関東自動車道の太田桐生IC-太田藪塚ICに建設中の仮称「太田スマートインターチェンジ」と本線を結ぶランプ橋を架ける工事を見に行く。60mぐらいの橋体を特殊な車両で然るべき位置に移動し、ジャッキを下げて出来上がり、といった感じ。サンダーバード2号のポッドに積まれている「でかい物を載せて運ぶ車両」をさらにでかくしたような車で、タイヤは40本以上あったかもしれない。操作はハンドルやレバーではなく、タッチパネル式でした。職場に帰ったのは20日午前2時過ぎ。久々の深夜仕事。

 9月21日(木)
 一応、公休らしいけど、仕事らしきことを片付ける。そのうちの一つが、割と近所にある「ビストロ&スフレ アマーティ」に出かけてスフレを食べること。この店は群馬県の誇るロックバンド「バックナンバー」のファンにとって「聖地」の一つで、運よく経営者の方がいらしたのであれこれと話を聞くことができた。

 9月22日(金)
 県立舘林美術館で23日から始まる「フランス絵本の世界」展の開幕式で、主催者側の一人として挨拶。といっても、呼ばれたら立ってお辞儀をしただけ。ところで、群馬県ではこうした式典などの際、名前を呼ばれたら「はい」と大きな声で返事をしてから挨拶するのが一般的らしい。もちろん、よい習慣だとは思うけど、滅多にやらない者としてはなかなか身に着かない。

 10月2日(月)
 慌ただしさを増す衆院選取材で夕方、とある選挙事務所前で危うく追突事故を起こすところだった。小生のわずかなよそ見が原因。タイヤがロックするほどブレーキをかけたのは生れて初めて。それでも「ぶつかった」と諦めたほどだったが、前の車が動いたのか、衝突は免れた。しかし、動揺していたせいでその後、方向転換をした際に縁石に乗り上げ、無理やり進んで車体の底をかなりこすってしまった。そのせいか、カーナビなどに不調が生じてしまった。

 10月15日(日)
 解散の後、日曜日の度に前橋へ行って開票日のリハーサルを重ねてきたが、立憲民主党ブームによる情勢変化のため、開票日は太田で仕事をすることになった。でも出番には変わりはなく、雨の中、イベント取材や館林で選挙取材。

 10月22日(日)
 開票日の仕事は順調。さて寝るかと思った23日午前2時半頃、Jアラートと同じ警告音がスマホから鳴り出した。「こんな時間にミサイルかよ」と思ったら、台風による川の増水で太田市の一部地域に避難準備情報が発令されたとのこと。地域を限って鳴らすことができるんだと感心しつつ、とりあえずひと眠り。

 10月23日(月)
 わが家の周辺は水が溢れた気配などなく、安心しきっていたが、太田市でも台風被害はそれなりにあった。

 10月27日(金)
 ようやく文句なしの公休で朝から船橋の旧宅に寄って君津に帰省、と思っていたのに、日経の一面に「スバルでも無資格検査」と特ダネが出ていた。スバルあっての太田市だけに、何もせずに「逃亡」するわけにはいくまい。公休返上でやれる限りの仕事をして勘弁してもらう。

 10月28日(土)
 今度こそ朝から「逃亡」。船橋の旧宅はバルコニーが土埃で真っ茶色だったが、また台風襲来では掃除する甲斐がないので、課題は次回に先延ばし。「ピーターパン」でいくつかパンを買って君津に帰省。3か月ぶりに、幼なじみのやっている床屋に行ってさっぱりとした。顔を剃ってもらう間、眠ってしまい、自分のいびきで目が覚めるという恥ずかしい思いをしてしまった。

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2017年10月 7日 (土)

幸運とは…

 先日、東京マラソンに当選しました。初申し込み以来、6年目で初当たりです。競争率10倍超ですから、確率的にはそろそろだったのかもしれません。
 太田転勤以来、車通勤で日常の歩行数が激減したうえ、練習量もがた落ちしていたことから、今シーズンはフルマラソン回避を仲間内では宣言していました。しかし、こうなると前言撤回です。来年2月下旬のレースに向け、トレーニングを積んでいくようにします。
 などと多少、モチベーションが上がっている中、今度は京都マラソンも初当選してしまいました。東京マラソンの1週間前、マラソンの連闘は厳しいですが、3年前にはちばアクアラインマラソンと大阪マラソンを連闘した経験もあります。せっかく当たったのを回避していたら、次はいつチャンスが来るかわかりません。貧乏性なことながら、今後のトレーニングは一気にハードルが高くなりました。
 それにしても、こんなに幸運が度重なるとは。春先の3・10ショック以来、突然の衆議院解散で忙しくなったことを含め不運続きだとばかり思っていたのに。贅沢を言えば、適当に織り交ざってやって来てほしいものです。

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2017年9月10日 (日)

第39回草木湖一周マラソン全国大会

1dsc_0408  今シーズン初レースは、草木湖一周マラソン全国大会。群馬県みどり市にある草木ダムの周囲19キロを走るレースです。
 コースは高低差が150mあるといい、これを克服できるかどうかがカギです。草木ダムの堤高が140mで、ダムの下にある運動公園からスタートしますから、高低差のほとんどは序盤の激坂にあります。
 9月に入って「今年は久しぶりに秋らしい秋だな~」と思っていたら、この週末は夏みたいな暑さで、今日も快晴。こうした大会は距離の長い部門を先にスタートさせ、その間に小学生部門を済ませちゃう運営方法が多いのに、ここの大会は小学生らを先に走らせてから19キロのスタートなので、10時25分とだいぶ遅いのです。その分、暑くなるからたまりません。
1dsc_0414  問題の激坂はスタート直後だったので、ゆっくりながらも走って上り切ることができました。まあ山の中だから仕方ありませんが、1キロ走る間にたいてい上り下りがあって、平坦な道はほとんどありません。嬬恋キャベツマラソンだって、そこそこ平坦な場所はあったのに。
 練習不足でアップダウンのあるコースを走っている割には、キロ6分20秒台で進んでいくことができ、「これは赤城山合宿の高地トレーニング効果か」などと考えましたが、後半はやはりきつく、とにかく上り坂を歩かないことだけは意地でも果たしました。最終盤、激坂を駆け下りていく時は、よくこんな坂を上れたなと感心してしまったほどです。
 想定した2時間5分より若干遅れたものの、現状としては満足できる結果です。
 夕方に帰省する都合もあり、楽しみにしていた国民宿舎の無料入浴は見送り。「ラッキー賞」が当たったのは嬉しかった。賞品は過去の大会で余った参加賞Tシャツで、在庫処分感がありありでした。

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2017年9月 8日 (金)

「関ヶ原」

 先週末が出番だったので、その代休2日を8日と12日に取ることになり、間の3日間はもともと3連休だから、勝手ながら5連休となりました。
 とはいえ、職場とドア1枚で隔たっているだけの住宅なので、平日はくつろぐことができず、休んだ気がしません。今日も10時頃には外出して、まず図書館で時間をつぶし、早めのお昼を「いきなりステーキ」でいただいて、イオンシネマ太田で映画「関ヶ原」を鑑賞しました。
 司馬遼太郎の原作を読んだのは大阪にいた頃だったか。実質的な主役の島左近を誰が演じるのかと思ったら、平岳大さん。平幹二郎さんの長男ですが、はまり役と言っていい好演でした。小説では確か、東軍の諸将が戦後、「底響きのする島左近の声が耳について離れない」と口をそろえていたといった話がありましたが、強いてケチをつけるとしたらその辺りでしょうか。
 それにしても、あれだけの数の馬をよくそろえたもの。
 映画の後は、ユニクロで買い物をしてから、西へ向かってジョイフル本田で除草剤を購入。真のお目当ては「東毛酪農低温殺菌牛乳63℃」を買うためでした。夕方は久し振りに「源泉 湯之庵」で露天風呂につかり、何とか一日を外で過ごせたのでした。

 平日休みだけの不自由とはいえ、やっぱり休みは家でゴロゴロしたいものです。

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2017年9月 3日 (日)

初登頂

 太田市に来て1年、これまで管内でばかり働いていましたが、ようやく東京出張の仕事ができました。仕事は午後からなので、午前中に船橋市の旧宅に寄って風通しなどを済ませておこうと、8時40分発の東武特急「りょうもう」号で出かけたのですが…。
 旧宅の鍵を忘れてしまったのでした。
 時たまやってしまうポカですが、よりによって今回とは。何か暇つぶしはできないかと、車中でスマホをいじり、映画のスケジュールや美術館などのサイトを調べたものの、これといったイベントは見つかりません。弱ったな~と思っていたら、この電車、東京スカイツリーに行くじゃないですか。
1dsc_0387_11_2  これだ! 開業5年もすれば人気も落ち着いているから、さほど込んでいないだろうし、こちとらは初めてだからそれなりに楽しめるだろうし、ヒマつぶしにはうってつけじゃないですか。
 11時過ぎに「とうきょうスカイツリー前」駅に到着。周辺も大してざわざわしていないし、こりゃしめたと思って当日入場券売り場へ向かうと…。
 甘かった。世にお上りさんのタネは尽きまじ、売り場までジグザグの結構な行列ができていました。並ぶこと40分以上、券さえ買えばエレベーターに乗るのはあまり待たずに済みました。
 確かに東京タワーが小さく見えちゃうのは絶景かもしれません。しかしながら、スカイツリーは都心の北東部に位置するだけに、いわゆる「東京」が南西の一方向に圧縮された感じで見えちゃうので、想像はしていましたが、景色としては少々つまらない印象です。
 逆に、千葉県方面はよく見えます。市川市の辺りはよくわかったので、中山競馬場はどこかと探しましたが、特定はできませんでした。
 せっかくの機会なので、お昼は展望台のカフェで下界を眺めつつ、ビーフカレーをいただきました。レトルトカレーの方がよほど牛肉が入っていると思うほど、破片感ありありの肉が散在しているといった風でした。
 仕事は順調に終わり、夜、太田市に戻ったのは21時頃。

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2017年8月26日 (土)

蘭、奇跡の生命力

 太田市へ引っ越した1年前、庭付きの一軒家に縁側があり、船橋で丹精込めて育ててきた蘭の鉢をここに並べたのが大間違いのもとでした。
 「風通しもいいし、少しぐらい直射日光が当たったって大丈夫だろう」と思った、その「少しぐらい」が蘭には大痛手だったのです。何しろ連日35度が当たり前という土地柄、日差しが強すぎて蘭の葉が傷んでしまったのでした。
 特に被害がひどかったのは、長年元気に咲き続けてくれたファレノプシス(胡蝶蘭)でした。大きな葉が全部やられてしまい、引っ越し当時に伸びていた二度咲きの花が今年の春になって弱弱しく咲いては落ちる一方、新しい葉が伸びてくる気配はありません。
 「最後の花が開いたら、この蘭も命が尽きちゃうのだろうか」と自分の愚かさを悔やみ続けるうちに8月も終わりかけていたのですが…。
 何と、小さな葉が芽吹いているじゃないですか。
 再び花が咲くまで何年かかるかわかりませんが、この小さな新しい生命は大事に育てていこうと思います。
1dsc_0369_11 中央右下の小さな緑色が新しい葉です。不格好になっても育ってさえくれれば…。

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2017年8月21日 (月)

赤城山合宿

 放送大学陸上部のメンバーでサブ3のNさんが毎年、この時期に行っているという赤城山での合宿に交ぜてもらいました。標高約1300mにある大沼の湖畔にある青木旅館を拠点に、1周5キロの大沼周回コースを走り込むということです。この時期でも最高気温は20度足らずとか。
 参加者はNさんの音楽・ランニング仲間で、放送大学陸上部ではウルトラランナーでもあるTさんや女性のHちゃんが来て、総勢11人でした。
 どうも僕以外は全員サブ4みたいで、久し振りに場違い感を覚えました。それはともかく、到着して昼食の山菜うどんをいただきながら雨をやり過ごし、小手調べのジョギングに出ました。極端にきつい坂はないにせよ、上り続けか下り続けで、だんだん脚にこたえてくる感じです。後から思えば、何も知らない強みで3周し、初日の練習はこれでおしまい。
 夕食後、廊下にテーブルを並べ、持ち込んだビールやつまみで延々と2次会。皆さん、おっそろしくよく飲む。僕は夕食だけで満腹だったので、緑茶を飲みつつ時折話に加わって、適当なところで自室に退散したのでした。
 2日目の朝は6時前にランニング開始。覚満淵という名所を見に寄り道をしたものの、僕が行った時は霧も何もなく、幻想感ゼロでした。2周して汗を落とし、朝食をいただく。
 部屋でゴロゴロして休み、11時頃から2周して昼食。15時過ぎから3度目の練習、2周が目標だったけど、1周目で相当汗をかいてしまい、今日の練習は打ち止めに。
 夕食後、2泊メンバーのNさんとTさんに聞いたところでは、低血糖になると、体内の水を排出するために汗が大量に出るとのこと。ひょっとすると、今日の午後練習であっけなくバテたのは低血糖だったのかもしれません。
 本当は3日目の月曜朝も2周して計50キロを達成するつもりだったけど、走れば走るほど坂に怖気づいてしまい、朝ランは取りやめに。太田に戻ってからそれなりに働いたので、結果的に取りやめでよかったみたいです。
1dsc_0358_11 ちょっとガスのかかった赤城山頂を望む

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2017年8月10日 (木)

長島芳明「銀翼のアルチザン」

 久しぶりに読書感想文、なのですが、読み終わる前にひと騒動がありました。
 9日深夜、元職場の後輩でFB友達のO女史(って感じじゃないけど、年齢に敬意を表して)から「先輩からレイバンのセール招待が来てますけど、FBが乗っ取られているんじゃないでしょうか」と問い合わせがあったのです。
 O女史以外のFB友達の女史たちにも私名義の招待が届いているらしく、こちらには覚えのないことですから、乗っ取られた(=PWを破られて侵入された)と考えるしかありません。
 ネットで調べると、FBでレイバンのセールのスパム被害があちこちで生じているようでした。スパム発生元としてはPWを変更してFBにログインし直し、「私とつながっている人は絶対にスルーしてください」と呼びかけるという、最低限の対処をするのが精一杯でした。うっかりと「いいね」を押してしまった友達が一人いましたが、これといった被害はなさそうで、胸をなでおろしました。
 騒動の前後に読んだのが表題の一冊。戦後、その性能をテストした米軍を戦慄させた戦闘機「疾風」をはじめ数々の名機を設計しながら、一切を語らずに過ごした中島飛行機技師長の小山悌(やすし)を取り上げた小説です。
 作者の長島氏は太田市在住の37歳で、これが2作目。一部に文意の通りにくい箇所があるといった難はあるものの、実に面白い本でした。
 戦前、特に226事件の後についてのイメージは、「軍部がやりたい放題に暴走するのを政党も新聞も批判しなかった暗い時代」ってとこですが、放送大学の面接授業などで聞いた中では案外、そうでもなかったようです。大雑把に言えば、政党は互いに足の引っ張り合いを繰り広げて民心が離れていき、軍は軍で「頼りにならない政権は何も判断してくれないし、かといって目の前の危機を放っておけないから自分たちで決めるしかなかった」といった雰囲気で、空襲が始まる前までは、後世の我々が想像するよりも殺伐色はずっと薄かった印象です。
 この作品は、そうした時代の空気をよく醸し出している点が特に優れている気がしました。田畑しかない太田が、中島飛行機の工場や滑走路があちこちにでき、2万人もの工員が働く街になっていく様子が、目に見えるように描かれています。
 戦後、群馬県出身の堀越二郎がゼロ戦の設計者として名声を博した一方、その群馬県でたまたま就いた航空機設計の仕事を極めながら沈黙を保って航空機や自動車産業と縁を切った東北出身の小山悌。アニメ映画の「風立ちぬ」とは対照的な、アルチザン(=職人)としての生き方でしょうか。

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